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40 奇跡と祝福

かなりの間が空いてしまい申し訳ございません。

今回もお楽しみいただけたらとても嬉しいです。

 


夢の中で、モネが泣いていた。

せいぜい四、五歳の幼馴染がわんわんと声を張り上げて泣いている。その声は清々しいほどに大きく、膝には大きな傷ができていた。赤い血がじわりじわりと零れ落ちるのを、ただ見ている。


『モネ』


 男勝りで勝気な幼馴染が身も世もなく泣きじゃくる姿に、俺はおろおろするばかり。こういうときにどうすればいいのか、今も当時も分からない。


 笑っていて欲しいのに。


 当時の俺に分かったのは、傷を治せばこいつが泣き止むだろうということ。わんわん泣くだけあって、その膝の傷は見慣れている傷より幾分大きかった。その分痛みも強いのだろう。


 治れ、治れ、治れ。モネが泣き止めるように。


 聞いている俺の胸が痛むくらいに泣く声を聞きながら、それだけ考えていた。


『治れ』


 祈るように、縋るように。

 幼馴染がいつものように笑ってくれるように。


 そして、奇跡は起きた。いや、起こしたという方が正しいのかもしれない。

 モネの膝に伸ばした手、そして体全体が熱を持ち、鮮やかな蜂蜜色の光を纏う。光は煌めきながら複雑な模様を描き、モネに向かって流れた。


 強い光が目に溜まった涙に反射し、どうなったかはよく見えなかったが、幼馴染の声が止んだのは分かった。何が起きたか分からないまま、視界が(かし)ぐ。


『うわぁ、レオ⁉ 大丈夫? ねえってばぁ!』


 半身に衝撃があり、ああ倒れたんだなと動かない頭で思う。打ち付けた肩がじんじんと痛んでいたのも、モネがなにやら騒いでいるのも分かった。その声に、もう涙はない。それなら、いい。とにかく眠い。

 一日中遊び惚けた夜のように、体もまぶたも重くて仕方ない。

 尚も続く声を聞きながら、俺は意識を手放した。




 当時の、目覚めてからの記憶はない。まあ怒られていそうではあるが。ただ、母方の祖母に似たのだと、その後誰かに聞いた気がする。母親からか、父親からか、誰から聞いたのかは忘れた。

 どうでもいいことだと、あの時は思っていたから。






 ゆらりと意識が浮かび上がる。

 夢現のまま欠伸を漏らし、寝返りを打つ。閉じたまぶたは薄っすらと光を通しているから、きっとそろそろ朝なのだろう。目覚まし代わりの鐘が鳴るのも時間の問題か。


 夢を見ているような、既に起きているような。不思議なふわふわした感覚。完全に目が覚めるまでこうしていられたら最高だが、そうもいかないだろう。


 リンゴーン、リンゴーン


 冷えた部屋で、温かい布団から出るのは至難の業だ。けれど出ないと遅刻する。


「……うぅん」


 ルームメイトが微かに呻く声を聞きながら、俺は覚悟を決めて布団を跳ねのけるようにベッドから起き上がり、その勢いのままルームメイトの布団を奪った。小さな悲鳴が上がる。


「おい、起きろ。朝が来たぞー」

「んぅ……寒いよ、レオ……うぅ」

「俺も寒いっての。ていうか、お前こうでもしないと起きないだろ」

「そうだけど……」


 仕方なしにもぞもぞと起き上がるノアに制服を投げつけ、自分も冷えた制服に着替えていく。温かい寝間着を脱いで冷たい服を着るのは苦行でしかない。基礎教養並みに嫌いなことだった。


「さっむ……部屋をあっためる魔法とか欲しいよなぁ……」


 ルームメイトより一足先に着替えを済ませ、寒い寒いと呟きながら洗面台へ。あえて冷え切った水で洗顔を終えて顔を上げれば、鏡に映る自分と目が合った。琥珀色の瞳が映り込む。


