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キョウの貞操はわたしが守る

 「付き人、その一」


 片手を腰に、トランペットを持ち、背を反り返らせて言う沙羅。いつもの私服スタイル。


 「その二、です」


 と、ルゥちゃん。片膝を折ってスカートを持ち上げ、バカ丁寧にお辞儀をした。


 「付き人番号、その三。またの名をシャルマ!」


 緑色の髪をなびかせたシャルマは、クラリネットで謎のポーズを決める。


 「むー、むむっつ!」


 と、今日はメイド役のレイ。仔馬の下半身にもリボン飾りを付けて、僕のチューバを背中に乗せている。


 険しい表情で愛想笑いの影すら見せないオシリスの前に、こうして、僕たち顔を並べていた。


 「ご来客は、エスターシャ嬢一人とお聞きしておるが」


 「そうもいかないのよ。わたし、キョウの保護者だし。楽師の団長だし。この子一人での外泊は許可出来ないの」


 「城には美味しい食べ物がいっぱいあるって聞いたし」


 と言って、沙羅から横目でにらまれるシャルマ。


 「ケーキ!」とレイ。


 「立ち返れと言って聞き入れる様子も無いな。得体の知れない者が二、三人増えたところで体勢に影響はすまい。ついてくるがよい」


 険しい表情を崩さないまま踵を返したオシリスは、僕たちを先導して大股で城の中を歩き出した。中庭と大きな部屋を幾つか抜け、螺旋階段を上がると、長い廊下があり、両側にドアが並んでいる。その一室に、案内された。


 「夕食までの間、この部屋で控えておるがよい。勝手な外出は許さぬ。廊下には見張りの者を立てておるからな」


 そう言い残して、オシリスは部屋を出て行った。


 「相変わらず、いけ好かない奴。でも、上手く潜り込めて良かったわ」と沙羅。


 「見て見て! すごく大きなベッドがあるよ」


 と、天蓋付きのベッドに、早速、ダイブするシャルマ。


 「キョウ、一人のために、こんな大きな部屋を用意していたなんて、どんな魂胆があったのかしら」


 腕組みをして、いぶかしげに言う沙羅。いや、魂胆なんて無いと思うんですけど……。何か、とっても変な想像をしてませんよね?


 「残念だったね。キョウ。出迎えたのがカウルじゃなくて」


 そう、僕の耳元で言うシャルマ。わざと言ってるのが分かっていても、顔を赤くしてしまうのが悔しい。ただの友達なんだから、意識しないように思えば思うほど、変に動悸が耳に響いてしまう。


