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深い森-4



 翌朝、登校した途端に怒声が飛んできた。


「ジュリア・ラヴィー!!」


 当然のように、ガイウスだ。


「騙したな!」

「わ、私ではないですっ!」


 グラヴィオンの嘘がバレてしまったらしい。ガイウスの後ろにいるリノがきょとんとしているから、彼からグラヴィオンの正体が知られたみたい。


「ごめんなさいっ!」


 かなり怒っている様子から、私は怖くなり逃げ出した。

 嘘をついたグラヴィオンは昨日の分のように、眠り込んでしまっている。

 廊下を早々と歩いていたら、右足を後ろに向かって引っ張られる感覚がした。危うく倒れると思ったけれど、壁に手をついてなんとか免れた。

 振り返ると、駆けてくるリノの後ろに、あの紫。ちゃんと確認しようとしたけれど、リノに飛び付かれた。


「おっはよー、ジュリアー」


 リノの穏やかな挨拶。


「グラってば、ガイウスに嘘ついちゃったの?」

「うん……彼の決闘を遮るために」

「そっかぁ……だめだよーグラぁ」


 リノは私の袖の上から、手首に巻き付いたグラヴィオンを撫でた。




 その日のランチの後は、ナディアとリノとわかれ、図書室Ⅳへ向かった。

 中に入れば、誰もいない。床にも本が積まれた図書室は、やっぱり静かだ。

少しだけ掃除することに決めた。


「グラ。手伝ってくれる?」


 言えば、シュルッと手首からグラヴィオンが飛び出す。睡眠は十分とれたみたい。ドラゴンの姿になって、本棚の上へ。翼を広げ、私を見つめながら、翼を広げて待った。

 私はアーチ型の窓を開けてから、左の掌に右手の指先で円を描く。魔力を込めた。


「そよ風、らーららら」


 歌うように囁く。小さな小さな風の魔法。込めた魔力は、キラキラと青色の粉を纏うつむじ風となる。

 グラヴィオンは大きな翼を一振りして、図書室に風を撒き散らす。私は目を閉じてから、それを青いつむじ風と混ぜ合わせた。埃は吸収され、青いラメになる。それをカーテンを揺らしながら、外へ送り出す。青いラメは魔力だから、空気に溶けて消えていく。

 うん、これで気持ちよく勉強に取り掛かれる。

 大満足をして、椅子に座ろうとしたところで、グラヴィオンが私の背中にくっついた。


「掃除をしたのかい。ご苦労様」


 振り向けば、いつの間にか昨日の生徒がいた。

 白いローブを纏う黒ずんだような髪色の持ち主の男子生徒。窓を見ていたけれど、私と目を合わせると、微笑んだ。


「やぁ。ロメオヴィオだ」

「私はジュリアですわ」


 私の元までカツカツと歩み寄ると自己紹介して手を差し出してきたから、私は立ち上がって握手をして名乗る。

縁眼鏡の奥の黒い瞳が開かれた。


「なるほど……。君がジュリア・ラヴィーだったのか」

「あー……はい」


 彼にまで噂を知られていたことに、苦笑を漏らす。

 あら。でも、彼の名前もどこかで聞き覚えがある気がする。どこだったかしら……。

「なるほど、ね」とまたロメオヴィオさんは呟いた。

 握手したままの手を見る。大きくて、男らしい手だ。

 放してくれないだろうかと、ロメオヴィオさんを見上げる。

彼は私を座らせると、向かいの椅子に座った。

 頬杖をついて、私を見つめてくる。そんな彼の耳に十字架のピアスがつけられていることに気付く。黒だから目立たなかったけれど、よく見れば幻影石と呼ばれる石を削って作られたピアスみたいだ。

