第93話「夢先生のこと、どうするんですか?」
「咲原が、失明!?」
というか色々ありすぎて今気づいたが、新乃の能力が解けている。咲原が[傀儡王]で強制的に解除させたといったところか。なるほど、一般人の母が来られたわけだ。
落ち着け私。倉伊から殺意は消えているし、倉伊のことは母が押さえてくれている。今すべきは現状把握だ。
「半田、新乃はどうなった?」
「咲原くんの能力に充てられて気絶しています」
「佐倉氏と伏見氏は?」
「居場所は波長を辿れば突き止められますけど、新乃さんの能力の延長で眠っている可能性が高いです。目が見えない状態の咲原くんを一人にはできないのであなたを呼びに来ました」
なるほど、妥当な判断だ。だがしかし、一人にできないとか言いながら今連れてきていないのはどういうことなのか。
というか……
「[殺刃鬼]の相手をしている私が無事だとよく思えたな」
一応手こずったし、一瞬でも気を抜けば死にそうな程度には私もピンチだったのだが。
すると、半田のやつ、きょとんとして言い放つ。
「え。五十嵐さんが負けるわけないじゃないですか」
あまりにも当然のことのように言うので、思わず噴いてしまった。半田は真顔で「私、間違ったこと言ってます?」などと宣う。
危機感がないのか、私を信用しているのか。どちらかは知らないが、まあいい。一段落ついたところだから、咲原を助けに行くとしよう。
咲原は[我が王]なのだから。
倉伊と母にもついてきてもらった。半田はいつぞやうどん屋の華文で面識があったはずだが、母と私が並ぶと文字通り瓜二つなので、食い入るように見ていた。金取るぞ。
倉伊も黙ってついてきている。まだ己に課せられた五十嵐李王への復讐について悩むこともあるだろうが、今危害を加えてこない辺り、今回は諦めたのだと思いたい。
で、そんな倉伊の狙いだが、案の定私だけではなかったようだ。
「伏見氏が、あいつの義弟……」
私は今ものすごく微妙な表情をしている。伏見氏が倉伊のターゲットの一人だったことにはさして驚きを感じなかった。それよりも、義理とはいえ父の弟だったということの方がこう、なんかこう、喉に小骨がつっかかったときのような気持ちの悪さを覚える。
親の弟。つまりは叔父である。
「舞華、姪っ子ってことね! 今度隼人も紹介して差し上げましょう」
母がシリアスさを吹き飛ばす笑顔で言う。半田が固まった。
「んえ? なんで五十嵐の母さんの声すんの?」
何か、とんでもないタイミングで咲原と合流した。咲原の目を見ると、瞳孔が大きく開き、虹彩から色が抜けている。原因は話されていないが、さしずめ、新乃に[傀儡王]を使うときに無茶をしたといったところだろう。
声だけで判別しているところから見て、本当に目は見えていないのだろう。私が無言で近づいているのにも気づいていないようだし。
「咲原」
「は、はい」
咲原が固い声になったのも仕方ないことだろう。私は鼻先がつきそうなほどに咲原に顔を寄せていたから。さすがにそれくらいの距離感は気配や吐息の音などでわかるのだろう。
言いたいことは色々ある。無茶をするなとか、大丈夫かとか、ありがとうとか。様々な言葉と感情が綯交ぜになって、深々と溜め息を吐いてしまった。
「無事でよかった……」
「あ、え……」
一番大きい感情だけを口にし、咲原を抱きしめた。傷は所々にあるが、私も無事だ。見えなくても、そう伝わるように。
何故か母がぱちぱちと拍手しているが無視だ無視!
「倉伊と和解したわけではないが、今は矛を納めてくれている。新乃は……気絶しているな」
超能力の影響とはいえ、こんな堂々とすやすや眠られると顔に落書きしてやろうか、とくだらない嫌がらせをしたくなるレベルには腹が立つ。
が、私はふい、と視線を逸らした。新乃の目の下、化粧で誤魔化しているようだが、隈ができている。肌の色は元々白いのもあるのだろうが、寝不足も影響しているのかもしれない。せめて、良い夢を。
「とりあえず、佐倉氏と伏見氏を迎えに行く。咲原、歩けるか?」
「うん」
覚束ない足取り、小さな歩幅。まあそれはそうだろうが、失明するのはこれが初めてのようだ。能力が原因なら、佐倉氏に話を聞かないとな。
半田の案内で歩いていった先は、公園だった。咲原を除く一同はそこに広がる光景に絶句する。
「え、みんなどうしたの?」
……うーん、どう説明したものか。
公園のベンチに佐倉氏と伏見氏の両名がいた。新乃の能力は解けたはずだが、まだ眠っている。問題は二人の態勢だろう。
ベンチの背凭れに片腕を引っ掛けて、天を仰ぐように大口を開けて眠っている伏見氏。ほぼベンチの上ではない伏見氏の膝を枕にして寝こけている佐倉氏。こちらは片足が行儀悪くベンチの背凭れに引っかかっている。
端的に言ってしまうと、終電逃した行き場のない酔っ払いが公園のベンチで寝相悪く寝ている感じだ。佐倉氏と伏見氏でなければ関わらないようにスルーするタイプの人間である。
ええ……先程二人の過去夢を見ただけに、事の深刻さが一ミリも表れていない二人の態勢に盛大な肩透かしを食らった気分だ。
「いや、なんでもない。ええと、母さん、咲原を頼める?」
「任せて!」
母が何故うきうきなのかはこの際理解するのをやめよう。
左に倉伊、右に咲原が添えられた母。うーん、両手に花。茶化してやりたいが、母はこういうので恥ずかしがるタイプではない上にやぶ蛇なのが目に見えているのでやめよう。
一方、半田は直球で伏見氏を起こしに行っていた。
「健一朗さん! こんなところで寝ていたら風邪引きますよ!」
酔っ払いの旦那を迎えに来た奥さんか?
「むにゃ……あと一時間……」
「長いです!!」
あと一時間は初めて聞いたぞ。もはや夫婦漫才の領域だ。私も佐倉氏を起こす。もちろん、色々な名誉のために膝枕は解除させていただいた。
「佐倉氏、佐倉氏、起きてくれ」
「ん、うぅ……」
お、起きた。
「あれ、ここは……」
「公園です。佐倉氏、私がわかりますか?」
「五十嵐か。……甥は?」
意識はしっかりしているようだ。咲原に目配せをする……が、見えないんだったな。
「咲原は今、視力を失っています」
「何!?」
「落ち着いてください。まず解決しなければいけないことが一つあります」
私がそう諭すのとほぼ同時に、伏見氏も目を覚ましたようだ。涙腺が決壊した半田にぺちぺち叩かれている。
そんな中、咲原が口にした。
「夢先生のこと、どうするんですか?」




