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八章:雲泥の差

 この日の日差しはより一層強くなっている。蓮堀の生徒たちは早くも涼しげな夏服に着替え始めていた。このような日にもかかわらず、大勢の生徒たちが校舎を出た表の方で楽しく昼休みを過ごしていた。その中にいつものハーレムの集団の姿もあった。義人、由香、千恵、真美、陽鞠、源、そしてもう一人、歩み寄る麗華の姿が。その手には片手持ちサイズの綺麗なバスケットが。

「あ、来たぞ。おーい!」

麗華を見つけた義人はそう手を振って麗華を出迎える。

「皆さん、お待たせしました。わたくしを待って下さるなんて、申し訳ありません」

 麗華は申し訳なさそうに駆け寄り謝罪する。麗華が待ち時間と場所を指定されてそこに向かうことは初めて、だからこそ少し準備と移動に戸惑ってしまったのだ。

「気にすること無いじゃん!こんなことするのに離れていないんでしょ?だったら麗華なりのペースで馴染んでいけばいいから」

「そうだよ麗華ちゃん。私たち、いつだって見守っているから」

「そうして少しずつ学んでいけるのなら幸いですよ」

 由香も真美も千恵も優しく麗華のそう言い聞かせていく。そうした三人の様子は最早あの時に麗華に散々なことを言われたような怒っている様子は無かった。ただ目の前の気品ある少女を特別扱いせず、一人の平等な仲間として扱っていたのである。それは今まで周りから高嶺の花扱いされながら、距離を置かれ、眉を顰められ、あまつさえその弱みを握られていた麗華にとってはこれ以上に無い幸せだったことは言うまでもない。

「皆さん、ありがとうございます。それではお昼と致しましょう。わたくしも持ってきましたので」

「わあ、箱からしてやっぱり立派ですね」

「ホントに。中身も楽しみだね」

「そうだな。いつも真美が作ってくれる弁当もいいけど、麗華はいつもどんな昼食を持参してくるのかな?」

「私も参考に出来るものがあれば見せてほしいところだね」

「こうして麗華のことを少しずつ理解していくことになるんだな。これからが楽しみだよ」

「麗華先輩・・・・・よろしくお願いします」

 そう六人に口々に言われる麗華。そんな彼女に戸惑いの色が滲み出てきた。口に手を当てて少し赤らんだ顔で

「えっと、こちらこそ・・・・・」

「それじゃあさ、折角なんだし、今回は義人の隣にでも座りなよ」

「いいな。さあこっち」

 そうして義人は自分の右隣の方をポンポンと手で叩いて麗華を招いていく。

「では失礼いたします・・・・・」

 そう言って少し顔を赤らめ、もじもじしながら麗華は義人の隣に座る。

「緊張してるのか?肩の力抜きなよ」

 義人はそう麗華を安心させる。

「ありがとうございます。では頂きましょう」

そうして七人はいつもの通りに賑やかなお昼の団欒を始めていく。いつものように真美が皆のために作った弁当を開いていく。そんな中で麗華の方でも用意していたバスケットの蓋を開けてみると、そこには直径が十センチメートル程の白いパンが入っていた。それだけではない。そのパンは上下に切り割られており、中にはハムやレタスと言った具が挟まれており、その一つ一つが丁寧で繊細な色合いを生み出していた。

「わあ、サンドイッチ!しかも見たことも無いパンを使ってるね!」

 これには料理好きの真美も興味津々。

「そうなんですの。こちら、フランスから直接輸入された上等なプチ・パンを使っていますわ」

「へえ、ハンバーガーのバケットみたい。これは食べやすいわね」

「フランスパンを使ったサンドイッチも色々ありますが、このようなものもあるのですね」

「いやいや恐れ入りましたお嬢様。やっぱ食べるものもお上品で格が違うよ」

「すごく綺麗ですね・・・・・」

 口々に皆が言い出す中、麗華は恥ずかしくも嬉しそうな表情で返す。

「もしよろしければと、皆さんのために作ってきましたの。お口に合えば宜しいのですが」

「え?これ麗華が作ってきたのか?それは食べてみたいな。じゃあ皆、有難く頂こうじゃないか」

 義人の一言で皆が一斉に一つずつ取っていく。その手で掴めばパンの生地はふんわりと指が沈み込み、如何にもな柔らかさが指から伝わってくる。そして皆が一口齧ってみる。麗華はやや強張ってそれを見守る。

