第72話「知実さん……?」
マスターシグナルロスト。
まあまずカロンが喋ったことが驚きなんだけど、状況を理解しないと。知実さんが発明品に変な機能つけるのはあの人のことだから仕方ないとして……カロンのマスター?
マスターって、主人とか所有者とか使用者のことだよな? 俺はマスター登録とかした覚えないから、まあ、普通に考えるとカロンにとってのマスターって知実さんのことで……
シグナルロストはなんかロボットアニメとかでたまに出てくるよな。ええと、ロボットアニメの場合は機体の反応が消えるのをシグナルロストって言って、まあ大体機体が大破して、搭乗者が……
は?
「どうした、咲原。顔色が悪いぞ?」
俺の脳が叩き出した結論を恐る恐る口にする。
「知実さんに、何かあったかもしれない」
情けないことに、声が震えていた。知実さんを知らない隼人くんは誰? って感じの顔をしているが、五十嵐はさっと顔色を険しくする。
「今のマスターシグナルロストとかいうやつか?」
「カロンは知実さんが作ったやつだから、たぶん知実さんのことだと思うけど」
「でっかい蝿のロボット?」
うーん、ごめん、隼人くん、今は説明できない。
羽虫型ロボットが充電切れたようにぽてっとなっているので気持ち悪いことこの上ない。とりあえず回収して、知実さんの無事を確認しなければ。機械がどういう仕組みかわからないけど、カロンが動かなくなってる。どうかただの故障か知実さんのドジであってくれ。
「ごめん、帰らなきゃ」
「え、あの、その知実さんって?」
「俺の保護者」
端的に伝えると、俺は部屋を出た。当然のように五十嵐がついてくる。
五十嵐に振り向いて目を合わせる。
「場合によってはうちが危険なことになってるかもしれない。五十嵐はついてこなくていい」
「危険だからついていくのだ、我が王よ」
言うと思った。
ただ、と声が潜められ、言葉が続く。
「私には私で狙いがある。……隼人が感知していた超能力者たちが狙っているのが、本当に私なのか確認したい」
「どうやって?」
「超能力者でないから、私の探知能力には限度がある。だからいつもより周囲の気配に注意して歩く。お前を守ることがいつもより疎かになるかもしれない。ただ、やつらが私についてくれば私が目的だ。そうじゃないとしたら……」
五十嵐の目付きが鋭くなる。そこには冷徹な光が宿っていた。
五十嵐が標的じゃないとしたら、狙いは隼人くんか五十嵐の母だ。隼人くんや五十嵐母の超能力云々を知らないにせよ、恨みは買っていそうである。いや、五十嵐父からのとばっちりなのだが。
バンシー・クラインの例もある。命を狙われる可能性は充分にあるだろう。しかも、裏社会や超能力者の人間に、だ。
俺は五十嵐の言葉にちょっとほっとしていた。
家族を顧みられるやつでよかったよ。
「わかった。五十嵐は集中しながらついてきてくれ。いざというときは俺も[傀儡王]を使えるようにしておく。嫌だけど、状況によっては半田を頼ることになるかもしれないな。嫌だけど」
大事なことなので二回言った。
まあ、知実さん、[WHAT]に知り合いいるみたいなこと言ってたし、そうじゃなくとも界隈じゃ有名だろうから、警察よりかは早く対応してもらえるだろう。
どこまで最悪の場合を想定したらいいかわからないから、とりあえずこれ以上は考えずに走ろう。
五十嵐の母にはもう帰るのか、残念、みたいな反応をされたが本当にごめんなさい、構っていられないんだ。
シグナルロストという言葉が耳にこびりついて離れない。嫌な予感しかしないんだよ。外れたら笑えるんだけど。
いつもは並走する五十嵐は少し後方にいる。集中しているのだろう。無駄口の一つも叩かない。
家はほどなくして見えてきた。漫画みたいに爆発とかはしていない。常識外れの状態じゃないことにひとまず安心していいだろうか。
が、門から入ってすぐ、血の気の引く光景があった。俺はそこから動けなくなる。
なんでもない、いつもの玄関先だ。ただ一つ、そこに黒い羽根が落ちているだけだ。烏のそれより真っ黒な羽根が。
どれくらい呆然としていたかわからない。五十嵐がやってくる。
「咲原、どうかしたのか? ……黒い羽根……」
五十嵐も気づいたようだ。想像したよりも最悪な事態になっていることに。
だが、五十嵐は俺の肩を掴んで揺すった。
「落ち着け咲原。いい想像ができないのはわかるが、この辺りに血痕はない。まだ佐倉氏がどうなったか決めつけるには早い」
「!」
そうだ。黒い羽根がある以外はいつも通りの庭。たまたま烏が落とした羽根の可能性だってある。
中に、入らないと。
俺は鍵を開け、家の中に入る。
寒々とするほど、静かだ。
「知実さん?」
まあ、声をかけたところで集中していると出てこない人なので、俺は奥へ進んでいく。知実さんが使っている書斎に入った。
「知実さん……?」
そこに知実さんはいなかった。ただ、黒い羽根が大量に、ふわふわと舞っている。異様で綺麗で怖い光景だ。
黒い羽根は触れると消えた。
「咲原、どうだっ、た……」
五十嵐も言葉を失う。
血の臭いはしないし、血の跡もない。けれど、確実に想定できる中で最悪の人物が来たことがわかった。
「[殺刃鬼]……」