「…………」


 今日は何か夢を見ていた気がするが、夢の記憶はいつも、目覚めた直後から手のひらから砂が零れ落ちていくように消えていく。思い出そうとするのが遅すぎた。もう掴めない。


「あ、そうだ」


 夢の代わりに、一つ思い出した。昨夜眠りに落ちる前、明日の朝覚えていますようにと思ったこと。


「どうかしたのかい?」


 ちょうど、着替えを終えて洗面台へ歩いてくるノアと目が合う。そうそう、こいつのことだと頷きたくなる。


「なあ、今日の放課後って空いてるか?」

「放課後? 空いてると思うよ。特に予定も約束もないから」


 何かあるのかい? と不思議そうに瞬くノア。

 脳裏に蘇るのは、数か月前に交わした会話。


『ノアの誕生日って知らないか?』

『…………冬生まれだとしか知らないな。そんな噂を聞いたことがある』


 そして、生真面目で優秀な友人は、後に俺へこっそりと耳打ちをした。


『調べたんだが、ノアの誕生日は……』


 ノアにはばれていないはずだと付け足された一言で、俺の考えはあいつにすっかりばれているのが分かる。やっぱり、こういうのはサプライズだろ。


「俺、ちょっと前にルイに聞いたんだよな」


 脈絡のない俺の台詞にきょとんと瞬いたノアが疑問を口にする前に、俺はにかっと笑って語を継いだ。こいつのこんな顏は珍しい。


「今日、お前の誕生日なんだろ?」

「……あ」


 そういえば、とノアが息だけで呟く。

 この反応からして、自分の誕生日を完全に失念していたらしい。やりがいがあって良し、と胸の中で呟く。


「誕生日おめでとう! ってことで、放課後は期待してろよ?」


 にやっと口角を上げた俺を数秒見つめ、親友はふわりとほどけるように笑った。もう眠気は吹き飛んだらしい。


「ありがとう。……ふふっ、心待ちにしているよ」

 一本取られたなぁ、とノアは小さく付け足した。






 小さい頃から、誕生日は心躍る一大イベントだ。

 それもそのはず、母親は俺の好物ばかりを食卓に並べてくれ、いつもは悪戯を仕掛けてくる兄貴もなんだかんだ平和的に構ってくる。父親は気まぐれだのお前にはもったいないだのと言いつつ、誕生日プレゼントなるものをくれる。


『ほら、しゃあねえからやるよ。お前にはもったいねえぐらい良い剣だが、飾りやら置物やらにしてやるなよ』


 去年はそんな口上とともに、子供でも扱える短剣をもらった。流石鍛冶屋。十歳の子供(ガキ)に刃物を持たせることに抵抗がないあたり、感覚が麻痺してるんじゃないかとは思った。もらえるならと受け取ったが。

 誕生日とはいいもので、律儀な幼馴染とその母親は毎年祝いの言葉と共にプレゼントを贈ってくれていた。


 となると、俺の思考の行きつく先は簡単だ。


 あいつに美味いものを食わせて、あいつが喜ぶものをやろう。


 逆に言えばそれしか思いつかなかったともいう。






 リーンゴーン リーンゴーン


 本日最後の授業終了の鐘の音が鳴るや、俺はにやりと笑ってノアの手を引いた。こういう時の片付けは早いものだ。


「ノーア、行くぞ」


 にこにことご機嫌な空気を纏ったルームメイトの手を引いて向かう先は、男子寮。ただし俺らの部屋ではない。


「レオ? 部屋に行くんじゃないのかい?」


 当然の疑問を口にするノアに曖昧な返事をし、辿り着いた扉をリズムよくノックする。気分は打楽器演奏だ。


「ここって……」

「レオ、ゆっくり来ると言っていなかったか?」


 カチャリと音がして扉が開く。部屋の主がため息交じりに零した、呆れと疲れがブレンドされた台詞に、俺はひょいと肩を竦めて見せる。


「これでも走ってきたいのを抑えてきたんだよ」

「……それは何よりだ」

「おい、お前なんか投げやりになってないか」

「……やっぱり、ルイの部屋かい」


 ルームメイトの呟きに答えたのは小さな苦笑。


「レオの頼みでな。ノア、少し待っていて欲しい」


 その青目が俺に向いた時、そこはノアに向けていた苦笑の色はなかった。切り替えが早いことだ。


「仕上げがあるから、覗かないで待ってろよ」


 何の仕上げだい、と不思議そうな顔をした親友に意味深な笑顔だけ残し、俺とルイは部屋へと滑り込んだ。


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