「う~ん、美味しいわね。パンも柔らかいし、ハムもレタスもしっかりした食べ応えがあるわね」

「やはりこれらも上等な食材などを使用しているのでしょうか?それにつけても味もしっかりしていますね」

「麗華ちゃんこんなものまで作れるだなんて。何だか私とも益々仲良くなれそうだね」

「皆さん、お気に召したようで何よりですわね」

 麗華もホッとして微笑む。彼女としてもこうして金銭のやり取りに関係なく、良好な関係の下で彼らとこうした時間を過ごしていることが嬉しくてならなかったのだ。

そうして七人はそこに更に真美の弁当のおかずも交えて楽しい時間を過ごしていた。

「ねえねえ麗華。お嬢様の暮らしってどんななの?家にいるときはどうしているの?」

「家では、家庭教師の指導で勉強したり、趣味で絵を描いたりピアノやバイオリンを弾いていたり、色々やっておりますわね」

「やはりそうなのですね。それでどこかへ出かけたりすることはあるのですか?」

「そうですわね。生活に必要な物は大概お手伝いさん方が仕入れて下さいますわ。けれども自分が使うようなお洋服や靴や鞄と言ったものはお付きの方を連れて自ら出向いて買いに行きますわね。それも相当なブランドもののお店に」

「凄いね、やっぱり格が違う。ねえねえ買い物だけでなく遊びに出かけたりすることは無いの?娯楽とか」

「そうですわね。我が家は国内外にいくつか別荘を所有しておりまして、そこに出向いてゆったりと時間を過ごすことはありますわね。勿論海でヨットに乗って潮風を感じたり、平原で乗馬を楽しんだり・・・・・」

 その話は庶民である義人たちの興味を大いに掻き立てた。自分たちとは比べ物にならない暮らしぶりに六人は輝かんばかりの表情をしていた。けれどもそんな中で一つ気掛かりなことがある。それは彼女が、自分たちが娯楽として楽しんでいるものや施設を一切利用していないことである。当然と言えば当然ではあるが、やはりそうした上品で優雅な娯楽ばかり楽しんでおり、自分たちのように食べ歩きしたり、ゲームセンターやカラオケボックスを利用する機会が一切ないのだ。そして彼らの心の奥からある思いが募りだしてきた。

「それじゃあ俺たちがいつも楽しんでいることは一切知らないわけだな。ゲーセンとか、カラオケとか」

「ゲーセン?カラオケ?一体何なんですのそれらは」

 それを聞いた麗華は不思議そうな顔をする。その様子を見た六人もやはりと言いたげな表情を見せた。

「ゲーセン、ゲームセンターの通称、多くのゲームができる機器が立ち並んだ娯楽施設です。カラオケ、音楽に合わせて歌を歌うシステムです」

「はて、そのように言われましても、わたくしにはそれがどのように楽しいものなのか分かりませんわ」

 陽鞠がつらつらと解説するものの、今一つピンとこない麗華。

「それからさあ、色々な食べ物のお店で食べ物買って、それを歩きながら食べることはしないわけか?」

「それはあまり致しませんわよ。お食事は基本、席について頂くものですもの」

 源の問いかけにも当然の如く答える。

「いや参ったな、これも一種のカルチャーショックかな。そうだな、こうして俺たちと仲良くなったことだし、俺たちとあのショッピングストリートでも行って庶民の娯楽というものも楽しんで貰おうかな」

 その義人の提案に全員が賛同する。

「賛成!それじゃあ今日の放課後でもどうかな?」

「麗華さんの都合が良ければそうしますよ」

「お家に連絡しておかなくていいかな?」

「えっと、わたくしいつも送り迎えの車を手配しているものでして、迎えに来ていただく時間と場所さえ指定すれば問題ありませんわよ」

「そうか、それじゃあ忘れずにな。放課後、玄関前で落ち合おう」

「分かりましたわ」

「待っていますよ麗華先輩」

「はい。皆さんよろしくお願いします」

 こうして七人は楽しい一時を送ると共に、麗華との絆を深める次のステップを踏むこととなった。






 そして迎えた放課後、七人は約束した通りに玄関前で落ち合った。

「皆さん、お待たせしました」

「おお、来たな」

「さてと、それじゃあ例のショッピングストリートへレッツゴー!」

 こうしてショッピングストリートへと向かう一行。学校からしばらく歩いた先にストリートはすぐ見えてくる。その徒歩での移動の間も麗華は新鮮な気持ちで一杯だった。

「何だかそわそわしているな。大丈夫か?」

「あう・・・・・すみません。わたくし申し上げましたが、学校や買い物への行き来、どんな時でも車で送っていただくことがほとんどなものでして、こうして皆さんと同じように外を自分の足で、それもこれ程の距離を歩くだなんて滅多に無いですの。何と言いますか、すごく・・・・・新鮮でして」

