第77話「こいつらが現れる前の超能力者の世界って知ってるかい?」
倉伊があまりにも平然と微笑むものだから、俺は言葉を失っていた。俺だけじゃない。五十嵐も半田も。
五十嵐の手からばらばらと黒い羽根が落ちていく。それに気づいた倉伊が少し悲しそうな顔をしながら五十嵐に歩み寄り、黒い羽根を拾った。
羽根は消えない。普通は触れたら消えるのに。
「そっか。五十嵐さんだったんだ」
何がだよ。
思ったが、問いかけられなかった。どうしたらいいのかわからなかったのだ。倉伊が[殺刃鬼]だということは勿論、知実さんたちが拐われて、夢先生が犯人で、俺たちは異空間に飛ばされたという現状。どうにかしなければならないことが多すぎる。
夢先生が唇に人差し指を当て、少し思案してから告げる。
「んー、一つずつ整理していこっか。別にローくんにキミたちを殺させる気はないヨ。少なくともワタシの依頼はそういうんじゃないからネ。伏見と佐倉も別に殺しちゃいない」
「でも、あの量の黒い羽根は」
「ああ、あれ?」
へらへらと笑っていた夢先生が淀んだ瞳を見開いて笑う。ぞくりと背筋に悪寒が走った。
「あれは演出ダヨ。超能力界隈において、触れると消える黒い羽根は[殺刃鬼]の象徴ダ。界隈最強、考えうる中で最悪の超能力者に連れ去られた重鎮。どう? なかなか絶望感あるンじゃない?」
そればっかりは夢先生の言う通りだ。血痕がなかったとはいえ、[殺刃鬼]の存在がちらついた時点で生存は絶望的だと思った。
でも、そんなことをしてまで、夢先生は二人に何をしたかったのか。健一朗さんも知実さんも呼び捨てにしているが、どういう関係なのだろう?
疑問が渦巻く中、半田が五十嵐と倉伊の間に割って入る。
「殺していないとしても、誘拐は立派な犯罪です。あなたが特能者だというのなら、[WHAT]にて保護してしかるべき措置を受けてください」
「いらないよ、そんなの。ワタシが何の能力を持って、何年生きてると思ってるの? それに[WHAT]とやらは伏見健一朗が自己満足の贖罪のために設立した組織デショ? そんなところには死んでも世話になりたくないネ。反吐が出る」
「え」
今さらっと重要なことが明かされなかったか?
[WHAT]が健一朗さんが設立した組織? 自己満足の贖罪ってなんだ?
戸惑う俺たちを見て、夢先生はけらけらと笑った。可笑しそうに。けれどその中には決して少なくない蔑みが含まれていた。
「佐倉も伏見もカワイコチャンたちには話してないんダ。アハ、だから自己満足っていうんダヨ」
隠そうともしない夢先生の嘲りが背筋をなぞっていくようだ。ひんやりとして確かな怖さを孕んでいる。顔立ちが小学生くらいの子どものそれだから、無邪気さも含まれていて、より冷酷に見える。
そんな中、五十嵐が冷静に問う。
「新乃夢。あのファイルには[新乃希]という名があった。お前の縁者か?」
「ご名答。ワタシのお姉ちゃんダヨ。伏見と佐倉の過ち、青春の汚点だろうネ」
青春の汚点……知実さんたちの高校時代くらいの話とは予想していたから、青春というのに違和感はないが、汚点というのはどういうことだろう。
「ついでだから見せてあげるヨ。ワタシの能力とあいつらの過去」
夢先生は言うと、黒い空間の中空を掴む。思わずぎょっとしてしまったが、そういう能力なのだろう。
布のようにたごんだそれを引き剥がしながら、問いかけてくる。
「キミたちはこいつらが現れる前の超能力者の世界って知ってるかい?」
こいつら、というのはたぶん知実さんと健一朗さんのことだろう。
超能力について専門的に研究する科学者として名を馳せる知実さん。超能力者を保護する団体を設立した健一朗さん。確かに、この二人は最初からいたわけじゃない。この二人が超能力界隈に入る前から、超能力者は存在したはずだ。そうでなければ、そもそも二人は超能力者というものを知らずに生きている。
空間の幕のようなものをめくりながら、夢先生は告げる。
「今でこそ、佐倉の研究によって一部にではあるけれど、超能力の存在が広められ、そのメカニズムもある程度明かされている。どうしたらいいのかわからない超能力者を伏見が保護することで、社会に大きな影響を及ぼさないで済んでいる。全てはヤツらが失敗をしたからダヨ。失敗を経験しなければ、学びは得られない。学校とか大人からそんなことをよく言われるデショ?」
確かに、失敗を経験していないやつは人生が薄っぺらくなるだとか、失敗を積み重ねてできたものが成功だとかはよく聞く文句だ。
夢先生がべり、と幕を引き剥がして、そこに出てきたのはスクリーンのようなもの。映像が流れている。
「ヤツらは一度、取り返しのつかない失敗をしている。人の命を失うって失敗をネ。それで失われた命ってのが、ワタシのお姉ちゃんで、通称[天使]と呼ばれた超能力者、新乃希ダヨ」




