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終末世界のムーンシャイナー  作者: 論田リスト
『Moon in night』
12/12

レッドピラミッド

 サトウは部屋に上がり込むなり、ナギサの前にどかりと座った。


「お嬢ちゃん、名前は?」


「……ナギサです」


「ナギサちゃんか。ええ名前やな」


 サトウは皺だらけの顔をほころばせた。


「細いなあ。飯、ちゃんと食えとるか?」


「食べています」


「ほんまか?」サトウはナギサの顔をまじまじと見た。


「随分長旅やったんか?」


「はい」


「アズマと一緒か。そら大変やったな」サトウはアズマの方を向いた。


「こいつ、ちゃんと飯食わせとったか?」


「食わせてますよ」


「顔色見たら分かるわ」サトウは鼻を鳴らした。


「まぁええ。今夜はうちの飯食って行け。腹いっぱいにしたるわ」


 ナギサが小さく頭を下げた。


 それからしばらく、他愛のない話が続いた。今年の米の出来のこと、最近の交易ルートのこと、隣のコミュニティが柵を作り直したこと。アズマも知っている顔がいくつか出てきて、自然に相槌を打てた。


 ナギサは黙って聞いていたが、サトウが話しかけるたびに短く答えた。


「白い髪、珍しいな」サトウがナギサに言った。


「うちのコミュニティじゃ初めてや。旅の途中で変な目で見られたりしなかったか?」


「……少し」


「そうか」サトウは頷いた。


「俺は気にせんから、ここにいる間は気楽にしとき」


「ありがとうございます」


「ただまあ」サトウは少し間を置いた。


「昔からな、白い髪の子は色々言われやすいのは確かや。お前も噂くらいは聞いたことあるやろ」


 アズマは黙って頷いた。


「半世紀前のことや。まだ国家同士の絶滅戦争が続いとった頃、白い髪の子が産まれたコミュニティにミサイルが落ちた。他は全滅で、その子だけ無傷やったらしい」


 ナギサは黙っていた。


「それだけ聞いたら、運が良かったで終わる話や。でも何度も重なると、人間は意味を見出したがるもんや。あいつがいると周りが死ぬ、ってな」


「……」


「噂ってのはそういうもんや」サトウはナギサを見た。


「差別するような場所もあるかもしれん。でもうちは違う。覚えといてくれ」


 ナギサがまた小さく頭を下げた。


 部屋に夕方の光が差し込んできた頃、サトウが立ち上がった。


「ナギサちゃん、旅の疲れもあるやろ。風呂、もう沸かしてあるから使うてき。来客棟の奥や、すぐ分かる」


「……いいんですか」


「遠慮すな。ゆっくり入っといで」


 ナギサがアズマを見た。アズマが小さく頷くと、ナギサは立ち上がって頭を下げた。


「……ありがとうございます」


 ナギサが奥に消えた。足音が遠ざかる。戸が閉まる。


 部屋の空気が変わった。


 サトウは座り直して、アズマを見た。さっきまでの柔らかさが顔から消えていた。


「話してみ」


 アズマは少し間を置いてから、口を開いた。


 どこで拾ったか。右腕の焼き印のこと。三角形に66が入った印。コミュニティでの扱いのこと。短く、事実だけを並べた。


 サトウは途中で口を挟まなかった。ただ聞いていた。


「……その組織の名前、誰かから聞いたか」


「レッドピラミッドと言っていました」


 沈黙があった。


「本当にその名前で間違いないんやな」


「はい」


「そうか」サトウは息を吐いた。


「お前は知らなくても無理はないが、俺には覚えがある」


 サトウはゆっくりと話し始めた。


 五十年前、核戦争が起こる直前のことだ。まだこの国が普通に回っていた頃、一人の少年が逮捕された。名前は相沢薫。当時十八歳。死刑を宣告された凶悪犯。


「死刑? 未成年で?」


「昔はな、少年法ってのがあって、ガキが何をやらかしても重罪になりにくかった。そんな時代に、それでも死刑になったんや」


