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この謎が解けますか? Re...  作者: 『この謎が解けますか?』 企画室
永遠
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時の果ての殺人 第三章「悪夢の真実」

 一里塚の衝撃的な発言から数分後、重苦しい空気の中で、一里塚はゆっくりと榊原に向き直った。

「さて……それで、榊原さん。そういうわけですが、これからどうするつもりですか?」

「どうする、と言うと?」

「事件はこのような状況になったわけですが、榊原さんはこの先どう行動するつもりなのかと聞いているんです。このまま我々と一緒に捜査を行うか、それとも我々とは別に勝手に動くか。出方次第ではこちらも対応を変えなければなりませんが」

「随分な言い方だな」

「私は、事件を解決するつもりなら何でも利用するつもりです。榊原さんという切り札が天から転がり落ちてきたのに、それを見過ごすような事はしません。それは榊原さん、あなたの教えだったと思いますが」

 その問いに対し、榊原は少し考えるとこう言った。

「……私が今回淀村さんから受けた依頼は『米内涼香の記憶に残る謎の殺人事件の真相を暴く事』だ。その事件は十三年前の震災の際に起こった江花親子の殺害事件だという事が今わかった。これは正式な依頼だから淀村さんからの依頼が取り消されない限り調査をやめるつもりはない。淀村さん、一応聞きますが、この状況で依頼を撤回する気はありますか?」

 そう問われて、後ろの淀村ははっきりと首を振った。

「いいえ、むしろますます解決してもらわねばならなくなりました」

「そして、事がここに至った以上、米内涼香殺害事件が十三年前の事件と繋がっている事は明白だ。そして、淀村さんを介しているとはいえ実質的な事件の依頼者ともいえる彼女の死を放っておくような事を私がすると思うかね?」

「いいえ。確実に彼女の死の真相を暴こうとするでしょうね」

 一里塚は肩をすくめながらそう言った。彼の性格の事はよくわかっているのだろう。

「ならわかっているだろう。私がこの先どのような対応をするかなど」

「……協力してもらえるんですね?」

 一里塚の確認の意味を込めた問いに、榊原は頷いた。

「ここまで来たら乗り掛かった舟だ。この際、とことんまで付き合わせてもらう。構わないね?」

「もちろんです。むしろ、こちらからお願いしたいほどです。こっちとしても、もうこれ以上の犠牲を出すわけにもいきませんのでね」

 と、そこまで一里塚が言った時だった。不意に一里塚の携帯電話が鳴った。一里塚は会話を中断して素早く電話に出る。

「はい、一里塚です。……内沢一課長ですか」

 相手は県警捜査一課長の内沢のようである。それからしばらく一里塚は内沢と何かを話している様子だったが、やがて難しい表情で電話を切ると、そのまま姫奈たちに向き直った。

「一課長からです。エスナの教祖が殺害されたという事で、岡山県警が合同捜査を提案してきました。こちらの状況を見ながらエスナへの強制捜査に持ち込む腹積もりのようですね。それと、先程連絡があったように、福岡県警も合同捜査の提案を正式に県警本部に通達してきたようです。一課長はこれについて断る理由はないと判断しています」

「すでに山本警部たち広島県警とは合同捜査を行っていますから、所帯がかなり増えますな」

 光沢が渋面を作るが、一里塚はさらにこう続けた。

「いえ、それだけですまないと思います」

「と言うと?」

「先程の話し合いで、この一件に十三年前の江花邸での事件が関与している疑いが濃厚になりつつあります。こうなってしまった以上、兵庫県警とも正式な捜査協力を取るべきだと私は考えます。それと、それに関連して十三年前の事件で大きな役割を果たしていると思われる江花七雄の元妻で厚生労働副大臣の種ヶ崎由佐子の事を調べる必要性が出てきていますが、東京にいる彼女の事を調べようと思えば警視庁側の協力が必要です。どのみち、東京在住だった米内涼香の家宅捜査をお願いするつもりではありましたが、ここはもう巻き込んでしまった方が得策だと思われます」

「それでは……」

「えぇ。今、一課長に頼んで兵庫県警と警視庁にも合同捜査の打診をしています。それに、榊原さんの捜査協力についても許可をもらいました。十一月の県警での事件で向こうも榊原さんの実力は知っていますから、すんなり話は進みましたよ。そんなわけで、午後六時から警視庁、兵庫県警、岡山県警、広島県警、山口県警、福岡県警の六県警の捜査一課係長級による情報交換を、山陽小野田署ではなく山口県警本部で実施する予定です。榊原さんにも、ここに同席してもらいたいと思っています」

 その場の誰もが絶句した。六つの県警による合同捜査……事件は、もはや一つの県警ではどうにもならないほどに大規模化してしまっていたのである。だが、当の一里塚はそんな事など気にする様子もなく、全員に呼びかけた。

「とにかく会議までに情報を集めたいので、麗香さんと淀村弁護士には後ほどお話を伺いたく思います。乃木坂先生は予定通り解剖を。立ち合いはさっきも言ったように光沢がしますので」

「わかりました」

 乃木坂は頷くと、そのまま解剖室に消えていく。

「あの、私は……」

 姫奈がそう尋ねると、一里塚はこう言った。

「海江田警部は光沢さんと一緒に行動してください。この状況で捜査をしろというのは酷でしょう。解剖が終わるまではここで休んで、解剖が終了した後は光沢さんと一緒に捜査をしてください。捜査方針はこちらから連絡します」

「……わかりました」

 姫奈としてはそう答えるしかなかった。確かに、気持ち的にもかなり疲弊していて休めるというのはある意味ありがたかった。さらに、隣で玲於奈がこう言い添える。

「大丈夫。解剖が終わるまでは私もここで付き添うわ」

「ありがとう」

 と、そこで一里塚は光沢を呼んだ。

「ちょっと」

 そのまま姫奈に見えないところまで引っ張ってくると、小声でこう指示を出す。

「私の言いたい事はわかりますね?」

「えぇ。嬢ちゃんたち三人の監視と護衛、ですね」

 光沢の簡単な答えに、一里塚は頷いた。

「はい。もし、この事件が本当に十三年前の江花邸の事件を発端にしているなら、次に狙われる可能性が高いのはあの三人です。さっきも言いましたが、私はもうこれ以上の犠牲を出すつもりはありません」

「同感です。特に嬢ちゃんには注意する必要がありますね」

 そういう光沢に、一里塚も深く頷いた。

「その通りです。あの見取図を見る限り、海江田警部も米内涼香同様に何かを見ていた可能性が高い。今のところ記憶は戻っていないようですが、もしあの事件が今回の事件に絡んでいるなら、一番狙われる可能性が高いのは彼女です」

 そう言うと、一里塚は光沢に頭を下げた。

「私は六時からの会議である程度の決着をつけるつもりです。そのために榊原さんも介入させました。こちらの会議で何か進展が出るまでの間、海江田警部の事をよろしくお願いします」

「了解です。では」

 そう言うと、光沢は解剖室の方へ向かっていく。それを見送ると、一里塚は傍らで聞かぬふりをしていた榊原に呼びかけた。

「行きましょうか」

「あぁ」

 二人の名探偵は頷き合うと、そのまま病院を後にしたのだった。


 午後六時、山口県警本部会議室。そこに、事件に関係する各県警捜査一課の係長たちが集結していた。山口県警からは一里塚京士郎警部。広島県警からは山本隆景警部。福岡県警からは三崎康夫警部というおなじみの面子だが、そこに新たに三人のメンバーが加わっていた。

 まず、エスナ関連事件を管轄している岡山県警からは、五十代半ばくらいのこの中で最年長となるベテラン警部が参加していた。その警部は軽く頭を下げると、淡々と自己紹介する。

「岡山県警刑事部捜査一課係長の相模原義平さがみはらよしひらです。この度は、合同捜査の要請を受けて頂きありがとうございます」

 続いてその隣に座るのは、急遽一里塚の要請で参加する事となった兵庫県警の警部だった。年齢は光沢と同じ四十代半ばくらいだろうか。彼は相模原に引き続いてこう挨拶した。

「兵庫県警刑事部捜査一課係長の吉岡幸市郎よしおかこういちろうです。我々も十三年前の事件について興味深く思っています。有益な情報が出る事を期待しています」

 そんな吉岡の隣には、同様に急遽呼び出されて駆けつけてきた警視庁刑事部捜査一課の警部がいた。温厚な表情をしながらもどこか凄みのある雰囲気を醸し出す初老のその男は微笑みながらこう挨拶する。

「初めまして。警視庁刑事部捜査一課第一係係長をしています国友純一郎くにともじゅんいちろうといいます。よろしくお願いいたします。しかし、榊原君がいるとはこちらとしても予想外ではありますね」

 口調はあくまで温厚そうに言いながら、国友はそうコメントした。その視線の先にイレギュラーの七人目……アドバイザーとして急遽会議への参加が決定した元警視庁捜査一課警部補の私立探偵・榊原恵一の姿もある。榊原にとって、国友はかつての職場で先輩格だった人間である。

「こちらも成り行きでしてね。ただ、かかわった以上は全力を尽くしますよ」

「心強い話です」

 こうして、七人の捜査のエキスパートたちが集結した。そして午後六時きっかり、一里塚の音頭でこの事件に関する検証が開始された。

「では始めます。皆さん、この度はご足労頂いてありがとうございます。まず、今回問題になっている事件についての確認をしたいと思います。詳しくはお手元の資料をご覧ください」

 そう言われて、刑事たちは手元の資料に目を通す。十三年前の阪神大震災当日に起こった江花邸での事件。一月九日に東広島市で起こった模型商・新浪南平の殺害事件。一月十五日に発生し、十七日に遺体が発見された石清水康義と長平樹里亜の殺害事件。そして今日、すなわち一月十八日に発生した塩賀美智子と米内涼香の殺害事件。合計すると七名もの死者が発生しているわけだが、それらの事件について今までわかっている範囲での情報共有がなされる。

「……基本情報は以上です。では、そこにさらに付け加えるべき情報について述べていきたいと思います」

 一里塚はそう言うと、話を続けた。

「まず、本日発生した塩賀美智子、米内涼香の事件に関する最新の情報です。現場検証を行った結果、火災の原因は二人のいた『クイーンパルス山口』一五〇四号室に仕掛けられた爆発物によるものである事がはっきりしました。爆弾は化学薬品等を組み合わせた爆薬を主軸にした遠隔操作式のもので、破片等の痕跡から部屋の中央にあった来客用のテーブルの下に仕掛けられていた可能性が強くなっています」

 そう言うと、一里塚は備え付けのスクリーンに映像を映し出した。そこには木製のテーブルが映っている。

「破片等から判明した、部屋にあったものと同タイプのテーブルです。ご覧のようにテーブル面の下の部分に小物が置けるような二段式の構造になっており、この場所に箱に入れられた爆弾でも仕掛けられれば見つけるのは困難だったと思われます。しかもこれは来客用のテーブルで、つまり被害者二人は爆破時にこのテーブルを挟むようにしていた可能性が高く、爆弾の爆発をまともに正面から受ける位置にいた事になります」

「遠隔式と言いましたが、電波の距離等はわかりますか?」

 ここで山本が手を上げて質問する。それに対して一里塚は頷きながら答えた。

「概ね一キロ前後と考えてください。ある程度離れていても充分にスイッチを押す事ができます。また、残骸の中から盗聴器と思しき部品も発見されており、爆弾を仕掛けた犯人が現場を盗聴した上で爆弾を起動させた可能性も捨てきれません」

