表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
放屁拳  作者: 山目 広介
12/20

12 大会本戦一回戦 秘奥と疲労 5588

 本戦一回戦第三試合。

 これまた優勝候補の仲木(なかき) 龍太(りょうた)という『龍の息吹』所属の選手と赫怒の方の赤面拳が対戦する。


『本大会の優勝候補の一角『龍の息吹』所属の仲木 龍太選手!』


 なかなかの歓声が会場から発せられる。


『優勝候補が敗れるという一幕があったため、次こそは優勝候補というその実力を示してもらいたい』


 現れたのは、短髪の顎の割れた厳つい男だった。


『対するは、『龍の息吹』から派生した赫怒赤面拳所属、松木(まつき) (おさむ)選手!』


 大きな耳が特徴の選手だった。

 色白で糸目、オデコが広くてエラが張ってる。よく見ると特徴が多い男だった。


 試合が始まるとその広いおでこを茹で上げて、いくつもの血管が浮き出てくる。

 後頭部が見えるとつるっとしていた。当然そこも赤い。

 ホント特徴だらけだとガップとケイは話し合う。


 二人が話しているうちに試合はもう動いていた。

 シリアゴへカッパが攻撃。

 ガードを固めて頭部を守るシリアゴ。

 カッパは中指を突き出した形で拳を握りシリアゴのガードを抉じ開けようとする。

 拳打に肩を入れたり、捻りを加えたり、とカッパはシリアゴの顎をさらに割りたいようだった。

 中指だけ出せばそこに力が集中して殴る方も負荷が掛かって傷めるというのに。


 カッパは急遽攻撃の手を変える。肩からボディにタックルのように体当たり。

 シリアゴが一歩後退すると空いた隙間へと肘を叩き込む。

 それによって蹈鞴(たたら)を踏むシリアゴ。

 さらにカッパの追撃の裏拳。

 またも後退(あとずさ)るシリアゴ。

 前蹴りをカッパが放ち、さすがに苦悶の表情をして堪らずシリアゴのガードが下がる。

 そこへ上段へと回し蹴りをカッパが放つ。さらに追撃の後ろ回し蹴りがシリアゴの頭部を襲う。

 おまけの回し蹴りは腕を上げてシリアゴが防ぐ。


 呼吸タイムを経て、ぶつかり合う両者。

 正拳突きを防ぎ合う。

 そこでさらに踏み込む、カッパ。

 シリアゴへまたしても頭部へ集中攻撃。今度もガードを固めて防ぐシリアゴ。

 カッパが深く踏み込み左の肘を放つとそれをシリアゴがガード開いて右腕で払って弾きとばす。

 そしてカッパの顔面へカウンターとなる拳が炸裂する。

 吹き飛ぶカッパ。


 即座に回転して体勢を立て直し、繰り返し頭部を狙うカッパ。

 だがガードが堅いシリアゴ。

 諦めて脇腹へ回し蹴り。踏み込みボディへとアッパー。

 それに合わせてシリアゴがカッパへと鉄槌のごとき拳を叩きつける。

 カッパはわざとらしく吹き飛ばされ距離を取る。


 呼吸タイムを取り、激突。

 繰り返されるカッパの頭部への攻撃。

 それを阻むシリアゴのガード。


 カッパが諦め、今度は足への集中攻撃。

 ローキックで痛め付ける。連打を放ち()し折らんばかり。

 そこへシリアゴが上体をにじり寄り、隙を見せたカッパへとハンマーのような連打を浴びせる。


 カッパがその一つの拳を捕まえ、引き寄せる。

 シリアゴの下がった頭へと回し蹴りの要領で膝が襲う。


 顎に膝を喰らって、頭が揺らされて後退するシリアゴ。

 カッパも追撃を行えない。一撃の重いシリアゴの連打を喰らって回復していない。


 両者距離を取り、呼吸を整える。

 先ほどまでと違って気の高まりが濃く、この次で勝負を決めようとしていると考えられた。


 双方から雄叫びが発せられ、衝突する。

 シリアゴは重く、強力な一撃を放つ。

 対してカッパは鋭い連撃を繰り出す。

