第三章 プロローグ
第三章 プロローグ
「ざびじぃよ゛ぉぉぉ……」
お姫様が出しちゃいけない声出してる……。
王城の一室。どう考えても平民の自分が入れる場所ではないが、アリサさんの護衛という事で入場が許可された。と言っても、武器は預ける事になったが。
純白で彩られた外壁の王城。まるで前世の映画で見る様なその姿は、ここが『異世界』なのだと実感させる。
また、防衛能力よりも見栄えを重視した様な造りなのも王家の権威と王都の安全性を示しているのかもしれない。
……後者に関しては不安を感じてしまうのだが、僕だけだろうか。
「泣かないでよリリーシャ様。また来年の始め辺りに会えますって」
「長いよぉ……長すぎるよぉ……」
顔から出るもの全部出して泣いているリリーシャ様の顔を、アリサさんが苦笑を浮かべながらハンカチで拭いていく。
長命種が時の流れを早いと言って嘆き、短命種(人間)がそれを宥めるのは不思議な絵面なのかもしれない。
だが、アリサさんの事情を知ってしまった身としては笑い話とは思えなかった。
「結局王都の観光もできなかったし……ずっと難しい会議ばっかりだったし……」
「仕方がないよぉ。わざわざリリーシャ様を極秘で呼び出す様な案件なんだから、ゲイロンド王国としてもエルフの森としても重要な話だったんだろうし」
まあ、道理ではある。
そもそも普通なら裏切り者の可能性が出て警備に不安がでた段階で、面子があるにしろアレコレ理由をつけて延期なりなんなりできたはずだ。
しかし実際はそれをしなかった。王都の者達がそこまで事態を深刻視していなかったとしても、エルフ側は警戒を強めていたのである。普通なら中止とは言わずとも日時をずらしたはず。
それでなお強行した。それだけ今回の会議が必要なものだったのだろう。
「そうだけどぉ。私もお父様に早く手紙を届けなきゃだけどぉ。でもアリサちゃん達とケーキ食べに行きたかったぁ」
「来年!来年絶対に一緒に行くから、ね?」
「ほんとぉ……?」
「ほんとほんと!だよねシュミット君!」
「……善処します」
「それやんないやつだぁあああああ!!」
「うぉい、あいぼぉう!?」
「あ、すみません」
考え事をしていたせいで特に考えず答えてしまった。
「咄嗟に『お馬鹿様二人の面倒みなきゃかぁ』と思いまして……失礼しました」
「その発言が一番失礼だと思うなシュミットくぅん」
「私ここまでストレートに馬鹿呼ばわりされたのシュミット以外だと十人しかいないよ」
「十人は割と多いのでは……?」
僕が言うのもなんだが大丈夫なのか、それは。
「ぐすん……薄情なシュミットもアリサちゃんが責任もって連れてきてね」
「うん。首に縄をかけてでも連れてくるから安心して。荷物持ちさせよう荷物持ち」
「えぇ……縄は勘弁してください。荷物持ちならしますから」
アリサさんならやる。なんならノリノリでやる。間違いない。
最近人間に戻れた身としてはごめん被る。
「私は明日の朝に軍の人達に送ってもらって森へ帰る汽車に乗るけど、アリサちゃん達は?」
「私達は昼頃の汽車になるかなぁ。一応帰る前に色々と挨拶する所もあるし」
「そっかー。……ね、シュミット」
リリーシャ様がこちらを向き、目元を赤くしたまま翡翠色の瞳で真っすぐと見つめてくる。
「アリサちゃんの事……その、よろしくね……?」
「───ええ。お任せください」
その目を見つめ返し、ハッキリと頷く。
彼女の言いたい事は、ある程度わかる。『アリサさんを守ってほしい』『一緒にいてあげてほしい』。そして……『助けてほしい』。
どれも口に出すのは嫌だったのだろう。特に最後の一つは、言えばアリサさん自身が嫌がるとわかっているから。
自分がしたのは、ただ頷いただけ。内容を言及する事はしない。それは、三年後に改めて……。
「えー。どっちかというと私の方がしっかり者じゃない?」
「アリサちゃん、流石にそれはない」