「なら、見張っていなくてもタイミングを計って爆弾を爆破する事は可能か……」

 山本が思案気に言う。と、続いて三崎が発言を求めた。

「聞いている限りだと、そのマンションっていうのはかなりの高級マンションなんだろ? 当然セキュリティはしっかりしていると思うんだが、爆弾を仕掛けた方法についてはどうなんだ? 犯人がマンションに侵入して爆弾を仕掛ける事は可能なのか?」

「そもそも、そのマンションの名義がどうなっていたのかも気になるところですが、その辺はどうなんでしょうか?」

 続いて岡山県警の相模原も疑問を呈する。一里塚は丁寧に答えた。

「入口の自動ドア自体は誰でも入れるようにはなっていますが、このマンションは一階ロビーにコンシェルジェがいるタイプのものです。住人以外の人間が中に入るにはフロントのコンシェルジェを通じて住人側に許可をもらう必要があり、そこで初めてフロントとエレベーターホールの間にある第二の自動ドアが開くというシステムになっています。なので、住民が招き入れない限り、第三者が中に入るのは不可能です。一般的なインターホン式のマンションと違って、他人の手で自動ドアが開いた瞬間を狙って一緒に入るというような手段は使えないと思って結構です」

「ふん、贅沢なこった」

 三崎はそう吐き捨てる。一里塚はさらに言葉を続けた。

「問題の一五〇四号室の住人ですが、名義は『神代真子かみしろまこ』という女性のものになっていました。職業は三ツ星銀行山口支店の行員。本人は職場にいたところを無事確保しています。ところが調べてみた結果、この女性、どうもエスナの信者の一人のようです」

 その言葉に、相模原が厳しい表情を浮かべた。

「確かですか?」

「えぇ。しかも多額のお布施を支払っているかなりのエスナ信奉者です。大学が岡山で、学生時代にエスナに出会って以降のめり込むようになったようですね。本人曰く、一ヶ月ほど前に教祖の塩賀美智子こと神原天成が山口に来た際の拠点としてマンションを貸してくれないかと教団から打診があり、それ以来家賃のいくらかを肩代わりしてもらう条件であの部屋を貸すようになったという事です。もっとも、本人は家賃の肩代わりより敬愛する教祖様が自宅を使ってくれることに感動しきっていたようですが……つまり、あの部屋は塩賀美智子の山口における拠点だった事になります」

「部屋は塩賀美智子側のものだったって事か」

 三崎が思案気に頷く。

「塩賀美智子について、岡山県警側は何か情報を掴んでいないんですか?」

 一里塚の問いに対し、今度は相模原が答えた。

「基本的にはその資料に載っている事がすべてですが、昨日、こちらの県警から受けた情報提供を受けてこちらも独自に捜査を進め、少し彼女の経歴がわかってきました。その結果、今から八年前の二〇〇〇年に、彼女が姫路ひめじで補導されているという記録が兵庫県警からもたらされたんです」

 その相模原の言葉を、姫路を管轄している兵庫県警の吉岡が引き継いだ。

「相模原警部からの照会を受けて、兵庫県内における震災後の塩賀美智子の動きを調べました。その結果、八年前、彼女が十七歳の時に姫路署に補導されていたという記録が発見されました。容疑は器物損壊です」

「器物損壊?」

「えぇ、記録によれば、塩賀美智子は不良グループに所属していたらしく、公園の自動販売機を損壊していたところを現行犯で捕まっています。高校等に通っていた形跡はありません」

 吉岡は説明を続ける。

「当時の事情聴取によれば、彼女は震災で両親を亡くし、姫路在住の親戚に引き取られたようです。ところがこの親戚が問題で、引き取られた彼女を邪険に扱い続けた事から、次第に彼女はぐれていったと言います。中学卒業後は高校に行く事もなく、同じ不良グループの男友達の家を転々としながら遊びまわっていたようです。まぁ、この時は被害が少なかった事もあって厳重注意だけで終わっていますが……」

 と、ここで再び相模原が話のバトンを受けた。

「その後の動向についてはまたわからなくなりますが、今から五年前の二〇〇三年に彼女は倉敷郊外でエスナを創設します。当初は彼女を教祖に祀り上げた上でお金を巻き上げる詐欺目的の団体だったんですが、なぜかは不明ですがグループのメンバー本人たちが次第に本気で信仰に目覚めたらしく、今では表向きは立派な新興宗教団体になっています。もっとも、裏で何をしているかわからないというのは先日説明した通りですが」

「詐欺目的で適当に作った教えに、詐欺師たち本人が本気で目覚めてしまったって事かよ」

 三崎が訝しげに呟くと、相模原も同意する。

「そういう事です。少なくとも当初からいる幹部たちも、今では本気でエスナ神を……もっと言えば塩賀美智子のカリスマ性を疑う事なく信じています。もっとも、教祖の塩賀美智子本人がどうだったのかはうかがい知れません。もしかしたら当初傀儡教祖に過ぎなかった塩賀美智子が、演技か何かで逆に詐欺グループを乗っ取ってしまった可能性もあります。何にせよ、それ以上はこれからの捜査次第ですな」

 聞けば聞くほど謎めいた塩賀美智子の経歴である。

「……今日の爆破事件における被害者たちの動向はどうなっているのでしょうか?」

 ふいに警視庁の国友が穏やかに尋ねた。これには一里塚が答える。

「コンシェルジェの話では、塩賀美智子がマンションに来たのは朝九時頃。普段から出入りがある上に、神代真子が許可を出していた事もあって、コンシェルジェは問題なく彼女をマンションに通しています。一方、夏風涼こと米内涼香がマンションに来たのはその二時間後の十一時過ぎ。コンシェルジェが応対し、一五〇四号室に連絡したところ、塩賀美智子が許可を出したので入れたそうです。その四十五分後の午前十一時四十五分頃に部屋で爆発が発生しています」

 と、ここで三崎が口を挟んだ。

「マネージャーたちが福岡のホテルに宿泊していたはずの米内涼香の失踪を確認したのが朝の九時頃。起床時刻の八時半になっても降りてこなかったため確認したところ部屋はもぬけの殻だったそうだ。県警にはその一時間後の午前十時に失踪届が出ている」

「朝九時頃なら、ホテル最寄りの博多駅からマンション最寄りの山口駅までは新幹線と在来線を乗り継いで大体一時間半前後。時間的に辻褄は合います」

 一里塚が注釈を加えると、続いてこう発言する。

「事件前後の彼女の様子ですが、同僚の浮雲瑠衣こと北麗香によると、昨日のコンサートの時点では表向き問題はなかったようです。ところが、コンサート終了後にホテルに帰り、ロビーのテレビで流れていたニュースを見てから様子が急におかしくなったと。急に顔が真っ青になって、頭が痛いからと言ってそのまま部屋に引っ込んでしまったという事です。それ以降、彼女の姿を見た人間はいません」

「ニュース……となると、長平樹里亜と石清水康義の殺害に関するニュースが流れていたはずですね。そのニュースが彼女にどんな影響を与えたのか……」

 山本が静かにそう言う。と、ここで初めて今まで黙って情報を聞いていた榊原が口を開いた。

「一里塚君、少し聞きたい事があるんだが」

「何でしょうか?」

「問題の神代真子のマンションだが、塩賀美智子が出入りを始めたのは一ヶ月ほど前だという話だったな?」

「そうです」

「では、その一ヶ月以内の間に、問題の部屋もしくは問題のマンションで何か変わった事は起こっていないか? 何でもいいんだが」

 その言葉に、一里塚は静かに頷いた。

「もちろん、それについても調べてあります。結論から言えば、一つありました」

「それは?」

「覗きです。と言っても、爆発のあった十五階ではなく十三階ですが」

 思わぬ話にその場がざわめくが、

「二十階建て高級マンションの十三階を覗くというのはかなり骨だと思うが」

「もちろん、犯人自身が直接覗いたわけではなく、ラジコンヘリによる盗撮です」

「ラジコンヘリ?」

「ラジコンヘリの下にカメラをつけて、窓の外に飛ばして盗撮していた様子です。ところが、そのラジコンヘリの操作を誤ったらしく、一月十一日にこのマンション十三階に住む一人暮らしの女性の部屋のベランダの窓ガラスを突き破って、ラジコンヘリが室内に突っ込んでくるという事件が起こりました。幸い、本人にけがはなかったようですが」

「その事件、初犯か?」

 榊原の意味深な問いに、一里塚は首を振った。

「いえ、ここ半年ほど山口県内で同じようなラジコンヘリによる高級マンションでの盗撮事案が多発している中での事件です。この一月十一日の事案は二十八件目の事案になりますが、ラジコンヘリという大きな証拠が回収されたのは初めてのケースでした。ただ、残念ながら現在に至っても犯人は捕まっていません」

「なるほど、ね」

 榊原はそう言うと、再び黙り込んだ。一里塚はそれを機に全員に対してこう言葉を紡ぐ。

「今回の事件、いくつもの事件や情報が複雑に錯綜しており、解決すべき謎が複数存在している事が事件解決をより困難なものにしています。そこで、一度ここで私たちが最終的に解決しなければならない謎を整理してみたいと思います。今回の事件において、私たちが解決せねばならない事は以下の通りです」

 一里塚はそう前置きして自分たちが解決すべき謎を列挙していく。

「その一、十三年前の一月十七日に神戸市で江花親子を殺害したのは誰なのか。その二、一月八日に東広島市の模型商・新浪南平を殺害したのは誰なのか。その三、一月十五日に長平樹里亜と石清水康義を山口市と山陽小野田市で殺害したのは誰なのか。その四、本日一月十八日に山口市で塩賀美智子と米内涼香を爆殺したのは誰なのか。そしてその五、この四つの事件の犯人は同一犯なのか、それとも別人による犯行なのか。解決すべきはこの五点です。その上で、皆さんがどのような意見を持ちなのか、この場で是非聞かせて頂きたいと考えています」

 と、ここで国友が発言した。

「今までの捜査状況を見る限り、私は少なくとも今月発生した三件の事件に関しては同一犯の可能性が高いと考えますが、その点に関してはいかがでしょうか?」

 これについて、一里塚は首を縦に振る。

「確かに、それについて私に異論はありません」

「実際の所、今回の被害者五人の関係を見ると、長平樹里亜と塩賀美智子、米内涼香の三名は小学校での同級生で、少なくとも樹里亜と美智子、美智子と涼香には面識があった可能性があります。また、石清水康義にとって長平樹里亜は愛人で、同時に塩賀美智子はエスナ教祖として共通利益を持つ取引相手。長平樹里亜にとって新浪南平は元恋人です。こうしてみると、五人の被害者の中心には長平樹里亜がいるように見えます」

 確かに、この中で被害者五人全員と面識があるのは長平樹里亜だけである。国友はその点を指摘しているのだ。

「つまり、事件は長平樹里亜を中心に起こっているというのが国友警部の意見ですか?」

「その通りです」

 だが、ここで山本が異論を唱えた。

「待ってください。この事件がすべてつながっているという事について私も異論はありませんが、同一犯かどうかについてはまだ慎重に見極めるべきだと思います」

「なぜでしょうか?」

「東広島の新浪南平殺し。これについては被害者である長平樹里亜が関与している可能性があるからです」

 そう、そもそもこの場に山本がいるのは、彼の担当する模型商殺しに長平樹里亜が関与しているかもしれないという事実があったからである。山本はそれを忘れてはいなかったようだ。

「今に至っても長平樹里亜が新浪南平殺しにおいて疑わしい状況にあるのは変わりありません。また、先程うちの県警から新たな情報が届いています。それによれば聞き込みの結果、問題の一月八日当日に石清水康義らしき男も東広島市にいたという情報が入ったからです」