「いやはや。あたしたちからすればごく普通の事だけど、麗華からすればいつもと違う体験だもの」

「歩くだけでも結構な運動になりますよ。それに感じているはずです、自分は生きているって実感を」

「そうですわね。・・・・・自分がここまで出来るんだって今、実感しているのです」

「乗り物に頼ってばかりだと自分が閉ざされた空間だけにいるような気分で息苦しいもんね。麗華ちゃんは裕福で便利な生活をしているけど、それ故に失う経験や感覚も多いもん」

 義人や由香、千恵、真美にそう言われ、麗華も改めて自分が生き生きしている事実に気が付き、その幸せを噛み締める。

「これも皆さんと仲良くなれたおかげでしょう。何と申し上げたらよろしいのか」

「いやいや水臭いこと言うなよお嬢様。俺たちもう友達だろ?これからだって味わったことも無い楽しいひと時が待っているんだから。ほら、あそこに」

 源がそう言って指差した先、ショッピングストリートである。今日もまた近辺の学校の生徒たちが買い物に赴いている。

「あれがそうなのですか」

「ああ、これからこの前言ったことのある店へ麗華を連れて行こと思うんだ。さあ行こう」

 義人は全員と目を合わせて合図を送る。他の五人も静かに頷き、麗華を連れて、まずはファンシーショップへと立ち寄る。その看板は店の名前をお洒落なアルファベットで綴っていながらも、その文字は鮮やかなピンク色で書いてある。それ以外にも色んなキャラクターが可愛らしく顔を覗かせている様子も描かれている。

「ここが由香さんがお薦めするお店ですか。ちょっとした道具を買うための場所とおっしゃっていましたが、わたくしが利用するお店とはずいぶん雰囲気が違いますわね。その店はもっと落ち着いた雰囲気なのに、ここは随分と華美過ぎると言いますか・・・・・」

 麗華としてもいつも利用する店は決まって格式高く品のある場所である。けれどもここは色鮮やかで、雑多でありながら派手で多くの者の目を引き付けるものがある。このような見た目を何と言葉にしたらよいものなのか、麗華は戸惑っているのだ。

「ふふふ。もっとこうこの状態をどう言えばいいのかって分からないの?」

 真美が優しく語りかける。

「そうですの。どこか見ているだけで心がときめくと言いますか、親しみやすいと言いますか」

「そうだね。そういう時はこういえばいいんだよ」

 そして真美はその言葉を口にする。

「『可愛い』って」

「可愛い・・・・・」

 その言葉を使う機会は麗華にはそうそうなかった。大概が「美しい」や「綺麗」と言ったものしか目にしてこず、こんなフランクな美を目にすることはそうなかったのだ。

「そう!今麗華ちゃんは可愛いお店を見ているの!」

「そう・・・・・なのですね。わたくしは今可愛いお店を前にしているのですね!このような感覚、わたくし初めてですわ!」

 そう言う麗華は声のトーンが上がり、頬が少し紅潮して、輝かしい笑顔を見せていた。自身も感じる、胸の奥で心臓の鼓動が強く早くなる感覚を。それは麗華が経験したことも無いようなときめきの感覚だった。

「気に入ったようで何よりだね」

「そうね。じゃあ、早速入ってみてみようよ!」

「麗華が気に入るものがあるといいんだがな」

「大丈夫よ!きっとあるから!ほらおいで麗華!」

「ああ、ちょっと由香さん!」

 由香の気迫に押され、掴んだ手を引っ張られるままに中へ一緒に入っていく麗華。

「おいおい由香、あんまり麗華を困らせるなよ」

 義人も少々呆れながらも微笑ましくその様子を見ていた。

 そうして入った店内は相変わらず色鮮やかなグッズで一杯だった。「店長おススメ!」や「人気ナンバーワン!」と商品をお勧めするような札が数多く商品棚に張り付けられている。よく言えば目立ちやすい、悪く言えば下品ともいえる雰囲気に麗華は気迫されてしまう。

