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第一章 魔王様の苦悩

 人類に押され、絶滅の危機に瀕していた魔族たちは、我が父君、初代魔王によって統一された。吸血鬼、ゴブリン、ゴーレム等々、人類種を食料とする点では共通する彼らは、同じ目標のために団結し、魔王の下に降ったのだ。

「わしは老いた。人類より遥かに長寿とされるデーモン族の定めなら、あと何度か満月を見て死んでもおかしくない。幸い、世継ぎは遺せた。皆の者、倅の下、団結し、魔族に平和をもたらしてほしい」

 初代魔王はその演説の後、間もなく息を引き取った。次代目魔王の私は成人の儀式を済ませ、その年月を何度か繰り返した若輩なれど、神童と呼ばれ、高い自負心を持っていた。

 即位式で、私は言った。

「亡き父は、人類が何代にも渡る生の大半を、戦の中で過ごした。私の役目は、父君が務めた戦の統率者であると共に、魔族にとって住みやすい土地作りにあると思っている。快適な村を、街を、造っていこうではないか!」

 聴衆は声を挙げて応えてくれた。

 それが――――

「何故幾日かでこうなる?」

 国家運営の難しさに、私は辟易する羽目に陥った。



 父君、すなわち初代魔王は王族の拠点として、立派な城を遺した。次代目魔王の私は無論の事、親族もそこで暮らしていた。執務室の調度品は、亡き母君の手製の物が多い。机、絨毯、燭台にいたるまで、何もかも。

 私は執務室で、亡き父君の偉業を連ねた石碑を彫らせるべく、その内容を考えていたのだが――――

「魔王陛下、大変です!」

「なんだ?」

 執務室に取り次ぎに訪れたのは、二代前から我が一族に仕える執事であった。緑の皮膚に大きな頭を持つ、黒魔術師のである。中肉中背といったところで、私よりは小柄である。

 執事は言った。

「吸血鬼一族が、城門前に押しかけて、騒ぎを起こしております。曰く、自分たちの満足する食事にありつけてないと」

 私は不審な目で執事を見た。

「即位式から、まだ幾日かだぞ?父の最期の大戦で、人類の捕虜は十分得られたはずだろう?」

 しかし、と執事は反論した。

「それが……吸血鬼一族の好む美少年や美女が足りないと申しておるようでして……」

 私は思わず舌打ちした。吸血鬼たちが好みに五月蝿いのは承知していたが、ここまで強気に出てくるとは思っていなかった。

「押しかけた吸血鬼は何名だ?日暮れ直後だ。そう多くはあるまい」

 私の問いに、執事はためらいがちに答えた。

「それが……門を埋めるだけの人はいるかと……」

「門を埋める?」

 私は頭を抱えた。日暮れ直後の吸血鬼が束になろうと、敵ではない。しかし私の悪評も立つであろうし、そんなに一度に吸血鬼を失うのは、王国軍の戦力としても痛手である。夜しか動けない代償に、青白い皮膚、尖った耳、整った容姿、そして強大な魔力を持つのが吸血鬼だ。

「しかし、どうしたものか……美少年や美女、いきなりは用意できんぞ」

 私が困惑したのを察し、執事は言った。

「ひとまずは、人類狩りの約定をし、引き下がってもらうのが得策かと。後日に約束をしておいて、その間に人類狩りの計画を立てましょう」

「よし、それでいこう。伝令に伝えておいてくれ」

「御意」

 執事は引き下がり、私は石碑の文面を考えるのは後回しにして、大テーブル上に大陸の地図を広げた。

「そうか……いずれ人類どもにも、魔王が代替わりした事は知られるだろう。そうなると、これをを好機と捉え、侵攻してくる可能性もあるな」

 私は一人ぶつぶつ呟きながら、地形のスケッチを眺めた。険しい山岳地帯まで、魔族が追いやられて長い。魔族をまとめ、人類と戦った我が父君も、大陸の人類領土のを領土とするのが精一杯だった。