 その言葉に、一里塚の表情が少し厳しくなった。

「確かですか?」

「複数の目撃者が確認されている上に、いくつかの店舗の防犯カメラにもそれらしい人物が映っていました。倉敷を出た後の二人が、翌日一緒に東広島に来たことがこれで客観的にも証明されたと考えます」

 さらに、と山本はこう続けた。

「追加捜査をした結果、こちらで採取された長平樹里亜と石清水康義の指紋が、現場となった模型店から両名の指紋が検出されました。少なくとも、彼らが現場を訪れたのは確実です」

 部屋にどよめきが起こる。が、ここで口を挟んだのは榊原だった。

「その指紋ですが、殺害現場となった作業室から見つかったのですか?」

「いえ……見つかったのは店舗部分のカウンターからです。ですから、殺害当時に問題の部屋にいたかどうかの証明にはなりませんが、少なくとも彼らが出会っていた証明にはなると思います」

「そうですか……」

 榊原は何事か考え込む。と、一里塚はここで一度話題を切り替えた。

「吉岡警部、十三年前の事件について県警側はどのような意見をお持ちですか?」

「何しろ、殺人だと発覚したのが先程の事ですので、捜査はまだ始まったばかりです。時効になっていなかったのは幸いでしたが……」

 二〇〇八年現在、殺人の時効は十五年である。従って十三年前に起こった可能性のある江花邸の事件はまだ時効が成立していない。よって県警としても堂々と捜査できる立場にあった。

「では、事件当時、被害者となった二人を殺害する動機がある人間は確認できるでしょうか? まぁ、当時小学生だった江花紅美に動機を抱く人間がいるとは思えないので、おそらくは江花七雄の方だとは思いますが」

「可能性として考えられるのは当時汚職でもめていた神戸第三建設の面々ですが、主だった連中は震災で亡くなっていますからね。その死亡場所が江花邸もしくはその近隣ではなかったのは確認済みです」

「では汚職を追及していた種ヶ崎議員は?」

「それこそ殺す理由はないでしょう。あと一歩で追い詰められるところまで来ていたのに、殺してしまったらどうにもなりません。種ヶ崎由佐子も同様です」

「しかしそうなると、こっちの事件は容疑者を絞り込むだけでも大変ですな。さすがに当時小学生だった海江田警部たちが大人を含む二人を撲殺したとも思えませんし……」

 相模原が唸るように言う。だが、ここで三崎が発言した。

「待てよ、資料だと石清水が当時この近くで消費者金融会社をやっていたらしいじゃないか。残る関係者で怪しい奴と言うとこいつしかいねぇんじゃないか?」

「石清水が犯人だと?」

 一里塚の静かな問いに、三崎は頷く。

「だとすれば話はすっきりしねぇか? 理由はわからんが、岩清水は十三年前に江花親子を殺した。新浪南平殺しも奴の仕業だろう。動機はよくわからんが、そっちは武器調達かあるいは長平樹里亜絡みのトラブルで、メインから外れたサブの事件だったと考えりゃあいい。で、長平樹里亜は奴の愛人だったわけだが、何らかのきっかけで愛人が江花親子を殺した事を知ってしまった。結果、岩清水はばれるのを恐れて長平を殺害した。長平の死亡推定時刻は石清水のそれより前だから問題はない」

「では、石清水を殺したのは?」

「それだよ。俺は、それがあの七人組の誰かなんじゃないかって思ってる」

 三崎は鋭い目で告げた。

「長平は実はあの七人組の誰かとすでに連絡を取っていて、そいつには事の真相を伝えていた。で、長平が殺された事を知ったそいつが復讐で石清水を殺した。これなら辻褄が合わないか?」

 確かに、思った以上に辻褄が合っている。だが、これには榊原が異論を唱えた。

「ですがそうなると、今日起こった爆破事件が謎になります。これについての見解は?」

「……そこなんだよなぁ。苦しい説にはなるが、あの二人は友人である犯人の殺人を知って諭そうとし、それを聞いた犯人が口封じのために……。駄目か、友人のために殺人を犯した奴が他の友人を殺してるようじゃ、本末転倒もいいところだ」

 言っていて三崎は自分で駄目出しした。話はまた振り出しに戻ってしまう。

「しかし、そうなると十三年前の事件で容疑者がいなくなってしまいます。こうなると、情報をもう一から検討し直す必要がありますが……」

 一里塚がそう言って資料に目を落とそうとした……その時だった。

「……もういい。一里塚君、君はどう考えているんだ? この際だから君の意見を聞いてみたいのだがね」

 不意にそう尋ねたのは榊原だった。その言葉に、一瞬その場が静まり返る。

「……どういう意味でしょうか?」

「言葉通りの意味だ。君ほどの人間が、これだけの情報があってこの考えに至らないのは不自然に思えた。君は、本当はどう思っているんだ?」

「考えと言われても……」

 一里塚は表向き戸惑ったように言う。だが、榊原はそれを許さなかった。そして、直後にとんでもない爆弾発言を叩き込んだのだった。

「少なくとも私は、今ここに出た情報を精査して、それなりに納得のできる回答が出せたつもりだ。だが、事件に途中参加して現場にも行っていない私にもわかった事が、君にもわからなかったとは思えない。……だから聞いているんだ。君はどう思っている?」

 その言葉に仰天したのは、他の警部たちだった。国友が静かに問いかける。

「榊原君、それは……犯人がわかったという事なのですか?」

「けっ、随分な言い方だな。まるで俺らが無能みたいじゃねぇか」

 三崎はそう吐き捨てるが、しかし榊原は首を振った。

「そうじゃないんです。一里塚警部以外のこの場にいる人間がわからなかったのは無能とかそういう事ではなく、必然によるものなんです。そして、実を言えば私も事件のすべてがわかっているわけではありません」

「あ? 意味がわからんが……」

「事件の構図を理解できたに過ぎないという事ですよ。正直なところ、犯人の名前までは私もまだわかっていません。ただ一人……一里塚君を除けば。一里塚君、君だけは、犯人の名前がわかるはずだね?」

 そう言われて一里塚はしばらく黙っていたが、やがて小さくため息をついた。

「榊原さん。いつ、それがわかったんですか?」

「例のラジコンヘリの話を君がすでに調べていると言った時だ。あの時、君も私と同じ考えに至っていると思った」

 それを聞いて、一里塚は少し黙った後、やがて重々しい口調で告げた。

「……実の所、正直私にも半信半疑なんです。この考えを思いついたのは、さっき病院を出た後……この会議までの間に改めて事件について見返しているときでした。ただ、理論的にはそうなるんですが、にわかには信じられませんでしたし、確証ももてませんでした。ですから、榊原さんを含めたこの場にいる全員の意見を聞いてから、この推理を話すかどうかを判断するつもりだったんですが……聞けば聞くほど、この推理が正しいと判断せざるを得ませんでした。それに、どうやら榊原さんも同じ結論に達したようですしね。それなら……これは多分真実なんでしょう」

「私をリトマス試験紙にしたという事かね?」

 榊原は不快そうな表情を浮かべる事もなく面白そうにそう言った。一里塚は頷く。

「事件を解決するためなら、何だって利用する。榊原さんの教えです。何にせよ、これで腹がくくれました」

 そう言うと、一里塚は全員を見やった。

「今から私の推理をします。正直、突拍子もない推理で私自身信じられない思いです。ですが、こう考えればしっくりくるのも事実です。ただし、私もまだ整理しきれているとはいいがたいので、皆さんにその都度フォローして頂ければと思っています」

 その言葉に、榊原を含めた全員が頷いた。

「では、話しましょう。私の考える、この事件の真相を……」

 そして、榊原がじっと見守る中、一里塚は自分の推理を語り始めた……。


 同時刻……すなわち午後七時頃、光沢と姫奈は病院を出て駐車場に停めてあるパトカーへと向かっていた。玲於奈はこのまま奈々と今後の事について話したいという事で病院に残っており、淀村弁護士と浮雲瑠衣は遺体の今後について奈々から説明を受けている様子だ。

「大丈夫か?」

「……大丈夫、と言ったら嘘になります。でも、ここでギブアップするわけにはいきませんから」

 姫奈はそう言いながらも顔を上げていた。光沢も小さく笑う。

「強がらないのはいい事だ。変に強がられても邪魔になるだけだしな」

「はっきり言いますね」

「性分だ。ま、友人二人の解剖に立ち会って大丈夫な方がどうかしてる。そんな奴がいたらいっそ疑わしいくらいだ」

 光沢はそう言って首を振ると、手に持っている解剖記録の入った封筒に目をやった。

「二人とも死因はやはり爆発物を原因とする外傷によるショック死。塩賀美智子はほぼ即死だったようだな」

「一里塚警部たちの会議はどうなっているんでしょうか?」

「わからんが、それなりに進んでもらわないと困る。六県警の主力刑事に榊原さんまで加わっているんだ。これで何もわからないわけがない」

「そうです……よね」

「さて、俺らも捜査に行くぞ。いったん捜査本部に戻って体勢を立て直す」

 そう言って光沢は足を速めるが、その後ろから姫奈はこう呼びかけた。

「光沢警部補が私と一緒にいるのは、私を守るためですか?」

 その言葉に、光沢は足を止め、思わず振り返る。

「気付いていたのか?」

「さすがにわかります。私が犯人だったら、次に狙うのは私でしょうから」

「変な言い方だが……まぁ、間違いじゃないな。特に、この事件が十三年前の江花邸の事件と繋がっているなら、嬢ちゃんが狙われる可能性はかなり高い。なぜなら……」

「私は、涼香と一緒に殺人を目撃しているかもしれないから」

 姫奈は自分で答えを言った。正直、全く当時の事は思い出せないが、客観的に見ればそういう事になってしまうのである。

「そうだ。警部もそれを気にしている。犯人からしてみれば、嬢ちゃんに記憶があろうがなかろうが関係ないはずだ」

「わかっています」

「なら話は早い。とにかく今は、捜査本部に戻る事だ」

 と、ようやくパトカーへと到着する。

「あ、私が運転します」

「いや、さすがに嬢ちゃんとはいえ課長補佐殿に運転させるわけにはいかない」

「嬢ちゃんとはいえって何ですか」

「とにかく、俺が運転するから、さっさと助手席に……」

 そう言ってドアの取っ手に手をかけ……その瞬間、光沢の顔色が変わった。

「どうしたんですか?」

 思わずそう言って近づこうとする姫奈。だが、次の瞬間、光沢が鋭い声で叫んだ。

「馬鹿野郎っ、来るな!」

 そのまま、取っ手から手を放して姫奈を思いっきり突き飛ばし、いきなり何が起こったのかわからず地面に倒れたまま姫奈が顔を上げたその瞬間……


 鋭い閃光と共に姫奈の目の前が真っ白になり、直後に激しい轟音と衝撃が姫奈に襲い掛かった。


「……以上が、私の推理です」

 同時刻、山口県警の会議室で、一里塚は自分の推理を終えていた。

「なお、異論がある方は遠慮なく言ってください。最初に言ったように、私自身、今でも信じられない思いでいますので」

 だが、部屋の中にいる刑事たち……そして、榊原も何も言わなかった。ただ、重苦しい表情で黙り込んでいるだけである。

「……残念だが、辻褄は合っている。それが俺の意見だ。異論はねぇ」

 最初にそう言ったのは三崎だった。それをきっかけに、他の刑事たちも頷きを返し、国友が代表して答えた。

「私も異論はありません。この推理に妥当性があると思います」

「……では、この方針で捜査を進めたいと思います。ただし、相手はなかなかに用心深い相手です。細心の注意を払った上で慎重に……」

 と、その時だった。不意に榊原の携帯が鳴った。

「失礼。……淀村弁護士からですね」

 榊原はそう言うと、電話に出る。

「はい、榊原です」

『あっ、榊原さん! た、大変です!』

 電話口から聞こえてきたのは、いつも冷静な伊織らしからぬ慌てた声だった。その声を聴いた瞬間、榊原の表情が一気に険しくなる。何かとんでもない事が起こったのが明らかだったからだ。同時に、部屋の中にいた刑事たちの顔も緊張に包まれる。

