第五十一話 神父からの依頼
第五十一話 神父からの依頼
その神父は、聖職者と言うにはあまりにも戦いの臭いが濃い人だった。
意味深にそう言ったものの、そんな事は誰が見ても明らかだろう。それほどに神父らしくない見た目だった。
「夜分遅くに、それも突然やってきて申し訳ありません」
宿屋の一階にある食堂。そこの一角を借りて対面しているのだが、彼は本心から謝罪している様子で頭を下げてきた。
だが、スキンヘッドの彼の頭にある傷の方に意識が言ってそれどころではない。
薬師としての技能でわかる。アレは事故の類でつくものではない。鉈や鈍器でしかつけられない傷だ。
それも軽い喧嘩のそれではなく、殺し合いの最中につく死ぬ一歩手前の傷。
「いえ、特に用事もなく暇していたぐらいですので」
こちらの言葉に顔をあげたその顔は、聖職者というより殺戮者と呼んだ方がしっくりくるものだった。
筋骨隆々の二メートル近い巨躯をカソック付きの服で包んでいるものの、首から上や『左手』は露出している。そこには、頭のものと同様の傷が複数見えていた。しかも負ったばかりのそれではなく何度も負傷と治療を繰り返したもの。
更には右目が眼帯に覆われ右手だけ手袋をつけている。動きからして義手。
座っている姿も自然体ながら隙がない。ベテランの戦士……そうとしか思えなかった。
そんな油断ならない人物のはずなのに、彼は強面の顔をキョトンとさせている。
「……?どこかへ向かう所ではなかったのですか?ちょうど玄関にいらっしゃいましたし」
「ただ夜風を当たろうとしただけですよ。大きな仕事を終えてこの街に戻ってきたばかりでしたので、久々に散歩でもと」
営業スマイルで誤魔化す。流石に歴戦の軍人や傭兵みたいな見た目とは言え、聖職者に『今から風俗に行くから邪魔をするな』と言わない常識ぐらいはある。
こちらの言葉に彼は『そうでしたか』と納得した様子で頷いた。
……どうも、本当に聖職者な気がしてきた。ある意味で『箱入り』めいている。社会常識とは別の部分でその辺りの機微が足りていないというか、何というか。
「では、改めて自己紹介を。私は第二エクソシスト、ウォルター。『教会戦士』という名前の方が世間では知られているかもしれません」
そう言って彼が懐から取り出したのは、陽光を背にした銀の十字架だった。
『教会戦士』
そう呼ばれる存在だが、逆に『エクソシスト』という名前の方が前世の影響で自分には彼らの仕事的にしっくりくる。
教会戦士の仕事は『アンデッドの駆逐』及び『黒魔法使いの殲滅』。大きく分けてこの二つだ。場合によっては『それらを利用しようとする存在』も含まれるとか。
通常の神父さんやシスターと違って一つの教会にずっといるわけではなく、各地を回りこの世ならざる存在を滅する為活動している……らしい。
それを教えてくれたアリサさん曰く、『間違いなく人類の味方だけど色々と硬い人達』だそうな。
「教会戦士の方が自分に何の御用でしょうか……もしや、『あのトロール』の件ですか?」
あるいはレイヤルの怪物の姿についてか。
そう思い問いかけるも、ウォルター神父は小さく顔を横に振る。
「いいえ。そちらの件ではなく、貴方に依頼したい事があるのです」
「依頼、ですか」
「ええ。実は、最近ここより西の方の村や街で若い娘が次々と行方不明になっているという報告があるのです」
「はぁ」
それはまた……何故自分に?それだけなら保安官の仕事だが。
疑問符を浮かべるこちらに、ウォルター神父は話を続けた。
「教会はその事件に『ヴァンパイア』が関わっている可能性があると疑っております」
これまた前世で聞き慣れた単語がでてきたな。
ヴァンパイア。前世で語られているそれとこの世界の吸血鬼はほぼ同じ特徴を持つ。違いがあるとすれば、前世と違って今生ではその実在が証明されておりなおかつ被害を出しているという事。
日光に弱く人の生き血を吸う不死身の怪物。それがこの世界では夜な夜な現れては人々を襲っているのだ。
……と言っても、僕がこの世界に生まれるより前にかなり大規模な掃討作戦が実施され目撃例はかなり下がっているらしいが。
「可能性、ですか」
「ええ。お察しの通り、確定ではありません」
ウォルター神父は深く頷き、その左目を伏せる。
「教会の不手際を晒す様で心苦しいのですが、現在どこも人手が足りておりません。そして、私の様に任務中の負傷で第一線から退かざるを得ない者もいる」
彼は軽く右手をあげるが、指は動かない。やはり肘から先は義手か。
「そこで、確証がない今は貴方の様な腕利きの冒険者に調査を依頼したいのです」
「なるほど……」
道理は通っている。あの教会戦士の証である陽光を背負った銀の十字架も本物に思えた。
だが……。
「お話はわかりました。しかし自分には相棒がいます。彼女の了承なく勝手に依頼を受けるわけには」
「話しは聞かせてもらったぁああああ!!」
宿屋のドアを勢いよく開けて入ってきた人物が、碧眼を爛々と輝かせていた。
夜中に何をやってんだこのお馬鹿様。
「……どこで聞いたのですか。今来た様に見えますけど」
宿屋の女将さんが盗み聞きしている以外、周囲に気配はないぞ。
ちらりと女将さんの方に視線を向ければ、彼女はそそくさと厨房の方に戻っていった。アリサさんがいる以上、興味本位で聞かれるのはまずい内容も出てきかねない。
「私の所にもイチイバル男爵から使者が来てね。教会からの要請だから受けてほしい仕事って事でさ!」
「はい。今回の依頼はイチイバル男爵からも後押しを受けたもの。おかげで依頼料をきちんとお支払いする事ができます」
ニッコリと、そこらの軍人顔負けな強面をしておいて邪気もなく笑うウォルター神父。
だが、それだとこの依頼を断る=イチイバル男爵に喧嘩を売るという事では?