「『おススメ』・・・・・?『ナンバーワン』・・・・・?えっとどれが一番良いのか良く分かりませんわ・・・・・」

「あんなこと書かれているけど、要は自分が気に入ったものを選べばいいだけなのよ。何か欲しい日用品とかある?」

 戸惑う麗華に由香は優しく教えながら色々見せる。義人たちはそれを静かに見守る。

「そうですわね・・・・・。あ、このボールペンなど良いかと」

 そう言って手に取ったのは他と同じようなキャラクターの描かれたボールペン。その質感は他の者よりもしっかりしており

「へえ、なかなか上質なの選ぶね。やっぱりお嬢様だから目が肥えてるのかな?」

「ええまあ。この方が手に取って扱いやすいですし、持っていてあまり恥ずかしくないものの方が・・・・・」

 とは言うものの麗華としてはこうしたキャラクターもののグッズを手にするのは気恥ずかしいものがあるのだ。自分が今までそれを使うことが無かった故、自分が本当にこれを選んで良かったのかと戸惑う部分もあるのだ。

「いいじゃん!如何にも麗華らしいよ。あんまり使い慣れないものを無理に使おうだなんてことはしなくていいし、こういう世界には入れる部分から入った方が自然と馴染めるものだよ」

 由香の言葉に麗華は肩の力が抜ける。

「ええ、こうした世界を体感できるだけでも貴重なものですし、これを買わせていただきましょう」

「それじゃあレジまで持って行こうか」

「え?レジ、ですか?えっとそれってレジスタンスとかレジデンスとか・・・・・」

 突然由香が口にしたレジという言葉を聞いて麗華は戸惑い出す。何かの略称であることは分かっているが、その何かが分からないのである。

「ほらあそこ!」

「えっと・・・・・」

 由香が指差した先ではカウンターがあり、立っている店員の横には機械が置いてある。

「あそこで買いたい物を出して、お金を渡すの」

「わざわざあそこへ持って行くのですか?」

 不思議そうな表情で麗華はその言葉に耳を疑う。もしやと思った義人が出てきて聞いてみる。

「なあ麗華、レジ、つまりレジスターのことを知らないのか?だったらいつも買い物をしている店ではどうしているんだ?」

「わたくしが買い物をするときは、買いたい物を決めた際に店員を呼んで、その場で金銭のやり取りをするものですの」

「ええ!?わざわざレジに行かなくても良いわけ!?」

「そもそもレジと言う物がありませんの」

「それは便利ね。あたしそういうの初耳なんだけど」

「俺はそういうのじゃないかって分かってたぞ。だから聞いてみたんだ。まさかここでもカルチャーショックを受けることになるとはね」

 義人も由香も物珍しそうに麗華の話を受け止める。

「カルチャーショック・・・・・、そうですわね。お互いに生活の仕様がどうとか、これもそういうことを知るいい機会ですわね。うふふ」

 自分が当たり前だと思っていることを不思議そうな態度で聞く二人を、珍しく可笑しなもののを見るように麗華は静かに笑い出す。これを見守っている他の面々も続けて笑い出す。

「いやいや恐れ入りましたお嬢様。やっぱり買い物風景も一味違うよ」

「レジが無いお店だって。私たちからすれば不便そうにも見えるけど、面白そうだね」

「私はそういうお店位はあることは分かっておりましたが、実際に利用しているという話を聞くのは初めてですよ」

「正にお金持ちと言った感じですよね、麗華先輩は」

 そうして心から笑いあっている若き男女。その光景は麗華としても願ってもいない光景に見えていた。互いに冗談を言い合い、何の偽りの無い言葉と態度で心を通わせる。そんな風景が広がっていた。

 そうして何やかんやありながらも麗華はほしいと思ったペンを購入。初めてのレジへ赴いての買い物だったものの、由香たちが親切に教えてくれた甲斐もあって無事に済ませることが出来たのだった。そして一行は次なる場所へ向かっていた。

「今度は一体どこへ向かっているのでしょうか?」

「お嬢様、君食べ歩きしたこと無いって言ってたよな?俺たちとこういう付き合いをする上で、その方法をきちんと習得して貰おうか」

「わたくしには出来るのでしょうか?何やら凄く心配ですわ。そんな状態で零してしまったりしたら・・・・・」

 源が彼女への期待のままに言うのだが、麗華としてはやったことも無いことに対する心配が募る。今まで彼女は椅子に座ってテーブルに向かってでしか食事はしたことが無い。それをいきなり立って歩きながら目の前に何の受けも無しに食べ物を口にしていくのである。もしそうして食べてる最中に食べているものを零してしまったら、折角の大事なお洋服を零してしまったらどうしましょう、そんな気持ちで一杯だった。