 カッパは巧みに捌き、シリアゴは腕で受け止める。


 そんな中、シリアゴの膝蹴りがカッパの脇腹へと抉るように決まる。

 鈍く重い音が響く中、吹き飛ぶかに思えたカッパは何故か吹き飛ばされない。

 よく見るとシリアゴがカッパの腕を掴んでいた。

 カッパは吹き飛べなかったのだ。

 そしてそれは逃げられないということでもあった。

 蹴りが、突きが、カッパに襲い掛かる。

 両者片手が使えない。しかしカッパは連打を主体に闘う。シリアゴは一撃一撃が重いため、この状態だとシリアゴが有利だった。


 シリアゴ有利の状態のまま、カッパは崩れ落ちた。


『勝者 仲木 龍太選手!』


 シリアゴの勝利だ。






 本戦一回戦最終試合。ガップ対斉木 辰治。

 審判はいつものごとく、防毒マスクを装着する。

 だがそれだけではない。

 ガップは驚愕する。周りの観客もあちこちで何故か防毒マスクをし始めたのだ。

 よく見ると、防毒マスクを販売する売り子がいる。なんという商魂。


『続きまして本大会初出場、放屁拳の楢 月賦選手!

 予選では優勝候補の一角とされた朽木 一馬選手を破るという大金星を引っ提げての登場です!』


 審判の紹介を受けて武台へとガップは上がる。それと同時に歓声や罵声が上がる。


『対するは『龍の息吹』本部所属の優勝候補筆頭、斉木 辰治選手!』


 ガップのときとは比較にならないほどの大歓声が響き渡る。ガップでさえ萎縮しそうなほどの大迫力だった。

 さすがはホームの最有力選手だと実感するガップ。


『本大会でもその実力をいかんなく発揮してくれると期待してます!』


 昨日までとは違って器用に呼吸音を消している審判を見て、練習したのかと怪訝な眼を向けるガップ。


『両者、構えてッ!』


 審判の合図にガップは注意を対戦相手の斉木に向ける。


『それでは、ハジメっ!!』


 いつもの呼吸から始まった。

 次第に高まっていく気合。


 ガップは今までよりもさらなる高みへと連れていかれる錯覚を覚える。

 緊張のためか、はたまた意識が集中で周りの時間が遅れているように見えているのか、空気がしつこく粘りつくような物へと変化した異空間のように感じていた。

 斉木の力量が評判通りの物で初めから飛ばしていく覚悟を改めて決める。


 放屁拳のためにガップは空気を喰らい始めていた。

 『龍の息吹』としての力量がその行為によって劣ることになっていると斉木は見抜いていた。

 だがそれは放屁拳へと割かれた物。放屁拳の力量でもってこれまで勝ち上がってきたガップを侮ることはあり得ない。


 ガップが空気を喰らっている間、肺にはちゃんと圧力が加えられ続けていた。吸ったり吐いたりすることで行われる交感神経への作用、精神的な作用はなくとも酸素を取り込みやすくするという物理的な作用はちゃんと補われてもいる。


 気が充溢し、頂点へと達しようとする。

 弾かれたように双方、中央へと駆け、力をぶつけ合う。


ガシィイイイイイイイイ!!!!!!


 ガップが弾き飛ばされる。


 斉木はぶつかる前、構えを左右変更していたのだ。

 それを見たガップが攻撃を一瞬、躊躇(ためら)った。

 そのため先制を許してしまったのだろう。対戦経験の多い斉木の策だった。


 弾かれ着地した、体勢の崩れたガップの前に斉木が迫っていた。

 一気に畳みかける斉木の猛攻。

 低い姿勢のガップへローキック。

 バランスを崩した所へ蹴り上げ。

 浮いた姿勢に叩き下ろす正拳突き。


 吹き飛ばされるガップ。追いかける斉木。


 追撃の斉木の正拳突きを躱し、懐に潜るガップのこの試合初めての反撃。

 まるで背負い投げのように反転し、拳で斉木の顎を捉えると。


昇天放屁衝(打ち上げロケット)!!」


ブフゥウウウウウ!!


