第76話「やあ、こんにちは、待ってたよ。[傀儡王]、[刻印者]、[万能な兵士]クン」
「それは、夢先生が異空間系の能力者ってこと?」
「あり得ないか?」
沈黙する。
夢先生のゆるふわ感というか、浮世離れした感じは異空間を知っているからか、となると妙に納得してしまう。
それに、夢先生が犯人となっても不思議ではない現象が一つ起こっている。
「夢先生、今日、健一朗さんに会いに来たんだもんな、学校に」
「そんな人がいたんですか?」
「ああ、正確には本を寄贈するために来たらしいんだが、伏見氏の名前を知っていた」
「それは司書間でのやりとりなので名前くらいは知っていても当然なのでは?」
半田が言うのも一理ある。
だが俺はそこに一言加えた。
「俺の知る限り、夢先生は小学校の先生なんだよ」
半田がきょとんとする。
まあ、司書の資格はよく知らないけど、小学校と中学・高校では教員免許に違いがあるはずだ。それによく考えると、黒輝山学園は私立である。俺は公立の小学校に通っていたはずだが、公立と私立の学校の交流が思い浮かばない。まあ、黒輝山は過ごしてみてあまり私立感はないが。
その交流のなさそうな公立と私立、しかも小学校と高校である。冷静に考えるとおかしい。まあ、夢先生が黒輝山卒業ならまだ納得はいくが。
「まあまずはそれらしいファイルの記録を見よう」
俺は話す間にもパソコンを操作していた。探す上でのキーワードは[nn]だ。おそらく健一朗さんと知実さんの共通の友人のイニシャル。苗字は[新乃]である可能性が高い。
ただ、半田でぴんと来ないとなると、プライベートなものである可能性がある。[WHAT]関係の人物のことなら、組織に共有するはずだし、直属の部下のような半田が知らないわけはないのだ。
それでもこのパソコンにデータがある可能性はゼロじゃない。パスワードがその人の誕生日だからではなく、その人が健一朗さんと知実さんの共通の友人だからだ。健一朗さんは超能力者を保護する組織の幹部で、知実さんは超能力の研究者。どちらも超能力に関わっている。
今はプライバシーやら何やらと理由をつけて明かしていないだけで、超能力に関わりのある人物のことならいつかは組織に共有しなければならないはずだ。それなら、このパソコンにデータを残していてもおかしくはない。
まあ、ここまでの推論が全部合っていればの話だが……ビンゴ。
「『特殊能力者[新乃希]について』……これじゃない?」
「でも、ファイルが相当古いですよ。[WHAT]設立当初くらいじゃないですか? 作成日」
[WHAT]の設立日なんぞ知らんが、半田がそういうならそうなのだろう。
それくらい古くて当然だ。
俺は知実さんと健一朗さんが共通の友人を持つことを今日初めて知った。十年まではいかなくとも、知実さんとは長い付き合いだ。健一朗さんとの付き合いが現在進行形で続いていたとしたら、いくらなんでも俺は気づく。そこまで鈍くないし。何だったら五十嵐でさえ気づけたんじゃないか?
五十嵐云々はさておき、俺に気取られなかった、ということは、現在進行形の関わりはないというのと、俺の知らない時代の知り合いということが浮かび上がってくる。そこから考えられるのは学生時代の関係になる。
この記録、[WHAT]の設立時にはもう出来上がっていたっぽいな……[WHAT]は幼少の半田を保護していることからして十年以上は設立から経っている。少なくとも健一朗さんは十年以上在席している。
そうしたら年齢から逆算すると大学生時代よりは高校生時代の方が考えやすいかな。俺はそのファイルを開いた。
「WELCOME」
脳内に響く聞き覚えのある女声。それは子どもっぽくて、いたいけな感じなのに、物事を俯瞰しているような達観的な声色だった。幼さと大人っぽさのアンバランスが危うい。そんな印象の声。それはとある人物を想起させた。
次の瞬間に、俺がいたのは[WHAT]のオフィスではない。黒い空間。黒い壁に取り囲まれているが、暗くはない。巻き込まれたのであろう五十嵐と半田の姿も容易に視認できた。
五十嵐と半田は物珍しげに辺りをきょろきょろとしている。まあ、普通は何が起こったかわからない。だが、残念なことに俺は普通ではないのでわかった。
「パソコンの特定のファイルに能力発動のギミックが仕込んであったってわけね」
「え、そんなことできるんですか?」
なんでお前が驚くんだよ。
「俺たちは超能力者だぞ。人智を超えたことができるから『超』能力者なんだ。まあ、ウェブサイトとかにウイルス忍ばせる要領だろ」
半田は二重能力者で元々の能力は[偽りの恒温動物]というちょっと風変わりなくらいの能力だが、先日発覚した[刻印者]の方なら、いずれこれと同じことができるようになるはずだ。
半田の理解が追いつかないうちに、先程と同じ声が剽軽に俺たちを出迎えた。
「やあ、こんにちは、待ってたよ。[傀儡王]、[刻印者]、[万能な兵士]クン」
黒い空間にぽわん、と気の抜ける音を立てて現れたのはどこぞの高校の制服を着た現役高校生にしか見えない人物。下手をすると中学生かもしれない。けれど中身は三十近いのを俺は知っている。
「新乃夢……」
「覚えていてくれて嬉しいヨ、五十嵐舞華サン。こっちのお嬢さんはハジメマシテ? 新乃夢だよ。よろしくネ、半田美月チャン」
「な、なんで初対面でフルネーム知られてるんですか? 非常に怖いんですけど」
「そこ?」
まあ確定で健一朗さんを拐ったのは夢先生ってことになったから半田のことは健一朗さんから聞いたんだろう。
「ノンノンノン。キミたちのことはワタシの協力者から聞いて知ったんだよ、咲原クン」
「は……? 協力者って……」
答えは一つしかない。五十嵐か握る黒い羽根。それを生み出す能力者なんて、該当は一人しか知らない。
能力者界最強の暗殺者が、身近にいた? そんなまさか。
「ふふーん。せっかくだから出てきてもらおうか。おーい」
ふわりと、空間が翻る。
そのときの絶望をどう形容したらいいかわからない。なんでとかどうしてとか思わなかった。
知っているのに「お前誰だよ」と口走りそうになった。
見る者全てを魅了するような艶やかな金髪。長い前髪から覗く憂いを帯びた碧眼。
「う、そ、だろ……」
あの五十嵐が絶句している。無理もない。
「お呼びですか? ニーノさん」
「ん。さ、みんなに自己紹介してあげて。友達なんでしょ、ローくん」
金髪碧眼の美少年は俺たちを見ても顔色一つ変えることはなかった。
倉伊ロデオが言う。
「はじめまして。[殺刃鬼]と呼ばれている者です」




