第十二話 決闘
「カイトっ」
「レイ……ただいま」
なんとか村に帰り着いた俺は、ほとんど無意識のうちに出迎えに来たレイの頭を撫でる。
こうしてると、気分が落ち着くな。本当に、帰ってきたって感じがする。
「ケガ、大丈夫?」
「平気だよ、掠り傷ばっかだ」
俺を見上げながら心配してくれる小さな相棒に頬を緩めながら、なんてことないと腕を振って見せる。
実際、命からがら逃げ帰って来たようなものだけど、戦士と違って距離を置きながら戦っていたのもあって、ほぼ無傷だ。
まあ、今の俺じゃ一撃貰えば即死するような攻撃ばっかりだったから、怪我があったらここにいないけど。
「おい、雌の相手などよりもまず、長への報告だ、ついてこい」
「はいはい、人使い荒いね全く」
いや、今は人じゃないし、ゴブリン使い?
なんてことを考えながら、俺は戦士に連れられ村の奥へ。
恐らく、ここがまだ人の住む村だった時代、村長が暮らしていたんだろう。一際大きく、頑丈な建物が見えてくる。
ここが、俺達ゴブリンの長が寝泊まりする建物だ。
「長よ、ただ今戻りました」
入るなり、恭しく片膝を突く戦士に倣い、俺も同じように膝を突く。
椅子に腰掛けていた老ゴブリンは、そんな俺達の態度を見て満足そうに頷いてみせる。
「よくぞ戻った。して、成果は?」
「申し訳ない、敵の戦士を取り逃しました」
「そうか……」
余計な虚飾のない、簡潔なやり取り。
形式自体はどこで覚えたんだと聞きたくなるくらい人間らしいのに、こういうところはシンプルなんだな。
「こちらの犠牲は十匹、敵は二十匹ほど仕留めましたが、魔石は回収できず……全て敵の手に」
「ふむ、奇襲をかけたつもりが、完全にしてやられたと」
単純な被害を比べれば、こっちに分があるんだけど……敵の総数は未だ不明。少なくとも、二十匹を“間引き”と言って使い潰せるほどの数がいる。
更に、今回死んだゴブリン達の魔石で敵の戦士が更に強くなる可能性を考えれば、戦略的敗北って判断には頷くしかない。
こいつらの場合、魔石を取られたって一点だけで判断してそうな気もするけど。
「ご心配なく、敵の手の内は暴きました。ここにいるゴブリンと共に再び攻め入れば、次は確実に奴の魔石を奪って来ます」
そんな俺の予想を裏付けるように、戦士はとんでもないことを口にした。
いやいや、何を言い出すんだこいつは。
「無茶言うな、あの狭い洞窟の中で、あんな範囲攻撃持ちを相手にするなんて自殺行為にも程がある。やるならここで待ち構えた方がいい」
「それでは、長の身に危険が迫る。長の魔法は強力だが、長自身の体は弱っているんだぞ、奴の攻撃に対処出来ん」
「俺達がやられたら、それこそ長を守れないだろうが」
俺と戦士の意見が、真っ向からぶつかり合う。
俺の本音としては、長の身の安全なんてどうでもいい。
ただ、ゴブリンは同族喰らいで強くなっていく習性のせいか、敵も味方も戦力の逐次投入を愚行だと考えてない節がある。
格下ならまだしも、同格以上の敵を相手に、みすみす負けに行くような行動なんて取れるわけがない。
長自身はどうでも良くても、群れ自体が消滅すると俺の身まで危険に晒されるんだから、確実に勝って貰わなきゃ困るんだ。
「黙れ! お前のその力自体、本来なら長に献上すべき魔石を喰って得たものなのだろう? それを、まるで対等の立場であるかのように口を利くなど……こうして生かしてやっているだけ、ありがたいと思え」
「っ……」
戦士の持つ槍の穂先が、俺の眼前に突き付けられる。
くそっ、魔法を使った時点で覚悟してたけど、やっぱりもうバレてたか。
そのせいってだけじゃないだろうけど、こいつは俺の意見を聞くつもりはないらしい。
長の命を第一に、他のゴブリンの命なんてどうでもいいって考えは、どう頑張っても俺とは相容れない。
死にたければ一人で死んでこい。よっぽどそう言ってやりたいけど、こいつの力が無ければ、俺の発案した村での防衛戦すら上手く行くか分からなくなる。
くそっ、どうにかこいつを納得させる手段はないのか……?
