第十三話 軍師の初仕事
戦士との決闘に勝利した俺は、自ら“軍師”を自称し、無事長にも追認された。
名実共に戦士と同格の地位を得た俺は、来るべき他の群れとの激突に向け、広場に集まったゴブリン達に最初の指示を飛ばした。
その内容は……。
「取り敢えず、お前らに名前つけるわ」
そう、ゴブリン達への名付けだった。
どういうことかと首を傾げる彼らに対し、俺は分かりやすく説明する。
「いいか? まず現状、“長”とか“戦士”とか、そういう称号でしか呼び分ける手段がないだろ? ハッキリ言って、指示を出すのに不便だ。だから、ちゃんと言葉一つで個人を特定出来るようにする」
これまでは、名前なんてなくても不便はなかった。
戦士が雑兵のゴブリンに指示することなど、「全員突撃」か「全員撤退」くらいしか存在しなかったからだ。
でも、これからはそれじゃあ困る。
この村に棲むゴブリン達の総数は、約五十匹。内、雌が二十匹、雄が三十匹ほどで、実際に戦闘するのが雄だけだとしても、これだけの数を有機的に動かすには、どうしても四人一組くらいの単位で個別の呼び名が欲しい。
「だから、これから六匹ほどゴブリンを選別して、そいつらに名前と一緒に魔石を与える。といっても、ゴブリンのだけど」
俺の一言に、ゴブリン達のざわめきが強くなる。
魔石なんて、本来なら長と戦士しか喰えないような代物だから、この反応も仕方ない。
もちろん、俺みたいに自力で狩りに出向いたゴブリンは別だけど、そんなのは例外中の例外だ。矛盾するようだけど、普通は魔石の一つも喰ったことのないゴブリンに、単独で他の魔物を仕留める力なんてないのだ。
「というわけで、まず戦士、お前の名前は“ランス”な」
ひとまず始めに、戦士から名前を付ける。
槍使いだからランスなんて安直かもしれないけど、呼び分けのために付ける名前が覚えにくかったり、呼びにくかったりしたら本末転倒だ。だからこれくらいがいい。
「待て、何を勝手に! それに、称号もないゴブリンに魔石をやるなど……!」
「軍師命令な。後、俺の名前はカイトだから、そこんとこよろしく。ほら、取り敢えず名前付けるゴブリンにやる魔石がいるから、一緒にひとっ走り狩りに行くぞ、ランス」
「話を聞け!!」
負けた弱み、とでも言えばいいのか、文句を言いながらもしばらくすれば最後は渋々従ってくれた。
信用を得るには長そうだけど、ひとまず第一段階はクリアだな。
さて、後は……。
「レイ、俺が狩りに行ってる間に、親方と一緒にこの村の回りに柵を作ってくれ。土と木を加工して、壁を作るんだ。こうやって村の外をぐるっと囲う感じの……出来るか?」
「ん、分かった」
地面に簡単な絵を描いて説明すると、レイからは肯定の返事。
まあ、こいつは有能だし、任せておけば大丈夫だろう。
「他のゴブリンは、こいつを手伝ってやってくれ。それじゃあ、ひとまず解散!」
パン、と手を叩き、集まったゴブリンを作業に移らせる。
さて、敵がやって来るのがいつになるのか、それまでに準備を整えられるのか、時間との勝負だ。
村の防衛体制の強化、周囲の偵察、武器の強化と量産、ゴブリン達の質の向上……やるべきことは山積みだ。
ひとまず、喫緊の課題は……長や親方、それに隊長格のゴブリンにつける名前をどうするかだな。
自分で撒いた種によって、五分と経たない内に頭を悩ませるという間抜けな絵面に我ながらアホかと自嘲しながら、俺は本日三度目となる狩りに赴くのだった。
「それで、何を考えている?」
「何をって?」
「決まっている、この狩りの目的だ」
森の中を進みながら、俺は戦士改めランスに詰問されていた。
従うのは従うけど、納得するかどうかは別問題ということらしい。
自分の意見をちゃんと持ってるのは好感が持てるな。寝首をかかれない限りは、だけど。
「一度は村で待ち受けるべきだと言いながら、今度はこちらから狩りに行くだと? 訳が分からんぞ」
