第71話「喧嘩両成敗だ」
隼人くんの意見には賛成できなかった。
「超能力は誰かを助けるためにあるわけじゃない。能力が使えたとして、それで誰かを守ったり、救ったりできる保証なんてないよ」
「咲原さんが超能力者だっていうことは認めるんですね?」
まあ、隠しても仕方ないからな。
しかし……五十嵐から聞いた感じだと、危ない感じのする能力っぽいから、一般人のままでいてほしいものだ。半田たちに頼りたくはないし。
「それに、五十嵐はたぶん気づいてるぞ。自分を嗅ぎ回る存在に」
あいつ[透明人間]も簡単に見破るからな。本当に超能力者じゃないのが不思議だ。
五十嵐の身が危険であることに変わりはないが、そこに弟くんが介入する必要はない。危険な目に遭ってほしくなくて、俺に相談してきたんだろうし。
まあ、同調能力の使い方くらいは覚えておいて損はないだろう。隼人くんはいじめを受けていると聞いた。自分に向けられた言葉にされない悪意の中に閉じ込められるのはきついだろう。
「同調能力? 声が聞こえるのが超能力ってわけじゃないんですか?」
「そういう能力もあるけど、同調能力は基礎の能力だからね。……君は別に、特別な力を扱えるようになる必要はないよ」
「なんで言い切るんですか?」
「能力を持つのもいいことばかりじゃない」
もしも、半田が超能力者じゃなかったら、兄を失わなかったかもしれない。姉のような存在と喧嘩別れすることもなかったかもしれない。
いつかの[憑依霊]のように、能力者であるばかりに、妄念に囚われて、子どもを巻き込んでまで復讐に走って呆気ない死を遂げることもない。
普通の人間でいれば、誰かを殺すことも、殺す必要も、死なせることもないのだ。
「でも、いいことだってあるんでしょう? 僕は姉ちゃんを守りたい。母さんのことも、できるのなら、僕の手の届く範囲全部」
「まず自分を守れなきゃ意味がないよ」
「それは咲原さんができないだけでしょう?」
おっと、なかなか言うねえ。
確かに、五十嵐を巻き込んでいるのは俺だし、五十嵐には守られてばっかだよ。
でも、五十嵐と出会うまでは俺も自分でなんとか生きてきたんだ。[傀儡王]という爆弾のような能力を抱えながら生きてきた。
この能力に助けられたことなんて何度もあった。でも。
「望んで超能力者になったわけじゃない。殺し屋に追い回されるような日々を望んで得たように見える?」
「……殺し屋?」
「超能力の中でも希少な能力、有用な能力を持つと、小学生でも追い回されるんだよ。その能力を欲しがったり、疎んだりする人たちから。殺されそうになったり、中途半端に生き永らえさせられたりして、別に愛着のない誰かのために死んでいくことになる。それが怖くて俺はずっと逃げてる。生きたいから。わざわざ地獄に足を突っ込むなよ。つらいことがあるかもしれないけど、君には家族がいるだろう?」
「でも僕は、守られてばかりは嫌だ」
「守る方法なんて他に探せばいいじゃないか」
「っ、咲原さんにはわかりませんよ!!」
隼人くんはだんっと机を叩いた。小さい机はがたがたっと揺れる。
「持っている人に持たざる者の気持ちなんてわかりっこない!!」
「いい加減にしろ、隼人」
「もごっ!?」
「ふごっ」
何か口に詰められた。いやいや、いつの間に戻ってきたんだよ五十嵐。
「ほら、ご注文の双六屋のフィナンシェだ。たんとお食べ」
「ふご、ふぐぐ」
フィナンシェを隼人くんの口に放り込む五十嵐。個包装なのだが、五十嵐の手並みがおかしかった。紙でも破くかのような手際のよさで隼人くんと俺の口を物理的に塞いでいく。いや、双六屋のフィナンシェは美味しいんだけれども。むぐぐ。
呼吸困難に陥りそうな量のフィナンシェを口に押し込まれて大変だったが、なんだかんだ美味しかったので、なんとも言えない心境だ。双六屋のお菓子って結構人気だし、ちょっと値も張るんだが、一体どこから……五十嵐母が双六屋でも働いているっていうからそういう伝手なのかな。さすが最強の母。
「五十嵐、なんで俺まで……」
「喧嘩両成敗だ。人のいないところで何やってるんだ、まったく」
「姉ちゃん」
遅れてフィナンシェを飲み込んだ隼人くんが五十嵐を仰ぐが、五十嵐はその頭にぽん、と手を置いた。
「私は弟に守られるような姉じゃない。ただ、お前のことについて相談したいから咲原を頼った。さすがに私は専門外だからな。言い争ってないで仲良くしてくれると嬉しいんだが?」
「う……」
五十嵐が気まずい空気をほどくようにフィナンシェを食べる。
「母さんも同じこと言うと思うぞ」
「咲原さんと仲良くしなさいって?」
「私は守られるような女じゃないって」
五十嵐の母さんが言うと言葉の重みが違いそうだな。五十嵐父はDV男だって言ってたから、子どもたちを守っていたんだろうし、亡くなってからは女手一つで二人の子どもを育てたんだろうし。
旦那が手を出した女が突撃してきたりとかもあっただろうし、そういう修羅場を潜り抜けてきたのなら、守るより立ち向かう力の方が強そうだ。それに……守られる[べき]女じゃないっていうのもありそうだな。不貞行為を容認していたということは、見方によっては共犯だ。罰を受ける覚悟もあるのかもしれない。
その重みを感じてか、隼人くんは閉口した。五十嵐は次の包装を開けながら続ける。
「ただ、お前が力を手に入れて、扱えるようになりたいというのはわかる。でも、お前が力を手に入れたとき、お前はもう持たざる者ではなくなるよ。その立場で、さっきと同じことを咲原に言えるか?」
隼人くんははっとしたようだった。首を横に振ってから、俺に頭を下げる。
「言い過ぎました。ごめんなさい」
「い、いや、俺も……」
無神経なことを言ったかもしれない。言葉選びが下手な自分が嫌になる。
「ただ、やっぱり俺と関わるとろくなことにはならないよ。殺し屋に追われてるのは本当だし。変なやつにつきまとわれてるし」
「ああ、半田と伏見氏か」
変なやつでノータイムで半田と健一朗さんの名前が出るのは笑える。あの二人は害意がないからいいんだけどさ。
今後どうしたいか、隼人くんと五十嵐を交えて改めて相談しようとしたときだ。
カロンが聞いたこともないけたたましい音を立てた。わかりやすい警告音だ。サイレンのようなきんきんした音に耳を塞ぐ一同。それから無機質な合成音声が聞こえてきた。
『マスターシグナルロスト。マスターシグナルロスト』
……え?




