10-感染
「どうかされましたか? 行きますよお嬢様」
「あ、ごめん」
センマの言葉でふと我に返った。あれ? なんで我に返った?
考え事をしてた? いや…記憶にない。
「お嬢様、早く来てください。私もそれなりに忙しいのですから」
「あ、ごめん。ミナ」
「いえいえ。それよりも大丈夫ですか?」
「なにが?」
「顔赤いですけど…熱でもあるのでは? 診察しますか? してあげますよ?」
「でも…他人事症候群の話も…聞きたい…」
「なら、診ながら話しましょうか?」
「うん…そうして」
「かしこまりました」
ミナは、踵を返し、多分診察室へ行った。
ダメだ。頭がぼーっとする。足取りがおぼつかない。
「お嬢様。無理はいけませんよ」
「…だ、大丈夫だよ。センマ」
「お嬢様、診察室が空いておりましたので…なんだか、診察どころじゃなさそう。センマ、お嬢様を私の部屋に連れてって。もう…すぐ無茶しちゃうんだから」
「はい。分かりました」
それから、センマの後をついて行って…ミナの部屋で…寝たのかな? うん。寝たんだと…思う。
「うわっ!」
「起きましたかお嬢様」
センマ…? あれ? 誰?
「いや…こないで…」
「お嬢様?」
「来ないでって言ってるで…しょ…あれ? センマ…?」
「センマですよ。ミナさんを呼んできます。心配ですよやっぱり」
「うん。お願い」
一人になった。身体を起こした。ここはソファーの上だ。
「センマ…早く…」
頭痛が酷い。頭の中を何かが駆け巡る。その何かは過去の記憶を引っ張り出す。あの時の記憶も…思い出す。
「ごめんね…ミナ…今日もあの時も心配かけて…ごめんね…」
涙が流れる。
これまで幸せに不自由なく生きて…ごめんなさい…。
「お嬢様! これは…センマ! 精神科医の先生を呼んできて! 早く!」
身体が起こされる。あれ? さっき起こしたはずなのに。
「精神病は、少しは心得てるけど…こんな大病、無理だよ…」
私はもうミナの泣き顔は見たくない…
ああ、なんだか調子狂うな…ミナが泣いてるなんて…。
ここで私の意識は切れた。
「ミナ…?」
「! お嬢様、ミナですよ」
「あ…誕生日おめでとう。確か今日だったよね」
「あ、あ…ありがとうございます。覚えていて…くれたんですね」
「…当然じゃない。でも、プレゼントは忘れたわ。後で家に取りに来て」
「…分かりました。分かりました」
「…あと、ごめんね。あの時、お礼言ってないや。助けてくれたのにね」
「ええ。ええ。そのくらい許してあげますよ…」
「…そうだ」
「え? どうしたんですか?」
「私はこっちの人間じゃない。そろそろ、夢も大概にしなきゃ…」
「夢? これは現実ですよ…? いや、まさか! 行こうとしてるの…? そちら側に…。ダメ! お嬢様! お嬢様!」
「なによ…煩いわね…。それよりもセンマを出しなさいよ…こんな時に私のそばに居ないなんて…執事失格よ…全く…」
「話が繋がってない…そろそろ、限界近いってことなの?」
「ミナ…抱いてよ…私を抱いて…上に被さって…私の逃げ道を消して…」
「ミナさん、精神科医の先生を連れて来ました!」
私は目が覚めた。
「センマ!」
「お嬢様、大丈夫ですか?」
隣にいたミナが心配そうに聞いてくる。
「ミナ…? うん。大丈夫だよ」
ミナはセンマと場所を交代して、お医者さんと話しをしはじめた。
「お嬢様、本当になにもないですか?」
そばにきたセンマがそう聞いてくる。
「なによセンマまで…大丈夫って言ってるでしょ」
「よかった…。お嬢様、私は少し、風に当たって来ます。ミナさんとお話しでもしておいて下さい」
「分かったわ。ありがと」
センマは部屋から出て行った。
「お嬢様、無事で何よりです」
話は終わったのか、ミナがまた近寄ってきた。
「なに泣いてるのよ。ミナは笑顔じゃないと」
「今日は泣きたい気分なんです」
「それで…私、どうかしてた? なんだか、記憶がかなり飛んでいるんだけど」
「…他人事症候群の初期症状が出ておりました」
「そう…。また心配かけちゃってごめんね」
「初期症状で治ってよかったですよ…本当…初期だけは治るらしいんです…普通は鎮静剤飲んで、カウンセラーと対話して治すんですけど…流石お嬢様ですね」
「でしょ? …なんだか夢を見たわ。私が居ない世界の夢だったわ。センマは学校の先生やってた。ミナは変わらずお医者さん。お父さんとお母さんも変わらず世界旅行に行ってて…でも、みんな何か物足りない顔してた。ずっとその事を考えてた。なにが足りないんだろうって…。お金かな名誉かな地位かな幸せかな…それとも私なのかなって。私って答えが出たら、目が覚めた」
「他人事症候群って呼ばれる病気は、自分を度外視する病気なんですよ。末期まで行くと全てがどうでもよくなって、ほぼ人形状態になるんですよね。そうなる前に自殺する人が多いのです。この病気が危険と言われているのはそう言うことです。だいぶ初期症状が分かってきまして、段々と見つかりやすくはなっているのですが…それでも死亡者は増えていく一方で…」
「ねえミナ、さっきのこと、覚えてる?」
「さっき?」
「誕生日のこと。今日でしょ?」
「ああ。そうですね。仕事が終わり次第、家に行きますよ」
「うん。そうして」
チラリと、部屋のドアを見る。センマがいつ帰ってくるか気になるのだ。
「ふふ。センマのこと気になるんでしょ?」
「そ、そんなことない!」
「行ったほうがいいですよ。センマくん、ああ見えて察せない人ですから」
「…うん。わかった」
私はミナの部屋を後にして、風に当たりに行ったセンマを探しにいった。