第46話 俺のリスクは、俺が決める
作戦会議の前に、葵さんからメッセージが届いた。
収容されている自衛官へ説明するため、葵さん本人が小菅に来てくれる。
他に許されたのは偵察、避難経路の確認だけ。
攻撃や施設制圧はできない。
『救助を間に合わせる準備をします』
最後の一文だけ、しばらく画面に残った。
◇
八咫烏での作戦会議は、夜遅くまで続いた。
「まず、小菅に誰が収容されているかを整理する」
玉さんが進行役をつとめる。
「……エラー市民、自衛官、機動隊でほぼ確定。移送車両の目撃。別々の情報が同じ場所を指してる」
月読の返事は早かった。
「エラー市民には、デモ参加者、市川橋の協力者、それとS級以上の逃亡者」
アヤが続ける。
「SNS側では、さくらさんや美咲さんと同じような子供の話が複数ありますわ。家族ごと急に連絡が途絶えた子、遠くの家族へ通知だけ届いた子」
胸の奥が、重くなった。
さくらだけじゃない。
美咲ちゃんだけでもない。
あの建物の中には、同じように連れてこられた子供がいる。
「じゃあ、二人だけ連れて逃げるのは」
自分で言って、喉の奥が嫌な感じになった。
言いたくない。
でも、作戦としては言わないといけない。
「二人以外は切るべき」
月読が、迷わず言った。
「目的はさくらと美咲。範囲を広げるほど、成功率は落ちる」
「おい」
牙っさんの声が低くなった。
「同じように連れてこられたガキがいるって聞いて、それ言うのかよ」
「言う。失敗したら二人も助けられない」
月読の声は平坦だった。
だから余計に、刺さった。
二人だけ連れて逃げるのが、一番手っ取り早い。
でも、その横に別の子供がいたら。
市川橋のおやっさんがいたら。
俺は、本当に見ないふりをできるのか。
「全員助けりゃいいだろ」
牙っさんが、吐き捨てるように言った。
「ガキも、大人も、捕まってるやつは全部だ。どうせ警備は突破するんだ。だったら出せるだけ出せばいい」
「雑」
「雑で結構だ。置いていく話を先にすんな」
「全員救う、は作戦ではない。最優先は、さくらさんと美咲さんの二人だ」
玉さんが割って入る。
その声は冷静だった。
「優先順位を決める必要がある。タロンで全員を守ることはできない」
「じゃあ大人は置いていくのか」
「置いていく、ではない。こちらがどこまで面倒を見るかを分ける。大人には、自分で判断してもらう」
そこで、アヤが静かに口を開いた。
「まず、子供は、助けるべきですわ」
いつもの甘い声ではなかった。
「でも、子供だけでは逃げられません。だから、大人の方々に、子供を連れて逃げてくださいとお願いするしかありませんわ」
「手伝わせるってことか」
「はい。役目を持てば、人は動きやすくなります。きっと、その方々自身が助かる確率も上がりますわ」
綺麗な言い方だった。
でも、やっていることは人の動かし方だ。
アヤは、人を助ける話をしている。
同時に、人を作戦の中に組み込んでいる。
「自衛官が逃げたら、銃で撃たれるリスク」
月読が、短く警告する。
「撃たれたら、ギルマスはまた飛び出る」
言い返せなかった。
市川橋で、俺は飛び出した。
「そうかもな。けど、俺もアヤの案に賛成だ。子供を優先する。リスクを伝えて、それでも手伝ってくれる大人に頼る」
助ける。
でも、全部は背負えない。
「何を選んでもリスクは出る。大人には、手伝うか、残るか、自分で決めてもらうしかない。俺のリスクは、俺が決める」
俺は、声に出して確認した。
「かっこいいですわ。そういうところ、アヤは好きです♡」
音嶺アヤの顔がちらついて、変に顔が熱くなる。
「仕方ない。ギルマスが飛び出る前提にする」
「……そこを前提にするなよ」
「する。事実だから」
月読は、止めなかった。
止めない代わりに、最悪の動きまで計算に入れた。
「落としどころはそんなもんか。で、部屋の扉はどうすんだ? 普通に考えりゃ、がっちり鍵かかってるだろ」
「前に話した刑務官に確認している。火災など非常時に扉を一斉開放する仕掛けがあるらしい」
「使える保証は?」
「ない。だが、賭ける価値はある」
「ダメなら物理鍵を探すしかねえな。停電だの故障だのに備えて、完全に電気任せってことはねえだろ」
外の警備はタロンで受け持つ。
扉は、刑務官の情報に賭ける。
「中の警備は?」
「屋内にもNPIはいる。どれぐらいいるかはわからない」
「タロンは中まで見られねえぞ」
「だから中で動ける大人に、子供が逃げる時間を作ってもらう」
玉さんの言葉には覚悟があった。
俺も覚悟が必要だ。
誰かに、テーザーで撃たれてくれと言っているのと近い。
きっと、音響兵器やミリ波の兵器もあるだろう。
その痛みに耐えてくれと、俺たちは頼まなきゃいけない。
「外へ出た後は、新葛飾橋から松戸」
月読が地図に線を引いた。
小菅から東へ。
川筋へ逃がし、新葛飾橋を渡って松戸へ抜ける。
「増援が来る前に最短ルートを移動」
「橋で連戦になるな」
「逃がすのが二人だけなら、経路の自由度はある。多数を動かすなら、橋以外は成立しない」
俺は、画面の地図を見た。
東京拘置所。
新葛飾橋。
点と線だけなら、簡単に見える。
その線の上を、最大三千人が歩く。
その中に、さくらと美咲ちゃんがいる。
話し合いは、その後も続いた。
配信するかどうか、移動方法。
必要な準備や、みんなの動き方。
細かい条件はいくつも増えた。
けれど、俺の中で決まったことは一つだけだった。
さくらと美咲ちゃんを、小菅から出す。
助けを求める人を、見なかったことにはしない。
◇
朝七時、設定していたアラートが鳴った。
〈WWU増援本隊到着まで2日〉
〈北京移送まで7日〉
数字が、画面の隅に残る。
朝になった実感がない。
机の上には、空になったエナドリの缶が増えていた。
徹夜続きだった牙っさんと玉さんは、工場の端で寝落ちしている。
工具もノートPCも出しっぱなしのままだ。
ここまでタロンを戦える形にしてくれた。
なら、ここから先は俺の仕事だ。
訓練に使えるのは今日が最後。
まだ百連続は成功してない。
1432回目。
玉手箱を搭載したことで、シミュレーターでの勝率は大きく跳ね上がった。
それでも時間切れになるパターンが、ごくわずかに残る。
火力不足じゃない。
逃げに徹されると機動力がわずかに足りない。
一機なら余裕、二機でもなんとかなる。
三機同時に逃げ回られながら、背後のケーブルを狙われるパターンがダメだ。
最初から三機が逃げ回る頻度はどれぐらいなのか。
このシミュレーターは敵側役のAIも毎回の結果を学習して強化されている。
1000回目ぐらいまでこんなパターンは無かった。
タロンに負け込んで、出してきた手だ。
実際には三機が逃げることはないのかもしれない。
市川橋の戦いを見ただけなら、複数機で当たれば大丈夫と判断するのが普通だ。
だが、もしもがある。
できる準備は、全部やるべきだ。
俺もリスクを背負う覚悟が必要だ。
◇
1548回目。
工場は、もう昼の明るさになっている。
それでも、俺はまだゴーグルを外していない。
〈敵BULK、三機目撃破〉
〈経過時間:85.3秒〉
〈連続成功数:100〉
「よし、これでいける」