「俺が反対したのは、敵の棲家まで襲撃に行くこと、あの戦士を準備も無しに相手取ることの二つだ。ゴブリンを狩りに行くこと自体は必要なことだと思ってるぞ」
いまいち理解出来ないらしいランスに、俺は懇切丁寧に説明する。
まずもって、俺達と敵の戦力差は著しい。
こっちは十匹丸ごと全滅したのが既に痛手なのに、向こうは二十匹を使い潰しても平気な顔をしてる。
こっちより少ない三~五匹単位で狩りをしてるのも、その膨大な群れに必要な食料を確保するのに、より広範囲を効率良く捜索する必要があるからなんだろう。ビッグボア一頭と小動物数匹分の肉で群れ全体を養えるうちとは、根本的に規模が違う。
そうなると、俺達が守りに徹したとして、単純な数の暴力で押し潰される危険がある。俺やランスみたいに魔石を喰ったとて、所詮ゴブリンはゴブリン。頭を石斧で殴られれば、雑魚相手でも簡単に死ぬ。それを防ぐには、やっぱり敵の数を減らすのが一番だというのが一つ。
もう一つが、さっきも言った名付けと一緒に行う仲間の強化。もとい、“部隊長”となるゴブリンを作るためだ。
「正面から殴り合えば負ける。だったら、こっちは頭を使って戦わなきゃならない」
たとえ羊の群れだって、狼に率いられて戦えば狼を蹴散らすことだってできる。
頭数や個人の強さはもちろん大事だけど、戦いにおいてはそれ以上に、力を十全に活かすための知略と連携が物を言う。集団戦闘なら特にだ。
そして、頭の命令を末端の手足までスムーズに行き渡らせるには、頭から受け取った命令をキチンと理解し、伝達するための神経――現場指揮官が必要となる。
「ゴブリンは基本、獣同然のバカだ。それがまともに頭を回せるようになるためには、魔石を喰わすのが一番楽だし早いんだよ」
レイだって、最初は意思疎通すらまともに出来なかったのが、魔石を喰ったことで随分と有能になってくれた。ゴブリンを育てるなら、魔石集めが一番だ。
そして、一度有能なゴブリンとなってくれれば、後は自力で魔物を狩って魔石を集めることだって出来るだろう。そうすれば、群れ全体で得られる魔石の量も増え、群れの強化がより早く進むようになる。
そういう意味でも、魔石は一極集中よりある程度分けあった方が効率が良いと思うんだ。
「だから、俺達が狙うのは敵の本丸じゃなく、狩りのために外に出ている雑魚だ。戦士がいるようなら逃げる。分かったか?」
「分かった。オレも決闘に負けた身だ、今は従う」
今は、ってことは、今回の争乱が終わったら従わないつもりなんだろうか。
まあ、ゴブリンは良くも悪くも実力主義だ。今回の件でキッチリ結果を出せば、こいつも謀反なんて起こさないだろう。
……多分。
「おい、見付けたぞ、そこだ」
そんなことを考えていると、ランスからの注意喚起が飛ぶ。
目を向ければ、そこには数匹のゴブリンの姿。獲物を獲った帰りなのか、その手には血の滴る新鮮な肉と、小さな魔石が握られていた。
「ラッキー、良い獲物だな。おいランス、俺達が群れを離れてるなんて知られたらまずい、一匹も逃がすなよ?」
「心配無用だ。お前こそ、下手を打つなよ」
相変わらずの不遜な物言いに、俺が思わず笑みを溢すと、ランスはフンッと鼻を鳴らす。
そしてどちらからともなく、ゴブリン達へと挑みかかろうとし――寸前で、異変が起きた。
「オォォォン!!」
「な、なんだ!?」
突如響いた唸り声。同時に、敵のゴブリン達の傍に生えていた木が動き出したのだ。
幹の辺りに醜悪な顔が浮かび上がり、木の枝がまるで手足のように自在に動く。
そして、その巨大な枝で以て、目の前を通過しようとしていたゴブリン達を強かに打ち据えた。
「ギャ!?」
「グキャア!」
悲鳴を上げ、転がっていくゴブリン達。
予想外の事態に戸惑っていると、隣で冷静を保っていたランスが一人呟く。
「トレント……木に擬態する魔物だな。奴のつける実にはゴブリンの魔石に匹敵するほどの魔力が込められている上、木の枝から作る武器は相当に頑丈で強力な物になる。出来れば狩りたいところだ」
