第18話 まだボス戦の入口
夜が明けると、牙っさんの工場は定休日だった。
首輪型デバイスを充電ケーブルから外して首に戻し、ARコンタクトを装着する。
「コマンド。バッテリー残量」
AIエージェントが、所有機器の残量を拾って回答する。
〈首輪型デバイス:100%〉
〈FPVドローン:100%〉
〈ゴーグル:88%〉
〈コントローラー:63%〉
「団長、相変わらずコンタクトに首輪型使ってんのか。メガネ型の方が楽だぞ」
「メガネはフレームが視界に入るのが気になるんだよ。こっちはもう慣れてる」
「首輪に慣れるな」
牙っさんが言うと、玉さんがノートPCから目を上げずに続けた。
「その派手なサングラス型端末もどうかと思う」
「作業用にはグラサンが都合いいんだよ。派手なのは趣味だ」
「趣味の主張が強すぎる」
俺たちはタロンの色を変えることにした。
灰色のままでは、WWUの機体そのものだ。
牙っさんが、一番外側――太陽光発電と光学迷彩を兼ねた透明なアウターを剥がす。
現れた合金系の中間装甲を艶消しの黒で上塗りしていく。
塗料の匂いが広がる中、俺はネットの反応を追っていた。
ニュースには、いろんな情報が流れている。
WWUの声明と交通規制。
買い占め、デモによる街の混乱。
政治家の拘束で指示系統が機能していないという解説。
自衛隊と警察の動き。
帰宅困難者の受入施設や、家族安否確認サイトの開設。
WWUを平和的に受け入れるべきだという主張。
WWUは武力衝突しても追い出すべきだという主張。
けど、本当に人々が探しているものは、そこからこぼれている。
食料が残っている店。
今夜実際に泊まれる場所。
まだ通れる道。
そして、家族の安否。
ニュースだけでは足りない。
だから誰もが、現場にいる誰かの投稿を探していた。
そんな状況で、ハチドリ隊員救出の切り抜きも一気に広がっていく。
封鎖された東京で、実際に何が起きているのか。
WWUの機体を、個人の趣味ドローンで落とした映像は、インパクトが強かった。
ただの救出劇として見る人がほとんどだ。
だが、一部にはWWUを刺激した危険人物、あるいは一矢報いた象徴として取り上げる人もいる。
コメント欄には、嫌なものが混じり始めている。
〈柴又のタワマンに住んでる配信者って、ここの人?〉
〈鴉って、葛飾区の人だよね〉
〈エントランス、ここじゃない?〉
「家、危ないかもな……」
俺が言うと、牙っさんが即答した。
「しばらく、ここで寝泊まりしていいぞ」
「いいのか」
「寝るのは工場になるがな。風呂ぐらい貸してやる」
◇
塗装している間に、俺は自宅マンションへ、荷物を取りに行った。
玄関を開け、自分の部屋へ向かう途中、さくらの部屋の前で足が止まった。
扉は開いたままだった。
机の上には、やりかけの問題集が伏せて置いてある。
横には、昔俺が大会でもらったロゴ入りボールペンが転がっている。
さくらが勝手に持っていって、自分のものにしたやつだ。
いつもなら、夕方に帰ってきて、続きを解くはずだった。
扉を閉めた瞬間、本当に誰もいなくなりそうだった。
俺がここで止まっているわけにはいかない。
配信用PCにマイクやヘッドフォン、ゲーム機本体と予備コントローラー、着替えを数日分と寝袋。
ゲームと配信と、最低限の生活だけを、ダンボール箱いくつかに詰めていく。
工場に戻ると、中二階のオフィスの隅にある机を借り、配信スペースにした。
床には寝袋を投げる。
作業スペースの奥では、黒く塗装中のタロン。
三メートルの巨体が片膝をついて眠っている。
「頼むぞ」
乾ききらない塗料の匂いが漂っている。
これでいい。
今必要なのは、落ち着く場所ではなく、すぐ動き出せる場所だ。
◇
夜、俺は通話アプリで八咫烏のサーバーを開いた。
先にいたのは、月読とアヤだけだった。
玉さんがテキストで流してくれたタロンの報告は、二人とも読んでいた。
「ダーリン、お身体は? 本当に動けていますの?」
「動けてる。全身筋肉痛だけどな」
「命中してれば筋肉痛もなかった lol」
「それを今言うのかよ」
思わず苦笑した。
「月読、外の監視助かった。アヤもSNS側ありがとな」
「まだボス戦の入口。お礼は後」
「妻として当然ですわ」
「その設定、まだ生きてんのかよ」
「設定ではありませんわ。ゲームのログに残っていますもの。ダーリンも、まずはBULK強奪ミッション、お疲れさま」
「いやー、ミッション名がもう一発BANなんだよ。間違ってないけど」
「夫婦ロープレおつ。ちょっとAFK」
月読が戻るまでの短い間、俺はアヤにSNSの情報を聞いた。
家族を探す投稿はまだ増えているらしい。
「戻った。飲み物取ってきた」
月読が戻ったところで、玉さんと牙っさんも入室した。
「揃ったな。作戦会議に入る」
玉さんが開いた共有画面には、小菅の地図が出ている。
東京拘置所、現在の教育センター。
そこに、さくらがいる。
「玉さん、小菅の戦力をちゃんと知りたい」
「出す。月読が新しく拾った情報もある」
小菅の地図の横に、三メートル超級のBULK、人間サイズのNPI、軍用ドローンの三つの枠が並ぶ。
それぞれの下に、予測機数が出た。
「最終的に確認できたBULKは三機」