「どうしたんですか? 何があったんですか?」

『そ、それが……病院の駐車場で……』

 と、その時会議室のドアが開き、誰かが飛び込んできた。それは、普段からは考えられないほど深刻な表情を浮かべた内沢功補山口県警捜査一課長だった。

「一里塚君、大変な事が起きた!」

「何があったんですか?」

「落ち着いて聞いてくれ。ついさっき、山口中大学付属病院の駐車場で爆発があった」

「爆発?」

 一里塚の表情が一瞬変わった。だが、一里塚が何か言う前に、内沢は最悪の事態をはっきり告げた。

「光沢君が巻き込まれた。くわしい状況はわからんが、そのまま病院に担ぎ込まれたらしい」

 その言葉を聞いた瞬間、榊原は携帯のスピーカー機能を入れると、電話口の伊織に確認を取った。

「今、こっちにも情報が伝わりました。病院の駐車場で爆発があった。そうですね?」

『そうです! 駐車場でパトカーが爆発して、光沢警部補が巻き込まれました』

「容体はどうなんですか!」

『意識不明の重傷で、今、病院内に運び込まれて手術中です! でも、状況は予断を許さないと……』

「海江田警部はどうなりました!」

 だが、その問いに対して伊織はこう答えた。

『いえ、私が現場に駆け付けたとき、爆発現場には重傷の光沢警部補が倒れているだけでした。他には誰もいません』

「いない、ですか?」

『はい。私は瑠衣さんと一緒に病院を出たところで爆発音に気付いて一番に現場に駆け付けたんですけど、その時点ですでにその状態でした。そのすぐ後に乃木坂さんと朝島さんもやって来て、二人が光沢警部補に対する応急処置をしたんです。直後に病院の医師たちも来て、彼は病院内に運ばれました』

 姫奈が消えた。それは事態が最悪の状況に陥った事を示していた。

「爆発からあなたが駐車場に駆け付けるまでどれくらいですか?」

『多分、一分少しくらいだったと思います』

「本当に変わった事は何もなかったんですか?」

『……そう言えば、車が走り去る音を聞いたような気もしますけど……でも、場合が場合でしたから確実とは言えません。あ、あと現場に変なものが落ちていました』

「変な物?」

『古い懐中時計です。犯人の遺留品でしょうか?』

 その言葉に反応したのは一里塚だった。

「その懐中時計は海江田警部の物です。父の形見だと言っていましたから」

 どうやら、連れ去られるときに落としたらしい。状況は明白だった。

『あの……私にわかる事はこれくらいなんですが……』

「いえ、それで充分です。また連絡します」

 榊原は連絡を切ると、重々しく告げた。

「海江田警部がさらわれたようです。爆発のどさくさに、車で連れ去られた疑いがあります」

 その一言で、部屋の緊張が一気に最高潮に達した。

「犯人が海江田警部に手を出す可能性は考慮していましたが、ここまで直接的な手段を取ってくるとは……。奴が爆弾を事件に使った事を考慮すべきでした。私のミスです」

 一里塚がこの男にしては珍しい事に悔やむような口調で言う。が、事態はそんな事をしている場合ではなかった。榊原もそれを指摘する。

「一里塚君、今は反省よりも今後の事だ。奴はこの後どういう行動に出ると思う?」

「間違いなく、海江田警部を殺そうとするでしょう。おそらく爆弾で一気にけりをつけるつもりだったはずですが、それで殺せなかったので咄嗟に誘拐したと思われます。誰が駆け付けてくるかわからない状況でその場で殺す事はできないはずですから」

「だが、ある意味それは朗報だ。この状況では殺害する場所をそれなりに選ぶはず。そうなれば、海江田警部が実際に殺されるまでわずかではあるがまだ時間がある。犯人の潜伏先を特定できれば、ここから巻き返す事は可能だ。そして、この場の推理ですでに犯人は誰なのかわかっている。そこから居場所を推察できるかもしれない」

 榊原のその言葉に、その場の全員が頷いた。

「大至急、捜査に移りましょう。それと内沢課長、一つ頼みがあるのですが」

「何だね?」

 内沢の問いに、一里塚はこう答えた。

「至急、山口地検の入浜光之助いりはまこうのすけ検事正に連絡を取ってください。検察に協力してもらいたい事があります」

 その言葉を発する一里塚は、どこか決意めいた表情を浮かべていたのだった。


 ……目が覚めたとき、周囲は真っ暗だった。

「ん……ここは……」

 声の主……姫奈はそう呟くと、反射的に周囲を見回しながら立ち上がろうとする。が、体が自由に動かない事に気付き、ハッとしたように背後を見やった。

 見ると、何かの柱に後ろ手に手錠でつながれているようだ。その手錠が自分の持っていたものである事はすぐにわかったが、このような体勢では簡単に脱出できそうにない。姫奈は立つ事を諦めて、改めて周囲を見やった。

 かなり暗いが、ジッと見つめているとそこが何かの工場のような場所である事がわかってくる。ただし、かなり薄暗くてもう使われていないようだ。それが確認できると同時に、姫奈は自分が気絶する前の事を思い出していた。

「パトカーが……爆発した……」

 そう、自分の目の前で今まさに乗り込もうとしたパトカーが爆発したのだ。光沢は姫奈を突き飛ばす代わりにその爆発に巻き込まれた。おそらく光沢はドアの取っ手に触れた際に何らかの違和感を覚えたのだろう。それで咄嗟に姫奈を守るために彼女を突き飛ばしたと考えるのが自然だ。ただ、そのまま気絶してしまったので光沢がどうなったのかは姫奈にはわからなかったし、病院の駐車場で気絶したはずの自分がなぜこんな工場で拘束されているのかも意味不明だった。ただ、一つだけわかるのは、自分がどうやらあの場所から連れ去られてしまったらしいという事だけである。そして、そんな事をする相手に、姫奈は一人しか心当たりがなかった。

「犯人……」

 だとすれば、事は一刻を争う。あれだけの事をしてきた以上、犯人が自分を殺そうとしているのは明白だ。ならば、犯人が来る前にここを脱出しなければならない。

 だが、そう思って体をひねろうとしたまさにその時……突然、暗い工場内に靴音が響き渡り、姫奈は思わず動きを止めた。

 カツン、カツン、と甲高い音が徐々に近づいてくる。そして、しばらくすると暗闇の向こうから人影が近づいているのが姫奈にも見えた。暗くて顔は判然としないが、その手に持っているものを見て、姫奈の背筋が凍った。

 それは、姫奈が所持していた拳銃だった。その人物は手慣れた様子で、数メートル離れた場所から拳銃を姫奈に突き付ける。

「お目覚めのようですね」

 相手は穏やかな口調でそう言葉を発した。一里塚同様の丁寧な敬語ではあるが、一里塚と違ってその口調は冷ややかである。ただし、マスクか何かをしているのか、声がくぐもっていて誰なのかは判別できない。

「あの爆弾で一気に片を付けるつもりだったのですが、やむを得ませんね。改めてここで死んでもらう事にしましょう。構いませんね?」

 相手の言葉に姫奈は戦慄する。明確に自分に向けられた殺意に、姫奈はどうする事もできない。ただ、必死に相手に対して反論するしかない。

「こんな事をして、捕まらないと思っているんですか?」

「思っていますよ。今までも捕まりませんでしたから。何より、犯人役はあなたにやってもらうつもりですしね」

「は?」

 突然そんな事を言われて一瞬混乱するが、相手はせせら笑いながらこう言う。

「筋書はこうです。今回の事件の犯人は実は海江田警部、あなただった。被害者の中にはあなたの友人たちもいますから、そこに何か動機があったとしても不思議ではありません。追い詰められたあなたは光沢警部補を殺そうとしますが失敗。焦って逃亡するもどうしようもなく、逃亡先の廃工場に火を点けたあと、拳銃で頭を撃ち抜いて自殺した……。まぁ、これで警察は納得するでしょう」

 その言葉に、姫奈はハッとしたように臭いを嗅いだ。注意してみると、かすかに灯油臭い。どうやら、自分にすべての罪を擦り付けた上で工場に火を点けて殺すつもりらしい。

「警察がそんな馬鹿な推理で納得すると思っているんですか?」

「思っていますし、そっちへ誘導できる自信もあります。さて……あまり引き延ばすのもあれですしね。さっさと片を付けるとしましょうか」

 そう言うと、相手は撃鉄を起こして改めて姫奈に近づき、眉間に拳銃を突き付けた。

「苦しいのは一瞬です。あの世に行ったら、先に逝った友人たちとせいぜい仲良くしてください。では……」

 姫奈は思わず目を閉じたが、悲鳴は上げなかった。上げたら、あらゆる面でこいつに負けるような気がしたからだ。だが、無情にも相手の指は引き金にかかり……。

「そこまでです!」

 突然、そんな声と共に工場内が明るくなった。相手はハッとしたように立ち上がり、姫奈に銃を突きつけたまま辺りを見回す。姫奈が恐る恐る目を開けて見ると、工場の入口と思しきシャッターの前で、何人もの男が拳銃を構えて犯人を睨んでいた。その瞬間、その男たちの先頭に立つ人物を見て、姫奈は思わず叫んでいた。

「一里塚警部っ……!」

 そこにいたのは、山口県警の切り札・一里塚京士郎その人だった。後方には山口県警の刑事たちも控えていて、銃を犯人に向けている。

「……おやおや、随分早い到着ですね」

 しかし、犯人は動じる様子もなく、のんびりとした口調で一里塚に話しかける。一里塚は慎重な様子で犯人に声をかけた。

「あなたが犯人だという事は先程の会議ではっきりしましたからね。あなたの部屋を調べて、ここを特定しました」

「私が犯人ですか? 心外ですね、犯人はここにいる海江田警部だというのに。彼女が抵抗してきたから私はこうやって彼女を拘束して……」

「やめましょう。もう、全部わかっているんです」

 一里塚はそう言うと、銃を構えたまま淡々と犯人の正体を暴きにかかる。

「今回の事件、前提として私は十三年前の江花邸のの事件も含めた全ての事件が同一犯だと考えました。そう考えないと事件のつながりに説明が持てないからです。すると、犯人の条件に該当するのは、十三年前の事件当時に江花家に関与し、同時に今回の事件にも関与している人物に限定されます。そこで、それに該当する人物が誰なのかを少し考えてみました」

 一里塚がそう言うと、人物を列挙していく。

「被害者の江花親子を除けば、該当するのは当時江花邸に泊まっていた海江田警部たち仲良し七人組と当時近くの金融会社で働いていたという石清水だけです。しかし、当時小学生だった海江田警部たちが犯行に関与できるわけもなく、石清水が犯人である可能性は先程の会議の中で苦しいと言わざるを得ませんでした。では、他に江花七雄の関係者はいないのか? こうなると可能性としては、当時問題になっていた江花七雄の汚職疑惑に関する関係者しかいません。ただし、その大半は地震で亡くなってしまっています。今も存命の人間を考えてみると、一人は江花七雄の元妻だった種ヶ崎由佐子となりますが、彼女は事件当日城崎にいたので犯行は不可能。ですが、もう一人いたんです。十三年前の事件に関与していて、なおかつ今回の事件にも関与できる立場にいた人間が」