「へえ、それはいいな。……で、どうやって狩ればいいんだ、あの魔物?」
突然の襲撃を受けたゴブリン達は、ややパニックになりながらも自らの石斧を振るい、果敢に立ち向かっている。
が、そもそもが巨大な木の魔物。石斧などでそう易々と折れるはずもない上に、魔物化しているせいでより一層頑丈にでもなっているのか、傷一つついていないように見える。
俺やランスの攻撃だって、通用するかどうか……そんな相手にどう対処するのか、意見を聞くべく尋ねると。
「さあな。長が以前いた群れでは、飼い慣らして定期的に枝や実を獲っていたと聞くが、方法までは聞いていない」
「いや聞けよ、そこ一番大事なとこだろ!?」
何とも頼りない返答が返ってきたことで、俺はがくりと肩を落とす。
こ、こいつ、戦闘以外じゃ役に立たないんじゃなかろうか……。
「まあいいや、やれるだけやって、無理なら逃げるか」
既に、敵のゴブリン達は壊滅し、地に伏している。
どうするのかと思い見ていると、トレントはなんと、根っこを足代わりに地面から立ち上がり、死したゴブリンの上に跨がり始めやがった。
あれで、根から養分を吸い取って捕食するってことか……? え、えぐいな……。
ともあれ、今のトレントは食事に夢中で隙だらけ。
やるなら今だと、俺は石斧に魔力を込める。
「すぅー……ふぅー……」
大きく呼吸を繰り返しながら、意識を集中。
イメージするのは、ブレードベアが使っていた不可視の斬撃だ。
あの攻撃なら、この森の木々だって枯れ枝か何かみたいにスパスパ切断してたし、トレントにも通用するはず。
あれが風由来の魔法なら、俺にも似たようなことが出来るはずだ。
「……はあっ!!」
気合を入れ、石斧を一閃。その軌跡に沿って、爆風が発生する。
が、しかし。思ったように鋭く纏めることが出来ず、打ち出されたのはただ強いだけの風だった。
風はトレントの巨体を揺らし、ゴブリンの死体から立ち退かせたものの、それでどうなるわけでもない。
「くそっ、ダメか!」
洞窟では上手くいったけど、やっぱり根本的に魔法の練度が足りてない!
これに頼りすぎるのも考えものかと自戒しつつ、そうしている間も状況は動く。
「オォォォン!!」
発せられた雄叫びは、新たな獲物を見付けたことへの歓喜の叫びか。
トレントはその全身を大きく振るわせ、俺のいる方へと振り返った。
完全に狙われてる、と直感で悟り、クロスボウを構えつつ、いつでも撤退出来るように低く構える。
そんな俺に対し、トレントは一際強く枝を振り上げ――!
トン、コロコロ。
俺の前に、その枝に実っていた果実を一つ、転がして来た。
「……はい?」
攻撃にも見えず、さりとて牽制にしてはやけに勢いがない。そんな不可解な行動を前に固まってしまった俺に対し、トレントはただゆさゆさと体を揺らしている。
訳が分からず、戸惑うばかりの俺の横で、ランスがポンと手を打った。
「思い出したぞ。確か、トレントは魔石ではなく、周囲の空気や土、仕留めた獲物に宿った魔力を吸い上げて成長する魔物なのだと、長が言っていた」
「つまり……?」
「お前の魔法を、エサだと思ったのではないか?」
ランスの予想を聞いて目を細めつつ、改めてトレントの方へ顔を向ければ、その通りだと言わんばかりに枝が揺れる。
試しに、風の魔法をもう一度放ち、トレントに優しくぶつけてみると、またも「オォォォン!」と実に嬉しそうに咆哮した。
どうやら、本当に喜んでいるらしい。
「よくやった、軍師。これでオレ達の群れにも、トレントの武器が出回るようになるぞ」
ポン、と肩を叩かれ、俺は実に複雑な心境で「そうだな」と返した。
……攻撃のつもりで撃った魔法を、エサをくれたと勘違いされるって……結構ショックなんですけど……。
まだまだ修行が足りないと実感し、俺は深々と溜息を溢すのだった。
木がそのまま動いて襲ってくるって、ぶっちゃけ動物系の魔物より強そうに思える(こなみ




