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鈴木くんの平均的な非日常【高校編】  作者: 立川マナ
【定規王子と常識人】編
6/50

第四話 イケメン補正

「きゃあ」といっせいに黄色い悲鳴があがった。「ダブル藤本だ。素敵ー! 超お似合いよね、あの二人」

「でも付き合ってないんですって。私たちにとっては嬉しい話だけど……意外よね」

「そこが余計にたまらないんじゃない! 下心もなく、送り迎えするところが、まさに王子さま……ううん、騎士さまって感じ? ってか、曽良さまー!」

「お。『姫桜の彗星』じゃねぇか。あんな可愛い顔して、挑発的なスカート丈。たまんねぇなぁ」

「藤本砺波か? やめとけ、やめとけ。ほら、見ろよ。一緒に居るあのイケメン。付き合ってねぇってもよ、あんなのに見慣れてんだぞ。お前みたいな顔面タワシのような奴、相手にされねぇよ」

「くっそ……藤本曽良か。むかつくけど、イケメンだぜ」

 沸き起こるざわめきはもはや喝采に近い。

 羨望や恋慕、嫉妬、敵意――様々な想いが絡み合った熱いまなざしが、姫桜女学院の校門に佇む男女に向けられていた。二人の類希な容姿に、毎朝いったいどれほどのため息がこぼれるのだろう。

 どこか異国の血を感じさせる顔立ちをした魅惑的な少年と、抱きしめたくなるほど愛らしく可憐な少女。二人が対峙しているだけで、その場にいる全ての人間の時が止まってしまう。

 二人は道路を挟んで向かいにある男子校と女子校に通う幼馴染。『ダブル藤本』として知られる、美男美女の幼馴染、藤本曽良と藤本砺波である。

 毎朝、名残惜しそうに姫桜女学院の校門で別れる二人の姿に、天の川に阻まれる織り姫と彦星を思い浮かべる者も多いという。

「じゃあ、また放課後」と、曽良は自転車を傍らに微笑みかける。「ここに迎えにくるね」

「ちょっとでも遅れたら許さないから」

「遅れる?」曽良はふっと微笑を浮かべた。「トミーを待たせるわけないじゃないか。想像しただけで、身が引き裂かれるような痛みが走るよ」

「分かってるじゃない」

 クスリと砺波は嬉しそうに微笑んだ。

「参ったな。トミーからは一生逃げられそうにないや」

「逃げる? そんなことしたら、ただじゃおかないんだから」

「分かってるサ。身に沁みて……ね」

 曽良は憫笑にも似た、色気漂う不敵な笑みを浮かべた。砺波は満足そうに微笑むと、ふわりとウェーブがかった髪を揺らして身を翻した。「バカね」と言い残し、曽良に背を向け去って行く。

 一瞬、天使でも通り過ぎたかのようにシンと辺りが静まり返った。やがて、どこからともなく、どっとどよめきが起こる。

「胸キュンー! 聞いた聞いた? 待たせるのを想像しただけで身が引き裂かれるって……超優しいよ、曽良くんー!」

「身に沁みて、てどういうこと!? やだー、いろいろ想像しちゃう」

「ちょっとでも遅れたら許さないって……かわいすぎるぜ。俺、鼻血出た」 

「俺も。ただじゃおかないんだから、とか言われてぇ!」

 朝から春色真っ盛り。青春への憧れに花を咲かせる少年少女たち。そんな大盛り上がりする路地で、ただ一人、青白い顔をした少年がいた。そのどんよりとした雰囲気は、彼の周りだけ日が当たっていないかのように錯覚させる。

 唯一、曽良と砺波のやり取りに胸キュンではなく、胃痛を覚えた人物。

 鈴木である。

 皆、目を覚ませ。今のは明らかに脅しの現場だろう。言葉をそのまま受け取ってくれ。――彼がいくら必死にそう訴えようと、誰も聞く耳はもたないことは彼自身よく分かっていた。


 曽良や砺波――特に、曽良と行動を共にするようになって、鈴木は不思議な現象に遭遇するようになった。それは世の中では『イケメン補正』と呼ばれるものらしく、人間の視覚と固定観念や願望といった心理的要素が密接に絡み合い、幻視や幻聴といった幻覚を生みだす現象である。

 たとえば、つい先日のこと。鈴木はこんな噂を耳にした。

 曽良は実はIQ180の神童で、そんな彼が悪名高い不良高校に進学したのは、ひとえに大切な幼馴染のため。『不良の巣窟』とも呼ばれる小賀葛高校の目と鼻の先にある女子校を選んだ彼女の身を案じ、あえて自らその危険地帯に潜り込み、彼女を守ることにしたのだという。

 なるほど。確かに、曽良は頭もいい、という噂を中学時代に鈴木も聞いたことがあった。なぜ彼がこの小賀葛高校に入学したのか、これで納得できる。

 なんだかんだで、砺波を守っているのか。良い話じゃないか。

 鈴木は感心して、曽良本人にその話を振ってみた。すると、曽良は微笑みこう言った。


――IQって、なに?


 これが、『イケメン補正』である。


「殿、行こう」

 不意に、曽良が爽やかな笑顔でこちらに手を振ってきた。

 遠目で傍観者に徹していた鈴木はぎくりとして頬をひきつらせた。

「なんでそんな遠いところでぼうっとしてるのサ」

 曽良はいつもの人懐っこい笑みを浮かべ、自転車を押してこちらに歩み寄ってくる。

 すると当然、ざあっと周りの視線もこちらに集まるわけで……。

 いつも、この瞬間が地獄だった。見ているだけでよかったのに、無理矢理ヒーローショーの舞台に引っぱり出され、変な空気の中で悪者退治を手伝わされる子供の気分だ。

 チッとお嬢様たちのお舌打ちが聞こえてきた。

「なんで曽良くん、いっつもアレと一緒にいるの?」

「よく砺波さんと三人でいるの見かける。あの二人と一緒にいれば、自分もモテるとでも思ってるのかしら?」

 鈴木はがっくりと頭を垂らしつつも、「どうしたの?」という曽良の言葉に「なんでもないです」とごまかした。

 とりあえず、さっさとこの場を離れよう、と曽良と並んで校舎に向かって歩き出す。

 しかし、お嬢様方の刺すような視線は鈴木の背中を執拗に追いかけ放さない。いや、というより、さらに鋭く突き刺さっているような……。

「なに、あれ? ランドセル? なんでランドセル背負ってるの? バカなの?」

 かすかに聞こえたひそひそ話に、鈴木ははっと目を見開いた。

 なるほど。今、気づいたのか。

 鈴木は呆れたような苦笑を浮かべつつ、はあっとため息を漏らす。

 さきほどとは大違いの嫌悪感がこもった悲鳴が背後であがっていた。

 これでいいのだ、と鈴木は自分を言い聞かせる。こうなることは覚悟の上だった。心に深手を追うことを承知で、曽良からランドセルを取り上げ、その重荷を背負うことにしたのだ。

 何を隠そう、彼女たちの『王子様』を守るために。そして、曽良の面子――というよりも、曽良の『面』を守るために。

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