 幻を作り出す石。幻影石が採れる山は、常に幻影に溢れている。

 黒曜石のように黒光りする細い十字架のピアス。


「何故……幻影石のピアスをしているのですか?」

「さて……何故でしょう?」


 訊いてみたらクイズみたいに返されたから、私はちょっとおかしく感じて小さく吹く。


「真の姿を隠すため、ですか?」


 幻影石を身に付けるということは、幻を見せるためだから、素顔を隠すためでしょう。

 すると、ロメオヴィオさんは笑みを深めた。


「その髪に疑問を抱きましたが、幻の姿ですか?」

「さて……どうでしょう?」


 質問したらまたクイズにして返される。

 そこは曖昧にしたいのかしら。

 黒ずんだ髪色は幻だと判断しましょう。でも、何故幻を使うのかと首を傾げる。


「多くの生き物が外見で異性を惹き寄せる……人間もそうだ。でも俺は外見で寄ってきた異性には興味がわかない」


 ロメオヴィオさんの真の姿は、異性を惹き付けるほど美しいってことなのでしょうか。異性を遠ざけるため、ということかな。


「でも、外見だけを愛する人達ばかりではないですよ」


 なにかトラブルが起きたから、幻影石を身に付けて素顔を隠すようにしたのかもしれないから、口出しはしないけれど一応言っておく。


「……外見以外を、愛されたい」


 頬杖をついたまま、ロメオヴィオさんは微笑んで告げた。


「君も異性を惹き付けやすい外見をしているが……恋人はいるのかい?」

「私ですか? いえ、いません。それどころか、異性にモテた試しがありませんわ」


 私のことについて問われ、苦笑を溢す。美人に生まれ変われたと舞い上がっていたけれど、次から次へと言い寄られる経験なんてないまま今に至る。

 美人だからと必然にモテるわけではない。でも別に逆ハーレムなんて望んでいないから、気にしていない。


「そう……それは不思議だね……」


 ロメオヴィオさんは、眼鏡の奥から見つめてきた。なにか言いたいことがあるのかと私も見つめ返すと、彼の瞳がグラヴィオンに向く。

 まるでそういう装飾みたいに息を潜めて私の背中に貼り付いているグラヴィオンも、ロメオヴィオさんをじっと見据えていた。

 昨日に続いて、グラヴィオンの警戒しているんだ。


「……化身か。この学園はまだ化身を作る授業をするのかい?」

「いえ、この子は卵の時に兄から譲ってもらったのです。私は化身の授業は受けていません」

「ああ、そうだったのかい。興味深いね」


 私とグラヴィオンを交互に見つめと観察する。どういう意味だろうか。


「……化身の卵か。所有者の心を映し出す化身だね。姿や性格が似やすい」


 ロメオヴィオさんが化身の卵について話す。リノが言っていたことを思い出して、笑いそうになり私は口元を押さえた。

 グラヴィオンは私に似ている。ドラゴンの姿でも、人の姿でも、似ていると言ったのは不思議。


「しかし、所有者の欠点を強く映す傾向があるため、授業で教えることは取り止めたそうだ」

「欠点を、ですか?」

「そうだ。元々学生が完成させるには、難易度の高いものだった。だからその傾向に気付くことが遅れてしまったそうだ。悪を持っていれば、悪の心を反映する。君の化身……そうでないのは確かだね」


 ロメオヴィオさんが、またグラヴィオンに目を向ける。

 私はグラヴィオンの顔を撫でたけれど、その手首にグラヴィオンは体を小さくして巻き付いた。ロメオヴィオさんと話す気はないらしい。


「……この子の欠点は、人付き合いが欠けているところくらいですかね」


 仕方ない子だなと苦笑を漏らしながらも、机の上に手を置く。

 すると、ロメオヴィオさんがクスクスと小さく笑った。


「君は欠点まで愛しているんだね。優しい眼差しだ」


 私を見て笑ったらしい。少し照れて、私は俯いた。誤魔化すように、ノートを開いてみる。


「何の勉強だい?」


 優しい微笑を浮かべたロメオヴィオさんは、頬杖をつくと問う。


「授業の予習です。……化身の卵の話に戻りますが、心の糧にして殻を破って生まれる化身と聞きました。欠点を強く反映するなんて、おかしな話ではありませんか?」

「もしかしたら、殻を破るための強さが必要だったのかもしれない。悪さをしてしまう化身は、所有者の強さが欠点だったのだろう」

「ああ……それもそうかもしれませんね。生まれるために必要だった力、ならば」

「ある人は、欠点を吸収する卵だと言ったそうだ。欠点を奪い、それを自分のものにする。そういう説がある」


 ロメオヴィオさんの話に感心しながら相槌を打つ。

 化身の卵は、心の悪ではなく、心の強さを得て生まれる。それなら納得だ。

 それから抱く疑問は、グラヴィオンが私から得たもの。初めはジオお兄様が所有者だったから、お兄様の心の強さも得ているとは思う。

グラヴィオン自身、わかっているだろうか。


「今日は楽しかった。よければ、また次も話し相手になってくれないかい?」

「私も楽しかったです。私でよければ、喜んで」

「では、また」

「はい」


 その日の昼休みは、ロメオヴィオさんとずっとお話をして終わった。

 なかなか面白い話だったから私も楽しかったし、ジオお兄様にも話したいわ。

 ロメオヴィオさんと握手をして、私が先に図書室を出た。




20150619

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