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可能性の話5

 スマホのスケジュール通知を見た。今日は佐藤 梅子と約束した日だと画面に文字が浮かんでいる。母親と会ってからどうやって過ごしていたのか記憶が曖昧だ。先に依頼の文章を書いておいてよかったと思う。少なくとも白紙の原稿用紙を見せずに済むから。


「行きたくねぇな」


 駄々っ子のような気持ちを吐き出す。身支度を整えようと体を起こした。ベッドから立ち上がるのさえ体が重い。まるで泥の中を掻き分けているように感じる。立ち上がるのを止めて目を閉じてしまいたかった。


 それでも俺は、カフェ「ジョーカー」を目指して玄関ドアを開いた。俺の物語を必要としている人に届けるために。


 いつもの倍の時間かかってステンドグラスで装飾されたドアの前に立つ。耳慣れた音と「いらっしゃいませ」という挨拶。

 すでに来てコーヒーを飲んでいた田中 栄太の顔が見える。

「ひどい顔だな。やめるなら今のうちだぞ」

 軽く手を上げて俺を呼んだ田中 栄太はいたわるような声を出した。

「え?」

 何のことかわからずに聞き返した俺に、田中 栄太はしばらく考えるように腕を組んで黙った。

 大森 朱音が強張った顔で俺の前に水を置いてすぐに厨房へと帰っていく。

「……なにかあったのかね?」

 その様子を見て、心配そうに田中 栄太が言った。


「いいえ、何も」

 俺は置かれた水を一口含み、ゆっくりと喉を潤した。


 10分ほど、誰も何もいわない時間が続いた。田中 栄太が意を決したように俺に告げる。

「書けなくなるかもしれないのに、無理はしなくて良い。この話はなかったことにしよう」

「え?」

 俺は聞き返すようにそれだけ伝える。あぁ、そういえばストーリーテラーに関わった作家は3ヶ月以内に筆を折るんだっけ。ぼんやりと田中 栄太が言いたいことを察した俺は、笑顔を作って首を振り、言った。

「大丈夫です」

「しかし顔色が、あまりに悪い。体調が悪いんじゃないのかね?」

 なおも食い下がろうとする田中 栄太。

「田中さんには、関係ないです」

 俺は怒気を含ませ、ついでに睨む。完全な八つ当たりだ。

「すみません。本当に大丈夫ですから」

 俺は頬が痙攣するのを感じながら口角を上げて笑顔を作った。


 その時、来店を知らせるベルが鳴り、俺と田中 栄太は音のした方を一斉に見た。

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