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私に一途な従姉妹の愛が重すぎる  作者: 北条S


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【24.嘘である根拠】

 校舎裏には、じめじめとした嫌な空気が漂っていた。名前の分からい虫も何匹か飛んでいて、あまり長くいたい場所じゃない。

 でも松岡さんの言う通り、青井さんはそこにいた。


「ここ暑くない?」

「……そう思うなら、なんでこんなところに来たのよ」

「青井さんこそどうして?」

「……あたしは日向ぼっこ中」


 どう考えても、ここだと陽の光があんまり当たらないと思うんだけど。あからさまな嘘なので、ツッコミはしない。


 青井さんの隣に腰を下ろすと、彼女はピクリと肩を揺らした。

 ……まあ、あんな噂を聞いた後だし、警戒するのも無理はないか。


「大丈夫だよ。私、青井さんのことはそういう目で見てないから。心配なら離れるけど」

「……あたしはあんな噂、信じてないわよ。信じてたら、あんなことしないわ」

「抱きしめてくれたこと?」

「……」


 無言は肯定の意だろうか。

 あの時はなんでいきなりあんなことされたのか分からなかったけど、青井さんはあの時の私の反応で、噂の真偽を確かめたかったのかもしれない。

 ……素直に聞いてくれた方が早いし、私の心臓にもよかったんだけど。


「ごめんね。私のせいで、小森さんと言い合うことになっちゃって」

「別に……コモちゃんとは部活中にも言い合いしてるし慣れてる。それにあんたのせいじゃないわ。よく知りもしないのに人のこと悪く言うのはよくないと思ったから、あたしの意見を言っただけ」


 そんなこと言ってるけど、青井さんは正義マンってわけじゃないんだからスルーすることも出来ただろうに。

 それをしなかったのは、偉そうな言い方だけど、やっぱり私のためなのかなって思ってしまう。


「……あたし、入学した頃はあんたのこと苦手だったわ」

「変な漫画読んでるから?」

「それもあるけど……いつもぼけっとしてて、授業中寝てるし、何考えてるか分からなくて、ちょっと不気味だったし。クラスに馴染む気なさそうで、見ててイライラした」

「酷い言われようだね……」


 でも仕方ないか、ほぼ事実だし。


「でも……今はあんたのこと、前ほど苦手じゃなくなった」

「……それはよかった」


 青井さんは俯いていたから表情が見えなくて、それが嘘か本当かは分からなかったけど、その言葉は素直に嬉しかった。


「それより練習の方が大変よ。コモちゃんは頑固だから、もう練習には来てくれないだろうし……まぁあの子ならいきなり本番でも大丈夫だろうけど」


 ……ということは、問題は私だけか。

 青井さんは足が遅いらしいけど、そもそもあれは陸上部基準での話だし、松岡さんもいるからカバーできるレベル――だと思う。


 私の方は走り切る体力くらいはあるけど、足が耐え切れなくなるともつれて転んでしまう可能性が高い。

 アンカーじゃないから、最後にすべりこんでゴール、なんてことも出来ない。


「……というか、あたしが安易だったわ。コモちゃんがあんたのこと気に入ってないのは分かってたし、教室で練習に誘わなきゃよかった」

「いや、嫌われてる私に責任があるかと」

「確かにあんたがクラスで浮いてるのは事実だけど。でも、それとこれとは別じゃない。学校行事を頑張ろうとしてる相手に対して、苦手だからってそれを拒否するなんて……あたしは良くないことだと思う」


