第四十六話 告白
武道館は今にも暴動寸前だった。
「きたねぇぞ、小賀葛!」
「正々堂々やりなさいよ! 卑怯者!」
悪名高くもその恐怖政治で、エリートたちを黙らせ、肩身の狭い思いをさせてきた小賀葛高校。その名を一人で背負うことになった曽良は、その名に恥じぬ卑怯な戦いぶりをしてみせた。そりゃあ、エリートたちの怒りも爆発するだろう。日頃のうっぷんを今、晴らさんと言わんばかりに、ブレザー姿の観衆は武道館にブーイングの嵐――いや、トルネードを巻き起こしていた。
その中心では、剣道着に身を包んだ二人が向き合い、そして、
「一対一の男の勝負だろうが。卑怯もなにもねぇ! 外野は黙ってろや!」
学ランを着たリーゼントが拳を振り上げ、反論の声を上げていた。
「リーゼントはひっこんでろー! どこからでてきやがったー!?」
「そうよ、あんたが一番外野じゃないの!」
「リーゼントは帰れ!」
普段だったらリーゼントに向かってそんな強気な発言はできていないだろう、震えた声の野次が飛ぶ。そして、武道館に「帰れ」コールがこだまし出した。
「うるせぇ!」
リーゼントが振り絞った声は、大合唱と化した「帰れ」コールにかき消され、蚊の泣く音ほどにしかならなかった。
まさに四面楚歌の図だ。
さすがに、これだけの敵意を持った集団に囲まれたことはなかったのだろう、リーゼント――よっちゃんも、顔をこわばらせ、たじたじといった様子だ。
そんな彼のもとに、思わぬ加勢がきた。
ふわりと揺れるウェーブがかった黒髪。男なら誰もが少し屈んでしまいそうになる、罪深いミニスカート。そこからのぞくほっそりとした白い脚。武道館の床をコツコツと音を鳴らして進むローファー。武道館に、文字通り、土足で上がりこみ、ブーイングの雨の中を颯爽と歩く少女。
そんな彼女の存在に気づいたようで、徐々に「帰れ」コールが静まっていった。代わりに「誰?」と囁く声や「かわいい」とざわめく声が広まっていく。
やがて、彼女が騒乱の中心にたどり着いたころには、武道館は静まり返っていた。
彼女は「何の用だよ?」と警戒するよっちゃんに、
「しゃしゃり出るのはその髪型だけにしてよね。邪魔よ、帰れ!」
これまでの誰の「帰れ」コールよりもためらいも容赦もない鋭い声。その一言は、ばっさりとよっちゃんの心を引き裂くには充分の切れ味を持っていた。よっちゃんの目にきらりと光ったものが涙だったかどうかは、近くにいた曽良と和幸にしか確認のしようがない。
固まってしまったよっちゃんを押しのけ、彼女は曽良と和幸の間に立ちはだかった。曽良をかばうように背にして。
「砺波……?」
訝しそうに、和幸は眉根を寄せた。
砺波は顔を真っ赤にして和幸を睨み付けた。怒りの表情なのかもしれなかったが、幼い顔立ちのせいで、いじけた子供のようにしか見えない。
「お前もそいつをかばうのか」困ったように、和幸はため息を漏らした。「そうやって甘やかすから、曽良はいつまで経っても……」
「『いつまで経っても』、なによ!?」
いきなり、砺波は怒号を上げた。それは、いつもの暴言を吐くときのそれとは違った。少し寂しげで、女の子らしい『弱さ』すら感じられるものだった。
「いつまで経ってもアホなまま? いつまで経っても顔だけの役立たず?」
「いや、そこまでは言ってないんだけど」
「曽良は曽良よ! それの何が悪いの!?」
虚をつかれたように、和幸は目を丸くした。
「そりゃ、かばうわよ。甘やかすわよ。だって、わたしはこの馬鹿が好きだもの」
砺波の視線は落ちていき、声は段々としぼんでいった。何かを察したのか、和幸は神妙な面持ちで砺波を見つめていた。
武道館は静まり返り、よっちゃんまでが呆然として黙り込むただならぬ緊張感。そんな中、野次馬の影から一部始終を見守っていた鈴木は、ごくりと生唾を飲み込んだ。あの砺波が『好き』なんて単語を口にするとは。鈴木の中では転地がひっくり返る思いだった。
「ラブレター……曽良はわたしに『渡して』なんかない」
珍しく、砺波は覇気のない声でぽつりと言った。
「あんたらがラブレターのこと話しているの偶然、聞いて……わたしがこっそり曽良のカバンから盗んだの。曽良は、わたしをかばって嘘ついただけ」
「かばった……?」
本当に意外だったのだろう。和幸はあっけに取られた様子で目を瞬かせていた。曽良が砺波をかばって嘘をつく――彼の頭の中では、その可能性は毛ほどもなかったようだ。
事情の知らない野次馬は「何の話?」とひそひそと囁き始めていた。鈴木は彼らにすべての事のあらましを説明してやりたくなった。小学校六年生からの、およそ四年越しのミステリーが、たった今、解決したのだ。しかも、あの砺波が――呪いか何かで本音が言えなくなってしまったんじゃないかと疑ってしまうほど素直じゃない彼女が――事実を明かしたのだ。ラブレター事件には無関係のはずの鈴木も感無量だった。この感動を誰かと分かち合いたくてたまらなくなった。
「砺波」
ふと、それまで黙り込んでいた曽良が口を開いた。後ろから、小手をはめたままの手を砺波の肩に乗せると、
「ごめんよ」
急に謝った曽良に、砺波は「は?」と顔をしかめて振り返った。
「なんで、謝るのよ!? 話、聞いてた?」
「ちゃんと聞いてたヨ。だから、考えたんだ」
「考えた? なにを考えることが……」
曽良はためらうように逡巡してから、
「俺も砺波のこと好きだけど、やっぱり付き合うとなるとちょっと違う気がするんだ! だから、ごめん。砺波の気持ちには応えられない」
振り返った砺波の両肩をがっしりとつかみ、曽良ははっきりと砺波を『フッた』。
砺波の顔からさあっと表情が消えた。
「なんで、そうなるー!?」
せっかく解決した問題に油を注いで火をつけた曽良に、鈴木は頭を抱えて叫んでいた。
ちょっと黙っていたかと思えば、これである。こうしてはいられない。曽良は、今、両手でつかんでいるソレが、爆発寸前の時限爆弾と化していることに気づいていない。鈴木はあわてて野次馬の群れから飛び出し、曽良のもとへと駆け出した。