「平穏になれば仲違いを起こす……魔族もつくづく業の深い連中だ」

 私は地図上の、魔族の領土周辺にある箇所に、ピンを刺して回った。



 しかし、陳情は無くならない。魔王には優雅な食事さえ許されないらしい。

 吸血鬼が押しかけてきた翌日だった。

「魔王陛下!」

 声を荒げて、執事が食堂へ入ってきた。執事の事は父の如く尊敬しているが、用件が厄介なものだと思うと腹立たしくなった。

「一体なんだ?」

 私は魔王の私的な部屋で、寛いで食事にありついていた。そして執事の声に応じ、口元をナプキンで拭い、ナイフとフォークを置いた。

「ゴブリンたちが城門前に殺到しております。しかも、実に城を覆う者たちになるかと」

 人類に頭から一対の角が生えた背格好なのが、我らデーモン族の特徴だが、腰を抜かすところまで人類と同じになるところだった。

「ええい!要求はなんだ?」

 私はいらついて尋ねた。執事は言った。

「食用の人類たちの配給が止まったと、訴えているようで――――」

 私は眉をひそめた。

「美少年、美女を要求する吸血鬼たちならともかく、そうでない人類の虜囚なら腐るほどいるはずだろう?」

 だが、執事は申し訳なさそうに、

「それが、その……」

 言葉を濁して言い淀んだ。私は言った。

「そなたの事は、父から尊敬するよう申し付けられ、私自身、父に次ぐ存在として信頼している。なんでも申せ」

 執事は意を決したようだった。

「もしよろしければ、人類を捕らえておいている牢まで、ご足労願えますか?」

「ん?構わんが」

 私は付き人に、魔王としての正装に着替えさせ、執事と共に足を地下牢へと足を運んだ。途中、

「陛下、ご機嫌麗しゅう」

「陛下!」

 そう親族に挨拶されるのがわかっていたため、正装に着替えたのである。だらしない私服姿では、親族の前でも恥と思うように、父に躾けられたからだ。

 魔力の灯りが暗がりを照らす地下牢へと着き、牢の中を見た私は愕然とした。人類が、牢内に幾人しかいない。

「い、一体どうなっている?人類の食用配給の責任者がいたはずだろう?」

「それが……誰を問いただしてものらりくらりと質問をかわしてばかりで、誰の責任かもわかっていないのです」

 私は居並ぶオークたちを睨みつけたが、皆目を逸らしていた。オークは言語でのやり取りや命令を聞き分ける程度の知能を持つ、褐色の肌の偉丈夫たちである。責任という概念くらいはわかっていて、誰が犯人か、とぼけているのだ。

 私はため息と共に言った。

「今回は咎めぬ。次に同じ惨状を招いたら全員の首を取る。覚悟しておけ。

 執事よ、ゴブリンたちに言っておけ。明日、人類刈りの奇襲をかける。吸血鬼たちにも、人類狩りは明日に行うと訂正をしておいてほしい」

「御意」

 私は再度オークの集団を睨みつけ、執事と共に地下牢を出た。その時、独り愚痴った。

「何故幾日かでこうなる?」



 魔族と言っても、人類を食物とする以外は千差万別の者たちがいる。私は全てに秀でたデーモン族で、人型に近く、尖った耳の上から一本ずつ角が生えている。

 吸血鬼たちは、夜に限ればデーモン族すら凌駕する戦闘力を誇る、美男美女の種族だ。そのせいか食用とする人類にも、美男美女を求める傾向が強い。

 ゴーレムは人型だが、岩の塊が人型を形成しているような見た目で、そこいらの部屋には入り切らないほどの巨体である。図体の割には少食で、人類一人で何日も動ける。食べ残しも一切ない。

 オークはデーモンや吸血鬼を一回り大きくした程度の身体で、大食漢の種族だ。大方、先の人類を捕らえていた牢は、オークの大口によって空に近い状態になったのだろう。骨は残すが、その証拠を隠滅する程度の頭は回る。

