第十八話 西の事情
第十八話 西の事情
「二百年前の研究施設、ですか?」
冒険者ギルドの受付。そこでライラさんの提示した依頼書にアリサさんが目を通していくのを横から覗き込んだ。
『依頼内容』
イチイバルより西にある村に鉱山があるのだが、掘り進めていくうちに帝国との戦争の為に作られた魔法研究の施設とぶつかってしまった。
未発見の物であり、内部の警備用ゴーレムが暴走している。鉱山の再開の為、ゴーレムの破壊と研究施設に他の危険がないか調査を頼みたい。
報酬:一人につき十セル。最大五人まで。
「……残念ながら『まだ読めない』ので、説明をお願いしてもいいでしょうか。ライラさん」
この街に来て冒険者となりまだ一カ月経ったかどうか。登録の時に読み書きができず代筆を頼んだ男が、すぐに文字が読める様になったというのも不自然だ。
そんなわけで、少し申し訳ないがライラさんに視線を向ける。
「はい。二百年前の物と申しましても、歴史的価値は低いと現地の資料から判断されています。その為、銃火器の使用も許可されている依頼です。内部のゴーレムを掃討し、危険はないと判断して頂けたのなら依頼完了となっています」
「……あの、それでもかなり昔の物ですよね。大事にしなくていいんですか?」
前世日本だと二百年前となればまだ江戸時代。幕末と呼ばれる終わり頃ですらない。その時代の施設が見つかったとなれば、結構なニュースとなるだろう。
更にはまだ動いている人形……ゴーレムがあると言うのなら尚更だ。
「そうですね。人の歴史で二百年は十分に長いので、十数年ほど前まではそういう意見も王都で多数あったのですが……」
「二百年前のそういう施設。国内だけでどれだけあると思う?シュミット君」
楽しそうな笑顔で問いかけてくるアリサさんに、少し考えてから答える。
「その口ぶりからして数が多いようなので、百ぐらいでしょうか」
「ブッブー!残念賞!正解は~、千二百でした~!」
「せっ……」
それは流石に多すぎではないか?他の時代を含めたトータルではなく、『二百年前の物』だけでそれというのは異常に思える。
「ダイナマイトと蒸気機関が広まり、採掘の速度や技術も向上しまして。それによりここ十年と少しで千以上の研究施設が発見されたのです」
「まあ正確には百数十年前のもあるけどね。セルエルセス陛下からドルトレス陛下の時代は色んな魔法の研究施設が作られたらしいから。ピンからキリが激しいし、帝国からの間者対策で偽装の物もあったらしいけど」
「なる、ほど……?」
「それだけ数があるとありがたみも薄れるし、特に重要とされている物にはドルトレス陛下の手記に名前と場所が残されているから、それ以外の施設はだいたいこんな感じで雑に扱われるもんだよ」
それでいいのか、歴史的な価値とか観光資源とか。
……いや。それは前世の文化や文明であって、この世界の価値観とは異なる。自分がとやかく言う事でない。
「それで、その研究施設で自分達はゴーレム?とやらを殲滅し内部に危険な物がないかを確認すればいいのですね?」
「はい、その通りです。期間も長めですし、『四体のトロール』を倒したお二人なら可能かと」
四体の部分を強調するライラさん。黒魔法使いの、という点には触れる気がないらしい。自分も同感である。
「……どう思います、アリサさん」
聞くまでもない気がするが、自分達のパーティーの長は彼女である。一応聞くのが礼儀だろうと考え、視線を向けた。
「もちろん受けるに決まってんじゃん!もしかしたらドルトレス陛下の手記にも載っていない掘り出し物があるかもしれないし、何より浪漫がある!いいよね、シュミット君!!」
「構いません。報酬も悪くありませんし」
「よっしゃぁ!ライラさん!この依頼、私達が貰います!!」
「ええ。よろしくお願いします」
そんなこんなで、依頼を受ける事になった。
* * *
流石に今回は徒歩だと遠いので馬車で向かう事になった。自分はてっきり駅馬車にでも乗るのかと思ったのだが……。
「……なんで今回も馬車を借りているんですか」
「えー、だってこういうのは自分達のペースで行きたいじゃーん」