 一里塚は相手を見据えながら言葉を紡いでいく。

「今から十三年前、江花七雄は神戸第三建設との間の汚職事件で追及されていました。表立って追及していたのは種ヶ崎勝臣議員ですが、それと同時に事は汚職事件……つまり犯罪です。なので、本人たちが亡くなる震災発生時までは関係機関が極秘の捜査をしていたという事を兵庫県警の吉岡警部は言っていました。そしてこの場合、その汚職事件を捜査していた『関係機関』の関係者も、当然この事件に関与する事になるはずなんです。だとすれば、可能性のある人間がもう一人浮上する事になります」

 そして、一里塚はその名を告げる。

「そうですよね? 元大阪地検特捜部検事の……山口地検・板垣統一郎検事」

 その瞬間、犯人はふっと笑ってマスクをはぎ取った。その下にあったのは、今朝方一里塚と検察庁で話をしていた、あのベテラン検察官の顔だったのである……。


「政治家の汚職を調べるのは検察の特捜部。そして、神戸第三建設の汚職事件が起こったのは神戸ですが、神戸に特捜部はありませんので、この場合事件を担当するのは大阪検察庁にある大阪地検特捜部です。板垣検事……あなたは確かかつて大阪地検に在籍していた事がありましたね? 部署までは聞いていませんでしたが、もしやと思ってさっき入浜検事正に確認を取ったところ、一九九二年から一九九六年までの間、間違いなく大阪地検特捜部に在籍していたという返事でした。つまり……あなたも十三年前の事件においては、江花七雄を調べる人間として立派な関係者だった事になるのです」

 そう告発されても、犯人……否、板垣は歪んだような笑みを浮かべながら反論を重ねた。

「確かに、私は十三年前大阪地検特捜部にいました。神戸第三建設の事件を捜査したかと言われれば……まぁ、それも事実だと認めましょう。しかし、それがなぜ今回の事件につながるのですか? なぜ私が事件から十三年経った今になって、この海江田警部の友人たちを殺さないとならないのですか? そこのところがよくわからないのですがね?」

 その反論に、一里塚は少し黙るとこう答えた。

「まず、前提として私は、あなたが十三年前の震災直前に江花親子を殺したのだと思っています。動機については今の所よくわかっていませんが……現場が江花七雄の仕事部屋である事と、あなたが当時特捜のメンバーだった事を考えると、ある程度の予測がつきます。おそらくは、捜査の過程で暴走したあなたが、捜査対象者である江花七雄の家に侵入して事件に対する証拠を探ろうとした、もしくは盗聴器か何かを仕掛けようとした、といったところでしょうか。ところが、それを江花七雄に見つかって、おそらくは衝動的に殺害してしまった。江花紅美の方は、七雄殺害の巻き添えになったというのが私の考えです。今、兵庫県警の吉岡警部がこの考えに沿って捜査を進めています」

「わからないと言いながら、随分具体的な言い掛かりですね」

 板垣は軽くあしらうように言うが、一里塚は止まらない。

「事件は直後に震災が起こった事によってうやむやになり、江花親子の死も震災死と判断されてこの件は永遠に封印されたはずだった。ところが……十三年経った今になって、この事件をぶり返してきた人間が存在した。それが暴力団員の石清水だったと私は考えています。そして、それこそが今回起こった連続殺人事件の直接的なきっかけだったとも」

「意味がわかりませんね。なぜその石清水とかいう暴力団員が十三年前の事件とやらを知っているんですか? 何の関係もないはずでしょう?」

 板垣の反論に、一里塚は首を振った。

「いえ、さっきも言った通り、岩清水は十三年前に神戸の金融会社で働いていた震災被災者だった事が判明しています。しかもその場所は江花邸のすぐ近く。そうなると、一つの可能性が浮上します」

「可能性?」

「震災に遭遇して命からがら助かった石清水が、偶然、江花邸から逃げていくあなたを目撃した可能性です」

 一里塚の鋭い言葉に、板垣は初めて口をつぐんだ。

「もちろん、その時は別に何とも思っていなかったんでしょう。当時は震災直後ですし、何より殺人事件があった事さえ隠蔽されていましたからね。ところが十三年経った今になって、二つの偶然が石清水に事の真相を知らしめる事となった。一つは、数ヶ月前に起こった武器商人・所沢篤殺害事件の裁判をあなたが担当する事になったという事。奴もこの裁判には注目していたはずですから、傍聴でもしてあなたの存在に気付いたんでしょう。もう一つは、石清水の愛人が、事件当時江花邸にいた長平樹里亜だったという事。つまり石清水は、事件当時の江花邸内部の様子を長平樹里亜を通じて知りうる立場にいた事になります。この二つの偶然と、石清水本人が現場から逃げ出すあなたを目撃していたという事実。これだけの情報があれば、奴が十三年前の真相に到達していたとしても不思議ではありません。そして、この時の石清水は所沢篤の死によって押収された密輸武器に代わる武器調達先を開拓する必要に迫られていました。……ここまで言えば、石清水が何をしたのかわかると思いますが」

「わかりませんね。何ですか?」

 そうとぼける板垣に、一里塚は切り札の一枚を切った。

「あなたを脅迫した上での、押収された所沢篤の密輸武器の横領による武器調達です」

「何を言っているんだか……」

「要するに、石清水は所沢篤の密輸武器をまだ諦めていなかったという事なんです。石清水は、あろう事か検察から武器の調達をしようとしたんです」

 一里塚はそう言うと、石清水の企てを暴きにかかった。

「石清水は自身の経験と長平樹里亜の情報から十三年前の真実を見抜いてしまった。そして、その事実があれば所沢篤殺害事件の担当検事であるあなたを脅して言う事を聞かせる事ができるという事実に気付いたのでしょう。そして実際にそれを実行した。石清水の目的はあなたを脅して、検察の証拠保管庫に保管されている所沢篤の密輸武器を持ち出させる事だったんです」

 だが、これに対して板垣は馬鹿にしたように吐き捨てる。

「意味がわかりませんね。一里塚警部らしくもない。いいですか? 検察の保管する証拠品は公判中厳重に保管され、公判終了後は未使用で押収された拳銃などは処分されるのが原則です。また、その管理も徹底しています。確かに私は担当検事として所沢篤の密輸武器を扱える立場にいました。それは認めましょう。でも、だからと言って勝手に武器を持ちだしたらすぐばれてしまうじゃないですか。数は合わなくなりますし、何より証拠が消えたら公判も維持できなくなる。いくらその石清水が私を脅迫できたとしても、そのリスクがある以上証拠の持ち出しなどできるわけがありません」

 だが、その反論に対し、一里塚は首を振って切り返した。

「確かに、単に証拠を持ち出すだけではすぐにばれるでしょう。ですが……入れ替えるなら話は別です」

「また何を意味のわからない事を……」

「東広島の被害者、模型商の新浪南平の今回の事件における役割です。そう言えばお判りでしょうか」

 その言葉に、板垣は言葉を詰まらせた。一里塚は確信を持って推理を続ける。

「ずっと謎だった事があります。模型商の新浪南平がどのような形で今回の事件に関与しているのか……その謎がこの推理で解決できるんです。新浪は事件当日に石清水と長平の訪問を受け、その直後に殺されています。言った通り、事件当時の石清水の行動目的はあくまで武器調達ルートの確保に絞られています。倉敷での塩賀美智子との会談も、またあなたに対する脅迫もすべてその目的の上に成立しているはずです。なら、新浪との面会も武器調達にかかわる事だと考えるのが妥当でしょう」

「まさか、一模型商に過ぎない新浪が武器を作ったとでも言うつもりですか?」

 板垣は馬鹿にしたように言うが、一里塚は首を振った。

「いいえ、彼は自分の仕事をしただけなんです。具体的には、石清水と長平からモデルガンを作るよう依頼されたと思っています。その目的はただ一つ。あなたを通じて検察の証拠保管庫から所沢の密輸武器を入手した後、代わりに新浪の作ったモデルガンと入れ替えて横領がばれないようにするためです」

 その推理に、未だ拘束されている姫奈はアッと思わず声を上げた。一里塚はそのまま相手に切り込んでいく。

「裁判に提出されている以上、その証拠はすでに警察などの鑑定はすでに済んでいるはずで、発砲試験などがなされる事もない。しかも今回横領対象になっている所沢の密輸武器は凶器ではなくあくまで押収品ですからますますそうした検査がなされる可能性は低くなる。要するに見かけさえ同じなら、偽物であっても充分公判では通用してしまうという事なんです。しかも凶器と違ってこうした押収品は公判終了後に溶解処分されるのが通例ですから、一定期間欺けさえすれば、後は検察が勝手に処分してくれるという仕組みです。これが石清水の考えた新たな武器調達の方法だったのでしょう。だからこそ、石清水は長平樹里亜を通じて、かつての長平の恋人だった模型商・新浪南平を巻き込んだんです」

 次の瞬間、一里塚の表情が一気に険しくなった。

「だが、あなたはこの石清水の脅迫を許すわけにはいかなかった。もしばれたらあなたの検察人生は終わりですし、そもそも十三年前の真実を知っている人間を生かしておくわけにはいかなかったんでしょう。それに、一度脅迫に屈してしまえばいつまでも脅迫されるのは目に見えていますし、それでいて相手が絶対に秘密をばらさないという保証もない。だからあなたは、秘密を知る人間を殺しにかかるしかなかった。今回の事件は、十三年前の事件の口封じをめぐる殺人事件だったんです」

「……」

 板垣は答えない。一里塚はそれを肯定の意味と受け取って話を続けた。

「石清水と長平が倉敷に出かけた一月八日、あなたは二人を尾行していたんじゃないですか? 石清水はあなたを脅迫した時にモデルガンと入れ替える計画を話しているはずですが、用心のためにそれを誰が作るのかまでは話していないはず。秘密を知る人間の口をふさぐためには、そのモデルガン製作者が誰なのかを突き止める必要があったはずですからね。多分その時、あなたは長平と石清水、そして塩賀美智子の関係を知った。塩賀美智子があのマンションのあの部屋を山口における本拠地にしているという話も、その時盗み聞きしたんじゃないですか?」

「何の根拠があってそんな事を言うんですか?」

「それが今日の事件につながってくるからです。その話はひとまず置いておきます」

 一里塚はそう言うと、話を再開した。

「そして翌日、二人は東広島市に行き、新浪南平と出会った。彼らの間でどのような会話がなされたのかは現時点ではわかりませんが、あなたにとってはどうでもよかった。模型商という職業から、あなたは新浪こそがモデルガンの制作者だと判断したんでしょう。そしてその夜、あなたは新浪の家で彼を殺害した」

 一里塚は鋭く告げる。一方、板垣は面白そうな表情で先を促すだけだった。

「被害者は自宅の作業場で殺されていました。よって普通なら顔見知りの犯行と疑うところなのですが、あなたが犯人ならこれは問題になりません。来訪者が検察官のあなただったからこそ新浪も疑う事なくあなたを自宅に上げ、そして警戒する事なくあなたに背中を向けてしまったんです。そこであなたは手近にあったカッターナイフで新浪を斬殺した。そう考えると、新浪はおそらく石清水からあなたの事は聞かされずに、単に『モデルガンを作ってくれ』としか頼まれていなかったんでしょうね。聞いていたら警戒しないという事はないでしょうから」

