第二話 『がっかり』たる所以
「で、もう一度、訊ねてもいいでしょうか?」
「なに?」
キコキコと自転車を押しながら、曽良はファッション雑誌の一面でも華やかに飾りそうな笑みをこちらに向けた。
これが初対面ならば、その圧倒的な爽やかスマイルに鈴木もたじろいでいただろう。しかし、今となっては、詐欺の現場を目撃しているような気持ちになるだけだった。
中学時代、この甘いマスクにつられて彼と付き合った女子生徒は星の数ほど(との噂だ)。しかし、どの女子生徒も『こんな人だとは思わなかった』と言って彼のもとを去っていったという。
曽良本人からその話を聞いたときは、およそ信じられなかった。だが、彼と付き合うようになり、鈴木はその理由を知った。彼がなぜ『がっかりイケメン』と呼ばれるのか、その所以を。
それを一言で説明するのは難しいが、これだけは言える。――彼は決して、悪い人じゃあない。ただ、『がっかり』なだけなのだ。
だからこそ……だからこそ、曽良を見ていると鈴木はやるせない気持ちになってしまうのだが。
鈴木は虚脱感に襲われて、小さなため息を漏らした。
「なによ、辛気くさいわね」
前を大股で歩いていた砺波が立ち止まり、くるりと振り返る。
「そんなしみったれた二酸化炭素で苦しめられたんじゃ、地球もいたたまれないわよ」
「いや、あの……地球規模で責められても……」
「ねえ、殿」ひょこっと頭をもたげて、曽良が覗き込んで来た。「それで、訊ねたいことってなに?」
そうだった、と鈴木は気を取り直して曽良に振り返った。そして、ジト目でその背中に輝くピカピカの物体を睨む。
「なんでランドセル、背負ってんですか」
「ああ、そのこと」
曽良が立ち止まったのにつられて、鈴木も立ち止まる。
「これは……」
「変装よ!」
曽良の言葉を遮って、砺波がびしっと言い放った。
「へ、変装!?」
ぎょっとする鈴木に、砺波は「そう」と腰に手をあてがって物憂げな表情を浮かべた。
「こいつ、中身はバカでも、見た目は一応イケメンでしょ。それで小賀葛の制服なんか着てたら、しつこく『お前が定規王子じゃねぇのか』て聞かれるわけよ。一緒にいると、しょっちゅう不良に絡まれて面倒でさ。だから、変装するように言ったの」
「……なるほど」
確かに、『定規王子』の手がかりといえば、小賀葛の学ラン、イケメン、新入生、定規、である。とはいえ、シンデレラの靴とはわけが違う。定規で捜そうなんていう話にはならないだろう。
つまり、不良たちが捜しているのは『小賀葛の学ランを着たイケメンの新入生』。普通にしているだけで、曽良は『わたしが定規王子です』と張り紙を貼って歩いているようなものである。
不良たちをごまかすために変装しよう、というアイディアは納得できる。
「でも……なんでランドセルなんですか?」
「ほら、あれだよ、あれ」と曽良が意気揚々と横から口を挟んできた。「よく言うじゃないか。見た目は子供、中身は――」
「中身はただのバカでしょう!」
ええ!? と鈴木は苦悩の表情で頭を抱えた。
「そんな理由でランドセルをチョイスしたんですか!? 見た目も中身もランドセル背負った残念なイケメンにしかなってませんよ!?」
「待って、待って。落ち着いてよ、殿」
まあまあ、となだめるように曽良は片手を挙げる。
「見てよ、これ」言って、おもむろにランドセルから突き出たリコーダーのケースを取り出した。「一見、リコーダーかと思うだろ? これが……」
曽良は得意げに微笑み、ケースを開けて中からぬっと細長い『何か』を取り出した。
「実は定規なんだ」
「そんな変装いりませんよ! 凶器、持ち歩いてどうするんですか!?」
慌てて曽良から定規を取り上げ、鈴木はそれを自分の鞄に突っ込んだ。
ダメだ。この『がっかりイケメン』に証拠を握らせておくわけにはいかない。自滅するだけだ。
ポカンとする曽良の隣で、鈴木はぜえぜえと肩で息をしていた。もはや体力を使い果たしそうだ。このままでは学校まで身がもたない。
とりあえず気を落ち着かせ、呼吸を整えると、ちろりと責めるような視線で砺波を見つめる。
「まさか、藤本さんも……この変装でなんとかなると思ったんですか?」
「思うわけないでしょ!」心外だ、と言わんばかりに砺波は目をつりあげた。「変装してこい、て言ったら、勝手にランドセル背負って来たのよ。もう面倒くさいから、今日はこれでいいかな、て諦めたの」
すると、そんなぁ、と情けない声が上がった。
「すごいセンスね、て褒めてくれたじゃないか、トミー」
「褒めてないわよ、嫌みでしょうが! てか、トミーって呼ぶのやめてってば。何度言えば分かるの!? 壊れたカーナビでももう少し聞き分けあるわよ」
いつものように、騒がしい口論――というより、砺波の一方的な口撃だが――を始めた二人をよそに、鈴木はまた弱々しくため息を漏らした。
そんな鈴木の背後で、じゃりっと地面を踏む音がした。
「おうおう、朝からやってんなぁ」