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異世界怪奇譚  作者: 春ウララ
怪奇蒐集の巻 その3
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「食後のデザートはいかが?」

「食後のデザートはいかが?」

 

 

 

 

 

 

 

 昼時となると、ライクニックの騎士詰所の食堂は、おおいな賑わいをみせる。腹を空かせた騎士たち、街に住む者、街外から来た商人。大衆にも解放しているそこでは、その日採れた果物や野菜を使った料理が振る舞われ街の名物となる。忙しく働く給仕や料理人たちは繁盛時となる今を魔の時間帯と呼び総出で見事に注文を捌き、仕事をこなすのだが。

 今日に限りそれは不可能であった。

 

 ごった返す客席のど真ん中のテーブルに、恐らく食事を求めて集まっている人たちの注文を全て合わせたと同じくらいの料理の数が盛られている。並べられているとか上品な言い方は出来ない。文字通りテーブル上には大量の料理が山となって盛られており、その半数以上の皿は僅か数分のうちに、綺麗に空となっているのだ。大食いな巨漢のドワーフの団体が来ているわけでもない。そのテーブルにはたったの二人のレディしか腰かけていないのだ。そのうえ、食事を平らげているのはその中の一人だけ。もう一人の銀髪のレディは盛られた料理の数々をかわしてようやく出来たテーブルのほんの1角に肘をつき、珈琲を飲んでいるに過ぎない。吸飲するように盛られた料理を次から次へと食べ続けるレディを眺めながら、長い耳をポリポリと掻いている。

 

 「ねえ・・・・・・もう満足?」

 「・・・・・・んぐっ。ん?」

 

 ようやくして全ての皿に盛られた料理を平らげたことにより、山の様に盛られた料理に隠れていた彼女が姿を現す。少しくすんだ栗色のショートヘアの細身の女性、いったい一人で平らげた食事は何処に収まっているのか、シックスパックに割れた腹を擦りながら、満足げに爪楊枝を咬んでいる。

 

 「キャトルさん、支払いは・・・・・・。」

 「うん、アタシが・・・・・・うっ!」

 

 ようやく落ち着きを取り戻した食堂の給仕の女の子は恐る恐る珈琲を飲んでいたキャトルへと食事代を記した紙を見せ、テキパキと空いた皿をかたしていく。

 

 「はい・・・・・・わかりましたよぅ・・・・・・」

 

 半分涙目になりながら財布を開き、その中身を全部出すキャトルを見て、申し訳なさそうに給仕は大量の金貨を受け取り戻っていった。

 

 「ご馳走さまでした。」

 

 爪楊枝を加えていた女は、キャトルへと深々と頭を下げる。

 

 「確かに奢るから、好きなだけ食べていいよとは、言ったよ。そうは言ったけど・・・・・・ああ、アスビーとお父さんどっちに給金の前借りを頼めばいいのやら・・・・・・」

 「飯を馳走になった礼がしたい! 私も手伝おう!」

 「そう・・・・・・じゃあ先ずは貴女のこと教えてくれる?」

 

 この女性はキャトルとジーノが森の中で"拾った狼"もとい、傷を負い倒れていた女性である。すぐに山を降り詰所へと運び込んだ彼女は無事に一命を取りとめたのだ。しかして、キャトルはこんなにも景気よく飯を平らげたこの女は本当はただ単に腹を空かせて行き倒れていただけてばないかと懐疑的になっている。

 

 「レベッカ・ロボだ。人狼一族の誇り高き戦士だ。エルフの女騎士よ。」

 「キャトル・エルクーガ。誇り高いエルフ族の・・・・・・何か恥ずかしいな。」

 「何を言うか、キャトル。エルフは森を護る叡知ある一族だぞ。」

 「うん、そうだね。レベッカ、レベッカか。人狼族の。」

 

 人狼族、エルフ族。これらは怪奇と人間の狭間に産まれた種族である。明確な分類も難しく、狼の獣人と人狼の明確な差異を唱えるのは未だ学者たちの研究対象とされているが。亜人、デミヒューマンと分類されるエルフ族や獣人たちは人間と同等の権利を有しているのかは、国や地域によってまた違う。ライクニックも属するグラセニア国では、エルフ族の妻を迎えた現国王により、その人権は確立されているが、同国内でも亜人にたいして偏見や差別が強い地域は存在する。キャトルが学んだ答えを言うのであれば、人間を餌として襲うのが怪奇、そうしないのが亜人と学んだが、そうカテゴライズされない種族も居るのである。

 人狼族はそのなかでも一際難しい。しいて狼の亜人種と区別するのであれば月と変化だ。普段は人間の姿形をとりつつも、狼へと肉体を変化させることができる人狼族。更にその生命力は並の亜人種よりも高く、満月の出る夜には吸血鬼にも勝る不死性を帯びるとも言われているため、古より吸血鬼と人狼は敵対種族にあり、戦士として女子供も幼い頃から闘いの訓練をするらしい。