 斉木の頬が縦に割かれる。

 頭を傾け、ガップの攻撃を躱していたのだ。

 そして伸び上がったガップの体を後ろから抱きしめて、裏投げ(バックドロップ)

 投げるようにではなく、落とすように。

 だが……。


ボフゥーー!!


 その腕を切り、回転して逃れるガップ。


 そして距離をおいての呼吸タイム。

 今のぶつかりで、いいとこなしのガップは悩む。だがぶつかるしかないと斉木を睨む。


 気が再度充溢し、高まった緊張で空気が震える。

 それが頂点を迎えて、再度のぶつかり合いを二名の武台の上の選手がする。


ガシィイイイイイイイイイイ!!!!!


 今度は斉木も変化することなくただ正拳突きを放ち合い、防ぎ合う。


 拳打の嵐。

 ガップも応酬。だが反応が遅れて技を後から出し始める。続連弾や続連掌だ。


 斉木はちゃんと録画を見ていた。見知らぬ対戦相手だ。当然研究する。だからこそ優勝候補筆頭とまで呼ばれるのだ。

 その技が拳や掌でしか本領を発揮しないと観ると肘や膝で受けるしかないような攻撃を集中的に行う。


 さらにはガップの攻撃も裏拳や回し打ち、手刀や肘打ちフックなどには効果がない、あっても半減すると予測し、そういう攻撃を誘導する。


 放屁拳の攻撃力は押すという部分だと分析していたのだ。蹴り技もなかった。

 優勝候補とされる朽木に勝ったガップの技、放屁拳の分析。

 『龍の息吹』としての力を半減させてまで放屁拳へ力を注ぎ、そして勝ってきたのなら注意も当然するだろう。

 そして斉木は『龍の息吹』としての実力なら当然上だという自負もあった。

 さらに放屁拳への対策はしても、対策を例え破られても勝てる、と判断していたのだ。

 奥義は禁止されているというのもある。

 放屁拳の対策をされて、それで使えないようでは所詮はそれまでのものと見做していた。

 それでどう闘うのか、それこそを楽しみにしていた斉木だった。


 ガップは瞬歩法で速度を上げ、ガードの隙間を狙って攻撃する。

 しかし斉木は防御技術も優れていた。巧みな捌きでそれらを防ぐ。


 ならばと分身放屁熱で隙を作り剛力拳を放つも斉木の防御を抜けない。

 連続で仕掛けて打撃を一か所に集中して崩そうにも斉木はそんなバカでもなかった。


 異臭で気を逸らし、呼吸を乱そうとしても当てるまでには至らない。

 酸味のある(にお)い、苦みのある(くさ)み、果ては腐敗臭。

 斉木の反応は眉を(ひそ)め、表情を(しか)め、最後は顔を(ゆが)めるに留まる。

 その間にガップは防御の上から剛力拳を叩き込めただけだった。


 またガップは破顔音を狙って、プッパッポッと変な高音を鳴らして笑かそうにも戦闘狂は笑って攻撃を仕掛けてくる。

 他にもブバッとかブボッなど鈍い音にも、「あはははは」と笑いながらガップの攻撃に反撃が返ってくる。

 相手の技量を下げるような技が通用しない。お手上げに近かった。


 斉木も朽木のように体温を上げているので耐久力も高い。さすがは『龍の息吹』の高弟だ。

 朽木のように巨漢であるための鈍重さは見込めない。朽木はあの巨体で素早さも充分にあったのだ。

 並みの身長である斉木にはもっと速度があり、杭墜放屁撃(パイルドライバー)のような変則技も仕掛けられない。

 その上で奥義はもう禁止されているガップは、とうとう手が無くなる。今まで試合で出した物では。


 つまり出してない物であれば、まだガップには手があるのだった。


 三度呼吸の時間に突入する。


「放屁拳はもうこれでお仕舞いか?」


 斉木が問いかける。


「……秘奥、そう呼ばれる物を見せてやる」

「ほほぅ。まだあるんだな。では見せてもらおう」


 二人の気が頂点に達し、三度の激突が武台中央で行われる。


ガシィイイイイイイイイイイ!!!!!