 他には人類の魔法使いが魔族の一員となった黒魔術師、狼の頭を持つが人型に近い格好の狼人、翼で飛行するインプやガーゴイルなど、多種多様な種族がいる。

 人類が食料、とまとめて言っても、食べ方も異なる種族全体に「魔族」と銘打って束ねた父は偉大だが、私には別の労苦が待っているようだった。

 私の執事は、元は人類だったと言うが、魔法の探究を続けるべく魔族になったらしい。

 以前、今にして思えば申し訳ない質問をした事があった。

「お前はかつての同胞を食す道を選んだ事に、後悔はないか?」

 まだ私が生まれて幾ばくかという、デーモン族の成人にすら届かない頃の問いかけだった。他者の痛みすら想像もできない歳であったが、その場を父に見咎められ、かなり厳しい叱責を受けた覚えがある。

 しかし、父に見つかる前、大抵は冷静な執事は憎しみを込めて語った。

「わたくしめは、人類社会で差別される身分でした。外を歩けば石を投げられ、死体処理を生業とし、国王から与えられるわずかな賃金で生活しておりました。

 わたくしめが幼き頃、街が魔族の襲撃を受けて壊滅しました。生き残ったのはわたくしめ一人です。しかし、わたくしめは生き残りました。襲撃を率いた黒魔術師に、魔法の才を見込まれたからです。

 それ以来、人類への復讐を心に、お父君であらせられる魔王陛下に忠誠を誓い、魔法も立派に一人前の黒魔術師と呼ばれるまでになりました」

「――――そうか」

 その私の感想の直後、私は頬を叩かれ、床に倒れ伏した。

「他者の過去の古傷を聞いておいて、そうか、で済ませるでない!」

 父の激昂は執事にも予想外だったようで、

「だ、大丈夫です、陛下。ご子息をはたくほどの事では――――」

と、その場を収めようとした。しかし父の言葉は、今でも覚えている。

「魔族の上に立つ者には、強さと慈悲の両方が必要だ。強さは毅然とした態度を生み、慈悲は傷ついた同胞を気遣う思慮を生む。その双方が無ければ次期当主の座も危ういと思え!」

 私は急いで姿勢を正して跪き、

「ぎ、御意」

 そう言うのが精一杯だった。今なら父の言わんとする事も理解できる。他者を気遣い、それでいて媚びる事なく毅然と佇む。それができるようになったからこそ、父は笑顔で亡くなる事ができたのだろう。

「しかし――――」

 私は愚痴をこぼさずにはいられなかった。

「しかし父上、私は貴方様とは異なる苦労を抱える事になりそうです」

 窓から晴天の夕日を見上げ、独り呟いた。



 夜に全部族の長に招集をかけておいたが、完全な日暮れにはまだ時間がある。この間に、私は執事と今後の魔族の統制について話し合った。場所は私の執務室で、念のため、他者を避ける結界を張っておいた。

「一応、我らは人類を食料とする、という点のみで父の代からまとまっている。しかし、今後はそれだけで団結していけるとは思えぬ。一時の平穏で気が緩み、吸血鬼やゴブリンが押しかけてきたわけだからな。

 しかし、これは魔族としての団結を、他の面でも強化できる事を示しているのではないか?今回は食料を求める騒ぎだったが、徒党を組むという事を全魔族に知らしめたのは私の父上だ。何らかの方法で、魔族を種族問わず団結させたい。

 そこで、これは元人類のお前の力を借りたい。人類どもはどうやって団結している?奴らは食料を育てるため、防衛のために集落を作り、街を作り、城を建てるという。魔族と人類に、主だった知能の違いは見られない。敵に勝つためには、敵についての情報収集が不可欠だ」

 私の言葉に、執事は申し訳なさそうに言った。

「誠に申し訳ないのですが、わたくしめは人類社会でも最下層の身だったため、余り詳しい知識は持ち合わせていないのですが……」

 私は食い下がった。

「何でも良い。我ら魔族社会と人類社会で、違いや差があれば教えてほしいのだ。極々些細な事でも構わん」

 私がそう言うと、執事は、はたと何かに思い至ったようだった。

「少々お待ちを。わたくしめの私室から、ご覧いただきたい物をいくつか持ってきます」

「わかった。まだ時間はある。慌てず持ってきてくれ」

「御意」

 執事はそそくさと私の私室を出ていった。思えば、この部屋で執事と話している時が、最も魔族社会について考えているような実感がある。公式には、私の副官は私の子が務めている。親らしい事を余りできずに成人年齢を控える歳になってしまったが、私に直言できる数少ない者の一人だ。

