第十七話 騎士の態度
第十七話 騎士の態度
首を垂れたままの騎士様を前に、アリサさんが困った様な笑みを浮かべる。
「今の私はただの天下一の美貌を持った凄腕冒険者です。顔をお上げください、騎士殿」
謙遜してんのか自己評価しまくっているのかどちらなんだ。
困惑する自分とは違い、騎士様は至って真面目な様子のまま返した。
「お言葉ながら、御身に敬意を払わぬ貴族などこの国にはおりません。たとえ───」
「もう一度言います。顔をお上げください、騎士殿」
凛とした声。思わず隣にいた自分まで肩をびくりと跳ねさせてしまう。
咄嗟にアリサさんの方に視線を向ければ、彼女はいつもの『へらっ』とした笑みを浮かべていた。
「そんな畏まらないでくださいよぉ『騎士様』。私は王都に店を構えるとある大きな商家の放蕩娘。そんな身分の者に頭を下げていたらお家の名前に傷がついてしまいますよー」
「……御意」
少しだけ迷った後、騎士様が立ち上がり背筋を伸ばす。
白髪交じりの頭髪ながら、精悍な顔立ちのがっしりとした体格をもった初老の男性。身に纏う華美にならないながらも仕立ての良い貴族服もあってか、対面するだけで威圧感さえ覚える御仁だ。
「では、改めて。私はイチイバル男爵家に騎士として仕えるアンドリュー・フォン・ブラウン。貴族に一応は含まれるが、正式には『準貴族』と呼ばれる存在だ。どうか『公の場ではないので堅苦しい態度は遠慮して頂きたい』。この場では円滑な情報交換を行いたいのだ」
……あ、これ遠回しに『こっちも砕けた態度とるけど貴女も私相手にあんまり畏まらないでください』って意味か。わかりづら。
アリサさんは少しだけ苦笑した後、手に持っていた帽子を胸に当て軽く一礼する。
「承知しました、騎士様」
「………」
それに倣い、無言のまま自分も頭を下げる。
正直、こういう時どういう態度をとれば良いのかわからない。とりあえず許可なく喋らない方がいいのか?
「では、早速本題に移ろう。どうぞ席に」
「はい」
「……はい」
応接室にあった椅子に一礼してから座り、アリサさんの隣に。
これ大丈夫だよね?『お前なにアリサ様の横に座ってんねん』と怒られないだろうか。
だがこちらの不安に反し、騎士様は特に気にした様子もなく話し始める。
「まず聞きたいのは、『ライカンスロープと遭遇した一件』についてだ。ここ最近頻発している目撃例のない場所で魔物が出現した事についてイチイバル男爵も頭を悩ませている。遭遇し、戦闘になった事の子細を知りたい」
……そこから?
黒魔法使いの事だけではなく、ライカンスロープの件も事情聴取があるらしい。獣が普段見ない所に現れるのは確かに領主が気にする事と言えばそうだが……それでも、自分が思っていた以上に大ごとなのかもしれない。
「その事については、こちらのシュミット君が詳しいかと」
「!?」
待って。突然のパスはちょっと聞いてない。
「ほう……では、その時の事について詳しく頼む」
「はい、わかりました」
背筋を伸ばしたまま、できるだけ分かり易い様に当時の事を話していく。
当初の依頼から村長の対応。ライカンスロープと森コボルト達の様子についてを語っていった。
話しを進め時折投げかけられる騎士様の問いに答えていけば、何故かその眼が段々と鋭くなっている気がした。
「……ライカンスロープの件は概ね理解した。では、黒魔法を使うというトロールに関して話を聞きたい」
「はい。と言っても私は直接戦闘をしたわけではないので、これもシュミット君の方が詳しいでしょう」
またかぁ……。
胃壁がゴリゴリ削れるのを感じながら、全力で言葉を選びながら口を動かす。ここ最近で一番脳みそを使っている気がしてきた。
何がアレって、騎士様に対してだけではなくアリサさんに関する事柄を喋る時も注意しなければならないのがきつい。決して『この人まぁた変な事をしてぇ』と言ってはならんのだ。そんな事を口にした瞬間騎士様の顔が凄い事になるのは目に見えている。