「……いいだろう、此度の争乱、ワシは口を挟まん」
そこへ、長の嗄れた声が響く。
思わぬ発言に戦士が目を剥くのも待たず、俺達二人に対し順番に視線を向け、その決定を告げた。
「判断は、お前達に任せる。決闘し、勝者の意に従うがいい。……敵の襲撃までさほど時間もあるまい、すぐに執り行うぞ」
ザワザワと、ゴブリン達の村をかつてない喧騒が包み込む。
普段から何かと騒がしいこの村でも、ここまで喧しいのは戦士が大物を狩ってきた時くらいだ。
「ふん、やはりこうなったか……群れに戦士は二人もいらん、貴様を殺し、その無駄に育った魔石を喰わせて貰う」
そんな村の中心、少しだけ開けた広場に佇む俺の前では、戦士が愛用の石槍を構え、さらりと恐ろしい発言を溢している。
ゴブリンの仲間は死んでも意味があるからか、決闘だからって死なないように工夫するなんてことはしないし、何なら本気で殺しに来るつもりらしい。
こんなことして、無駄に戦力を減らしている場合かと思わないでもないけど、戦士を納得させる手段がこれしかないなら、やるしかない。
「カイト……」
「心配するな、レイ。俺は負けないよ」
この場に集ったゴブリンの中で、ほぼ唯一俺を心配してくれる相棒に、俺はそう笑いかける。
時間がないからと、話が終わってすぐに決闘を始めることになったから、先の戦闘の傷も疲労も、お互いに抜けきってない。
一度は森の中で遭遇して傷を負い、その後すぐにまた奇襲に失敗して幾度か敵の攻撃を受けた戦士は、俺の何倍もボロボロだ。
決闘と言う割に随分と不公平な戦いだけど、自然界に正々堂々なんて言葉があるはずもない。戦うと決めたなら、どんな状態だろうと牙を剥くのが野生のあるべき姿。
だからこそ、俺も容赦なんてしない。
生き残るために、全力でこいつを倒す。
持てる手札の全てを賭けて。
「その凝り固まった頭を、俺が柔らかく解してやるよ。戦いは力だけで決まるもんじゃないってな」
「ほざけ、ガキ!!」
叫ぶと同時に、戦士が俺に向かって疾駆する。
予想はしてたけど、開始の合図も何もあったもんじゃない。完全に、ルール無用の殺し合いだ。
まあ、それならそれで好都合!
