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浮雲(ふうん)な私は福幸(ふこう)へと至る  作者: 初摘みミント


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死神の過去


それは、しんしんと冷える冬の夜だった。

街外れの古い時計塔に彼は座っていた。

そして、手元のリストを眺めて溜息をつく。

彼の仕事は役目を終えた魂を導くこと。

それは、彼にとって感情を挟む余地のない淡々とした事務作業だった。


「…あの女、面倒な願いを…ついてないなぁ」


彼は空にふわっと浮かびながら次の目的地へと向かう。

それは彼にとって何の変哲もないある日。

だから、何も変わらない…はずだった。

彼はリスト先の屋敷へ到着した。

その屋敷は外から見れば幸福の象徴のような場所だった。

リビングを覗き込めば、美しい母親が可愛らしい少女を笑顔で抱きしめている。

そこには温かな紅茶の香りと、溢れるような愛情で満ち溢れていた。

しかし、その次に死神が覗いた部屋で彼はこの家の明確な“境界線”を垣間見た。


「…母親の願いとは程遠いようだ」


その部屋には先程のリビングで抱きしめられていた少女と瓜二つの顔をした少女がいた。

全く同じ顔をしながら、先程の彼女より少し痩せており、汚れた服を着た少女。

彼女は廊下から漏れ聞こえる母親の声をうさぎのぬいぐるみを抱きしめたまま、愛しそうに聴いていた。

絶望に慣れきった色のない瞳。

彼にとって、その瞳は珍しいものではなく、興味をひくものでもなかった。


「…滑稽だね」


死神の冷ややかな声が暗闇に響いたと同時に、その瞬間、彼には驚くことが起きた。

彼の声に反応して、その少女は顔を上げて確かに彼を“見た”のだ。

漆黒の衣を纏った死神である自分のことを。


「…誰?なんで、浮かんでるの?」


死神は目を丸くした。

それもそのはず。

死神は死期が迫っている人間にしか見えないはずだから。

そして、この少女の死期が迫っているなんてどこにも記述させていなかったからだ。


「俺が見えるの?」


死神がそう尋ねれば、少女は反応があったことに目を丸くして、それから小さく頷いた。


「…うん。貴方は…誰?」

「俺は、死神」


死神は少し躊躇って、しかし、それ以上に言うこともないのでそう言った。

それは彼女を脅すように言ったつもりでもなかったが、大半の人間はそう聞けば恐れ慄く。

彼女も当然そうだと思った。

しかし、彼女は自分への恐怖よりも“納得”したかのような顔で尋ねた。


「私、死ぬの?」


彼はその表情から目を離せないまま、彼女へ一歩踏み出し、彼女の目の前で膝をついた。

彼女とようやく目線が合って、彼女は初めて見た死神の整った顔に見惚れていたが、死神は不敵な笑みを浮かべて彼女に話した。


「それはないね。君はすぐには死なないよ」

「…それなら、貴方はなんで来たの?」


何故か。

死神は特に飾ることもなく答えた。


「君の母親との約束だからかな」

「私のお母さんと?」


彼女はきょとんとしていた。

死神は頷いた。

すると、彼女はうさぎのぬいぐるみをぎゅっと更に抱きしめて、瞳を輝かせて言った。


「私のお母さんが死神さんと知り合いだったなんて知らなかった…」

「そうだね。…君はもっと小さかったから」

「そうでなくても、私、お母さんとお話したことないの…」


彼女はそう言って、もじもじとした。

自分の話を聞いてくれる存在がいることが嬉しいのか、それとも母親のことを知れたことが嬉しいのか、彼女は瞳を輝かせながら、もっと尋ねたそうにしていた。

死神にはなんだか彼女を見てくすぐったい気持ちになる。

死神もまた、死なない対象とこうやって話すことは初めての体験だったからだろうか。


「…お母さんとは、どこで知り合ったの?」

「仕事でかな。担当がたまたま俺だったんだ」

「お仕事…!知らなかった…!」


彼女の瞳はまたきらきらと輝く。

死神はだんだんと彼女の反応が楽しくなってきた。

彼女は死神にとっても特別だった。

死に関係ないのに自分が見えて、自分を怖がらずに接してくる、か弱い人間ーーー。


「君の名前は?」

「え?」

「名前くらいあるだろ?…今日は気分が良いんだ。いつもは興味ないんだけど、俺の退屈を紛らわせた君の名前は特別に覚えてあげる」


特別。

その言葉に彼女は目を丸くした。

それから、目を泳がせて、耳まで赤くして、もじもじと消え入りそうな声で死神に伝えた。


「…アイリス」

「アイリス、か。素敵な名前だね。気に入った」


死神がそう微笑むと、彼女は更に茹で上がったかのように真っ赤になった。

死神はそんな彼女を見つめながら、彼女への興味を募らせていた。

そんな彼女がおそるおそる彼に尋ねる。


「ねえ、貴方の名前は?」

「俺?」


まさか今度は自分の名を尋ねられるなんて予想もせず、死神は驚いた。

人間に名前なんて尋ねられたのは初めてだった。

死神は気分が高揚するのを感じながら、笑って答えた。


「ゼノ、だよ」

「ゼノ…」


彼女が確認するように死神の名前を唱える。

それから、彼女は彼の黒のマントを掴んで尋ねた。


「ねえ。また会える?もっとお話したいの」


彼女の切実な思いにゼノは微笑んだ。

視界の端に彼女の読みかけの絵本がうつる。

それは誰もが知る童話だった。


「ああ、もちろん。…また来るよ。君に会いに」

「本当?」

「意味のない嘘なんてつかないさ」


王冠を被ったうさぎのぬいぐるみを抱きしめる少女。

それはなんだか童話の中の王子様を待つ“女の子”に似ていてーーー。

それから、死神は彼女の頭を撫でて安心させるように言った。


「俺のことを待っていて。お姫様」


死神は姿を消した。

それから程なくして、ゼノは“彼女”の遺言通り何度もアイリスの目の前に現れることになる。

面倒でしかなかった“彼女”の望みが、いつしかゼノの“望み”へと変わるのにそう時間はかからなかった。

そして、そう遠くないうちに彼は気付くことになる。

今日のこの会話が実は噛み合っているようで噛み合っていなかったことにーーー。


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