自分に伝手があるからとアリサさんに任せた結果、トロールの時ほどのグレードではないにしろ幌馬車を借りて件の村に向かう事になってしまった。
このお嬢様、報酬以上の金を使う気満々である。
「……半分、レンタル料を出します」
「それはいいよシュミット君。私が駅馬車をあんまり使いたがらないのは、トラブル防止の為だからねー。完全に私個人の事情」
「……ああ。そう言えば女性が駅馬車で移動するのって珍しいんでしたっけ」
「親兄弟と一緒ならそこまではって感じだけど、それでも周りの視線が気になるしさー。実は半日で行ける以上の距離は使った事ないんだよねー。身の危険を感じるし」
御者台で手綱を握るアリサさんを見やる。
彼女は自分で『天下一』とか言うだけあって、かなりの美人さんだ。その上スタイルも抜群。確かにこれほどの女性と狭い駅馬車で一緒になり、日を跨ぐ移動をするとなれば不埒者も出てくるかもしれない。この人なら撃退は容易だとしても、煩わしいし何より人の悪意に対する恐怖はあるだろう。
自分は駅馬車を使ったのがまだ一回だったのでその辺の事が頭から抜けていた。
「ん?トラブルを気にするのに僕と二人で移動するのはいいのですか?」
「だってシュミット君見た目女の子だし。警戒心を抱かなくていいかなと」
「この場で全裸になってやりましょうか……」
「ちょ、冗談だって!?信用しているんだよ、信用!」
耳まで顔を赤くしながら振り返るアリサさん。そう言う所はお嬢様らしい。
「信用も何も、まだ会って一カ月経つかどうかですが」
「ふっ、時間なんて関係ないのさ相棒……君だって私の事を信用しているだろう……?」
なに気取ってんだこのお馬鹿様。
「いえ。腕は信用していますが人格まではそれほど」
「そうなの!?」
「お金持ちだから勝手に人の財布を盗んだり、報酬の独り占めの為に後ろから撃ってくる事はないなとは信じています」
「発想が物騒!?」
冒険者なんてそんなもんだと思う。
「えぇ……ショックだよシュミットくぅん……私と君の友情はそんなもんなのかよ相棒ぅ……すんすん……すぅんすぅん……」
ちょ、泣き出したのかこの人。
たらりと汗を流す。何だかんだ言って、この人は恩人だ。街に出て想定違い過ぎる光景に右も左もわからぬ状態となった自分に声をかけてくれて、冒険者になる為の道筋を示し資金まで提供してくれた。
足を向けては眠れない相手であり、大切な仕事仲間兼リーダーだ。
「……まあ、いい人ではあると思っていますよ。人格面も腕前も、背中を預けられる程度には信じています」
「そう言うチョロそうな所が君を信用できる理由だよシュミット君」
こっちを振り返って『バチコーン☆』とウインクをするアリサさん。当然その眼には涙などないし、目元に泣き痕もない。
つまりさっきのは噓泣きであったわけだ。その上での言動に、ちょっと剣を抜きかけた自分は悪くないと思う。
その剣呑な気配を感じたのか、アリサさんが馬車を運転しながら話題を変えた。
「そ、そう言えばシュミット君!『瞑想』はどんな感じかな!?」
「……中々感覚を掴むのに苦労しています」
瞑想。別に禅の心に目覚めたとかそういう事ではない。魔法の習得。それに必要な事なのである。
「ありゃぁ。まあ親から直接魔法を教えてもらえない次男三男用の練習だからねぇ。専用の道具があれば他の方法もできるんだけど」
「心臓から全身に広がる生命力の波動、でしたか」
「そうそうそれそれ」
なんでも、生物であれば大なり小なり魔力というものがあるらしい。
かつて、貴族の祖先とも呼ぶべき人達は比較的高い素養を持つ者達だったとか。更に代を重ねるにつれ他家の魔力の多い者と婚姻を重ねていき、平民の平均よりも高い魔力量を誇る……らしい。
だから突然平民の中から貴族なみの魔力を持った天才が現れる事もあるし、その逆もしかり。だが、平民は基本的に魔法を学ぶ機会がないので才能があっても埋もれる事が多いそうだ。
「シュミット君は一代目にしてはあり得ないぐらい魔力量が多いから、たぶん瞑想だけでも暫くしたら第一歩が出せるんじゃないかな」
「……頑張ります」