 一里塚は板垣を牽制しながら言葉を続けていく。

「そして一月十五日……おそらくこれが取引当日だったんでしょうが、あなたはいよいよ石清水と長平の二人を殺害する事にした。現場になった山陽小野田の山中で取引をする約束をした上で石清水を長平樹里亜のアパートから引き離し、その上で彼女を殺害。おそらく、新浪の殺害で彼らもあなたを疑うくらいの事はしていたでしょうが、石清水を取引に向かわせる事で長平が油断していたところを突いたんでしょう。買い物か何かでアパートから出ようとしたところを襲ったと考えれば納得できます。そして、夕方になってあなたは何食わぬ顔をして石清水と合流し、どちらかの車で例の山中へ向かった。長平同様に向こうも油断はしていなかったとは思いますが、背後から刺されているという事は背中を見せたという事。やはり自分は武闘派の人間で、あなた程度に負けるはずがないという油断がどこかにはあったんでしょうね。あなたは隙を見て石清水を殺害し、そのまま車でその場を立ち去ったのでしょう。犯行自体は特に何の工作もないシンプルなものです」

 一里塚は板垣を睨みながら言葉を紡いでいく。

「こうして、あなたは二人の殺害に成功した。しかし、あなたにはもう一つ心残りがありました。それは、あなたへの脅迫後に同じく武器密輸絡みで接触していて、なおかつ長平樹里亜の友人でもあり、自身も江花邸事件の際にあの家にいたエスナ教祖・塩賀美智子の存在です。石清水か長平があなたの事を塩賀に話している可能性がある以上、あなたは塩賀美智子を放置するわけにはいかなかった。だから、あなたは塩賀美智子が山口の拠点にしていたマンションに盗聴器付きの爆弾を仕掛け、彼女の動向を探ると同時にいざというときに殺害できる体勢を整えていたと考えています」

 が、ここで板垣は苦笑気味に反論した。

「ちょっと待ってください。セキュリティが完全なあのマンションの個人宅にどうやって爆弾を仕掛けるというんですか? 入る事だって無理でしょう」

 だが、一里塚はその反論にもひるむ事はなかった。

「いえ、あなたはマンションに堂々と入る事ができたんです。鍵となるのは、十一日にあのマンションの十三階で起こったラジコンヘリにより覗き事件でした」

「ほぉ、それがどう事件に関与するというのですか?」

 板垣の方も一切動じる様子がない。一里塚は不気味なものを感じながらも推理を続けた。

「事件は最近多発している覗き事件と酷似しており、覗きをしようとしたラジコンヘリが操縦を誤って部屋に突っ込むという事件でした。これが二十八件目で、ただし今回はラジコンヘリと言う明確な証拠まで残っている。当然、捜査陣営は喜ぶでしょう。間違いなく、現場となった十三階の部屋の現場検証をしたはずです」

 その言葉に、姫奈は声を出さずに驚いていた。一里塚が何を言いたいのかわかったからだ。果たして、一里塚はこう告げた。

「連続二十八件も発生して犯人が捕まっていない事件ともなれば、警察のみならず検察も事件の捜査に少なからず関与しているはず。そして、現場検証という事になれば、マンションに関係ない人間でも捜査関係者の名目でマンションへの出入りができる事になります。あなたはそれを狙って連続覗き魔の犯行を模倣してラジコンヘリをわざと十三階に突入させ、捜査名目でマンションに侵入する事に成功したんです。侵入さえしてしまえば後は簡単でしょう。現場は十三階ですから十五階はすぐ近くです。捜査するふりをしてこっそりと現場を抜けて非常階段でも使って十五階に行き、ピッキングか何かで問題の部屋の鍵を開けて侵入。部屋の中に爆弾と盗聴器を仕掛けてまた十三階に戻り、捜査員たちと一緒にマンションを出る……。せいぜいこんなところだったのだと思います。数々の犯罪を立証してきたあなたなら、そういう鍵開けの方法について知っていてもおかしくありませんしね。実の所、私が犯人をあなただと疑った直接的なきっかけはこの情報からでしてね。他に手段がない以上、爆弾を仕掛けたのはこのラジコンヘリ事件の捜査関係者の中にいるとしか思えませんでしたから」

「という事は、もう調べてあるんですね? 私がその覗き事件の捜査に参加していた事を」

 試すような板垣の問いに、一里塚は静かに頷くと話を再開した。

「あなたはそうやって仕掛けた盗聴器で室内を盗聴し、時折この部屋に来る塩賀美智子の言動を監視していた。少しでもあなたに関係のある言動があったら即リモコン式の爆弾を爆発させて彼女を抹殺するつもりだったのでしょう。そして今日、彼女はマンションに現れました。ただ、それから三時間余り爆発が起こっていないという事は、彼女はあなたに関する言動をしなかったのでしょう。ここから考えるに、石清水と長平は塩賀にあなたの事を話してはいなかったようですね。ですが……盗聴器を聞いていると、思いもよらない人物が部屋を訪ねてきました。それが米内涼香だった。おそらくこの時点まで、あなたは米内涼香の存在自体を知らなかったと思います。ですが、彼女の存在が、あの二人の運命を決定的なものにしてしまったんです」

 一里塚は推理を次の段階に進めていく。

「米内涼香は地震の影響で震災以前の記憶をなくしていましたが、一ヶ月ほど前に岡山でその時の友人である塩賀美智子と再会した事により記憶の断片が戻り始めていたとされています。そして昨日、ニュースで長平樹里亜が殺害されたというニュースを見た後、彼女の様子は明らかに変わり、翌日ホテルから抜け出して塩賀美智子に自ら会いに行っています。塩賀側の行動から考えて、これは塩賀が米内からの連絡を受けて呼び出されたと考えるのが自然です。そして、その後部屋が爆破されて二人が殺された事を考えると、ある推測が浮かび上がります」

「ほぉ、面白い。どのような推測ですか?」

 板垣の問いに、一里塚は決然とした表情で告げた。

「事件のニュースを見た米内涼香が、そのショックで震災以前の記憶を完全に取り戻したという可能性です」

 その言葉に、姫奈は思わず目を見開いていた。一里塚の言葉は続く。

「元々この時点で記憶は戻りかけていたんです。という事は記憶が完全に消えたわけではない。何かのきっかけで記憶が完全に戻る事は否定できません。と言うより、自ら塩賀に連絡を取って呼び出している事からも、彼女との関係性を思い出したと考えるのが妥当でしょう。そして二人はマンションで再会し、そこで米内涼香はとんでもない告白を始めたのだと私は考えています」

「告白とは?」

 とぼけたように聞く板垣に、一里塚は淡々と続ける。

「十三年前の震災の時、江花親子が殺される光景を見たという話です。元々それ以前から、ぼんやりとその光景は思い出していたようですしね。それで、当時の友人の中で唯一連絡がつく塩賀美智子に連絡を取り、マンションで蘇った自分の記憶を話したんでしょう。そしておそらくは……この時彼女は海江田警部もその場に一緒にいた事も話しているはずです。震災時の彼女たちの発見場所から考えるに、米内涼香と海江田警部が事件を目撃していた可能性は非常に高いと考えられますから。もっとも、海江田警部の記憶は戻っていないようですが」

 姫奈は銃を突き付けられながらも絶句していた。そして、その後に続く悲劇も容易に予想できてしまった。

「だが、運命は残酷でした。彼女たちの話は、よりによって米内の目撃した殺人犯……つまりあなたに盗聴器で聞かれてしまっていたからです。そうなると、あなたとしては一刻の猶予もありません。又聞きで推理した石清水と違って、彼女は直接あなたを見ているんです。彼女の話が公になった時点であなたは身の破滅ですし、その話を聞いてしまった塩賀美智子を生かしておくわけにもいきません。そして、あなたはためらうことなく爆弾のスイッチを入れ、二人を亡き者にした。そんなところだったのではありませんか?」

 板垣は答えない。それは、一里塚の推理が当たっている事の証明でもあった。そして一里塚はいよいよとどめを刺しにかかる。

「そして、この時点であなたにとって致命傷になる人間は一人になっていた。他でもない、十三年前の事件当時に米内涼香と一緒に事件を目撃した人間……海江田警部です。あなたはすぐに海江田警部の殺害に動く事になった。そして二人同様に爆弾で殺そうとしたものの失敗し、このような状況に陥る事になってしまった……。以上が、私の考えるこの事件の構図になるわけですが、いかがでしょうか?」

 一里塚はそう板垣に尋ねた。もっとも、先程の会議においてこの推理の構図そのものは榊原もある程度は推理しているようだった。が、榊原は所沢事件を担当している検事が誰なのかは知らなかったため、あくまで「状況的に所沢篤事件の担当検事が犯人」と言うところまでしかわからなかったのである。それは他県警の警部たちも同じだった。

 だが、ここまで追い詰められても、板垣は余裕の表情を崩さなかった。

「それで、それがどうしたというのでしょうか? 結局それはあなたの推測でしかありません。私が実際に殺害を実行したという明確な証拠がどこにあるというのですか? 特に十三年前の事件については、私がその場にいたなどと言う明確な証拠もありません。一里塚警部には釈迦に説法かもしれませんが、証拠もなしに人を糾弾するのは許されていませんよ」

 しかし、一里塚は間髪入れずに反論する。

「状況証拠ならいくらでもあります。この推理が正しければ、長平と石清水を尾行していた一月八日や、殺害当日の一月九日、一月十七日におけるあなたのアリバイは存在しないはずです。それにあなたに絞って調べれば目撃証言も出てくるでしょうし、何より例のマンションに爆弾を仕掛けられ、なおかつ爆弾の材料を用意でき、爆弾作成の知識を有しているのはあなただけです。爆弾の材料は、証拠で押収された原料物質などを別の薬品と入れ替えたというのが妥当でしょうか。今、入浜検事正を中心に証拠保管庫の捜査が行われています。もし入れ替えが見つかったら、そして本来証拠保管庫にあるはずの爆発物の成分と現場で採取された爆発物の痕跡の成分が一致したら……それができるのは検察官のあなただけです」

 一里塚はさらに畳みかける。

「それに、私たちがなぜここまで早くここを突き止められたのか考えてみる事ですね。海江田警部が誘拐された事がわかった時点であなたが怪しいという結論が出ていましたから、その時点で入浜検事正に連絡して検察庁のあなたの自室の捜査を行ったんです。で、榊原さんがあなたの担当した事件の捜査資料を片っ端から調べて、以前麻薬密輸の大捕り物が行われたこの廃工場をピックアップしました。あの人の思考回路がどうなっているかは私にもわかりませんが、結局はこうして正解だったわけです。来てみたら、あなたが彼女を殺そうとする現行犯の場面を抑えられたわけですからね。要するに、今回の事件についてあなたの犯行はもう否定できないところまで捜査が進んでいるんですよ」

 その言葉に、板垣はしばし考え込んでいたが、やがて苦笑気味にこう言った。

「そうですか……まぁ、さすがにこの状況で言い逃れるするのは難しかったですかね」

「認めるんですか?」

「私は認めませんよ。それを立証するのはそっちの仕事ですから。それで立証できるのなら、私が犯人なんでしょう」

「あくまで自供はしませんか」

「法廷では客観的証拠がすべてである。裁判の常識ですね。証拠で立証できるなら、私はそれを甘んじて受け入れましょう。もちろん自白はしませんし、抵抗はしますがね。それに、その様子だと十三年前の事件については立証できないようですが」