 キャトルは別の意味で安堵する。レベッカがあの丘の近くで倒れている所をアタシたちが先に見つけて良かったと。丘に居を構えるあの冷徹で気品ある"とか言っちゃってる"吸血鬼に見つかっていたのであれば・・・・・・。

 兎も角、レベッカは人を喰らうこともせず、大飯を喰らいキャトルの財布の腹を裂きはしたが、それだけ。それだけと素直に言えないキャトルであるが、取り合えずその事情と素性を聞き、話し合える怪奇であるということがわかれば十分である。

 何処かの吸血鬼どもとは違い、争うこともなく。家に居候している夢魔同様に安全な怪奇と言えようか・・・・・・。

 

 「お、あの男は・・・・・・。」

 

 そう考えていたキャトルを置いてレベッカは立ちあがり、今しがた食堂へと入ってきた明るい髪の男の子へと近づいていった。少し身構えその動向を追うキャトルだが、レベッカはその男の子を認識すると、騎士としては少しひ弱にも見える男の子へと、抱きついた。

 

 「おお! 我が命の恩人よ!」

 「ぐべっ!」

 

 いやタックルだ。今は人間の女性の姿をしているがレベッカは勇猛果敢で有名な人狼族。踏み出した床はへこんでおり、飛び付かれた男も勢いに負けて、レベッカの下敷きとなっていた。

 

 「おい、ジーノ。浮気か?」

 「浮気だなぁ、ジーノ。フラニーちゃんに報告だな。」

 「ちょっ! ちょっとっ・・・・・・助けてっ!」

 

 レベッカに抱きつかれたジーノは今度はその身体をポーンと宙に投げられ抵抗もすることが出来ずに、受けるがままにレベッカの感謝の胴上げを受けている。それをニヤニヤとげひた顔で見る、二人の同僚騎士。鬼族の亜人種アレンと、ドワーフ族のハーパーである。

 

 「ちょっと、二人とも。」

 「これは! キャトルさんお疲れ様です。」

 「よう、キャトル。このセクシーなお嬢さんは知り合いか?」

 「うん、私とジーノ君が山で倒れている彼女、レベッカを救助したんだよ。」

 「下ろしてー!」

 

 レベッカの情熱的な感謝は、ジーノの意志と反し。アレンとハーパーが食事をとり終えるまで続いていた______

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そんで、報告は以上か。騎士キャトル。」

 「はい、お父・・・・・・騎士団長。」

 

 団長の執務室。キャトルはレベッカとジーノを連れてお父さん。騎士団長バラクの元を訪ねていた。

 

 「非番だってのに仕事熱心だなぁ・・・・・・」

 「団長はもっと働いてください、生態系の調査だって元はと言えば騎士の仕事でしょう。」

 「だから、お前がやってんだろ。わかったわかった。ほらご苦労様。」

 「投げやりだなぁ。」

 「ジーノ、棚の袋も持ってこい。」

 

 だらしなく机に足を置いていたバラクは、ジーノに珈琲を準備させながら葉巻を1本吸おうと伸ばした手をキャトルに掴まれた。

 

 「何だ、この手は騎士キャトル。」

 「団長の健康を気遣っているんです。部下として。」

 「いらぬお世話だ。」

 

 手を離せと力をこめるバラクに対してキャトルは臆せず両手をつかう。

 

 「おい、団長に向かって暴力か?」

 「じゃあ罰を与えて見なさいよ。」

 「言ったな、生意気な・・・・・・」

 「お母さんに言いつけてやる、貴女の夫は騎士団長の椅子にふんぞり返って仕事もしない碌でなしだって。」

 「ガキの頃みたいに尻が真っ赤になるまで叩く刑だ。泣いても許さねえからな。」

 

 "叡知ある"父娘の喧嘩に挟まれながら、レベッカはジーノに出された珈琲を口に運ぶ。

 

 「む・・・・・・甘い匂いがするぞ。その袋から。」

 

 スンスンと犬のようにジーノが棚から持ってきた袋からの匂いをかぎ分けようとするレベッカ。

 

 「狼というより、犬じゃねえか。嬢ちゃん。」

 「知性溢れるやり取りを聞いていて腹が減ったのでな、エルフの騎士団長。お前たちは父娘なのだな。」

 「言うじゃねえか。腹へってるか、嬢ちゃん?」

 「ああ!」

 「あんなに食べたのに?」

 

 座り直して袋を開け、バラクが取り出したのは木のカップに装われたプディングであった。

 

 「娘さんにどうぞって貰ったんだよ。」

 「ありがとう! お父さん! いや、団長!」

 

 プディングを前に目の色を変えた一人のエルフと、一人の人狼族の女にバラクは苦笑いを浮かべる。

 