拒否権、どこ……?
「さあ行こうぜ相棒!吸血鬼退治とか燃えるぜぇ!」
「いえ、あくまで調査ですので……そこまでの無茶は」
何がアレって、お馬鹿様はノリノリだし神父さんはそんな彼女にオロオロとしているだけ。
片やわかっているけど知らんとばかりに、片や男爵の名前を出した意味をよくわかっていないと、ちょっとだけ頭が痛くなる光景だった。
ウォルター神父……表情や雰囲気からして『男爵様も敬虔な信徒なのですね。ありがたい事です』としか思っていないのだろう。もうちょっと世俗に興味を持ってください。生臭坊主とは別の意味で関わりたくない人種だ。
そしてアリサさん、さては『吸血鬼退治』という言葉しか頭にないな?そう言えば帰りの汽車で彼女に勧められた娯楽小説の中に、そんな感じのがあったっけ。
眼と口を数秒だけ『きゅっ』と閉じて出てきそうなため息をどうにか堪える。
男爵が、お貴族様が関わっている以上自分の答えは決まっているしそもそも相棒があの様子だ。
ウォルター神父に視線を合わせ、深く頷く。
「わかりました。その依頼、お受けしましょう」
「おお、ありがとうございます剣爛殿!我らが女神よ、この慈悲深き剣士様に祝福を……」
教会のシンボルを手に笑顔で祈る神父さんに、その隣で何故かうんうんと頷くアリサさん。
あ゛ぁー……夜の蝶に会いに行こうとしたのに、何故蝙蝠探しに行かねばならんのだ。
そんな本音は飲み込んで、神父さん相手にひたすら営業スマイルを保った。
* * *
三日後、この依頼を受けた事を自分は激しく後悔する事になる。
とある街のはずれ。下水道も近いので少々臭いが辛い場所で、自分は思わず遠い目をして夜空を見上げていた。
「くくく……これはこれは、とんだ上物だな」
青白い肌の青年が、『スカート越しに』こちらの尻をゆっくりと撫でてくる。
頬にかかる彼の吐息から逃れようと顔を背ければ、顎を掴まれて強引にそちらの方を向かせられた。
「これは城に連れて帰る前に是非『味見』しときたいもんだなぁ」
「よせ」
舌なめずりする青年を止めたのは、これまた青白い肌の男だった。
彼らは深紅の目を闇夜に光らせ、唇の隙間から長すぎる犬歯を覗かせている。
「勝手な事をするな。それほどの上玉となれば、無傷で持ち帰らねば後でお叱りを受けるぞ」
「ちっ……わかったよ」
つまらなそうに青年は吐き捨て、最後に一際強くこちらの尻を掴んだ後に去っていく。
「っ……!」
「ほら、お前も早く馬車に乗りこめ。逃げようなどと思うなよ」
威嚇する様に牙を剥くもう一人の男に対し怯える様に顔を伏せた後、慌てて馬車の荷台に上がる。着慣れぬ服というのもあるが、それ以上に『ヒールのついた靴』なんぞ初めて履いたから歩きづらい。
幌付きのそこには他にも若い女性達がおり、眠る寸前の様に呆然とする者から恐怖ですすり泣く者と様々だった。
荷台の出入り口の布が閉められ、暗闇が荷台を覆う。
……とりあえず、後であのお馬鹿様は殴ろう。さもなければ乳を揉もう。
自分に女装をさせて餌にした人物の馬鹿面を思い浮かべ、心の中で固く誓った。
確かに今の所は計画通り。むしろ上手くいきすぎている。なんせただの変態や人攫いを捕まえようと思っていたら、『本物』が出てきてしまったのだから。
だがそれはそれ、これはこれ。未だ童貞のまま色んな意味で危険な事になっている身としては、頭に浮かんだテヘペロしている彼女の顔面に拳を叩き込みたい欲求がわいてくるものである。
……それはそうと、何故ばれないのか。胸には詰め物があるが、尻には何も仕込んでないからたぶん普通に硬いぞ……?
思いっきり掴まれた尻は多少の痛みを訴えるだけで、それ以外は何も答えてはくれなかった。
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