 その物言いに、姫奈はうすら寒くなった。この状況で一切動じない板垣が、人間でない何かに見えたのである。だが、同時に頭の奥の方で何かチリッと痛みのようなものが走った。どこかで、この物言いを聞いたような覚えがあったからだ。

「さて……何だかんだ言いましたが、私も捕まりたくありませんのでね。月並みですが、脅させてもらいましょうか。今すぐその銃を下ろしてください。でないと……」

 そう言って板垣は姫奈の眉間に右手で銃を押し付け、もう一方の手でライターの火を点けると傲然と言い放った。

「彼女を殺す事になります。この工場の床には灯油をまいてありますし、その前にこの銃が彼女の頭を吹き飛ばす事になるでしょう。ここまで来たら、彼女には余計な事は言ってほしくありませんのでね」

 そう言うと、板垣は改めて姫奈の方を見下ろした。理知的な表情の中に、どこか狂気めいたものが浮かんでいるのが姫奈にもわかった。

 と、その時だった。姫奈の視界が突然グニャッと曲がった。

「えっ……」

 一瞬何が起こったのかわからなかったが、同時に姫奈の頭の中に見た事もない映像が浮かび上がる。いや『見た事もない』わけではない。この光景は……

「あ……ああっ!」

 直後、姫奈は思わず短く叫んでいた。理性的な顔の中に狂気の色を隠す板垣のその表情……


 それを見た瞬間、本当に唐突に、彼女は十三年前の記憶を思い出していた。


 ……姫奈は暗闇の中で目を覚ました。手元の懐中時計で時間を確認すると朝の五時半。布団から起き上がると、周りには友人たちがすやすやと眠っていた。不意に気になって自分の体を見ると、小学六年生の頃の小さい体にパジャマを着ていた。

 間違いない。これはあの時……一九九五年一月十七日の記憶だ。記憶の中の自分は眠そうに目をこすると、そのまま布団から起き上がった。

「トイレ……」

 姫奈はそう呟くと、部屋を出てトイレに向かおうとする。この家……江花邸のトイレは玄関近くにあった。

 だが、部屋を出たところに急に背中を叩かれた。思わず悲鳴を上げそうになりながら後ろを振り返ると、そこにいたのは同じく寝起きの様子の涼香だった。

「ごめん、脅かしちゃった。私もトイレ。一緒に行かない?」

 姫奈はホッとした様子で頷き、二人は廊下を歩いてトイレに向かった。やがて玄関近くのトイレに到着する。そして、先に姫奈がトイレに入ろうとした時だった。

「誰だ、君は!」

 突然、押し殺したようなそんな声が聞こえた。慌てて辺りを見回すと、玄関横の仕事部屋から明かりが漏れている。二人は顔を見合わせ、忍び足で部屋に近づくとこっそりドアの隙間から部屋の中を覗き込み……その光景を見てしまった。

「何をしているんだ!」

 部屋の中には紅美の父親……七雄がおり、その後ろでなぜか一緒に寝ていたはずの紅美がパジャマ姿で不安そうな顔をしている。そして、部屋の奥の方に誰かよくわからない人影がいるのが見えた。その声が震えたような声を出す。

「こ、これは……」

「娘が仕事部屋に誰かいるみたいと言ったから来てみれば……君は一体誰なんだ! こんな時間に何をしている!」

「お父さん、怖い……」

 紅美がか細い声を出す。緊迫した空気が部屋に流れ……直後、事態が動いた。

「う、うわあぁぁぁぁ!」

 突然、男が逆上したように叫び、何かを手に持って七雄に殴りかかったのだ。七雄は咄嗟に防ごうとしたようだったが相手の方が一枚上手で、次の瞬間、鈍い音がして七雄は床に崩れ落ちた。

「い、いやぁっ!」

 それを見ていた紅美が悲鳴を上げる。が、男は引きつったような笑いを浮かべながら紅美に向き直った。

「君が悪いんだ……君が私に気付くから……う、うわあぁぁぁ!」

 直後、再び鈍い音がして、紅美の声は途絶えた。部屋の中が再び沈黙に支配される。あまりの光景に、覗き見ていた姫奈と涼香は身動きが取れないでいた。

「ど……どうしよう……」

「に、逃げなきゃ」

 そう言って後ずさろうとして……近くにあった傘入れにぶつかって派手な音が鳴る。その瞬間、何かを手に持って確認しているようだった中の男がグルリと首をこっちに向けた。

「逃げよ!」

 涼香はそう言うと玄関に向かって走り出す。姫奈も続こうとしたが、しかしそこで何かに躓いたらしく、床に転んでしまった。持っていた懐中時計が床に落ちる。

「あっ!」

 と、そこへ部屋から男が飛び出してきた。が、倒れていた姫奈に躓いてこちらも床に倒れてしまい、何かが散らばるような音がする。姫奈は暗闇の中で必死に周囲を探って懐中時計を拾うと、そのまま玄関にいる涼香の方へ走ろうとして……。

 直後、ドンッ、という衝撃と共に地面が揺れた。

「え……い、イヤァァァァァァァッ!」

 姫奈が絶叫した次の瞬間、家そのものが大きく崩れ、何もわからなくなった……。


 ……気付くと、姫奈の意識は元の廃工場へと戻っていた。だが、この時姫奈は完全に記憶を取り戻していた。そして、目の前で自分の銃を構えている男……板垣に対してはっきりと告げた。

「思い出した……十三年前……あの日……あなたが江花のおじさんを……紅美を殴って……」

 その言葉に、板垣は初めて眉をしかめた。

「ほぉ……私の顔を見て記憶が戻ったとでも言うつもりですか」

 そう言いながらも、板垣は薄ら笑いを崩さない。

「しかし、そんな記憶が何の役に立つというのですか? 記憶などというものは非常に曖昧です。そんな記憶だけで、私が犯人だと言われても……」

 だが、姫奈は闘志のこもった視線を板垣に送り続けていた。思い出した事は板垣の顔だけではなかったのだ。そしてそれは、この事件にとどめを刺す、決定的な切り札となるものだった。

「違う……あの時、あなたは部屋の中で何かを確認していた。あれは……時間を確認していた」

「時間?」

「そう……その後私は転んで懐中時計を落として……その後、犯人も足を滑らして転んで……その隙に私は懐中時計を拾って逃げようとして……そこで地震が起こった」

 その言葉に、一里塚が何事か思いついたようだった。そして、次の瞬間に顔色を変えて呟いた。

「なるほど……そういう事ですか」

「……どういう意味ですか、一里塚警部」

 だが、一里塚は逆に板垣に問いかけた。

「板垣検事、失礼ですが、あなたは腕時計を使っていませんね?」

「……突然なんですか?」

「あなたは今日、私に会った時、時間を確認するのに腕時計ではなくわざわざロビー正面の時計を見ていました。実際、あなたの腕に腕時計はなかった。では、あなたはどうやって時間を確認しているのか。法廷に出入りするあなたが、法廷内で禁止されている携帯電話を時計代わりにしているとは思えません。そうなると答えは一つ……姫奈さん同様、懐中時計ではないのでしょうか?」

 そう言われて、板垣の顔色が少し変わった。

「確かに私は懐中時計を使っています。でも、それが何なんですか?」

「つまり、あなたが犯人なら、事件当日時間を確認するときに使ったのは懐中時計だった事になる。その後、海江田警部と犯人はともに廊下で転び、そこで懐中時計をいったん落とした後、再び拾った。だとすれば、一つの可能性が浮かび上がります」

 一里塚は鋭く告げた。

「つまり、この時海江田警部と犯人の懐中時計が入れ替わった可能性です」

「っ!」

 ここで初めて板垣が息を飲んだ。

「だとするなら、海江田警部が今まで父親の形見として持っていた懐中時計は、実は犯人のものだった可能性が出てきます。そして、その懐中電灯は二人の人間を撲殺した人間が持っていたものだった。だとすれば……海江田警部の懐中時計に殺害の痕跡が残っている可能性があります」

「いや……彼女は懐中時計なんて……」

 と、そこで一里塚が袋に入った懐中時計を掲げた。

「彼女が爆発現場に落としていましたよ。精密機械ですから水に濡らしたりといった事はないはず。保存状態はしっかりしているでしょう。状況次第では被害者の血痕や……もしかしたらあなたの指紋も残っているかもしれませんね。もしそうした証拠が出たら……十三年前の事件においても言い逃れはできないと思いますが、どうですか?」

「それは……」

 動揺する板垣に、一里塚は最後通告を行った。

「もう終わりです、板垣検事。あなたの悪辣な犯罪は、全て暴かれたんです。次は、あなたが裁かれる番です」

 その瞬間、板垣は一瞬呻き声を上げたが、やがて静かに目を閉じると、力ない笑い始めた。

「ふふ……はは……そうですか……これだけ口封じをしたというのに、十三年前のあの日にすべては終わっていたんですね……」

 次の瞬間、板垣は無造作に引き金に手をかけた。

「このまま大団円なんて許しません。あなたも道連れです」

 姫奈が目を恐怖で見開き、直後、工場に銃声が木霊した。

「……くっ!」

 だが、呻き声を上げたのは板垣の方だった。発砲の直前、一里塚の撃った銃弾が彼の右手を貫通したのだ。おかげで狙いがそれ、板垣の撃った銃弾は眉間ではなく姫奈の左肩をかすっていた。とはいえ、姫奈も肩に痛みを覚え、思わず歯を食いしばる。

 だが、同時に左手に持っていたライターが落下し、まかれていた灯油に引火して工場に火が広がりつつあった。

「確保!」

 その言葉に、一里塚と数人の刑事が炎の中飛び込んできて板垣を取り押さえる。板垣はさしたる抵抗もしないまま、うなだれた様子で工場の外に引きずり出されていった。だが、手錠で拘束された姫奈を脱出させる事ができない。残った一里塚に対し、姫奈は思わず叫んだ。

「一里塚警部、早く逃げてください! このままじゃ二人とも……」

 だが一里塚は首を振った。

「大丈夫です。すぐに救助が来ます」

「救助って……」

 その時だった。不意に工場の入口からオレンジ色の制服を着た人物が飛び込んできて、炎の中二人の元に近づいた。

「姫奈、大丈夫!」

「れ、玲於奈!」

 それは、レスキュー隊の格好をした玲於奈だった。すでに事情は聞いているのか、余計な言葉を発する事なく持ってきた金属カッターで手錠を切断すると、そのまま一里塚と一緒に姫奈を担ぎ、炎上寸前の工場から脱出する。直後、工場内で爆発のようなものが起こり、本格的に工場から火が吹き出し始めた。

「ギリギリだったわね」

 工場から出たところでへたり込みながら玲於奈が呟く。と、そこへ今度は奈々が姫奈の元へ駆け寄ってきた。

「大丈夫! 怪我はない?」

「奈々……」

「大変、血が出てるじゃない」

 奈々はそう言うとテキパキと姫奈の肩の傷を応急処置する。幸い、かすり傷ですんだようだ。

「どうして二人とも……」

「一緒に行くと聞かなかったんですよ。二人とも心配していたようです。それに、友人たちを殺した犯人の最後を見届けたかったとも」

 一里塚はそう言うと、すぐそばで刑事たちに押さえつけられている板垣をチラリと見、自分の手錠を姫奈に差し出した。

「さて、お二人は自分の仕事をしました。次は海江田警部、あなたの番です」

「私、ですか?」

「えぇ。この事件に、決着をつけてください」

 そう言われて、姫奈は一瞬戸惑ったような表情を見せたが、やがて表情を引き締めると手錠を受け取り、板垣の前に立つとこう宣告した。

「板垣統一郎! 江花七雄、江花紅美、新浪南平、長平樹里亜、石清水康義、塩賀美智子、米内涼香、以上七名に対する殺害容疑、及び私と光沢警部補に対する殺人未遂の容疑で逮捕します!」

