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価値2

「そんなに簡単に許して良いのか?2度あることは3度あると言うだろう?」

 俺は拍子抜けして大森 朱音に問い掛けた。

「そうですねぇ」

 大森 朱音はゆっくりと頷いて微笑む。

「でもまぁ、あんなに優しいお話を書く人ですから」

 あっさりと提示された結論に俺は思わず、

「ただ、現実逃避しているだけの話だよ」

 言葉にしてしまってから、後悔する。俺の作品を評価してる人に向けて良い言葉じゃなかった。

「仕方ないだろう、30年かけた俺の言葉は母さんにさえ、届かない」

 俺は心の中で言ったつもりが声に出ていたらしい。その言葉に大森 誠が応えた。

「もう一発要ります?」

 大森 誠が手を振り上げるそぶりをする。

「お兄ちゃん、少年漫画の見すぎだよ。叩いて心が伝わるなんてありえないから」

 大森 誠に向かってぴしゃりと大森 朱音は言い、俺を見据える。


「鳴海さんがウェブに載せてる小説、読みました。感想ゼロですよね。最初の投稿から8年は過ぎてます。最初の物語なんて小学生が一生懸命親に語り聞かせているような印象を受けました」

 静かに話す大森 朱音の評価がグサリと刺さる。俺の顔をチラリと見た大森 誠が「言い過ぎじゃないか?」と、大森 朱音の肩に手を置く。しかし、大森 朱音はそれをそっと下ろしてなおも続けた。

「なんで、1週間も書くために机に向かったんですか?」


「なんでだろうなぁ」

 どうせ、書くのが好きだとかなんだとかの言葉を引き出したいんだろう。俺は大森 朱音の意のままになるのが嫌で結論をはぐらかす。

「とにかく、書けないし、価値のないものに向き合って人生を無駄にするのは嫌だから。俺にしかできないってわけじゃないし」


「鳴海さんにしかできません。鳴海さんの見ている世界は書いてくれなきゃ、知ることができません」

 強い口調で大森 朱音が言った。

「知りたいと思う人がいないだろう」

 俺は肩をすくめて見せる。

「ここにいます」

 大森朱音は、自らの胸に手を当ててまるで演技をするかのように良い放った。

「たった一人のために書くなんてまっぴらだ」

 俺は鼻で笑った。

「それ、本心じゃないです」

 俺は大森 朱音の決め付けるような口ぶりに苛立ちを覚えた。

「まぁ、本心じゃないよね」

 大森 誠までが決め付けるようなことを言ってくる。

「何を根拠に?」

 俺が低い声で反論すると、大森誠がにやりと笑って答えた。

「あなただけの物語屋。あんなにコストパフォーマンスの悪いもの、お金儲けの為にやってたとは、言わせません」


「あれは、他にないと思ってたからで、ストーリーテラーさんがいる以上、俺が続ける必要はない」

 相手の意見を叩き潰さないと気が済まなかった。どうして目の前の二人はこんなにもお節介なんだろうか。


「創さん、混乱してる。あの人の行動を肯定しようとして、自分の価値を下げようとするなんて愚かだよ」

 ため息をついて、はっきりと俺を指差した大森 誠は、ポケットからボールペンを取り出した。テーブルに備付けられていた紙ナプキンの真ん中に一本の線を引く。母親の話、自分の気持ちと2つの項目をそこに書き加えた。

「何故そんなに、あの人を許そうとするのか分からないけど……」

 言いながら紙ナプキンにある自分の気持ちの下に「許したい」と書いた。


「それで?母親の何を許したいんですか?」

 大森 誠は俺にボールペンを差し出してくる。

「何を許したいか?」

 俺は困惑した。ただ、母親が帰りたいと願った時に、帰りづらくならないように怒らないでいたいだけ。母さんは何も悪くない。そのようなことをつっかえながら話す。


「寂しいんですね」

 大森 朱音が呟いた。そんな子供っぽい感情が俺にある訳無いと否定したかった。だけど目からこぼれそうになる涙を押さえるのに手一杯だった。

「届けたい人に、言葉が届かないってしんどいですよね」

 ふわりと風が俺を包んだ。甘い花の香りがする。大森 朱音が俺を抱きしめるようにして頭を撫でているのだと理解するのに時間がかかった。大森 朱音を突き飛ばして立ち去りたい衝動に襲われる。俺はそんな未熟じゃないと叫びたかった。だけど、先に散々かけてしまった迷惑がちらつき、できない。


「あの人は、自分の聞きたい言葉しか聞きません。それは、創さんだって分かっているでしょう?」

 淡々と大森 誠が告げる。大森 朱音の抱擁を拒否するべきか悩みながら俺は答えた。

「だから、期待通りの言葉を必死で考えて伝えてきたのに……」


「なるほど。本当に、どこまでも創さんはお人良しだ。それが行き過ぎて、期待に応えられないなら価値がないって思ったんですね。欲しいものが手に入らないから。甘えん坊だなぁ」

 クスッと笑うように大森 誠は言った。


「こんな話知ってます?2度以上来店してくれるお客さんをリピーターって呼ぶんですけど。カフェはこれがないとうまく立ちゆかないんですよ」

 俺は頷く。大森 朱音が頭を撫でつづけるせいか、眠気が襲って来たのをなんとか頭を振って覚醒させる。それを拒否と捉えたのか、大森 朱音が身を引いた。再び頭を撫でてほしい等というわけにもいかず、惜しい気持ちを見ないことにした。


「僕はリピーター増やすためにあれこれ手を尽くします。でも、どんなに手を尽くしてもリピーターにならないことの方が多いです。ここ数日のうちに新規で来たお客さんは、誰もリピーターにはならないんじゃないかなぁ」

 大森 誠は言って一呼吸ついた。

「でも、リピーターが増えなかった結果が、俺のもてなしの価値を決めたりはしないんです。お客さんにも都合がありますから、3年後、5年後にくるかもしれません」

 大森 誠の語る言葉は、俺が独りでウェブ小説を書き続けていた時に考えていたことだった。今は読まれなくても、いつかきっと……と、現実を見ずに明後日の方向ばかり見ていた俺が。


「あの人の身勝手な言葉如きで、書かなくなるなんて勿体ないです」

 大森 誠の言葉に思わず俺は笑ってしまった。

「それ、ブーメラン。誰だよ、母さんに借金背負わせるために、この店潰そうとしてたのは」

 ようやく、反撃のチャンスがめぐってきて俺はそういい返した。


「僕、創さんの書く物語の良さは1ミリも分からないけど、その顔は好きです」

 大森 誠はニッコリと笑った。隣で、大森 朱音が頷いている。

「書いている時も同じ顔してるんですよ。だから、辞めちゃダメです」

 念を押すように大森 誠が言う。

「……このカフェの小説だけは仕上げる」

 俺は降参を表現するように両手をあげるとそう伝えた。

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