第78話「あたしがあんたたちに住みよい世界にするから」
[天使]という能力は聞いたことがない。
「聞いたことないデショ? たぶん超能力っていう普遍的な言い方で固まる前に一種の宗教みたいな言い回しが流行ったんダヨ。『力ある者は天から落ちてきた子』ってね。だから[天使]と書いて[フォーリンエンジェルス]なんだ。[傀儡王]とか[刻印者]やら[透明人間]なんて洒落た名前がついたのは佐倉が研究を始めてからサ」
わりと最近の話なのか。
超能力者が[天使]ねえ。なかなか皮肉が効いている。[フォーリンエンジェルス]っていうのは堕天使のことだ。天使が堕ちてきたってことなんだろうな。
「まあ、でも、お姉ちゃんの能力に名前をつけるなら、それもきっと[天使]だったと思うヨ」
「どんな能力だったんですか? それに、命を失ったって……」
「というわけで説明するのもダルいから上映会、はっじめーるよー!」
俺、五十嵐、半田が顔を見合わせていると、夢先生はスクリーンのような場所をとんとん、と叩く。すると、スクリーンの映像が明瞭になった。
「これはワタシの能力で抽出された佐倉と伏見が見ている過去夢ダヨ。彼らの青い春をお楽しみあれ~」
「あ、ちょっ、夢先生! 止まれ!」
ん、あれ、夢先生と同調できてない。[傀儡王]が発動しないぞ。
すると、半田がちょい、と俺の袖を引っ張った。
「無理です。ここは波長が滅茶苦茶で……たぶんこの異空間において全ての波長があの人のものなんですよ」
「空間全ての波長が?」
夢先生は黒い空間の向こうに消えてしまった。[傀儡王]がこれっぽっちも効かなかった……というか手応えがなかった。たぶん、能力とか強制力以前の問題なんだろう。
異空間系の能力者は同調能力がずば抜けている。俺の同調能力は使役系にしては上位の方だとは思うんだが、元々同調能力に能力値を極振りしている人には敵わないということだろう。同調系の能力である半田の言うことだ。信憑性がある。
俺も焦っていたようで、落ち着いてみると、波長が上手く捉えられない。[傀儡王]は強制力だけでもある程度の無理は効くが、小指の先程度は同調も成功していないといけない。強制力に頼りすぎたな。反省反省。
それはさておき……
「始まるよ」
「いや、お前はどういうポジションなんだよ、倉伊」
夢先生はいなくなったけど、倉伊はこの場に残っている。位置関係的に五十嵐と半田が手前にいるので侍らせているみたいだな。両手に花ってか。はは。
じゃなくて、敵っぽいポジションだったというかほぼ敵だろう!? なんで上映シアター前に椅子準備してるんだよ。呑気だな!?
「僕が[殺刃鬼]なのは本当だよ。でも今回の依頼は殺しじゃなくて手伝いだから、君たちのことは殺さない」
「そういうことでもないんだが……」
「僕といるのは嫌?」
椅子を整えるために屈んだところから上目遣い。いや、この聞き方ずるくないか?
「まあ、ちょうどいいじゃないか、咲原」
五十嵐が間に入ってきてちょっともやっとする。気にも留めずに五十嵐は続けた。その目は真っ直ぐ倉伊を見ている。
「私も倉伊に聞きたいことがあるんだ」
そりゃ、五十嵐は[殺刃鬼]の黒い羽根を素手で持てたから五十嵐に自覚のない倉伊との繋がりがあるのかもしれないから気になるのはわかるけどさあ……これってもしかして俺の心が狭いって判定になるの?
「それに、倉伊が[殺刃鬼]なら、いつでも逃げられたはずだ。私たちに一切気取られることもなく、な。そうしないっていうことは、何か理由があるのだろう」
「五十嵐さんはびっくりするくらい話が早いね」
ああ、なるほど。確かにこのぐちゃぐちゃな波長の中なら俺の[傀儡王]も効かないし、倉伊はそもそも俺より同調能力に長けた超能力者だ。紛れていなくなることは夢先生がいる間にいくらでもできた。その上、夢先生側だから、この空間でのバフがあるかもしれない。
いや、五十嵐、この短時間でそこまで把握したのか。もはや驚かないけどすごいな。これで超能力者じゃないっていうんだから、おかしい話だよな。
俺は溜め息を一つ、端の席に座る。隣に五十嵐、その隣が半田。向こうの端には倉伊が座った。
映写機らしきものはないが、映像がスクリーンに映っている。鮮明になったそれは学校で、光景はあまり心地のいいものではなかった。治安の悪い学校なのだろうか。一人の男子生徒が他の男子からサンドバッグにされている光景だった。
ごっどすっ、かはっ、げほげほ……音声もついてきたがろくでもない。
ただ、半田があっと声を上げる。
「あの蹴られてるの……健一朗さんじゃ……」
え、と俺は画面を凝視する。明るい茶髪のサンドバッグ少年は軽薄さなど欠片もないが、顔立ちは言われてみると、健一朗さんのものに似ている。というか本人だろう。
「新乃が言っていたな。佐倉氏らの過去夢だと」
ということは、これは……
「いじめっていうより、もはやリンチでは? ひどい……」
次第に罵声も聞こえてくる。といっても、汚ならしくぎゃあぎゃあとしていて言葉は聞き取れない。ただ、声色からろくなことは言っていなさそうだ。
これが過去夢……実際にあったことだとしたら、大変胸糞が悪い。けれど、そんなことを俺たちが言っても、言葉に重みは生じないだろう。少なくとも俺はいじめを知らない。
同調能力が上手く扱えなくて聞こえてくる心の声に耐えることと、肉体的な暴力に耐えること、どちらがつらいか、なんて比べるようなことではないのだ。
咳と共に吐き出す中に赤いものが混じってくる。どういうわけか、顔だけは傷つけられていない。
「っあー、ムカつくなあ。いいよなあ、てめえは愛人の子でもその愛人が[天使]だからいい扱い受けてんだろ?」
[天使]? 超能力者のことか?
