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第46話 俺のリスクは、俺が決める

 作戦会議の前に、葵さんからメッセージが届いた。


 収容されている自衛官へ説明するため、葵さん本人が小菅に来てくれる。

 他に許されたのは偵察、避難経路の確認だけ。

 攻撃や施設制圧はできない。


『救助を間に合わせる準備をします』


 最後の一文だけ、しばらく画面に残った。



 八咫烏での作戦会議は、夜遅くまで続いた。


「まず、小菅に誰が収容されているかを整理する」


 玉さんが進行役をつとめる。


「……エラー市民、自衛官、機動隊でほぼ確定。移送車両の目撃。別々の情報が同じ場所を指してる」


 月読の返事は早かった。


「エラー市民には、デモ参加者、市川橋の協力者、それとS級以上の逃亡者」


 アヤが続ける。


「SNS側では、さくらさんや美咲さんと同じような子供の話が複数ありますわ。家族ごと急に連絡が途絶えた子、遠くの家族へ通知だけ届いた子」


 胸の奥が、重くなった。


 さくらだけじゃない。

 美咲ちゃんだけでもない。


 あの建物の中には、同じように連れてこられた子供がいる。


「じゃあ、二人だけ連れて逃げるのは」


 自分で言って、喉の奥が嫌な感じになった。


 言いたくない。

 でも、作戦としては言わないといけない。


「二人以外は切るべき」


 月読が、迷わず言った。


「目的はさくらと美咲。範囲を広げるほど、成功率は落ちる」

「おい」


 っさんの声が低くなった。


「同じように連れてこられたガキがいるって聞いて、それ言うのかよ」

「言う。失敗したら二人も助けられない」


 月読の声は平坦だった。

 だから余計に、刺さった。


 二人だけ連れて逃げるのが、一番手っ取り早い。


 でも、その横に別の子供がいたら。

 市川橋のおやっさんがいたら。


 俺は、本当に見ないふりをできるのか。


「全員助けりゃいいだろ」


 っさんが、吐き捨てるように言った。


「ガキも、大人も、捕まってるやつは全部だ。どうせ警備は突破するんだ。だったら出せるだけ出せばいい」

「雑」

「雑で結構だ。置いていく話を先にすんな」

「全員救う、は作戦ではない。最優先は、さくらさんと美咲さんの二人だ」


 玉さんが割って入る。

 その声は冷静だった。


「優先順位を決める必要がある。タロンで全員を守ることはできない」

「じゃあ大人は置いていくのか」

「置いていく、ではない。こちらがどこまで面倒を見るかを分ける。大人には、自分で判断してもらう」


 そこで、アヤが静かに口を開いた。


「まず、子供は、助けるべきですわ」


 いつもの甘い声ではなかった。


「でも、子供だけでは逃げられません。だから、大人の方々に、子供を連れて逃げてくださいとお願いするしかありませんわ」

「手伝わせるってことか」

「はい。役目を持てば、人は動きやすくなります。きっと、その方々自身が助かる確率も上がりますわ」


 綺麗な言い方だった。

 でも、やっていることは人の動かし方だ。


 アヤは、人を助ける話をしている。

 同時に、人を作戦の中に組み込んでいる。


「自衛官が逃げたら、銃で撃たれるリスク」


 月読が、短く警告する。


「撃たれたら、ギルマスはまた飛び出る」


 言い返せなかった。

 市川橋で、俺は飛び出した。


「そうかもな。けど、俺もアヤの案に賛成だ。子供を優先する。リスクを伝えて、それでも手伝ってくれる大人に頼る」


 助ける。

 でも、全部は背負えない。


「何を選んでもリスクは出る。大人には、手伝うか、残るか、自分で決めてもらうしかない。俺のリスクは、俺が決める」


 俺は、声に出して確認した。


「かっこいいですわ。そういうところ、アヤは好きです♡」


 音嶺アヤの顔がちらついて、変に顔が熱くなる。