 再び拳の応酬。バチッ


 続連弾などの放屁拳の技を使うも何ら今までと変わらない。パチっ


「どうしたどうしたぁああ!! 変わらないぞぉ!!」

「準備がいるんだよッ!! 待ってろボケェ!!」


 回し蹴りなど蹴りの応酬ではやはり斉木の方に分があるのか、距離が開いて蹴り合いになるとガップは吹き飛ばされる。


 そして四度目の呼吸という見る方も一息吐く時間になった。


「さあ、何を見せてくれるんだ。もういいだろう?」

「ああ。あんたに敗北を教える物の名だ。放屁拳・秘奥 超音神鳴撃(かみのオナラ)!!」


ドンッ!!!!!!


ブゥウウウウウウウウウウウ!!!!!


 白い円錐が斉木へと向かう。それをその時見た者はいないだろう。

 白い円錐。それは音速を超えた衝撃波面が大気中の水蒸気を水滴へと変化して発生した、言わば雲だった。冬で乾燥しているはずだが、加湿器などを大会側が設置していたのだろう。そのために発生した。

 そしてその円錐が斉木へと突き刺さる。


 音速。摂氏十五度、一気圧の下、毎秒340mほど進むという音の速さ。

 人は音を聞いて反応しても0.1秒ほど時間がかかる。

 目で光を見ての反応は0.2秒かかるらしい。

 だから陸上競技の徒競走、100m走ではスタートのときに「見て」ではなく、音を聞いてスタートする。

 フライングは0.1秒よりも早く反応した場合を弾くことだ。


 武台の広さは30mもない。要するに人では音を聞いてからじゃ反応など出来ない。

 そもそも超音速、つまりは音が伝わる前に攻撃されたら反応は無理だ。

 見て、予測して、その前に動いていないと対応なんて出来る訳がない。

 また、その動きを見てから別の場所へと相手が仕掛けたら意味はなくなる。

 つまり防御不可。見てからの回避も不可の技。


 『龍の息吹』の呼吸法による身体強化と、放屁拳による強化。これが放屁拳の今までの攻撃力。

 奥義はオナラという気体からう〇こという固体への代替することによる更なる強化だった。

 今回の秘奥は通常の二つの強化と、放屁の爆発の反動。それともう一つ。それは電気。

 オナラを帯電させ、その放出で人体に電気を溜め、筋肉に流れる電気を強制的に強化。

 それらによって人体に不可能な動きをさせる技だった。人を超えた神の領域。

 だからこそ、神鳴(かみなり)、つまり雷と名付けられていた。


 斉木は立ち上がらない。

 当然だろう。軽自動車にでも撥ねられた衝撃力はあったはずだから。


 静まり返る客席。

 審判のガップの勝利を告げる声も(むな)しく響き、武台の上のガップはその静寂の中、ゆっくりと会場を去っていく。

 こっそりとケイが後をついていく。






 ケイが尋ねる。


「ねえ、あの秘技ってのじゃダメだったの?」

「体格的には朽木に比べて充分に効いたかも知れない。でもさすがにガードの上からじゃ倒せるほどではなかったと思、うょ……」

「そっか。攻撃全部防いでいたものね、斉木」


 ケイが振り向くと後ろで立ち止まっているガップ。明りの下だというのにその顔は蒼白となって血の気が感じられない。ケイには小刻みに震えているようにも見えた。ケイが心配になり声を掛けようとすると……


バタンっ


「えっ!?」


 ガップが唐突に倒れたのだ。


次回 倒れたガップは大丈夫なのか。準決勝が行われると響き渡る音が。ブゥホォオオオオオ


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