「知識も良識もあるのは認めます。その上で奇行に走るでしょう、貴女」
「酷くない!?」
事実である。
「ね、最後に二人とも抱きしめさせて?」
リリーシャ様がその華奢な両手を広げ、自分達を見てきた。
どうしたものかとアリサさんに視線を向ければ、彼女は小さく肩をすくめた後に頷いてくる。
この場には三人しかいない。迷った後、彼女と共にリリーシャ様へと近づく。
ふわりと、華奢なその手が肩に回された。リリーシャ様の香りが鼻をくすぐり、その吐息が耳元でして落ち着かない。
「二人とも、無茶ばかりしちゃ駄目だからね。エルフの基準じゃない。人間の基準でだってまだ若いんだから、命を大事にして……。人の一生は短い。だから、せめて限界まで生きて」
その言葉は、余命三年もない彼女には酷なものかもしれない。
だが、涙が混じりそうなのを堪えるその声を、いったい誰が咎められるというのか。
「……うん、リリーシャ様。短い人生だからこそ、私は精一杯『生き抜く』よ」
自分の隣で、エルフの姫の背を撫でる公爵家の彼女。
アリサさんにとっての『生き抜く』とは、残り三年の事なのだろう。
普通の人の寿命ではなく、己が生まれたその時に決まった寿命。
……その覚悟を、否定などできようか。下手な希望ほど毒となる事はない。希望をもった後の絶望ほど辛いと、開拓村で幾度も実感した。
「シュミットも、約束して?」
「ええ。僕は全力で生きますよ。家族に囲まれてベッドの上で大往生してやります」
「はは。うん、その意気だよ」
子供にでもする様にリリーシャ様は僕たちの肩を軽く叩いた後、体を離す。
「絶対に、また会おうね」
「うん。約束する」
「善処します」
「そこは嘘でも必ず会おうって言ってよぉ!?」
「えぇ……」
「本気で嫌そうな顔するねあいぼぉう!?」
女性が三人集まればと言うが、二人だけでも姦しい。
王都への道中でも思った事をまた頭に浮かべながら、彼女らの言葉をのらりくらりと躱し、しかし避けきれなくて頷かされる。
その事が嫌ではない。
叶うのなら……十年後も二十年後もこの三人で馬鹿な話をしてみたい。
それが、偽らざる本心だった。
* * *
「……今度は何を斬った」
「ええっと……」
行きと違って特に騒動などもなく、二週間ほどかけて汽車でイチイバルへと帰還した。
道中やたら顔を見られたが、話しかけられる事はなかったので問題ない。それよりも、次の仕事に備えて装備をハンナさんに見てもらいたかった。
で、剣を見せた結果がこの殺気さえ含んだ眼光である。
「『皆殺しのサム』と『ソードマン』、あと彼らの率いていた盗賊達」
「ソードマン……?」
「そして『ウィンターファミリー』のボニータと手下たち」
「は?」
「最後にライカンスロープと……いえ、ライカンスロープ六体だけですね」
「……はぁ?」
レイヤルの事は大声で口外できる内容でもない。ついでに七体目のライカンはあの馬が蹴り殺したので別だろう。
そんなわけで斬った相手の事を伝えると、ハンナさんは数秒程こちらを呆然と見上げた。かと思えば、そっと天井を仰ぎ見る。
「……ソードマンと言ったか」
「はい」
「斬り合ったのか?」
「はい」
「勝ったのか」
「アリサさんの援護もありましたが、はい」
「………………そうか」
かなり長い溜めのあった後、ハンナさんは下を向き長いため息をついた。
「……よくやった」
「はい。貴女の剣に助けられました」
「そうか」
ふいっと顔を逸らし、彼女はまた剣を眺める。
彼女の表情は相変わらず仏頂面だが、喜んでいる事が異性経験のない自分でもわかった。
ソードマンとはそれだけの男なのだろう。事実彼は強かった。人間の中では最も苦戦した相手である。
彼は生ける伝説だったのだろう。銃の時代に、未だ剣一本で悪名とは言えその名を轟かす剣豪。それを打ち倒すというのは、大きな意味を持つ。
剣で勝ったのなら、なおの事。
「だが」
刀身を眺めていたハンナさんが、重々しく唇を動かす。
「この剣はもうだめだ」
