第79話「神様から呪われた子だって聞いたよ」
知実さん、希さん、健一朗さんは三人で行動を共にしているようだった。とはいっても、健一朗さんは別のクラスだったようで、常に三人一緒にいられるわけではない。
健一朗さんは昔からいじめられっ子だったらしい。知実さんは健一朗さんとは腐れ縁……つまりは幼馴染みで、手の届く範囲であれば、いじめられる健一朗さんを守っていたとのこと。
「はあ、しかし、[天使]云々で揉める意味がわからないな」
「……[天使]っていうのは、神様から呪われた子だって聞いたよ」
空き教室にたむろする三人の中、健一朗さんが訥々と語った。
「アダムとイヴと同じだよ。[天使]っていうのは天から落ちてきた子だって言われてるけど、落ちたんじゃなくて、落とされたんだ。神様が怒るようなことをしちゃったから、お前たちは楽園にいる資格がないって追放されて、人間の世界に落とされた。有名な話だよ。知実は知らないの?」
健一朗さんの呼び捨てに軽くびっくりしている。というか、健一朗さん、高校生のときは変なイントネーションとか怪しさとかないからちょっと顔がいいだけのDKなのなんかムカつくな。
それはさておき。説明を受けた知実さんがふん、と鼻で嗤う。
「興味ない。宗教は嫌いでね」
「あはは、佐倉サン、神サマの話とか嫌いだもんね」
微笑みを浮かべる淑やかな感じの女子生徒は別の街からこの高校に通う希さん。なんていうか、訛りっぽい普通とちょっとずれたイントネーションが時々ある。
夢先生は姉妹だからとして、健一朗さんの今の喋り方が似ているのは、健一朗さんが似せているのだろうか、と思った。
そんな希さんは[天使]と呼ばれる所謂超能力者だ。能力は見た感じ、重力操作のようなものだろうか。知実さんを無傷で三階から着地させたところ、指の一振りで机や椅子などを浮かせてバリケードをこの空き教室に作っている。汎用性が高そうで、わかりやすく[超能力]だ。
ただ、能力を持続させてバリケードを保っているわけではないようだ。机や椅子のバリケードはあくまでそれらの自重によるもの。崩れないように積み上げるのを指を指揮棒のように振って操っている。物質操作的な能力かもしれないが、知実さんの飛び降りは知実さんの意思行動だったっぽいから、あれは知実さんを操作したんじゃなくて、知実さんにかかる何らかの力を操作したと見た方が良さそうだ。
そうなると一番わかりやすいのが重力だろう。空気抵抗云々もあるだろうが、超能力とは科学的な根拠に逆らう力だと知実さんに説明された。重力なんて習わなくても言葉を知っているくらいの科学の基礎中の基礎の言葉だ。
それに、希さんの能力が[重力操作]なら、夢先生が姉である希さんの能力を[天使]だろう、なんて表現をしたのも頷ける。天使って羽根で飛んでいるわけじゃないからな。
夢のない話である。天使の翼って見映えがいいからそういう風に描かれたらしいからな。
「[天使]絡みの宗教の話は特に嫌いだよ。こうして弊害を受ける子どもがいるのはおかしい。信仰しているわけでもない宗教に振り回されてるんだぞ、健一朗も、新乃も」
どうやら、予想していた以上に俺たちの知らない時代の超能力、ひいては[天使]と呼ばれる存在は社会を形作っていたらしい。
天使、という表現から予想される通り、宗教的な信仰が出来上がっていたらしい。まあ、この国はどんな宗教を信仰してもいい国だからな。新興宗教が蔓延りやすい。ただ、[天使]が実際に存在してしまったものだから、新興宗教では留まらなかった。
[天使]をどういう存在と捉えるか、で世間は大きく二つに分かれたらしい。一つは健一朗さんの言った「[天使]は神に背いてこの世に落とされた」という背信者論。もう一つは「[天使]は神が非力な人間に与えた人間の新たな可能性を開拓する存在」という慈悲論。この対極な考えが[天使]という文字で[フォーリンエンジェルス]と読ませるという矛盾を孕んだ偏りを生んだ。
だから[天使]の扱いも二通りあり、健一朗さんの家は慈悲論を支持しているため、[天使]であることは社会的にも優位な振る舞いになるということで、後ろ指を指されても、[|天使]だからという理由で帳消しになるというものが一つ。
もう一つは健一朗さんをいじめる連中が支持している背信者論のもの。[天使]であるということ、[天使]と関わりがあるということは神に背く行為であり、生まれてよりの罪である、という……正直どっちもどっちだ。
「うん、こんな世界だと、佐倉サンみたいな無神論者が私たちにとって一番の救いになるヨ。ただ、人は何かにすがらないと自分を肯定できないから、神サマっているんだろうね。実際に存在するかどうかは別として、概念としては必要っていうか」
「それはわからなくないが……あたしは納得はしないよ。なんで健一朗や新乃がそういう大人やら先祖やらが勝手に作った概念に振り回されて、その割を食らわにゃならんのだ」
まあ、確かに親がどうとかいうだけでいじめられる健一朗さんは不憫以外の何者でもない。
希さんは超能力を生まれつき持っていたらしい。妹も、だそうだ。その妹というのが夢先生なのだろう。
「妹さんは大丈夫なのか?」
「うん。妹は……なんていうの? 元々ふわふわしてるっていうか、不思議ちゃんで通ってるみたいだし、[天使]も任意じゃないと発動しないし」
任意発動の能力か。まあ、異空間系ってかなり神経使うらしいし、負担が大きい分、連発できないものが多いらしいから、なるほどな、とは思う。
そこはいい。不思議ちゃんって……夢先生、昔からあんな感じなの?
新乃姉妹は迫害を恐れて、[天使]であることがバレないようにしているらしい。なるほど、それで知実さんに能力使ったり、バリケードって人力でなんとかなりそうな範囲でしか能力を使わないのか。面倒くさそうな世界だな。
「伏見クンのが大変ダヨ。だって、お母さんが[天使]ってだけで、伏見クン自身はなんでもないんデショ? まあ、後天覚醒っていうのがあるのは聞いたことがあるケド」
健一朗さんが苦々しい面持ちになる。
健一朗さんがいじめの対象になるのは、彼が不義の子であり、母親が[天使]であり、健一朗さん自身は何の力も持たないからだ。健一朗さんが[天使]だったら、能力による反撃を恐れて、いじめるやつもいないんだろうが、健一朗さんは何の能力も持っていなかった。
そういう身の上だからか、健一朗さんは[天使]に対して否定的な意見を持つようだった。
「いいよ、[天使]じゃなくたって。[天使]でいていいんだったら、母さんが助けに来てくれたはずだ。だって母さんは[天使]なんだから。でもそうじゃない。だから、[天使]って慈悲論の人たちが言うほどいいものじゃないんだよ」
健一朗さんの立場からしたらそうだろうな。それが未来には[天使]と呼ばれる人たちを保護する組織を設立したりするからわからないものだ。
それにしても。
「知実さんも健一朗さんも、なんか今と雰囲気違うな」
「咲原もそう思うか?」
「健一朗さんは特に、私たちの知っている健一朗さんと同一人物とは思えませんよね」
五十嵐も半田も思っていたらしい。
まあ、[天使]じゃなくて超能力者っていう呼び方に変わって、わりとおおっぴらな存在だったのが社会の裏に隠されるようになるくらい世間が変わったのなら、人も変わるのかな、なんて、軽く考えていた。
このときは、まだ。