どうにかこうにか話し終えた頃には、背中にびっしょりと汗を掻いていた。
「……これは本件には関係のない事なのだが、質問したい」
「はい、なんでしょうか」
「シュミット。君はどこの生まれだ?」
探る様な目。あ、これ言葉選び過ぎて逆に身分を疑われているやつだわ。
「どこ───」
「彼は開拓村の農民の家に生まれた三男坊。そう、私は『確認』していますよ。騎士様」
おい思いっきり含んだ感じに言うんじゃないお馬鹿様。
ニッコリと笑みを浮かべて言い切ったアリサさんに、騎士様が深く頷く。
「なるほど、理解した」
絶対にわかっていない。
「詮索はしない。先の質問は忘れてくれ」
「……ありがとうございます」
言えねぇ。ここで殊更に『ただの開拓村の平民です』と言い募っても逆に怪しい。
それに開拓村の三男坊と認識されたらされたで、『じゃあなんで開拓村の平民にしては喋り方がしっかりしてるん?』とツッコまれかねん。転生者である事を言いふらすのも恐いので、アリサさんのフォロー……フォロー?に、のるしかない。
そこからアリサさんが仕留めた『日光を浴びても動けるトロール』に関しての話もして、騎士様は持っていたメモ帳をパタリと閉じた。
「二人とも疲れている中突然の訪問に答えてくれた事、感謝する。ライカンスロープの一件では『保険』が適応される事も確約しよう」
ようやく話が終わるらしいので、態度には出ない様にしつつ内心で安堵の息を吐く。
こっちは本当に疲れているので、勘弁願いたい。それがあちらの仕事だとはわかっているが、限度というものがある。その辺、貴族の方々は平民に対して───。
「それとトロールの件だが、その働きに対してイチイバル男爵が一人十五セルの報酬をくださるそうだ。君達が使った馬車、及び油と酒瓶の費用もこちらが出す」
───貴族様は下々の者達の事をよく理解して下さっている。イチイバル男爵様万歳。
「代わりに、この件についてはこれ以上の詮索をしない様に。ここから先は教会と我々が対応する」
「承知しました」
「はっ」
頼まれても関わりたくないがな。特に黒魔法関連。散々厄ネタであると聞いたので。
「では、長い時間ご苦労であった。後は好きにすると言い。私はギルド長にも話を聞きに行く」
そう言って席を立った彼は、扉から出ようとした所で見送る為に立ち上がった自分に振り返る。
「シュミット」
「はい」
「……そちらの女性の事を、よろしく頼む」
それだけ言って、騎士様は去って行った。
足音が聞こえなくなった辺りで緊張の糸がきれ、椅子の背もたれに手をついて大きなため息を吐き出す。
「つっかれた……」
「ねー」
その割にはケロッとした顔のアリサさん。だが微妙に体幹が揺らいでいる気がするので、彼女も表面上はともかく内心は疲労困憊なのだろう。
「もうさっさと帰りましょう。僕はご飯も後にしてベッドで寝ます。……いえやっぱりご飯は食べてから寝ます。栄養は大事なので」
「……シュミット君は、聞かないんだ?」
「はい?」
早く宿に向かいたいのに呼び止めてきたアリサさんにノロノロと振り返る。
少しだけ気まずそうにした彼女が、こちらに『へにゃり』とした笑みを向けていた。
「ほら。騎士殿の私への態度とか、色々」
「別に。正直どうでもいいので」
「どうでもいい!?」
「えー……だって元々貴女が高貴なお生まれであった事は察していましたし、今更というか。普段のトンチキさもあって『そっかー』としかならないんですよね……」
「トンチキ!?」
「アリサさん、ちょっと声のボリューム下げてもらっていいですか。疲れてるんで」
「あ、ごめん」
数日に及ぶ不眠不休の狩りも行えるこの身だが、それは気の抜き方を知っているだけ。今回の件は別種の疲労感がのしかかっている。
眠気に抗いながら、アリサさんに向き直った。
「そちらが『敬え』と言わない限り、こちらとしても態度を変えるつもりはありません。貴女は恩人であり信頼できる仕事仲間ですので、これまで通りいきたいと思っています。それが気にくわないのでしたら今すぐ直しますが」