夢先生は[天使]は超能力者と呼ばれる前の呼称だと説明していた。超能力者を名乗る者はいないが、昔はわりと一般的だったのか?
しかも愛人って……昼ドラ?
簡潔にまとめると、健一朗さんは不義の子でありながらも愛人(たぶん母親?)が超能力者だから家では邪険に扱われていないと……わりといい家の出だったりするんだろうか。
「なぁーにやってんだ、馬鹿どもがぁっ!!」
「うわっ」
そこに文字通り舞い降り……いや落下のが近いか。してきたのはさっき夢先生が着ていた制服の女子生徒だ。三階の窓から飛び降りてらっしゃらなかった?
この溌剌な感じ、五十嵐に似てるなー、と思いつつも、綺麗な黒髪をポニーテールにした美脚黒スト美少女にはなんか見たことしかない面影がある。
「もしかして、これ、佐倉氏か?」
「もしかしても何も声全然変わってないでしょ……」
俺が顔を覆って項垂れているのはなんでかって? カメラの角度が怪しくてスカートの中見えそうだったからだよ!
知実さんがスカート履かない理由わかった気がするわ……いや、待て、それよりも。
「三階の窓から平然と着地?」
「私でもさすがに無理だな」
できたら怖えよ。
五十嵐を基準にすると色々とあれだが、知実さんは五十嵐のような化け物じみた身体能力をしているわけではない。ということは何かからくりがあるはず……
「あ、佐倉博士の降りてきた窓に人影があります!」
これが夢で、映画のようなものだからか、タイミングよく知実さんが出てきたと思われる窓がズームアップされる。そこには顔立ちは夢先生に似ている気がするけれど、少し気弱で大人びた感じの少女が立っていた。
たぶん、この人が新乃希さんだ。
「また出たぁ! 三組の変人、佐倉知実!」
「ふっふっふっ、名前を覚えてくれて嬉しいよ。ついでに私が毎回割って入って注意する理由も覚えてくれると嬉しいのだがね?」
うわー、学生時代から変人扱いされていたのか。なんとなく予想はしていたけど、ショックだ。
知実さんが無傷なのは希さんの能力によるものだろう。[天使]と呼ばれる者たちが丁重に扱われる世界なら、彼女は堂々と力を使うはずだが……どうにもきな臭いな。
「臭い肉には塩コショウを振るものだというが……」
そんなことを言ってさも当然であるかのように大手企業の塩コショウの瓶を取り出す知実さん。いや、どっから出したんだよ。んでもって、この堂々としたいじめと言い、なんかこの学校色々緩くない?
「一昨日来やがれ!」
「それ、塩でやるや、ぶえっくしょん!!」
「へくしっへくしっ」
「げほっ」
キャップ全開でフルスイングされた塩コショウが暴漢どもに襲いかかる。いやこれはこれでいじめだろ。
そんな中から健一朗さんの腕をさっと引いてその場から退いていく。塩コショウ使いが荒くなければすごくかっこいいんだけど。
「くしゅん!」
結局くしゃみするんかーい。
にしても学生の健一朗さんひょろいな。知実さんが半ば引きずっている。軽々と。
「まったく……[天使]絡みだと生きづらいな。ありがとう、新乃」
「ううん。役立ててよかったよ」
希さんは後ろから現れた。おそらく知実さんに使った能力は自分にも使えるのだろう。それで人目がなくなったところに降り立ったのだ。
案の定、[天使]という存在はいいことばかりではないようだ。
「でもいつか、あたしがあんたたちの住みよい世界にするから」
無謀という言葉を知らないような決然とした光は眼鏡のない知実さんの目に煌々と宿っていた。