 青井さんは私のことが苦手だったのに、最初からリレーの練習に誘ってくれた。

 それは単にリレーの勝率を上げるためなんだろうけど、当たり前のようにそう出来る青井さんの方が稀だと思う。


 嫌いな奴とはどんな理由であれ喋りたくないし近付きたくない。きっとそう思う人の方が大半だ。

 だから私は、それを貫こうとする小森さんを責める気にはなれなかった。



 教室に戻って授業を受けている間、あちこちから視線を感じた。同時に聞こえてくる、誰かのヒソヒソ話。

 さっきまでは気にならなかったのに、事情を知った影響か、それらがやたら気になった。


「やっぱり噂ってホントだったんだ」

「友達襲ったんだろ? それって女同士でもヤバいんじゃねえの?」

「一応未遂だったらしいよ。でも止められただけで……そういうことしようとしたことに変わりないよね」


 ――ああ、この感じ、中学生の頃にも体験したなぁ。


 恭子に告白した後、一時期イジメのようなものを受けたことがあった。

 こっちには聞こえないようにコソコソ話されて、面と向かって聞きに行けば、みんな口をそろえて「何でもない」って言う。

 ようやく忘れかけていたのに、昔を思い出して胃が気持ち悪くなってきた。


「あ、ねえねえ結城さん、聞いた? 高柳さんのこと」

「!」


 その名前に体が反応したのは、怖かったからだと思う。

 桜乃はきっとこんな噂信じない。そういうタイプだってことは、長い付き合いだから分かってる。

 けど、彼女は私の悪い噂を聞いたら心を痛めるタイプだということも分かっていたから、怖かった。


「中学の時にさ……」


 今更無駄な気遣いなのに、周囲に声が漏れないように桜乃に耳打ちするクラスメイト。


 どんなこと言われてるんだろう。桜乃はどう思うんだろう。

 というか、止めに行った方がいいんだろうか……でも、そんなことしたら「本当のことだから必死になるんだ」とか言われそうで嫌なんだよな。


 ぼんやりとそんなことを考えていたら、青井さんの声が聞こえてきた。


「あんた達さ、そんなデタラメな噂話、いい加減やめなさいよ」


 怒りを含んだ声音に、ヒソヒソしていた一部のクラスメイトたちは気まずそうな顔をしたが、すぐに一人の男子生徒が反論した。


「デタラメだって証拠はどこにあんだよ」

「本当のことだって証拠もないでしょ」

「こんな噂が出回ってる時点で黒だろ。火の無いところに煙は立たないって言うし」

「嫌われてるから嫌がらせで流されたって可能性だってあるじゃない」


 青井さんが庇ってくれてるのは嬉しいけど、止めないと。私のせいで彼女のクラスでの立場が悪くなったら大変だ。


「嫌がらせでこんなこと言われるか? 証拠がないと信じられねーよ」

「やってないことの証明なんて出来るわけないでしょ。そっちこそ、やったって証拠出せるの?」

「違う中学なのに知るかよ。つか青井、お前やけに庇うな」


 ――中学生の頃にイジメられてたから、出まかせの噂を流されたのかもしれない。


 信じてもらえるかは分からないけど、そう言おうと思って立ち上がったのと、ほぼ同時だった。


「嘘だよ、全部」


 後ろからの声に振り向くと、桜乃がこちらに歩いてきて、私の隣で止まった。

 唐突な割り込みに、私も青井さんも男子生徒も、みんな揃って間抜けな顔になった。


「……な、なんでそんなこと桜乃ちゃんに分かるんだよ? 引っ越してきたばっかなのに」

「この学校には転校してきたばかりだけど、この土地には小さい頃、何度も遊びに来たことがあるから」

「え、なんで?」


 男子生徒の純粋な疑問に、桜乃は私の肩に手を回しながら答えた。


「私、和泉ちゃんと従姉妹だから仲良いの」

「はあ? え……マジ?」

「あ、それはマジ。あたしと優花は聞いてたし」


 突然名前を出された松岡さんは、クラスメイトの視線を受けて、頷いて肯定した。三人でこんな嘘をつく意味もないし、これはみんな信じてくれたらしい。


 ……いや、というか桜乃は何をしようとしているんだろうか。せっかく親戚なことは隠していたのに。


「ふーん……でもだから何なんだよ? 仲良いからそういうことはしないと思うとか言われても、説得力ないぜ。犯罪者の友達もインタビューでよくそういうこと言うじゃん」


 確定したわけでもないのに人を犯罪者扱いするなよ……と、文句の視線を送っていたら、肩に回されっぱなしだった桜乃の手に力が込められ、ぐいっと彼女の方に抱き寄せられた。

