第24話 ヒーローの色じゃねえな
6月9日の午前、タロンの塗装が終わった。
「黒いな」
「黒く塗ったんだから当たり前だろ」
牙っさんが、脚立の上から言った。
艶消しの黒は、作業灯をほとんど返さない。
そこに三メートル超の機体があると分かっているのに、輪郭だけが工場の奥へ沈んで見える。
「ヒーローの色じゃねえな」
「ヒーローに見せる気はねえよ。灰色のまま出したら、WWUと見分けつかねえだろ」
さくらを連れていった灰色では、もうない。
けれど、すぐに味方のロボットに見えるほど、都合よくもない。
「怖いな」
「怖くていい。夜なら、相手が一瞬でもこっちを見失えば、それで勝ちだ」
牙っさんはタロンの脚を叩き、話を切り替える。
「ダンボール機の方は?」
「操縦画面のシステムは、玉さんがまだ詰めてる」
中継ドローンのハードはもう出来ている。
制御を奪うために、玉さんに指示されたチップを引っこ抜き、対戦ロボのおもちゃの基板をくっつける。
その細かいハンダ付けを、なぜか俺がやらされた。
牙っさんが、切り出したダンボールの束を持ち上げた。
「こっちは進んでる」
「完成品じゃないのか」
「完成品にしたら運べねえ。切り取ったダンボールの束なら紙袋に入る。台車にも積める。軽バンでもただの資材だ」
「組み立ては?」
「町工場の仲間に、最後だけ回す。全部は言わねえ」
「それで足りるのか」
「折り目どおりに起こして、紙回路と電子部品を載せる。あとはガムテープで止めるだけだ。小学生でもできる、ただの工作だ」
俺と牙っさんは、アヤに指定された場所を回り、袋を回収した。
大通りは避ける。
生活道路と店の裏をつないで、夜のうちに町工場へ運び込んだ。
◇
午後、アヤから報告が来た。
「ダーリン、SNSのほう、整えておきましたわ」
共有された画面には、安否確認と封鎖情報の投稿が並んでいる。
知らないタグが、俺の配信とは桁の違う速さで伸びている。
「これ、お前が整えたのか」
「ええ。下準備だけですけれど」
アヤは東京の外にいる。
外側から、画面と人の流れを見ている。
「今、東京の世論は二つに割れています。WWU容認派と反対派。連日デモが起きて、デモ隊同士でもぶつかっている。死者が出た、という話まで流れています」
「物騒だな」
「ええ。だから、会議で話したとおり、この怒りを使いますわ」
アヤの声から、少しいつもの軽さが消えた。
「怒りは止めません。止めると、別の場所で爆発しますもの」
アヤの画面では、投稿の並びが次々に入れ替わっている。
伸びる言葉だけを残し、危ない単語は弾く。
橋の話題だけが、いちばん目につく位置へ上がっていく。
「表に出すのは、家族を探している人と、封鎖で足止めされている人の話だけですの」
「デモの話は?」
「表には出しません。必要な人にだけ流します」
「そんなこと、本当にできるのか」
「アヤ一人では無理ですわ。伝手のある方々に、ご協力いただきますの」
「伝手って、そんな都合よくあるのか」
「日頃のご縁は大事にしておりますの」
「何者なんだよ、お前」
「ふふ。ただの、ダーリンの妻ですわ」
「答えになってねえ。アヤ本人は大丈夫なのか」
「大丈夫とは言いません。でも、時間を作るには必要ですの」
リスクがある。
SNSならWWUに読まれもする。
「助かる、アヤ」
「あら。お礼はもっと甘くお願いしますわ♡」
世論を動かす。
俺には絶対にできない戦い方だった。
味方でよかったタイプだ。
知らない部屋で、誰かがダンボールを切っている。
封鎖線の近くでは、抗議の時間が合わせられている。
画面に出ないところで、逃げ道が口から口へ伝わっている。