もう一押し。その辺りまでは来ているのだ。
魔法には血液が重要なファクターになると聞いた。そして心臓となれば、血流への意識が重要なはず。後はそこをどう感じ取るか。
「そう言えばシュミット君。話は変わるんだけど、このゲイロンド王国の西側ってどうなっているか知ってる?」
「いえ。ほとんど知りません」
「じゃあ、たぶん必要ないけど注意事項。『獣人と通常の動物を同一視するような発言はしない』様にね。相手からしたら宣戦布告も同義らしいから」
「獣人、ですか」
獣人。前世日本の創作でよく出るアレである。
人に獣の耳や尻尾が生えただけの者もいれば、二足歩行の獣同然の者もいるとか。
「気をつけます。その獣人の方々は西部の方に国があるのですか?」
「そうだよー。正確には北西。西の未開拓な『魔の樹海』と、更に北にある帝国とも接している地帯。そこに彼らの国……というか平原があるんだ」
「平原?」
疑問符を浮かべると、アリサさんも不思議そうに首を傾げた。
「そうなんだよ。あの人達、決まった家を持たなくってね。馬とか羊。色んな家畜を連れて平原を転々とするんだ。そして馬に乗って帝国から色んな物を略奪しているとか。私も詳しくは知らないんだけどね」
「……遊牧民?」
「ん?シュミット君の前世とやらにも似た様な人達がいたの?」
「獣人ではありませんが、そんな感じのは。一大国家を作り上げた後、後継者問題で崩壊しましたが」
まあ力を失った理由に他の国家が遊牧民の騎兵に対抗策を練る様になったから、という話も聞くが。有名どころだと万里の長城。
それにしても獣人って『モンゴル』に近い、のか……?流石に丸っきり同じという事はないだろうけど。
「なんでも、二百年前の戦争まではうちの国とも険悪だったらしいよ。セルエルセス陛下の時にも色々あったけど、ドルトレス陛下が色んな契約とか取引をして王国に略奪行為をしない様にさせたとか。今では対帝国の同盟関係ですらあるよ」
「ドルトレス陛下すご……」
もうその人もチート転生者ではないかと思えてきた。だが、恐らく違うのだろう。
野生のチート、と言うのは変だが。転生関係なくリアルチートな人物というものはいるらしい。
「あ、それと獣人も鉄砲をあまり使わないらしいよ」
「そうなんですか?」
「うん。音と臭いが駄目なんだって。あの人達は人間よりも身体能力が高い分、そういうのは駄目みたい」
「それは、また……つまり、未だに剣と弓矢で?」
「そうだよ。小型なのに強力な弓矢を馬に乗りながら使うし、サーベルみたいな剣を手に突撃もしてくる。でも未だに強い。それが獣人なんだってさー」
……やはりモンゴルでは?いやあそこはむしろ火薬の武器結構使っていたけども。
「とにかく、獣人に会ったらその辺注意してねー」
「わかりました。それはそうと、『魔の森』というのは?」
「……私より、君の方が詳しいと思う。あの辺の開拓の為に色々しているって聞いた事があるし、たぶんシュミット君のいた村もその一つだよきっと」
「あっ」
うちの村やその近隣、魔の森とか言うのを開拓していたのか。
「帝国との戦争から二百年。技術も進んで、王国は手つかずの西部地方を開拓して行っているのさ。海路で行ける別の国も大陸の更に西側にあるらしいし、そこの国境線が伸びてくるより先に領土を広げたいんだってー」
「……そうですか」
お上のそういった思惑は、理解できる。だが、あの村に戻って開拓事業に加わろうとは思えん。
あそこは本当に酷い所だった。それ以上語る気もない。
「色々と教えていただきありがとうございました。少し、瞑想をしてみます」
「OK。もう少し進んで休憩できそうな所を見つけたら声をかけるよ」
「ええ、お願いします」
ガタゴトと揺れる馬車の中で胡坐をかき、剣を脇に置いて指を組む。
お世辞にも心地よいとは言えない荷台の上も、あの村での『小屋』に比べればよほど安心できる場所だ。
じっくりと、自分の内側に意識を向けていった。魔力とやらを感じ取る為に。
カチリと、錠が外れる音がした。
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