というか、これまでの言動から『こういう態度』を望んでいるのだろう。こっちとしてもその方が楽でいい。
前にも言ったが、美人で腕利きの冒険者。その上お金持ちな仲間と仕事ができる幸運を自分から手放すほど自分はお人よしではないのだ。
「……ううん。それでいい。いいや、それがいい」
深く頷いた後、アリサさんがカウボーイハットを被る。
「そういう事だから今後ともよろしくな相棒っ!!」
「声がでかい。眠い頭に響くので静かにしてください」
「あ、ごめん」
無駄にいい笑顔でサムズアップするアリサさん。今は勘弁してください。
部屋の時計を見たら二時間近くも騎士様相手に喋っていたのか、僕は。教会の事も含めたら五時間以上事情聴取されていた事になる。
肩は凝ったし腰も固まっている気がする。これは軽い食事をとった後ストレッチをしてから寝た方がいいな。
「では、僕は失礼します。また明日」
「お、おう。じゃあ朝に冒険者ギルドの前でね」
「はい」
ふらつきそうになる足に力をいれて、ギルドを出る。あー、しんど。
それでもやっと休めると思えば、両足はきちんと動いて宿に向かうのだった。
……それはそうと、アリサさんの御実家って何者なんだろうか。騎士様からこの国の貴族で敬意を払わない者などいないとか言われていたけど。
……うん、考えない様にしよう!深く知ってはいけない事も世の中にはある!!
* * *
翌日。
ライカンスロープの毛皮にその討伐報酬。そしてトロールの一件も加わり二十五セルという大金を手に入れる事ができた。
まだまだ余裕を持った生活に。というのは難しいかもしれないが、それでも大きな一歩である。
自分へのご褒美に何か……それこそ『夜のギルド』にでも行こうかという邪念を振り切り、ここは装備の新調と剣の手入れでもと考えた。ある意味今後への投資である。
そんなわけで合流したアリサさんと二人ハンナさんの店に行ったのだが。
「……お前、今度は何を斬った」
「その、トロールを少々……」
「……トロール……いや、いい。腕がいいのは知っている。だが、あいつらの油は武器殺しで有名だ。覚えておけ」
剣を見せた途端凄まじい眼光で睨みつけられた。
いや、うん。馬車の中とか宿で手入れした時に、『やけにテカっている気がするな』とは思っていたのだ。それがまさか『武器殺し』なんて恐ろしい単語が出てくるとは。
たらりと、頬に冷や汗が伝う。
「前に渡した保管用の物を始め、適した油なら手入れに使える。だがトロールの油は錆びを速める上に場合によっては刀身を溶かす。よく覚えておけ」
「す、すみません。あの、その剣は……」
「舐めるな。ドワーフが打った剣はこの程度で駄目にはならない。トロールの油を落とすのは素人じゃ難しいが、教えるから覚えろ」
「はい」
「今回はアタシがやる。授業料と手入れ代は貰うからな」
「はい」
……どうやら、装備の新調はもう少し先になりそうだ。
「……私が出そうか?トロール退治も私が言い出したし」
「いいえ。自分の仕事道具は自分で管理しなければなりませんので」
そっち方面の誘惑はやめて欲しい。既に現在の装備代や宿代はアリサさんから最初に貰ったお金である。これ以上堕ちたくはない。
プライドで飯は食えん。それは村での生活でよく学んだが、だからと言って投げ出すタイミングぐらい己で選びたい。
冒険者稼業で左団扇な生活を送れるのは、はたしていつになる事やら。
……いっそ、多額の賞金がかかった首でもその辺に転がってこないものか。
そんな馬鹿げた考えさえ浮かび、思わず乾いた笑いさえ出てきた。
アリサさんでもあるまいし、らしくない妄想をしたものである。そんな事、起きるわけがないのに。
今は真面目に、剣の手入れの仕方を覚えるとしよう。
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