 直後、姫奈の手で板垣に手錠がかけられ、事件は一つの決着を迎えたのだった……。



「……そうですか。板垣検事が逮捕されましたか。わかりました、後の処置はそちらにお任せします。こっちも色々と忙しくなりそうですからな。では」

 ……同時刻、山口地検検事正室。地検のトップである入浜光之助検事正は、大野塚県警本部長からの電話を静かに切っていた。自分の部下が殺人容疑で逮捕されたというのに、この男はあくまで穏やかな表情を浮かべながら正面にいる相手に対峙していた。

「全く、あなたが関わるとろくな事になりませんね。榊原さん」

 その言葉に、前に立つ男……榊原恵一は苦笑気味に答えた。

「これが私の仕事ですから」

「しかし、これは大変な事態です。部下が殺人容疑となれば、私もただではすみませんからな。いやぁ、十一月の県警の不祥事は乗り切ったというのに、何という事をしてくれるんですか。今回ばかりは大野塚本部長に頭が上がりませんでしたよ」

 穏やかに微笑みながらも、目が全く笑っていない。前回の県警の大不祥事の際に巧みな立ち回りを演じて榊原と手を組み、それを利用して検察の地位を守ったこの男であったが、今回は逆に榊原が敵に回る事態になってしまっていた。

 だが、入浜はそんな事態にも全く動じていないようだった。

「しかし、この状況でもあなたはうまく立ち回るつもりなんでしょう?」

「もちろん。そもそも今回の一件は特捜部が十三年前に強引な捜査をした事が無関係ではないはずですし、やり方次第で大阪地検特捜部にすべての責任をひっかぶせる事もできるでしょう。特捜部に全責任を負わせられればそれでよし、それができなくて私が何かの処分を受けても、それを借りにして将来的にごり押しができるようにはなるでしょう。それに、板垣君がいなくなって、所沢事件の裁判が宙に浮いてしまいました。このまま空中分解させるわけにもいきませんし、板垣君自身の裁判もあります。今まで以上に天橋組の圧力が強くなるでしょうし、ここは私自身が担当する他ないでしょう。少なくとも、裁判が終わるまで上も私を処分しようとはしないでしょうな。まぁ、その間に色々考えますよ」

 そう笑ってから、入浜は榊原を睨んだ。

「さて、それより気になるのはあなたの事です。今回の事件、推理はしましたがあなたはあくまで脇役に徹したようですね。あなたらしくもありませんが、なぜでしょうか?」

「……今回はあくまで一里塚警部が主役の事件だっと思った。それだけです。私は途中参加したにすぎませんからね。事件はやはり警察関係者が解くのが一番なんですよ」

「そうですか……。そういう事にしておきましょう」

「では、私はこれで。一里塚君によろしく伝えてください」

 榊原はそう言って一礼すると部屋を出た。後に残された入浜は苦笑気味に呟く。

「まったく……どこまでも食えない人ですね」


 廊下に出たところで、榊原の携帯に着信があった。

「私だ」

『あ、先生。連絡遅くなってすみません』

 相手は、榊原の自称弟子の女子高生・深町瑞穂ふかまちみずほだった。

「構わんよ。で?」

『昨日言われた調べ物は一通り終わりました。明日から土曜日なので、予定通り調査結果を持ってそっちに合流します』

「昨日頼んだばかりなのにすまないね」

『いいんです。私は先生の助手ですから。それで、明日の昼頃に博多駅に着く手はずですけど、それでよかったですか?』

「あぁ。多少予定外はあったが問題ない。明日、博多駅で会おう」

 電話を切る。と、そこには榊原を待っていた淀村弁護士がいた。

「お待たせしました。ひとまず、この件は片付いたようです。もっとも、今回は私が出るまでもなかったようですが……」

「御謙遜を。事件に関与してからまだ一日も経っていないじゃないですか。アドバイザーとはいえ、随分仕事が早いですね。さすがは榊原さんです」

 伊織はそう言って苦笑する。

「買いかぶりすぎですよ。ところで、瑠衣さんは?」

「先に福岡に戻りました」

「結構。では……」

 そう言うと、榊原はこう続けた。

「伊織さん、今回あなたから受けた依頼のうち『米内涼香の一件』についてはこれで終了します。引き続き、『もう一つの依頼』の方に移るとしましょうか」

「……えぇ、よろしくお願いします」

 ……謎めいた言葉を残し、榊原と伊織は山口を去る。どうやら、榊原の仕事はこれからが本番のようだった……。



「無事で何よりです」

「いえいえ、こんな有様になって申し訳ない」

 事件から一週間が経過した一月二十五日金曜日、山口中央大学付属病院の病室で、光沢は見舞いに来た一里塚に対してそう言って頭を下げていた。パトカーの爆弾で意識不明の重傷に陥ったものの手術の結果奇跡的に回復し、全治一ヶ月の大怪我ではあったが後遺症などは残らない見通しであった。

「まぁ、ここのところずっと働き詰めでしたからね。たまにはゆっくり休んでください。仕事は私が片付けておきますから」

「ありがたいですが、私の分も残しておいてくださいよ」

 光沢はそう言って笑おうとしたが、やはり痛むのか顔をしかめてため息をついた。

「……板垣はどうなりました?」

「素直に取り調べに応じています。海江田警部補が自ら尋問をやっていますよ」

「へぇ、あの嬢ちゃんが立派なものですな」

「事件の概要は概ね私の推理通りでした。江花親子の殺害に関しては、出世のために事件の真相究明に焦った板垣個人の暴走と言う側面が強いようで、特捜部の組織自体は関与していないようです。今回の件で向こうもかなり焦っているようで、今、兵庫県警が大阪地検特捜部と協力して十三年前の事件の捜査で本格的に動いています。証拠も集まりつつありますし、問題なく立件できるだろうというのが入浜検事正の見込みです。武器調達係を殺されて天橋組も殺気立っていますが、入浜検事正自身が公判に立つ事でこれを抑え込む腹積もりのようですね」

「あの人は相手が部下や身内でも容赦ないですな」

「……それと、岡山県警は解決翌日にエスナに対する強制捜査に踏み切りました。塩賀美智子が死んだ途端に跡継ぎをめぐって内部抗争が起こり、県警が介入する口実になったそうです。結果、本部の建物の中から薬物などが大量に発見され、さらに信者に対する暴行も立証されました。幹部陣営は根こそぎ逮捕されてエスナは宗教法人としての資格を剥奪。教祖の塩賀美智子は被疑者死亡のまま書類送検される見通しとなっています」

「そうですか。つくづく、教祖の塩賀美智子あっての組織だったわけですね」

 光沢は大きくため息をつく。

「ところで、榊原さんは?」

「それが、事件を解決したと同時にすぐに出立しました。もう一つの依頼を解決するとか何とかで」

「もう一つの依頼、ですか?」

 光沢の訝しげな表情に、一里塚も苦笑気味に言う。

「それが、どうも今回淀村弁護士から受けた依頼は二つあったようでしてね。米内涼香の悪夢に対する相談というのがまず一件。もう一件は、東京で調査をした瑞穂ちゃんが合流次第着手するつもりだったようです」

「瑞穂……あぁ、あの自称弟子の女の子ですか。そう言えば、今回は姿がありませんでしたね。それで、そのもう一件の依頼と言うのは?」

 一里塚は首を振る。

「私も知りません。ただ、あの翌日以降に九州の方で起こったある事件に、淀村弁護士や榊原さんが関与したという噂がこちらにも流れてきています。まぁ、その話は追々報告してもらえるそうなので、またの機会を楽しみにしておきましょう」

 そう言うと、一里塚は立ち上がって病室の窓を開けた。一月にしては暖かい日で、心地よい風が病室に吹き込んでくる。

「それはそうと、嬢ちゃんはどうしましたか? 今日は一緒では?」

 その言葉に対し、一里塚は穏やかな表情で振り返るとこう答えた。

「ちょっと所用があるようでして。有休をとって友人たちと旅行に行っています」

「旅行、ですか?」

「えぇ……神戸に」

 それで、光沢は全てを悟ったのだった。


 同時刻、兵庫県神戸市の高台にある墓地。姫奈、奈々、玲於奈の三人が、ここに造られたいくつかの真新しい墓石の前で手を合わせていた。見晴らしのいい場所で、そこから震災からの復興を遂げた現在の神戸の港の景色が一望できる。

「よかったね。神戸に戻って来られて」

 玲於奈がポツリと呟く。あの後、樹里亜、美智子、涼香の三人の遺体は親族がほとんどいなかった事もあって姫奈たちが主催して葬儀を上げ、彼女たちたっての希望で紅美たちが眠る故郷・神戸のこの寺院に埋葬される事となった。今日は、その納骨のために三人は神戸に訪れていたのである。

「結局……生き残ったのは私たち三人だけか。私たちを置いて逝っちゃうなんて、ほんと、相変わらずみんなせっかちなんだから」

 奈々が寂しそうに言う。

「……でも、またこうして『七人』が一緒になって神戸で集まれてよかった。もう二度とみんなと会えないと思っていたから……どんな形でもそれは嬉しいかな」

 姫奈はそう言いながら、不意にポケットから懐中時計を取り出していた。

「その時計は?」

「うん、板垣が持っていた本物の私の時計。調べたら、やっぱり私の時計と板垣の時計は入れ替わっていたみたい。転んだ時に向こうも落として、入れ替わったまま十三年そのままだったって」

「つまり、その時計も十三年ぶりに姫奈の所に帰って来たってわけね」

 姫奈は頷くと、本当の意味で自分の所に帰ってきた懐中時計をしっかりと握りしめた。

「紅実たちの時間は止まっちゃったけど、私の時間はまだ動いてる。だから、先に逝った四人の分も、私たちが頑張らないとね。それが、生き残った私たちの責任だと思うから」

「……そうだよね」

 奈々と玲於奈も頷き、もう一度三人は黙祷をした。

「……さて、せっかくこうしてみんな揃って神戸に来られたんだし、帰る前にいろいろ見て回ろうよ」

 玲於奈が努めて明るい風に言う。

「そうね。せっかくだし、青雲小にでも顔を出してみる? 六年の時の担任の谷元(たにもと)先生、今青雲小で教頭になってるんだって。みんなで会いに行ったらきっと喜ぶよ」

 奈々もそう言い、二人は墓地の入口の方へ歩いていく。姫奈もそれに続こうとして、ふと何の気なしにもう一度墓石の方を振り返り……そこで思わず息を飲んだ。


 墓石の後ろ、そこに幼い姿の今は亡き四人が、笑いながら手を振っている姿が見えたような気がしたからだ。


「姫奈?」

「どうしたの?」

 奈々と玲於奈に呼びかけられてハッとしたようにそっちを見る。

「今、そこに……」

 しかし、もう一度見てもそこには誰もいなかった。もしかしたら、ただの自分の幻想なのかもしれない。だが、姫奈にはそれが、彼女たちが自分たちにお礼をしに来たように思えてならなかった。同時に、穏やかな風が墓地を吹き抜ける。

「……バイバイ。また来るね」

 姫奈は小声でそう呟いて小さく手を振ると、先を行く二人のいる場所に向かって駆けだしていったのであった……。

*** Thank you for reading! ***


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『この謎が解けますか? 2』→→→ http://ncode.syosetu.com/n0192de/

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