「何をやったんですか」


「通称『レッドピラミッド事件』と呼ばれとる」


 サトウは頭を掻いた。


「報道規制が掛かったが、当時はネットで色々出回ってな。当時を生きていた人間なら誰でも覚えとる」


 アズマは黙って待った。


「相沢薫は人間を操る天才やった。その力で組織を作り、信者を束ねた。そんで儀式と称して子供を誘拐し、その肉を食ったんや。犠牲者は六十五人もおる」


 アズマは何も言えなかった。


「宗教的な儀式やと言い聞かせて、悪魔の宴を開いたんやと。人を食うことで特別な存在になれるいうて。恐らくその儀式自体が、連中をまとめ上げるための道具やったんやろな。それにそれだけやない、町一つ乗っ取り掛けた。もっと多くの人間を殺しとる」


「……それが今も続いていると」


「もしも奴がまだ生きているなら、な」


サトウはアズマをまっすぐ見た。


「ナギサちゃんの焼き印が本物なら、続いとる。五十年生き延びた組織や。俺たちより確実に大きい」


 アズマは黙った。ナギサが旅の間ずっと右腕を隠していたことを思い出した。


「関わるな、とは言わん」サトウが言った。


「お前がどういうつもりであの子を連れてきたか、俺には分かっとる。やが、気を付けろよ。最近はならず者も増えてきとる。お前一人の話やない」


「……ナギサのこと、お願いします」


「ああ」サトウは短く答えた。


「コミュニティで守ったる」


 それきり二人は黙った。部屋に夜の気配が滲んできた。


 しばらくして、廊下に足音が聞こえた。


 ナギサが戻ってきた。髪が少し濡れていた。さっきより顔色が良かった。


「ありがとうございました」


「ゆっくり入れたか?」サトウが立ち上がった。


「ええよええよ。俺はもう戻らんといかんわ、仕事ほっといてきたからな」


 ナギサがアズマの隣に座るのを確認してから、サトウは戸口に向かった。


 出がけに振り返った。


「晩飯の用意させとくから、期待して待っとき。腕のええやつに頼んどいたから、楽しみにしときや。まあ、質素やけどな」


 それだけ言って、どかどかと出て行った。足音が遠ざかっていく。


 ナギサが静かに言った。


「いい人ですね」


 アズマは答えなかった。窓の外の暗くなりかけた空を見ていた。



 来客棟から離れた厨房に、カオリはいた。


 大鍋の火加減を確認して、次の鍋の蓋を開ける。湯気が顔に当たった。味噌の匂いが厨房に満ちていた。


 最後の客の予約を終えたところだったカオリを呼びに来たのは、隣の区画に住む女だった。サトウからの伝言だと言った。お前にしか頼めん大事な客や、最大限もてなしてくれ——それだけだった。


 カオリは雑穀飯の具合を確認した。塩漬け肉は既に焼き始めていた。糠漬けは朝から仕込んである。手順に抜けはない。


 問題は、客が誰かを聞いていないことだった。


 サトウが仕事を放り出して飛んで行くほどの相手だ。よほど大事な客なのは分かる。他のコミュニティの交渉相手か、どこかの武装勢力の幹部か。


 カオリは包丁を持ったまま、少し考えた。


 最大限というのは、飯の話だけではないかもしれない。こういう場合、もてなしの範囲が料理以外に及ぶことも——


 違う。


 カオリは首を振った。サトウがそういう人間でないことは分かっている。二十年以上の付き合いだ。そういう指示を出す人間ではない。


 分かっている。


 それでも包丁を持つ手が少し止まった。


 井戸の外から子供の声が聞こえた。夕暮れになっても遊んでいる。いつもと変わらない夕方だった。


 カオリは大根を切り始めた。考えすぎだ。飯を作る。それだけのことだ。


 来客棟に、ふと目が向いた。カオリは鼻を鳴らして、大根を切り始めた。

時は満ちた。神の国は近づいた。改心して福音を信じなさい。


『とある預言者』より


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