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丑弌 論咲2

 着替えを済ませた俺達はカフェジョーカーのドアをくぐった。ドアベルの音がいつものように出迎えてくれた。


「なにがあったんですか?」

 出迎えの挨拶の前に、大森 誠が驚いたように田中 栄太を指差す。

「コレしかなかったんだ」

 肩をすくめる田中 栄太。着ているTシャツのど真ん中辺りには”のーらぶ、のーらいふ”と書かれていた。ひらがなで。言葉の終わりにはマヌケ面の熊が誇らしげに胸を張っている絵が添えられている。

「せめて、英字でつづってあれば……」

 口に手を当て、どうにかマシなデザインにならないかと思案し始める大森 誠。


「オススメを2つ」

 俺は、席に着く前に注文する。ましなデザインを考えたところで、このシャツを作り直してもう一度着るとは思えなかった。

ボックス席に座った俺の向かいに田中 栄太が座る。タイミングを見計らって大森 朱音が水を差し出して厨房へと消えた。


「なにを話したいんですか」

 俺は机に両肘をついて合唱した手の親指に顎をのせて聞く。


「私の、孫の話だ」

 田中 栄太はそわそわと水と俺の顔、自らの手といった具合に視線をさまよわせた。

「あぁ、人を羨んで自信がないという……?」

聞いている、ということを示すように俺が答え、先を促した。

「引きこもりなんだ」

 ギュッと目をつぶって言った田中 栄太はまるで俺の反応を恐れるようにゆっくりと開ける。

「……はい」

 何と返事してほしいのかわからなくて先を促す。ニュースでそういう人がいる話は聞くし、ニュースに出てくる人物像についてあれやこれやと思案することもある。けれど、今、目の前に友人が関係当事者として座っているとなると何を言っていいのか、何を言うべきなのかわからなかった。俺の中にある常識が放つ、大変ですね。も、明けない夜はない。も、きっと相応しくない。


「きっかけは本人にも分からないらしい。だけど孫も言うんだ。”人の期待に応えられない自分に価値はない”」

 今にも泣きそうな田中 栄太は搾り出すように言葉を紡いだ。

「それは……」

 本なんかを読むと孫を溺愛する祖父という描写によく出会う。多くの場合孫が優れているから溺愛しているのではなく誕生、笑顔などの存在そのものが愛おしいと書かれている。で、あるならば田中 栄太は孫の言葉にどれ程の衝撃を受けただろう。その理屈を理解できないわけではなかった。

一方で、10歳だという田中 栄太の孫の気持ちには共感する。期待に応えることで自分自身の形を確認する事。田中 栄太や大森 誠は俺のことをお人よしだなんだというけれど、結局は自分のために人に手を指し伸べたいだけ。それで救われようとしているのは自分自身で、そのエゴが、母親が側にいてくれない理由じゃないだろうか。


 言葉を続けない俺を田中 栄太がじっと見ている。俺はどう言えばいいかわからずその視線をじっと見返した。


「お待たせしました」

 大森 朱音が料理を運んできたことで、お互いの視線が離れる。

 頭を軽く下げ、料理を受けとった。少なくとも料理を運んできたこの子は母親と暮らした時間があるのだと思うとザワリと気持ちが波立つのを感じた。


「価値は、人が決めるんじゃない」

 料理に手をつけながら耳障りの良い言葉を田中 栄太が紡ぐ。

「君はおにぎり君が王様の評価のために明太子を欲しがった時、なんて言葉をかけるんだ?」

 胃袋がギュッと縮まるのを感じる。あの話の続きを書こうとしたけれど、おにぎり君をありのままで認める話にしようとする度、薄っぺらく、きれいごとにしか感じられない言葉しか書けないでいた。


「鳴海君をほっておけないと感じた理由が分かったよ。孫の危うさと息子が失った夢を持っているからだ」

 なにも答えられないでいる俺に田中 栄太は泣きそうに笑う。腕を組んで人差し指を額に当て、唸った後、田中 栄太がこう言った。

「鳴海くん、私と友人でいるのは私が事務所を貸し出すからか?」

「いいえ?」

 俺は反射的にそう答える。事務所については、田中 栄太が「事務所を貸し出したら喜ぶだろう」という期待に応えられていない現状が心苦しいぐらいだ。


「じゃあ、私に何を期待して友人を続けるんだ?」

 その問いに頭を殴られたような衝撃を受けた。

「なにも……でもそれは田中さんに期待するだけの価値がないというわけじゃなくて」

 うっかりなにも期待してないと言いかけて、母親に期待さえされない辛さを思い出し、まくし立てるように言った。

 そんな俺の様子を理解に苦しむといった表情で見つめていた田中 栄太は一つ息を吐いて口を開いた。


「鳴海くん……君のその反応は、孫にそっくりだよ。……そうだ、孫に声をかけてやってくれないか?私が持っている価値観から紡ぎ出された言葉じゃ届かなくても……」

 そこまで言って、田中 栄太は、はっとしたように口をつぐんだ。俺がそれを不思議に思ったのと視界が歪むのが同時だった。

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