孫2
「現実なんてもの、”カブトムシの箱”なんだよ」
丑弌 論咲の衝動を抑えながら俺が口にした言葉に田中 拓也が小馬鹿にしたように吹き出した。
「ねぇ、馬鹿の一つ覚えみたい。ただ、”カブトムシの箱”って言いたいだけじゃないの?」
「コラ!拓也!!大人に向かってその口の聞き方は、失礼だろうが」
見かねた田中 栄太が怒声を飛ばした。それに負けじと田中 拓也がにらみ返す。それを受けて田中 栄太は怒りを抑えるようにプルプルと握りこぶしを奮わせた。俺が2人の間に割って入るように言葉を紡ぐ。
「1本取られたなぁ」
俺は鼻の頭をかきながら笑って、田中 拓也に言葉を差し出す。
「なぁ、拓也くんの見ている現実を俺に教えてくれないか?」
田中 栄太が申し訳なさそうに俺を見ている。田中 栄太にとって俺と田中 拓也は初対面だ。それなのに余りに不躾にふるまう孫、気が気でないのだろう。
「は? どうやって?」
田中 拓也は目を見開いて聞き返してきた。部屋のドアノブにかけていた手が離れ、扉が大きく開いた。
「小説を書かないか?」
俺の口からでた提案に自分でも驚いた。
「は?無理だよ僕にはそんなこと、何回も神様のために書こうとしたけどうまくいかなかった」
田中 拓也は動揺し、その手が慌てたようにワタワタと空中で舞っている。
「俺が教えてやる」
格好つけるならここだろうかと、グッと親指を立てて見せた。ついでにウインクもつけとけばよかったかと思いついたタイミングで田中 拓也の返事が返ってきた。
「……人に教えられるような結果を持ってもないのに?」
グサリと心をえぐる言葉が返ってきて思わず呻きながら胸に手を当てた。
「でも、自分の世界を表現するのは拓也くんの人生と同じぐらいの時間やってる」
俺の唯一の強みを田中 拓也にプレゼンしてみた。
「なんのために?」
田中 拓也はため息をついた。俺のしつこさにあきれたのだろうか。
「俺が知りたいから」
言いながら俺は大森兄妹に説得された時のことを思い出していた。立場がまるっきり逆じゃないか。あの2人も今の俺と同じ気持ちだったんだろうか。
「僕のメリットは?」
田中 拓也は両手の平を上にあげ芝居がかった調子でやれやれと首を振った。
「神様の、小説の手伝いしたいんだろう?」
「あっ……」
俺の提案に田中 拓也の心が揺れたのが分かった。俺はあえて結論を聞かずに立ち去ろうと一歩踏み出す。答えなど聞くまでもなく、必要な時は連絡してくるだろうと、確信があった。田中 栄太が心配そうに俺を追いかけて来たのを俺は手で制する。
その時、俺のスマホが鳴った。発信者は佐藤 梅子。俺はその画面を隠して、着信に応えるため、もう一歩足を踏み出した。しかし、田中 栄太からもスマホ画面に表示されたその名前は見えていたらしい。
「どういうことだ?」と低い声で問われた。
俺がどう答えたものか迷っている間に着信音が切れる。
「ちょっとかけ直してきますね」
田中 栄太の問いに答えず、逃げようとした俺の腕を捕まれた。「拓也くんの方を……」と意識を反らそうとしたが既に部屋へと続くドアは閉じられていた。
「どういうことだ?」
田中 栄太が再び俺に問いかけてきた。
「どうもこうも、……どうして電話をかけてきたのかなんて、電話を取る前に分かったら怖いでしょう?」
俺は田中 栄太の目を見ずに答えた。田中 栄太に視線で促されるまま、俺は折り返しのコールを鳴らした。
ーー佐藤 梅子からの用件は、明日行われる話し合いの席に、同席してもらいたいという話だった。
途中で田中 栄太が咳ばらいしたせいで、「もし側に、田中さんがいらっしゃるのならできれば同席はご遠慮いただきたいですとお伝えください」と牽制されてしまった。
「……。もし、なにか困ったことがあれば、すぐに連絡してきなさい」
田中 栄太は苦虫をかみつぶしたような顔で俺に言った。
「えぇ、大丈夫ですから、田中さんは拓也くんの側にいてあげてください」
俺はそう押し返すと、玄関へと向かった。今度は腕を捕まれる事なく、外にでられた。俺は軽く伸びをして夜の気配が深まる帰り道を急いだ。