「そのガキに助けられた奴が何を言ってんだか。俺の魔法が無きゃお前はさっきの時点で死んでるぞ」
戦士の顔が、屈辱に歪む。
言葉で戦士の心を惑わしながら、構えるは装填済みのクロスボウ。
魔力を込めた矢の一撃を、さっき見て知っているからだろう。僅かに戦士の突進速度が鈍る。
「――ほっ!」
瞬間、俺はクロスボウの代わりに、腰の石斧を引き抜き投げ付けた。
予想外だったのか、僅かに目を剥きながらも、戦士はすぐさま槍で打ち払う。
「この程度……!」
「隙あり」
石斧を弾くために足を止めた隙を狙い、クロスボウを発射。
高速で飛来する矢を前に、舌打ち混じりに飛び退く戦士。直前まで彼が立っていた場所に、矢が突き立つ。
その瞬間、込められていた魔力が暴風となって吹き荒れ、周囲に盛大な砂埃を舞い上げる。
俺も、戦士も、野次馬のように集まっていたゴブリン達も、誰もが視界を奪われ、者によっては大慌てで騒ぎ出す。
よし、狙い通りだ。今のうちに……。
「この程度の目眩ましなど……!」
ブォン! と戦士が振るった槍の勢いに流され、砂埃によって閉ざされていた視界が少しだけ晴れる。
俺との間に生まれた、か細い道のような見晴らしの良い空間を見るや、戦士は迷わず突っ込んで来た。
「貰ったぞ!!」
俺のクロスボウは装填中。石斧を失い、近接戦闘の手段もない。
確かに、この状況ならそう思うのも無理はないけど……。
「少し、迂闊だったな」
「なっ!?」
俺の目前、槍の間合いに入ったその瞬間、戦士の足元が陥没した。
いくらこいつでも、あるはずの地面が急になくなるという事態には対応しきれず、真っ逆さまに落ちていく。
「ぐう、一体何が……!?」
「はい、終了」
「っ……!?」
穴の底で、未だ混乱の最中にある戦士に向け、俺は装填を終えたクロスボウを突き付ける。
既に十分に魔力を溜め込んだし、この極狭い穴の底じゃ、どうやったってこれを避けられない。完璧に詰みだ。
「お前……一体何をした!?」
「さてね、隠し玉の一つや二つ、あって当たり前だろ?」
歯を割り砕かんばかりの勢いで睨みつけて来る戦士に、俺は軽くそう言い返す。
まあ、実際のところ、隠し玉なんて俺にはない。
やったことは単純。砂埃を目晦ましに、レイに頼んで落とし穴を掘って貰っただけだ。
決闘は一対一が基本? 正々堂々戦え?
知るか。俺が戦士と正面から戦って勝てるかっての。
何が何でも生き残るって決めたんだ。この程度のイカサマ、バレなきゃどうってことない。
「そんなことより、俺の勝ちだ。大人しく」
「殺せ」
「降参し……はい?」
そんな、割とろくでもないことを考えている俺に対し、戦士はハッキリとそう言った。
意味が分からず茫然とする俺に対し、戦士はその反応こそが意外だとばかりに目を細める。
「言っただろう、戦士は二人もいらないと。勝ったのはお前だ、魔石を喰い、オレの代わりに長を守れ」
「……何を言い出すかと思えば」
戦士の言い分に、俺は深々と溜息を吐く。
こいつ、やけに長の命を最優先にすると思ってたら、まさか自分の命すら二の次だったとは。どんな忠誠心だよ。
これがゴブリンの普通なのか、そうでもないのか……分からないけど、一つだけ言えるのはこれだけだ。
「バカか、それじゃあ俺が戦った意味がないだろうが」
「何……?」
「俺に従え。魔石だけなんてケチ臭いこと言ってないで、その力の全てを俺によこせ」
敵の規模は不明。敵の戦士は俺とこいつの二人がかりでも撤退を強いられた。しかも、まだその戦士が従う長が控えてる。
魔石を喰えば確かに俺は強くなれるけど、喰った相手の強さが丸々プラスされるわけじゃないんだ。戦力不足の今、はっきり言ってこいつを生かして協力して貰わないと生き残れない。
「協力してくれるなら、“戦士”はお前のままでいい」
「なっ!? それでは、本当に何のための戦いで……!」
「お前を従えるためだって言ってるだろ。そのために称号がいるっていうなら、そうだな……」
少し考え、俺が今目指している立場に相応しい呼び名を思いつき、口にする。
「俺は“軍師”だ。長の許可がある限り、戦いの最中は俺の意見を最優先で聞いて貰う。いいな?」
参謀ってちょっと意味違くね? と思った人は感想評価お願いします(マテ
※感想にて『軍師』の方がしっくりくるかも? とのアドバイス頂いたので変更してみます。




