第十九話 魔法
第十九話 魔法
遂に魔法習得の第一歩。自己の魔力の感知を可能とする事ができた。
本来ならここから年単位の修行により完全に自己の魔力を掌握し、そこから更に何年もかけて他者や大気中の魔力の感知を体得して初めて魔法使いを名乗れる。
その上の魔導士と呼ばれる存在は特に魔法の扱いに優れ、かつ魔法の研究と開発を行うトップエリート。いかに魔力に優れた貴族たちでもその領域に上れるのはほんの一握りだとか。
しかし、自分はチート転生者。第一歩さえ踏み出せたのであれば後は経験を割り振るだけ。魔法の鍛錬などたった数日の身でありながら、魔法使いを名乗れる領域にまで駆け上れる。
ともすれば、魔法関係の技能に極振りすればここから一年以内に魔導士を名乗れる程の技量と知識さえ手に入れる事も可能だ。
正にチート。反則の誹りを受けても致し方ない自分は、脳内のスキルツリー的なものを眺めてある結論を出した。
「生活魔法と強化魔法、後は白魔法だけで他は特にいりませんね」
「気づいてしまったか」
馬車を止め野営の準備も終わった所で、魔法についてアリサさんから色々教えてもらう事に。
いや、最初は火炎魔法の殺傷力抜群な呪文とか、疾風魔法の汎用性に目を輝かせたものである。いや脳内スキルツリーだから心躍らせたの方がいいのか?
だが、その内容を大まかに把握した結果……。
「大半の攻撃魔法、銃火器より弱いですよね?」
「気づいてしまったか」
火炎魔法って、結構な使い手でも射程が五十メートル程度しかないんだ……しかも威力はショットガンより少し上ぐらい。その上で詠唱に事前準備を行った最短でも数秒。
魔導士と呼ばれる力量までいけばもう少し魔法の性能もあがるが、その辺りになると魔法にだけ特化しているというか、なんというか……。もう『魔法しかできない人』となる。
普通にショットガン使った方が強い。そして火炎魔法は『火・水・風・土』の四属性のうち最も正面戦闘に優れた魔法と言われている。
コスト?魔法使いの人件費は、ね……。
直接的な攻撃力以外にも結界とか色々あるが、それらも銃火器や金属製の防壁の方が優秀に思える。
「まあ戦闘以外ではかなり活躍できそうですが」
「気づいてしまったか」
「その返し気に入っているんですか?」
「気づいてしまったか」
ドヤ顔のアリサさん。そのノリは小学生男子なんよ。
「火炎魔法も水冷魔法も蒸気機関で有用ですし、土木魔法は通常の工事でも戦場の工事でも有るか無いかで工期はかなり変わるはずです」
「疾風魔法も多方面で使い道はあるからねー。実際、大きな商人の家だと次男三男に魔法を学ばせて自前の工場とかに送るらしいし」
「なるほど」
「ただ戦場で活躍する事はだいぶ減ったけどね!蒸気船ならともかく、塹壕掘るのに貴族の子弟使って敵の狙撃や砲撃で死なせたら指揮官の今後に響くし!」
「世知辛い」
「しかも軍の指揮官とかだいたい親戚だし」
「ですよねー」
この世界、王侯貴族が軍を指揮するのである。というのも、士官学校に入れるのは貴族のみだ。
尉官は男爵以上。佐官は伯爵以上。将官は辺境伯や侯爵以上。准尉なら騎士爵でもなれるらしい。平民の最高階級は曹長までだそうだ。その曹長だってお金持ちの商人しかなれない。
これは基本的に兵隊=自領の民な事が理由である。
領地を正式に持てるのは伯爵から。そしてそこから子爵や男爵に各土地の管理を任せていくのだ。
アリサさん曰く。この世界の戦場では伯爵達やそれ以上の家格を持った家の親族が佐官として軍勢の指揮をとり、子爵や男爵がその人達から『預かった』兵士達を率いて戦う。