「心配することはありません。私たちもそうならないよう、細心の注意を払って麗華さんをサポートしましょう」

 千恵の言葉受けた麗華は、義人たちが訪れたことのあるあのクレープ屋まで連れてこられた。

「何がいいんだ麗華?」

 義人にそう言われて指差された先にあるメニューに目をやる麗華。そこには色々な具材が柔らかく薄い生地で包み込まれたクレープなるものがいくつも並んでいた。麗華としては平たい皿に盛られたもの位しか見たことが無い。けれどもそのメニューのそれらは生地を丸めて紙で巻いているのである。麗華は物珍しく見ていたが、程なくしてそのうちの一つを指差す。

「えっと、それではこの『バナナチョコホイップ』と言うものを」

 そう言って選んで注文する。それを受けた店員が目の前の熱せられた丸い鉄板の上で生地を丸く薄く広げる。あっという間に生地は固まり、箆で救い上げて台に広げられ、ホイップクリーム、バナナ、チョコレートソースと盛り付けられていき、生地を丸めた後に綺麗な色の紙に包まれる。それを店員が麗華に手渡す。

「お待たせしました」

「ありがとうございます」

 受け取った麗華。その瞬間に焼きたての生地の香ばしさと、甘いクリームとチョコの香りが彼女の筋の通った鼻を優しく刺激する。

「確かに美味しそうですわね。けれども、これをどのようにいただいたら良いのやら」

「簡単さ、そのまま口元まで運んで齧ればいい」

 戸惑う麗華に源が伝える。

「え?丸齧りですか?わたくし、こういうスイーツに関しても、お皿に盛りつけたものをスプーンやフォークやナイフを使ってでしか食べたことがありませんのに」

「う~ん、確かに麗華はそうやってお上品にしか食べたことが無いから難しいかもしれない。でも気にすることは無いぞ。俺たちがついているから」

 義人がそう言って麗華に何があっても良いとばかりにしっかりと彼女を見つめる。その姿を麗華はどこか頼もしく感じ、彼がついているから何があっても大丈夫という安心感を抱き出した。

「それでは、失礼いたします」

 そして麗華は少し手に持ったクレープを色々な角度から観察した後、零さないようにとばかりに自分から前屈みになる形でその口を近づけていく。その先には柔らかい生地とホイップクリームに優しく抱かれた、剥いて切り分けられたばかりのバナナと、それに掛けられたチョコソースがある。そしてそれを前歯で齧って口の中に閉じ込める。するとそれぞれの甘い風味が口内中に広がっていく感覚を覚える。

「美味しい・・・・・ですわ」

 義人たちもその様を見守っていた。どうやら麗華のクレープ丸齧りは成功したようである。

「良かったね麗華。アンタも案外上手に食べるじゃん。むしろお嬢様だからこそかな?」

「確かに。少し緊張していたのではないでしょうか?」

「そうですわね。けどわたくしでもこのようなことは信じられていない位です。自分だって庶民の生活に馴染むことが出来る余地が充分にあることを」

「うんうん、よくやったね麗華ちゃん。私たちもホッとしてるよ」

「全くですね。けど先輩、鼻にクリームが付いてますよ」

「え?」

 陽鞠にそう言われて麗華はクレープを左手に持ち替え、持っていた鞄から化粧コンパクトを取り出して見て鏡を覗き込んでみる。ツンと尖った鼻先、そこには白くて柔らかいペーストのようなものが確かに乗っている。麗華の頬が薄紅色に染まっていく。

「あらやだ、わたくしとしたことが!」

 麗華はすぐさま化粧コンパクトを仕舞い、ハンカチを取り出して鼻先を拭く。その慌てふためき様を義人たちは眺めていた。するとどうだろう。あの時は自分たちを破廉恥呼ばわりして冷ややかな目で見ていたはずの高嶺の花のお嬢様が、慣れない庶民の生活を体験し、この場でちょっとした失敗をして無様を晒している自分を恥ずかしがる姿。そんな彼女が途端に可愛く思え出す。

