第64話「噂をすれば影ってやつだネッ!」
五十嵐が呆気にとられた顔をする。それもそうだろう。夢先生はどれだけ多めに見積もっても十代にしか見えない面差しなのだ。
小学生の頃は先生若いで済んだのだが、この年になって対峙すると、明らかに異様である。というか、自分より背が低くて童顔の女性が成人済みってマジなのか、と俺も思っている。
当時から一ミリも変わっていないので疑いようがない。一つ疑問があるとするなら……
「よく俺のこと、覚えてましたね?」
「えへへ。記憶力は悪くないんダヨ~」
滅茶苦茶緩いお答えをいただいた。
「それもそうなんだけど、咲原って珍しい苗字だったし、いばら姫派の男のコは少なかったから印象に残ってるんダヨネ~」
「なっ、なっ!?」
黒歴史ばらされたくらいの衝撃が襲った。五十嵐が不思議そうな顔をする。
「そういえば、佐竹が赤ずきんパロとかいばら姫パロとか言っていたな。どういう話なんですか?」
「うふふ、簡単に言うと、コスプレダヨ~ん。その話を知ってるってことはもしかしてわたし、噂されてた? ふふ、噂をすれば影ってやつだネッ!」
そう、それらはコスプレである。目鼻立ちがよく、童顔のこの先生、金髪のウィッグと青いカラコンが滅茶苦茶似合うのだ。それで赤いずきんを被れば赤ずきんのコスプレ、ティアラを被ればいばら姫である。ガラスの靴で灰かぶり姫もあったらしいが、ガラスの靴は学校に持って来られなかったらしい。
メルヘン趣味な夢先生は赤ずきんのときは朝に「はい皆さんおはようございます。ニーノ・赤ずきん・カナエです」と名乗り始める。ちなみにいばら姫は「ニーノ・いばら・カナエ」という。
先生のコスプレはそれは生徒たちにうけ、男女問わず「私は○○派!」と叫んでいた。
ちなみに俺の推しであるいばら姫は少し化粧がされて、大人びた雰囲気を漂わせているため、女子からの人気が凄まじかった。図画工作の作品で「ニーノ・いばら・カナエ」の全身図を描いた生徒が出たほどに。
一方、赤ずきんは男子人気が高かった。夢先生の異様なまでの幼い顔立ちが引き立ち、「可愛い以外に言うことある?」とファンたちの半ば狂った声援と、庇護欲を独占していた。
夢先生が解説する。
「わたしなりに考えた、不登校防止策なのですヨ! 先生が面白いと思うと、それだけで学校に行こうと思いませんカ?」
五十嵐は首を傾げた。
「不登校の原因……例えばいじめなどが解決されていなければ無意味なように思います」
うん、五十嵐。自分の意見をずばっという。だがそれくらいでへこたれる夢先生ではない。
「新任からしたら、そんなの知ったこっちゃないんですヨ」
ずばっとというか、言ってもいいのか? と不安になるような発言である。でもまあ、教師というのは勉強を教えることが主な仕事なわけで、いじめを解決するために教師になる人は少ないのかもしれない。
夢先生は別にただ無責任というわけではない。
「わたしはネ、学校は楽しいところだって思ってほしいんですヨ。いじめられる、家が貧乏、わけもなく疎外感を抱く……そういうココロが減っていったら、素敵だと思いマセン?」
「……」
「みんな一緒になれる共通の話題。それが学校では担任の先生です。担任の先生が意地悪だったら、意地悪な先生って悪口が広がります。先生が怒りっぽい先生だったら、怖いとかムカつくとか、マイナスな言葉が広がります。そういう負の感情が渦巻く仲で、良好な他人との距離の取り方なんて、わからないものですヨ」
それはそうかもしれない。夢先生以外の担任の先生を思い出せ、と言われてもぱっと思い出せない。それは俺の記憶力の問題かもしれないが、ぱっとしない先生だったのだろう。よくも悪くも凡庸な。
性格が悪かったり、生徒に体罰を与えたりする先生の噂は、担任教師じゃなくても聞こえてきた。その先生に当たらないといいなあ、と思いながら迎えた新学期だってある。負の感情はそれだけ伝播しやすい。
「だからまず、共通の話題になるわたしが、面白いや楽しいを提供するんです。いじめがあるかもしれない、学校に来づらい理由のある家庭かもしれない。でも、みんなと同じ話題を共有できたら。少なくとも疎外感を感じることはなくなりませんカ?」
わけもない疎外感。それは今時の子どもが感じやすくなっているものだ。みんなについていけていない。自分だけ違うことをしている。何故みんなの輪の中に入っていけないのだろう。……そういう孤独が幼い心を蝕むと、誰が何かをしたわけでもないのに、罪人のような心が出来上がってしまう。
自殺者と精神障害は年々増えていっているという。その原因はいじめだけではない。……人は心一つで簡単に弱くなる。
「もちろん、これで全て解決するワケではないコトはあれから学びましたが、悪い方法ではないと思っています。だから今もやってますヨ。素材を生かした白雪姫、妹キャラのグレーテルとか!」
増えてんの!?
たまらず五十嵐は笑い出した。
「愉快な先生ですね。私もあなたみたいな先生がいたらよかったな。……ところで、何か用事があるのでは?」
「おっと! 忘れるところでした。今務めている学校からの蔵書を届けに来たんです」
「先生、今はどちらに?」
ええとね、と先生が呟いたところで、ぱたぱたと忙しない足音が寄ってきた。ぱっとそちらを見ると、倉伊が息を切らしている。
倉伊は夢先生を見て、明るい声で言った。
「やっぱり、ニーノさんだ!」