なお、貴族たちは政治的な理由に加え魔力の維持のために貴族間での婚姻が普通。つまり親戚関係にある者が多い。それこそ、子爵だけど母方の実家は伯爵家というのも割とあるとか。
そして魔法を使えるのは貴族か、貴族とも関りのある裕福な大商人のみ。うん、そりゃ塹壕堀には使いづらいし、最前線の一兵卒として扱うのも難しい。
「ですが、強化魔法を使った兵士というのは有用なのでは?」
「うん。王宮の近衛兵とかは強化魔法が一定以上使える事が大前提だよ」
強化魔法を使えば、それこそ前世におけるオリンピアンの最上位とも渡り合える身体能力を得る事が出来る。それも、一分野だけではなく総合的に。
腕力はボクシングのヘヴィ級チャンプに迫り、脚の速さは百メートル十秒を切るほど。そんな兵士がいるのなら強力なのは間違いない。
「ただ、十人二十人力が強くて足が速い兵士がいてもガトリングガンを数門用意すればあっさり倒せるし。それで指揮系統が乱れたら終わりじゃない?」
「……それもそうですね」
「あと強化魔法を使っていられる時間だって長くない。銃の射程を想定した長いなが~い塹壕戦ともなれば、戦闘中にどれだけの時間使えるかってのもねぇ。せめて他人への強化への制約がもうちょっと楽ならなんだけど」
「です、か……」
一人の指揮官が小隊規模で強化魔法をかけられたら話は変わるのだが、それは無理な話なのである。『受け手』側にも色々と技能が必要となるのだ。あと純粋に発動者の魔力量。
近衛兵などの護衛任務が主な人達や、市街戦ならば強化魔法を使った戦士はかなりの活躍をするかもしれない。
だが、この世界は既に銃弾が壁を作り砲弾の雨が降っている。首狩り戦術や補給路へのゲリラ戦は貴族では厳しいだろうし、かと言って正面戦闘では塹壕に籠って何週間も過ごす戦いが主流の現在では……。
そっと、剣の柄を撫でる。
……『塹壕』の二文字が頭に浮かんだ瞬間、我ながら馬鹿らしい考えが浮かんだ。実行できるわけがない。剣をどれだけ巧みに振り回した所で、無数の銃口に成す術などないのだから。
そもそも自分が人間同士の戦場に出るなど、早々ありはしないだろう。経験値の実入りよりもリスクが大き過ぎだ。それにこの国では二百年間大規模な戦争が起きていない。自分が現役のうちに突然、なんて可能性は低い。
というか、もしそうなったら逃げる。命を懸けて戦場を駆るのはごめんだ。
「ですが、冒険者稼業ではかなり使えるのは事実ですね」
「それはそう」
森や洞窟等の狭い場所で、銃ではなく牙と爪を主として戦う怪物達。
それら相手なら、強化魔法は間違いなく有用である。おとぎ話の英雄の如く、迫りくる牙を避け恐ろしい化け物の喉を手にした武器で貫くのだ。
白魔法は……可能なら習得したいが、コストが高すぎる。経験値に余裕ができてからとなるな。それまでは『薬草』関係の技能を持っているので、それで怪我や毒は対処しよう。
「浪漫があるよなぁ、相棒!!見上げる程の怪物を相手に大立ち回りってのはさ!」
「……まあ、否定はしません」
鍋をかき混ぜながら答える。
そう言った話に憧れがないと言えば嘘になる。前世からファンタジーものの漫画やゲームにはそこそこ嵌っていたのだ。
トロールとの戦いも、もう一度やりたいとは思わない。だが、その記憶……いいや経験値を変換した事で『記録』とも呼べる今、思い出して心が躍らないわけではないのだ。
「……料理が出来上がりました。お皿を」
「ほいほい。良い匂いだねー、シュミット君の『コンソメスープ』」
スープの入った飯盒の蓋を前に、アリサさんが目を輝かせる。
そう、コンソメスープである。この世界に生まれて初めて知識チートぽい事をした気がするが、それがまさか料理とは。
