第73話「健一朗さんにも繋がらないんです!」
荒らされた形跡はない。血の跡もない。黒い羽根は消える。
五十嵐が苦々しい顔をした。
「この羽根、触れると消えるのか……これでは証拠も残らな……ん?」
「五十嵐? ……え?」
俺は目を疑った。
五十嵐は黒い羽根を素手で持っていた。
「嘘だろ!? 知実さん、ピンセットでも手袋でも駄目だって言ってたのに……」
いや待て。逆に素手で触れてみたことがないということなのか? と俺は妙に冷静に考えた。俺も黒い羽根に手を伸ばしてみる。
ふわっと黒い羽根は消えた。
「デスヨネーーーーー!!」
じゃあ五十嵐だけが触れるってこと? ますますこいつは謎が増えていくな。
五十嵐は黒い羽根をいくつか手に取り、片手に纏めると、俺に問いかける。
「これは何かの証拠になるか?」
「わからない。ただ、ないよりはあった方がいいだろう」
五十嵐だけ触れるのが謎のままだが。
黒い羽根が俺が増えて消える以上、十中八九[殺刃鬼]の仕業、そうじゃなくとも超能力関連事件となる。それに知実さんは立派な成人女性。家が荒らされた形跡と言えるであろうものは黒い羽根以外ないし、その黒い羽根は五十嵐以外が触ると消える。警察に届け出てもまともに取り合ってはもらえないだろう。拐われたという証拠もない。黒い羽根を証拠だと言ったって、鼻であしらわれるだけだ。
となると、超能力事件を取り扱う場所に頼るしかないのだが、生憎と俺にはその宛てが一つしかない。
「……半田か健一朗さんに繋ぐ?」
「役に立つのか、あの二人」
五十嵐の辛口すぎるコメントに苦笑いすら出ない。
「警察に言うよりはよっぽど現実的だ。とはいえ、半田も健一朗さんも今日は学校に来てなかったし、繋がるかもわからない」
「ならどうするんだ?」
「知実さんのネットワークを使う」
知実さんは超能力研究界隈では重鎮だ。宛てにできる連絡先くらいはあるはず。
パソコンを開く。パスワードは知実さんの友人の誕生日だという。まあ、その友人に会ったことはないが、それくらい関係が希薄なら、パスワードに設定しても解き明かされにくいということだろう。西暦の生年月日八桁+nn。よし、パスワードは開いた。
まあ、何故ケータイにかけないかというと、黒い羽根が消えたら知実さんのケータイ出てきたからだね、うん。
ケータイは開いても意味がない。ロックがかかっていないが、知実さんは連絡先をケータイには登録していない。履歴を辿って通話記録を見るとか、電話番号を調べるとか、悠長なことをしている暇はおそらくない。
[殺刃鬼]が来たのだ。殺し屋である[殺刃鬼]。それに捕まったのだとすれば、命が今あるかどうかも怪しい。
「っ、連絡先……!」
学会役員、学会の会長、研究所職員……色々あったが、その中で目を引いたのは。
「は……? 伏見健一朗……?」
肩書きも何もなく登録されている連絡先の中に見慣れた名前を見つけたのだ。パスワードを見ないように顔を逸らしていた五十嵐も思わずといった様子で食いつく。
「伏見氏がどうしたんだ?」
「知実さんの連絡先に健一朗さんの名前があるんだ。俺たちが知ってるのと同じ」
「佐倉氏は[WHAT]とやらと繋がりがあったのか?」
「どうなんだろ、確か半田が来たときに何か言ってたような……」
よく思い出せないが……思わぬところで共通の知人が発覚した。
まあ、俺も、知らない人に電話するよりは知ってる人にかける方が気が楽だ。健一朗さんに連絡してみることにした。
三コールで出る。が、その先にいたのは健一朗さんではなかった。
「咲原くん? 咲原くんですか!?」
「あえっ、半田?」
声が大きい。思わず耳を遠ざけたついでにスピーカーモードにする。
半田はこちらが用件を口にする前にせかせかと喋り始めた。
「今ちょうど咲原くんに連絡しようと思っていたんです。咲原くんからかかってきてびっくりしましたけど」
「びっくりしたのはこちらだ。何故伏見氏の番号にかけたのにお前が出るんだ」
「なんであんぽんたんの声が聞こえるんです?」
「誰があんぽんたんだ。というかそれはお前だろ」
「なんですってえ?」
電話口でも仲悪いな、この二人。
しかし今は緊急事態なのだ。いつまでも犬猿コントをされていても困る。
「半田、悪いけど急ぎの用なんだ。健一朗さんに代わってくれ」
「それが、無理なんです」
「なんで?」
半田が半泣きで告げる。
「健一朗さんにも繋がらないんです! 私が健一朗さんのケータイ持ってるからとかじゃなくて、健一朗さんが行方不明なんです!! 健一朗さんがいたはずの幹部個室にいなくて、ケータイはあって、あと、部屋の部屋の中に触ったら消える黒い羽根があって……」
「なんだと?」
俺と五十嵐は顔を見合わせた。
疑いようもなく、同一犯だ。