「仕方ない。ギルマスが飛び出る前提にする」

「……そこを前提にするなよ」

「する。事実だから」


 月読は、止めなかった。

 止めない代わりに、最悪の動きまで計算に入れた。


「落としどころはそんなもんか。で、部屋の扉はどうすんだ? 普通に考えりゃ、がっちり鍵かかってるだろ」

「前に話した刑務官に確認している。火災など非常時に扉を一斉開放する仕掛けがあるらしい」

「使える保証は?」

「ない。だが、賭ける価値はある」

「ダメなら物理鍵を探すしかねえな。停電だの故障だのに備えて、完全に電気任せってことはねえだろ」


 外の警備はタロンで受け持つ。

 扉は、刑務官の情報に賭ける。


「中の警備は?」

「屋内にもNPI(インスタンス)はいる。どれぐらいいるかはわからない」

「タロンは中まで見られねえぞ」

「だから中で動ける大人に、子供が逃げる時間を作ってもらう」


 玉さんの言葉には覚悟があった。


 俺も覚悟が必要だ。

 誰かに、テーザーで撃たれてくれと言っているのと近い。

 きっと、音響兵器やミリ波の兵器もあるだろう。


 その痛みに耐えてくれと、俺たちは頼まなきゃいけない。


「外へ出た後は、新葛飾橋から松戸」


 月読が地図に線を引いた。


 小菅から東へ。

 川筋へ逃がし、新葛飾橋を渡って松戸へ抜ける。


「増援が来る前に最短ルートを移動」

「橋で連戦になるな」

「逃がすのが二人だけなら、経路の自由度はある。多数を動かすなら、橋以外は成立しない」


 俺は、画面の地図を見た。


 東京拘置所。

 新葛飾橋。


 点と線だけなら、簡単に見える。

 その線の上を、最大三千人が歩く。


 その中に、さくらと美咲ちゃんがいる。


 話し合いは、その後も続いた。


 配信するかどうか、移動方法。

 必要な準備や、みんなの動き方。


 細かい条件はいくつも増えた。


 けれど、俺の中で決まったことは一つだけだった。


 さくらと美咲ちゃんを、小菅から出す。

 助けを求める人を、見なかったことにはしない。



 朝七時、設定していたアラートが鳴った。


WWU(ユニオン)増援本隊到着まで2日〉

〈北京移送まで7日〉


 数字が、画面の隅に残る。


 朝になった実感がない。

 机の上には、空になったエナドリの缶が増えていた。


 徹夜続きだったっさんと玉さんは、工場の端で寝落ちしている。

 工具もノートPCも出しっぱなしのままだ。


 ここまでタロンを戦える形にしてくれた。

 なら、ここから先は俺の仕事だ。


 訓練に使えるのは今日が最後。

 まだ百連続は成功してない。


 1432回目。


 玉手箱を搭載したことで、シミュレーターでの勝率は大きく跳ね上がった。

 それでも時間切れになるパターンが、ごくわずかに残る。


 火力不足じゃない。

 逃げに徹されると機動力がわずかに足りない。

 一機なら余裕、二機でもなんとかなる。

 三機同時に逃げ回られながら、背後のケーブルを狙われるパターンがダメだ。


 最初から三機が逃げ回る頻度はどれぐらいなのか。

 このシミュレーターは敵側役のAIも毎回の結果を学習して強化されている。


 1000回目ぐらいまでこんなパターンは無かった。

 タロンに負け込んで、出してきた手だ。


 実際には三機が逃げることはないのかもしれない。

 市川橋の戦いを見ただけなら、複数機で当たれば大丈夫と判断するのが普通だ。


 だが、もしもがある。

 できる準備は、全部やるべきだ。


 俺もリスクを背負う覚悟が必要だ。



 1548回目。


 工場は、もう昼の明るさになっている。

 それでも、俺はまだゴーグルを外していない。


〈敵BULK、三機目撃破〉

〈経過時間:85.3秒〉

〈連続成功数:100〉


「よし、これでいける」

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