作り方は至ってシンプル。街にいた時に宿の食堂で余った野菜の切れ端等を格安で貰い受け、ついでに厨房も貸してもらってひたすらみじん切りに。
そして買ってきたベーコンもみじん切りに。大変な作業だが、そこは剣術の応用で。
短剣術にナイフが含まれていたおかげで、みじん切りを通り越して液体と呼べる領域まで野菜とベーコンを刻む事ができた。人力ミキサーみたいなものなので、滅茶苦茶疲れたけど。
更に塩と胡椒を投入してかき混ぜる。胡椒は高いイメージがあったが、この世界では普通に一般家庭で使われていた。蒸気機関の発達が原因かもしれない。
で、ここからが一番面倒な工程。底の広いフライパンでひたすら煮詰める。
この部分がこの世界では馬鹿にならない労力とコストがかかるのだ。なんせ、ガスコンロなんて物は一介の宿屋にはない。王都のお高い所ならあるいは、というぐらい。
だが、そこはそれ。ファンタジーな世界なのだから魔法に頼った。具体的に言うとアリサさん。
彼女に弱火ぐらいの炎を延々と出してもらったのである。『移動中とかに美味しい物が食えるぞ』と釣って。
ホイホイやってきた彼女が飽きて一人しりとりを始めるぐらい木べらでペーストになり始めたのを潰したりしながら煮詰め、そこから更に清潔な紙を敷いた容器で一晩寝かせて粒状のコンソメが完成。余分な脂は紙が吸ってくれる。
正直、前世の市販されていた物より確実にまずい。それでも常温で二カ月近くは保存が効く。旅のお供には十分すぎるはずだ。
え、なんでそんな物のレシピを覚えていたのかって?
開拓村での数少ない楽しみは前世の使えそうな記憶を思い起こして、地面に日本語で書いては消してを繰り返し記憶を保持し、それを上京した後に使って成り上がるのを妄想する事だったからですが、何か?
「お~。前に王都で食べたコンソメスープと同じぐらい美味しいよこれ!」
「それは良かったです」
なお、コンソメスープ自体は既に存在する模様。『魔の森』を隔てた、海路で行く事ができる大陸の西側にある王国でほんの十数年前に開発されたそうな。そこは食文化が盛んで色々な料理が日々作られているらしい。
知識チートと言っても、この程度が限界なのが悲しい所である。アリサさんの話ではそれ以外にもその王国でプリンを始めとした色々な料理が作られているそうな。
他に前世の知識を活かせそうなのは、精々銃器や電化製品の『未来の姿』とも言える物を知っている事ぐらいか。
試行錯誤の先を知っているのは十分にチートと言える。ただし、それらはまず成り上がってからでないと活かせそうにない。アイデア料なんぞ二束三文で買いたたかれるのがオチである。そもそも信用が足りん。
冒険者稼業以外でアリサさんの力を過度に借りたくはないので、彼女の伝手や名前を使うのも避けたい。まずは、どうにかして剣腕で上を目指すか。
「うん、美味しい」
味見はしたが、ちゃんとコンソメスープだ。
具材は缶詰の豆とベーコン。そしてその辺で採った山菜だが、十分に美味しい。コンソメは偉大である。
……だが、そのうち味噌や醤油も手に入れたいものだ。あいにく、自力で作るのは成り上がった後でも難しそうだが。
今は温かい食事に舌鼓を打ち、夜の見張りをする為英気を養うとしよう。
* * *
そんな道のりを経て目的の村につき、すぐに仕事に取り掛かったわけだが。
「おおおおおおお!?これ娯楽小説で見たやつだあああああああ!」
「言っている場合ですかぁ!!」
狭い通路を、巨大な岩の球体に追いかけられる事になっていた。
ここのどこが研究施設だと言うのだ!!
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。