「……やはり、ですか」
薄っすらとそんな気はしていた。
恐らく一番のダメージはクロウドの狙撃を防いだ時。剣の腹に弾丸を滑らせたが、刀身にかなりの負担をかけたのだろう。鍔を砕かれた衝撃もきつかったかもしれない。
そして止めとなったのが、ライカンどもとの戦闘だ。
ああも銃弾と砲弾が浴びせられている中、ライカン七体と交戦する状況では一振りごとに集中するわけにはいかない。
多少は見られる太刀筋だっただろうが、それでも強引な使い方をした。奴らの分厚い毛皮と肉。そして頑強な骨を断つのは相応の負荷が刃にかかる。
「剣の芯にヒビが入っている。お前の全力にこの刃じゃ答えられない」
「はい……」
「……剣は戦う為の道具だ。こうなったのは、当然だろうさ」
ぶっきらぼうなその言葉の意味を考えて、まさかと思う。
慰めている、のか?少々わかりづらいが、『お前の腕のせいではない』と。
「シュミット君、もしかしてハンナさんアレで慰めてるの?」
なんでこのお馬鹿様は口に出すかな。
「あ゛ぁ?そもそも何でお前がここにいる、デカ牛」
「ぁぁん?誰が牛じゃチビ牛」
「……脳天かち割られてぇか」
「上等じゃわれぇ。奥歯ガタガタいわすっぞごらぁ」
真顔で青筋を浮かべるハンナさんと、チンピラみたいにメンチを切り始めるアリサさん。
何度も確認するが、この人公爵家のお嬢様だよね?
「あの……僕の剣についてなのですが……」
このままキャットファイトならぬカウファイトになられても困る。眼福とか言っている余裕のないノーガードの殴り合いが起きかねないので。
流石に仕事の話は優先してくれるらしく、二人はお互い睨み合いながらも一歩距離をとった。
「お前用に一から打ち直す……ってのは時間が足りん。どうせまたすぐに何かしらを斬りに行くんだろう。同じ形状の剣があるから、それを持って行け」
「ありがとうございます。それと、防具についてご相談が……」
「その前に言っておく」
机の上に置かれたボディアーマー。表面上は綺麗なそれを親指で示しながら、ハンナさんがこちらを睨み上げて来た。
その瞳には本気の殺意がのっている。
「今回は、下手糞に触らせたわけじゃないから許す。だが、アタシの作品に他の奴が手を加えた状態で、店に持ってくるな。次は殺すぞ」
「は、はい」
これは脅しでも冗談でもない。たぶん、いいや絶対に次エルフの糸で補修した彼女の装備を持ってきたら殺される。
当然身を護るつもりだが、あの目は刺し違える事も辞さない覚悟が浮かんでいた。
これについてはアリサさんも茶々をいれないあたり、ドワーフ族にとってタブー中のタブーなのだろう。
冷や汗を流しながら頷けば、ハンナさんも舌打ち一つで引き下がってくれた。
「……で、なんだ。言っておくが、防具はアタシの専門じゃないぞ」
「はい。ただこういった感じに手を加えて頂きたいなと……」
あらかじめ注文を書いておいたメモをそっと差し出す。
それを受け取り、彼女は胸元に提げていた眼鏡をかけてジッと眺めた。
「……わかった。作っておく。籠手とピックはそのままでいいんだな?」
「はい。あれで十分です。何度も命を救われました」
「そうか」
眼鏡を取り、ハンナさんが眉間を軽く揉む。
「剣の代金は百五十セル。残りの装備については出来上がってからだ。それでいいな」
「はい。よろしくお願いします」
最初この店に来た時は剣の値段に驚いたが、今は違う。むしろそれで己の命を守れるのなら安いものだ。
「………シュミット」
「はい?」
銀行から下ろしておいた代金を机におき、差し出された剣を受け取る。
その時、ハンナさんがじっとこちらを見上げてきた。
むすっとした三白眼には、薄っすらとクマが浮かんでいる。
彼女は数秒ほど無言でいた後、鞘を握っていた手を離した。
「……なんでもない」
「いや、何でもなくはないでしょ」
剣を受け取った自分の横から、アリサさんが顔を出してくる。