 その近さに照れる間もなく放たれた言葉に、私の頭はパンクしかけた。


「でも中学の頃、和泉ちゃんは私と付き合ってたから」

「……」


 あれだけ騒がしかった教室が、一瞬、水を打ったように静まり返った。


 その言葉が明らかに嘘だと分かっている私は呆然。

 訳が分からない青井ちゃんと男子生徒とその周囲も呆然。


「つ、付き合ってた……? 桜乃ちゃんと高柳が?」

「うん。遠距離だったけど頻繁に会ってたよ。ね?」

「え……あ、うん」


 同意を求められた時の表情に、例えようのない圧みたいなものを感じて、私は大人しく嘘をついた。


「私は和泉ちゃんが大好きだったし、和泉ちゃんも同じ気持ちだったって信じてる。だから和泉ちゃんが誰かに手を出そうとしたなんて、絶対に嘘だと思う」


 そう言い切る桜乃の目には、迷いがなかった。

 後半はともかく、前半は大嘘なのに、それを全く感じさせない雰囲気がある。

 その影響なのだろうか、徐々に正気に戻り始めたクラスメイトたちから発せられたのは、


「そ、それなら……やっぱり嘘なのかも」

「恋人がいる状態で誰かに手を出すなんてしない、よね……多分」

「そもそもそんなことがあったなら、もっと学校全体を巻き込んで大事になってそうだし……」


 先ほどとは真逆ともとれるような意見だった。


 呆然としていた男子生徒も、目をぱちくりさせた後、私と桜乃を見比べてくる。


「高柳……マジで桜乃ちゃんと付き合ってたのか?」

「うん」


 私が聞かれているのに、何故か桜乃が即答した。


「う、羨ましい……!! てか、なんだよお前、モテないからそこら辺の女に手出したのかと思えば……それならそうと早く言えよ!」


 いや、そこら辺の女って言い方よ……最低か。


「和泉ちゃんは私に気を使ってくれたんだよね? 終わったことだし……あまり大っぴらに言うことでもないし」

「い、いや――」

「でももういいんだよ」

「あの――」

「私は誰に何を言われても、どう思われても、気にしないから」


 私の発言をことごとく遮ったそれは、何に対する言葉だったんだろう。

 この嘘に対する言葉か。

 それとも、私と従姉妹であることや、お兄ちゃんと一緒に暮らしていることで、彼女に降りかかるかもしれない何かに怯えていた私に対してなのか。


「和泉ちゃんのそういうところ、私は今でも好きだよ」


 にこりと笑った桜乃の顔は、綺麗で、可愛くて、思わず見惚れてしまって。さっきまで言いたかったこと全部、頭から消えてしまった。


 こんな嘘よくないって。私を庇うために桜乃が泥をかぶることなんてないって、言いたかったはずなのに。


 呆けている間に、他のクラスメイトがわらわらとこちらに寄ってきたせいで、桜乃から物理的に離れることになってしまった。


「でもなんかすごい意外な組み合わせ。なんで高柳さんと?」

「和泉ちゃんは昔から優しかったから」

「てか、高柳と従姉妹ってことは、高柳先輩とも親戚ってことだよね!?」

「それなら普通、先輩の方を好きになりそうなもんだけどな……いやほんと、マジでなんで高柳?」

「気付いたら好きだったから」

「うーん……まあ、でも高柳さんってよく見たら結構可愛い顔してるし、僕はちょっと分かるかも」


 なんか、話がしっちゃかめっちゃかになって……私が過去に人を襲った襲わないの話から、ただの恋バナに変化している。


 流れを強引に変えてしまった桜乃は、クラスメイトに怪訝な目で見られることもなく、むしろ輪の中心にいる。


 ただただ、すごいなと思った。


 同性に告白しただけで気持ち悪いと騒がれる人もいれば、大勢の前で同性と付き合ってた過去を宣言しても引かれない人もいる。


 世の中の理不尽さを痛感すると同時に、桜乃のすごさを再認識して、そして、彼女に嘘をつかせてしまったことを後悔した。



続く

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