 「ほんとにチョロい娘に育ったもんだな。」 

 「甘いもには目がないと言うだろう? 関係ないのだ!」

 「お前もな、えーと、戦士レベッカ。」

 「頂いていいか!?」

 「・・・・・・どうぞ。」

 

 キャイキャイとスプーンを手にキャトルとレベッカはプディングへと専念し出す。

 幸せそうに甘味を食べる娘たちにバラクの表情も緩み出すが、ジーノ手前、気を引き締めて珈琲へと手を伸ばした。

 

 「そんで、戦士レベッカ。甘いもんで釣ったみたいになっちまったが。何があったか聞かせてくれねぇか?」

 

 バラクには1つの気がかりがある。

 人狼族の娘、戦士であるレベッカが何故傷を負ってライクニック森で倒れていたのかということだ。キャトルが再三聞いたが、はぐらかされている話題であるが故に、報告も兼ねて自分のところへ連れてきたのであろうとバラクは考えている。

 

 「・・・・・・バラク殿。」

 「そんなに不味い話なのか? そんなに甘ったるいモノ食ってるのに、苦い顔してるぞ。」

 

 スプーンを加えたままに下を向き歯切れ悪く答えるレベッカ。

 隣に腰かけたキャトルには、小刻みにレベッカの肩が震えているのを感じ取れた。

 何があったの? 快闊で威勢のいい人狼族の少女。ひと度変化し闘い始めれば、戦場を駆け回る地獄の猟犬の様に苛烈で、容赦なく、敵を撃滅する。鍛え抜かれた肉体を惜しげもなく披露するレベッカも、例外なくその戦士であるに違いないというのに。自身の傷については堅くなに口を閉ざす。静まり返った部屋には緊張感が重く染み渡りだしたころに、バラクは耳を掻きながら。

 

 「辛いことにあったか?」

 

 レベッカは伏したまま膝に置いた手を握りしめた。

 

 「悪いな、レベッカ。思い出したくねぇんだろ?」

 「・・・・・・いや。ここまで好意的に。助けてもらった自分なのだ。そうも言ってられないであろう?」

 

キャトルは思わず震えるレベッカの肩を掴む。言葉を催促するわけではなく、単に彼女が受けたであろう恐怖や痛みを分けてもらいたいだけだと。エルフの少女は優しくレベッカの肩をさする。

 

 「・・・・・・すまない。」

 

 レベッカはスプーンをテーブルに置き、肩にかけられたキャトルの腕をギュッと握り返すと、目線をバラクへと上げた。その目は赤く充血しており、今にも雫が零れ落ちそうであり。

 

 「いいや。またにしよう。」

 

 バラクは少女の開きかけていた口を言葉で遮った。

 

 「別にいい、戦士レベッカ。人狼の奴等には戦争で、俺も世話になったからな。お前に無理させるのは仇で返してるみたいだろ?」

 「バラク殿・・・・・・」

 

 立ちあがり窓の外を覗きだしたバラクへとレベッカの目は注がれる。

 

 「この街は見たとおり亜人の吹き溜りだからよ、レベッカ。この吹き溜りを護るのが俺の、俺たちの仕事なんだよ。」

 「それは・・・・・・わかってます。」

 「お前が受けた、誇り高い人狼族の娘が口を閉ざすほどの危険性がこの街にも降りかからないか。おおかたどんな目にあったかは、俺には想像はつくけどよ。そんな目に合わせた奴を野放しにしてるなんて、あっちゃいけねえ。わかるか?」

 「・・・・・・わかります。」

 「エルフも人狼も、獣人たちも。俺たちは仲間だ。俺たちを迫害した人間に牙を向けた同士だ・・・・・・悪いなジーノ、百年近く前の話だがな。」

 「いえ・・・・・・団長。人間と亜人種の争いは学んでいますから。」

 

 バラクが語る話を、キャトルも本でしか読んだことがない。

 齡150を越えるエルフの大人であるバラクにとって、レベッカが、人狼族が傷を受けたことは度しがたいことなのだろう。勿論、キャトルも許せないことだと考えているいるのだが。

 

 「・・・・・・すまない、バラク殿。少し待ってもらえないだろうか・・・・・・」

 

 深々と申し訳なさそうに頭をさげたレベッカの頭をバラクは撫でた。

 

 「心配するな、戦士レベッカ。お前は運が良い、俺の娘に見つけられた事がな。おい、キャトル。」

 「何? お父さん。」

 「領主のところに、丘の上から客人は来てるか?」

 「え・・・・・・あ、いや。来てないよ。来たらアタシが飛びつくから。」

 

 そうか、と。今度は娘の肩を叩いてこう告げた。

 

 「じゃあ、レベッカを迎えてやってくれ。お前たちの家にな______」

 


 

 

 

 

 

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