「その眼、三日ぐらい眠っていないんじゃないですか?何かあったのなら相談にのりますけど」
「……黙れ、メス牛」
「あ゛ぁぁん?人が心配してやっているのになんだ非モテ牛」
「……ちっ。うるさい。牛の鳴き声で作業に集中できないから帰れ」
カウンターの脇から出てきて自分達の腰を押してくるハンナさん。女性とは言えドワーフの力は強く、勢いで店の外に足が動いてしまう。
抗おうと思えば抗えるが……そういう雰囲気でもない。
店の外に出された後、閉じられそうなドアに剣の鞘を挟む。
「ハンナさん」
「……なんだ」
じろりと向けられた瞳に、膝を曲げて視線を合わせる。
「貴女の腕が僕には必要です」
「……なっ」
何を驚いたのかたじろいだ彼女に言葉を続けた。
「もしも困っている事があるのなら、可能な範囲で力になりますから。相談したくなったら、遠慮なく言ってください」
「………ちっ!」
人間の小僧が生意気なと怒らせてしまったのか、ハンナさんは顔を赤くして盛大な舌打ちをした。
「そのうち……そのうち、依頼をする事があるかもしれん」
「はい」
「その時は……頼む」
「お任せください」
「アタシは忙しい。帰れ」
鞘を引いた直後に勢いよくドアが閉められ、大きな音が鳴った。
機嫌を損ねてしまったかもしれないが、それでも『依頼をする』とは言ってくれたのだ。どういう悩みかは知らないが、抱え込みすぎはしないだろう。
「シュミット君」
「はい?」
気まずそうに頬を掻くアリサさんに振り返る。
「後で、ドワーフの文化についてちょっとお勉強しようか」
「……何か、まずい事を言いましたか?」
「ちょっと……いや、乙女としては、かなり……」
たらりと、自分の頬に汗が流れた。
ハンナさんは自分の伝手で唯一剣を作ってくれる人。彼女にとって文化的にいけない事を言ったのだとしたら、非常にまずい。
己の武器を管理してくれる者に嫌われた兵士は、すぐに死ぬと前世で聞いた事があるぐらいだ。
「……今度会いに行く時は、お酒を持って行った方がいいでしょうか」
「ドワーフは味よりも酒の強さと量が大事だから、ライラさんに聞くといいと思うよ」
「はい」
深く頷き、ライラさんという単語にもう一度頷く。
そう、ライラさんである。リリーシャ様の依頼に関しての報告書は書き上がったので、ギルド経由でアーサーさんに送る必要があった。
そして酒の事を相談するという『理由』も新たにできた。
だから僕が彼女に会いに行くのは必然である。それがうっかりギルドの受付時間外……『夜のギルド』だとしても、長期依頼だった疲れのせいで間違えたのだから致し方ない事なのである。
前世、今生。二つの生で一度も異性とそういう事になった事はない。
だが、今夜。今夜、自分は一歩踏み出すのである。
人類にとっては非常にどうでもいい一歩だろう。だが、僕の人生にとっては重要な一歩となるのだ。
「シュミット君?どったの、眼が血走っているけど」
「何でもありません。それより、ドワーフの文化について……いえ。この際ですから亜人全般の文化について今一度教えて頂きたく……」
「お、おう。良くわからないけど任せとけ相棒」
深々とアリサさんに頭を下げ、教えを乞う。
前世の両親へ。先に逝くという最大の親不孝をした事。そして孫の顔を見せられなかった事。誠に申し訳ございません。
息子は今日、ようやく大人への階段を上ります。
「あ、そう言えばイチイバル男爵が十日後に会いたいって」
「了解しました」
現在それどころではないのであっさり答えたが、アーサーさんの言葉もあるし悪い話ではないのだろう。
今は、亜人の文化について集中したかった。
* * *
「………」
夜。ギルドに向かおうとした宿の玄関にて。
「君が『剣爛』のシュミット君だね?」
ガチムチな神父さんに話しかけられていた。
チェンジで。
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。




