第一話 宿題は終わってないけど、新学期はお構いなしにやってくる ~飛び出せ!残りわずかな夏休み♪~
――8月30日、夏休み最終日。
人類……というか小学生にとって、これほどわかりやすい絶望的日付があるだろうか。
「……あぁ~」
自身の内面に宇宙的災厄の残滓を宿した少年:模試山 縁は、リビングのテーブルに突っ伏した。
目の前には、真っ白な模造紙。
右上には鉛筆で『令和小学生奇譚・自由研究』と書かれているが、そこから先は砂漠のように何もない。
いや、砂漠の方がまだサボテンくらい生えている。
これある種の宇宙における真空地帯……まさに、絶対的な”無”の領域。
「終わってない……」
縁は深呼吸をしてから机へと突っ伏す。
しかし、宇宙やらどうこう言っている場合ではない。
直近の話として単純に夏休みの宿題が終わっていないのである。
「今日中に、これを埋めろって……?」
――無理だ、これは物理的に不可能だ。
縁は顔を上げた。
居間には愛猫のミケがいた。
ソファーの上で、まるで液状化したかのようにダラリと寝そべっている。
「ミケ、どうしよう」
「にゃ~」
ミケはあくびをしたが、その瞳には「自分の宿題は自分で申請してね」という事務的な冷たさが漂っているように思えてならなかった。
ただの夏バテ気味の猫……頼りになる要素はどこにもない。
「……仕方ない。こうなったら、自分でやるしかない」
縁は立ち上がった。
……だが、何を?
工作? 自由研究?
こんな切羽詰まった状況では『自由』な発想など出てくるはずもない。
「とりあえず、何か糸口を探さないとな……」
家にいても、白い模造紙が嘲笑うだけだ。
縁は、脱いでいた上履きを引っ張り出し、サンダル代わりに履いた。
「行ってきます!」
返事はない。
ミケの尻尾が、行けとばかりにピクリと動いた。
八月最後の陽射しは容赦がなくまさに猛暑。
それでも縁は、外へと勢いよく駆け出していく――!!
縁はため息をつきながら、通学路の坂を下った。
目的地などなく、ただひたすらに家の白い模造紙から逃げたかっただけなのだ。
何か──何でもいいから糸口があれば。虫でも植物でも石ころでも、観察対象になり得るものが転がってはいないだろうか。
これからどうしよう、と悩みながら河原に到着した――そのときである。
「──小僧、自由研究のテーマに悩んでいるのなら、人妻の魅力について分析してみるのはどうだ?ヒロインの母親をそのキャラが大人になったようなビジュアルかつ胸部装甲をドタプン!な特盛にすることで人気が跳ね上がることをこの現代社会で証明してやるのさ!!」
縁が声のした方へと視線を向ける。
そこには、一人の少年が自身の両腕を枕に寝転がりながら口に葉っぱを加えて空を見上げていた。
何奴、と訊ねるまでもない。
縁は見知ったその相手へと声をかける。
「同じクラスメイトのくせに何が”小僧”だよ、ケリー。第一、それって現実的な人妻の魅力じゃなくて単に自分の好きなアニメキャラの話してるだけじゃないのか」
「もしくは、子持ちであるはずなのに小学生として思えない背丈と身体つきにも関わらずバリバリ仕事をこなしている設定でも可」
おおよそ会話が成り立っているとは思えない返答をしながら、少年がすっくと立ちあがったかと思うと、背中を縁の方に向けながら”漢”という文字を背負い、振り返りざまに口に咥えた葉っぱを吐いてから不敵な笑みを向ける。
彼の名前はケリー。
異世界:ニナ=ロウにあるハツチュー村で暮らしていた平凡な少年だったが、地球産のテンプレなろう系作品があまりにも好きすぎるあまり、自身が”なろうユーザー”と呼ばれる存在として活動するためにこの現代社会にやってきたとてつもなくアグレッシブな少年である。
色々考えこんでしまう性格の縁にとって、クラスで若干浮いていても自分の基準でどこまでも突っ切ってしまうケリーという少年はうっすら苦手な相手であった。
そんな相手と会話が弾むとも思えないので、自由研究に取り掛かるためにもこの場から適当に切り上げよう……そう思っていた矢先。
「……人妻の魅力と言ったら、仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の八つを兼ね備えていることと見つけたり!!発・見~……伝ッ!!」
……背後から聞こえてくる声に思わずため息をもらしながら縁が振り返る。
「……そこまで行くと人妻というか現代人に夢を抱きすぎだよ、 瑣吉」
そこにいたのは、縁達と同じくらいの年齢である少年が、時代劇の町人風な着こなしをしながら腕組みをしながらケリー同様に不敵な笑みを浮かべながら立っていた。
彼の名前は、滝沢 瑣吉。
なんでも江戸時代から現代社会へと転移してきたらしいのだが、今のところ元の時代に帰る手立てもないのでこちらでアニメやラノベといったオタク文化を学びながら縁やケリーと同じクラスに通っている小学生男子である。
ケリーのようななろう系のテンプレ作品ではなく、ジャンプで連載されているような王道のバトル漫画にハマっているらしく、将来的に
「”どらごんぼーる”みたいなとてつもない秘宝――もしくは、その能力を持った武勇に優れた者達を八人くらい集めて、強大な敵に立ち向かう”勧善懲悪”の物語を書きたいんだが、どう思う!?」
などと言っているのだが、小学生の縁としては(なんかよくありそうな話だな~……)というのが正直な感想であった。
二人とも浮世離れしすぎかつ小学生とは思えないほどにアクの濃すぎる面子であるため、本当に深く関わり合いにはなりたくない。
しかし前門のケリー、後門の瑣吉と逃げ場がないため、縁は仕方なしに話題を切り出した。
「既になんとなく察してるかもしれないけど、僕はまだ自由研究が終わってないんだ……ケリーと瑣吉は夏休みの宿題、終わってるの?」
異世界と江戸時代からやってきたあまりにもこの現代社会から浮いているはみだし者二人組。
そんな奴等が宿題なんて終わらせているはずがない……と仄暗い期待を込めて縁は聞いた。
だが、二人からもたらされた返事は──予想外のものであった。
「――んなもん、とっくに終わってるに決まってんだろッ!!瑣吉、俺達のこの夏の成果を見せてやれ!」
「成果と西瓜という言葉は似ている……そんな夏のひとときを感じさせるオイラの研鑽の果てをとくとご覧あれってなぁッ!!」
「ッ!!な、なんだって!?」
縁が驚愕している間にも、二人が広げた自由研究のページが次々と視界へと入ってくる――ッ!!