 「大丈夫。キョウの貞操はわたしが守ってあげる!」


 と、無駄に意気込む沙羅。


 「だから。そんなんじゃないってば! お友達として、招待してもらっただけなんだから」


 「そんなの、分かってるわよ。何、むきになって、顔真っ赤でいやらしい想像してるの? 冗談くらい聞き流してよ」


 しらじらと言う沙羅。いや、あなたの場合、どこまでが冗談だか分かりません。



 「さあ、これからが本番。伯爵と子爵令嬢の縁談を邪魔するの」


 「はい。沙羅、質問。どうやって邪魔するの?」


 と手を上げて言うシャルマ。


 「そ、それは……、大丈夫、ルゥ=サーミんがなんとかしてくれるから」


 と沙羅。ここまで来て、まさかのノープランで、ルゥちゃんに丸投げですか? ルゥちゃん、首を横に振ってますけど。


 そんなこんなで、いつものように騒いでいると、ドアをノックして、メイドさん四人と執事が、フルーツ満載のケーキに焼き菓子とお茶を運び込んできた。


 「ご夕食前のお茶のお時間です」


 メイドさんの一人がそう言った。


 レイは、目を輝かせてケーキに釘付けになっている。


 「すごい、こんなにいっぱい! でも、これ全部食べたら、せっかくの夕食が喉を通らないんじゃない?」とシャルマ。


 「ふん。それが上流階級のお作法なんでしょ」と沙羅。


 「はい、ディナーの時、女性は、小鳥がついばむ程度にしか口にしないというのが慣習です。そのため、食事前にお腹を満たしておくのです」とルゥちゃん。


 「馬鹿バカしい。わたしには関係無いから、がっつり夕食をいただくわ」と沙羅。


 「あたいに任せて! お菓子と食事は別腹だってとこ見せてやる。小鳥舐めんな」と、小鳥に怒られそうな発言のシャルマ。


 「ケーキ! ケーキ!」と、沙羅に切り分けてもらうのが待ちきれないレイ。


 僕は、彼女たちの騒ぎも上の空で、一番後ろで立っている執事に目を奪われていた。変装しているが、それはカウルだった。僕の視線を受けて、カウルは目配せを返した。そして、部屋を出てドアを閉める際、目で差し招くサインを送ってきた。


 「僕……、トイレ」


 「いっトイレ」とクッキー片手に手を振るシャルマ。


 急いでドアを出ると、屈強な衛兵が六人、廊下を挟んで二列に並んでいた。一瞬立ちすくんだ僕の手を強引に掴んで、衛兵の間をすり抜けるように走り出すカウル。


 廊下の突き当りを幾つか曲がった先の一室に、カウルと僕は駆け込んだ。


 「上手く連れ出せた。こうでもしないと、二人で話をすることすら出来ないもの」


 肩で息をしながら、そう言うカウル。走って乱れた金髪が上気した額にまとわりついている。駆け込んだ勢いで、顔が近すぎるけど……


 「カウル、僕、すぐ部屋に戻らないと。いなくなった事に気付いたらサラが暴れ出しちゃう」


 「大丈夫。今、沙羅の使い魔にメールを送ったから。夕食までの間、キョウを借りるって」


 「でも……」


 「そんなに、沙羅のことが気になる?」


 「うん、だって、あの子、普通じゃないから。特に、僕の事になると……」


 「俺、決めたんだ。沙羅と争ってでも、キョウの、……特別な存在になるって」


 そう言う真剣な表情のカウル。変に意識してしまって、顔もまともに見れない気がしていたけど、会ってみると平気だ。その代わり、カウルの濃い青色の瞳に磁力があるように目が離せなくなった。


 「ここで待ってて、すぐ着替えてくる。城内を案内してあげるよ」



 「肝心なことはもう言っちゃったけど、俺、本気だから。そのつもりで、今夜、兄上に君を紹介する。キョウには予め、そのことを言っておきたくて。その……、また、倒れられたりしたら困るから」


 美しい花と水路に囲まれて迷路のような城内の庭園を歩きながら、カウルはそう言った。倒れるようなことを言うんだ。と僕は思った。なんとなく予想はしていたから心の準備は出来ている……と思う。


 カウルは、この世界の街頭で見かける中世風の男性の軽装に着替えていた。華美ではないが、しっかりと気品が感じられる姿だ。沙羅が毎晩念入りにとかしてくれる髪を風になびかせながら、沙羅が選んでくれたドレスを揺らして花の小道を歩く少女に、カウルは歩調を合わせてくれる。 


 カウルは、花の名前や花言葉を交え、庭園の設計について分かり易く説明してくれた。その言葉に、微笑みながら相槌を打っている自分自身に僕は気付いた。そうすることがごく自然な事のようにさえ思えてきた。キョウ=エスターシャという純真無垢な少女そのままのように。


 「見て。キョウ。この景色を君に贈りたかったんだ」


 そこは小高い丘の上だった。背後には、登ってきた花の小道と迷路のような水路に続く石造りの城。そして、前方には眼下に広がる城下町と田園風景。夕焼けに染まり始めた空の境界まで地平線が広がっている。薄く色づいた雲が音符のように、遠い空に旋律を描いていた。


 その美しさに僕の心と体は息を呑んだ。世界の全ての事象は共鳴する楽器が奏でる波動で出来ていて、その振動によって影響を及ぼし合っているって聞いたことがある。そんな話に納得出来るような景色だった。振動とは円運動、巡っては帰り、形を変えながらも巡り合う。自然に僕の頬を涙が伝っていた。


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