 そのため、誘惑も多くなる事は、よくよく注意しておいた。女、豪奢な品々等々、誘惑を受けて動かぬようには、よくよく言い含めたつもりである。

 実際、妻以外の女と交わりはしていないようだし、下手な誘惑に乗る事もなかった。息子に付けた執事からの情報なので、信頼性は高い。息子の様子を監視させるために、私が選んだのだが、その件も下手をすると感づかれそうだ。

 息子に関してとりとめもなく考えていると、執事が大量の荷を抱えて戻ってきた。私の場所からは執事の顔が見えない。

「どれ、手伝おうか?」

 椅子から立った私に、執事は、

「へ、平気です。陛下の御手を煩わすまでも……よいしょ!ふぅ。参考になりそうな物を、片っ端から運んで参りました」

 執事は部屋の中央を占める大きな卓の上に、様々な物を広げていった。

 それを見た私は驚きに圧倒された。

「これは――――」

 その後、熱に浮かされたように執事と議論を重ね、その驚きは魔族会議に持ち越される事になる。



「遅い!」

 吸血鬼代表のカルダルは叫んだ。まだ円卓の一座に座っているものの、いつ苛ついて立ち上がるかわかったものではない。

「魔王陛下、お忙しいでしょう。もう少し待ちましょう」

 私の弁護に回ったのは、城に入り切らないゴーレムの族長サッソコルである。人類の家屋数軒分の背丈を、魔王城の大窓から覗かせている。窓は開け放たれており、サッソコルの顔が窓から覗き、低い声もよく通った。

 魔族全員が気持ち良く感じる夜風に心を和らげていたが、円卓の主催者たる魔王がいない事で、苛ついている者もいた。カルダルはあくまでその一例に過ぎない。

 しかし、円卓の部屋の外で中の様子を窺っていた私は苛ついている者、私の弁護に回る者をはっきりと見て取った。そして頃合いを見て、大仰に部屋の扉を開けた。

「済まない、だいぶ待たせたな」

 私はあくまで上から目線で、しかし高慢になり切らずに手短に挨拶した。後ろには、荷物を抱えた執事がいる。私も執事も、正装で身なりを正していた。

 一同はそれまでの不満が聞かれていたとは知らず、立ち上がって斉唱した。

「魔王陛下、万歳!」

 手を私へ真っ直ぐ伸ばして敬礼すると、私は右手を上げて応えた。単に部屋の入口から見て、円卓が右方にあったからである。

 私は円卓の席まで進み出ると、両手を卓上に着き、立ったまま話を始めた。円卓の面々は吸血鬼からゴブリン、ガーゴイルに至るまで、各族長が勢ぞろいしている――――サッソコルは窓の外だが。

 私は演説口調で喋り始めた。

「魔族諸君、お集まりいただき、まずはその労をねぎらいたい。本日は、明日の夜敢行する予定のため人類狩りの話し合いだけでなく、今後の魔族について話し合いたい。そこで、全種族平等に物申せるように、円卓を囲んだのだ」

 皆シンとして、静まり返った。恐らく私が通そうとしている意見は強固な反発を食らうであろう。しかし、単身で人類の軍団を相手取れる吸血鬼から、団結しないと人類に太刀打ちできぬゴブリンまで、皆を団結させるには、この方法しかないと確信していた。

 人類狩りの事は何の反対もなく決まった。吸血鬼領、及びデーモン族領の近くにある人類の集落から、人を根絶やしにするのが目標とされた。人類を全く残さなければ、人類が事を把握するのも遅れる。全く気づかれなければ良し、人類が攻めて来ても、全種族が共同で事に当たる事に決まった。

 支族と同じだけの皿が吊るされた燭台に、魂を載せる誓約の儀により、裏切り者は命を失うように決着した。

 本来なら、これで会議は終わりであった。始まってから、ほとんど時間も経っていない。

 しかし、私は本題を切り出した。

「さて、では本題だ。私は常々、魔族の間で、種族を比較すると平等でない事を憂慮してきた。しかし、その改革を考えてきたので、魔族一同揃って共有したく、本日の会議を円卓で召集したのだ」

 長い夜が幕を開けた。


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