「あ・・・・・ハハハハ!」

 義人のその笑い声に続いて、他の五人も笑い出す。

「アハハ!もう麗華ったら、何はそんなに慌ててるのよ」

「フフッ、まだ食べる分が残っているじゃないですか。また嚙り付いて鼻に付いたら元も子もありませんよ」

「麗華ちゃんもそんなドジなところがあるんだね」

「こりゃあいいもん見たぜ!」

「大丈夫ですか先輩?」

一斉に笑い出す六人、そんな楽しげにしている麗華の友達たち。自分のことをからかっているはずなのに、どこか憎めない。面白いから笑っている、そんな穢れの無い思いで笑われたら自分も一緒に笑うしかない。

「あ、ハハハ」

そんな想いのままに麗華もまた静かに笑い出す。周りからしてみればとりとめもなく、馬鹿馬鹿しいとも言えるその情景には、彼らの年相応の青春の光景が広がっていたのだ。

その間にも麗華は思っている。わたくし、このようなことは初めてですわ。同い年の方と馬鹿をやるとか言いますけれども、今正にわたくしはそれをやれている。これはとても幸せなこと。今正にわたくしは幸せな青春を謳歌しているのですのね。そうして今の自分の幸福を噛み締めると共に、友達になってくれた義人たちへの感謝の気持ちで一杯になっていたのだった。






 そうして時を共に過ごす内に辺りは夕焼けで赤く染まっていた。そろそろ麗華の迎えの車がやって来る時間だ。そんな中、麗華はどこかホッとしたようなウキウキしたような様子で義人たちに見送られようとしていた。

「皆さん、本当にありがとうございました。只楽しいひと時を過ごしただけでなく、皆さんのような庶民の生活や娯楽を色々と教えていただいて。わたくし、何かと不束者ではありますが、皆さんともっと仲良くできるように今後も精進させていただきますわ」

 そう礼を言い渡す麗華。そんな彼女を前に義人たちはお互いににこにこと顔を向き合わせ、何かあるような様子を見せる。

「ほら義人、あのこと、麗華に言ったらどうかな?」

「そうだな」

 義人は麗華の前に一歩踏みより、こんなことを提案してきた。

「麗華。今度の休日なんだが、皆で一緒に出掛けないか?今回みたいなショッピングストリートじゃなくて、もっと色々なものがある場所へ」

「えっとそれは・・・・・」

 突然言い出したことに麗華は目を丸くする。

「つまり皆でデートをしに行くのさ。このハーレムが出来て以来、初めての集団デート。麗華がここまで庶民の生活に慣れたのだから、第二段階に出てもいいだろうな。麗華も知らないって言っていたゲーセンもカラオケも、どういうものなのか知って貰うためにも是非とも一緒に来てほしいよ。いいかな?」

 デート。その言葉に麗華は頬を染めていく。元よりこの集団は義人と、それが好きな少女たちと彼に補佐役の親友からなるものである。そんな恋人たちならばデート位はしてもいい位だろう。そして麗華もまたその集団に加わった以上はそれに参加することになったのだ。つまり自分もまた由香たち同様、彼の恋人・・・・・。そのことに麗華はこの上ない高揚感を覚えたのである。そこには少しの気恥ずかしさがあったものの、それ以上に多幸感が感じられたのである。そしてその感情のままに返す。

「はい、よろしくお願いします。わたくしも、そうしたものを是非とも味わってみたいです。このようなお誘いは初めてです。もう嬉しいの一言に尽きますわ」

 その返事に義人たちも溢れんばかりの笑顔を向けたのだった。

「楽しみにしていてくれ、由香たちにだってそうするが、きっと素敵な思い出になるよう努めるから」

「もう義人ったら」

 そんな義人のひたむきな思いに由香も答えるように声を掛ける。

「わたくしも楽しみにしておりますからね」

 麗華がそう告げた丁度その時、立派な黒い車が道端にやってきた。どうやらあれが迎えの車のようだ。そしてその運転席から黒いスーツを着た男が現れ、後ろの席のドアを開けて一礼する。

「麗華様、お待たせしました。さあどうぞこちらへ」

「黒田、ご苦労様です」

 そして麗華は義人と向き合って別れを告げる。

「それでは皆さん、また学校でお会いしましょう。皆さんもお気を付けて」

「ああ、ありがとう麗華」

「また明日お昼ご飯食べようね」

「今度のお弁当も楽しみにしていてね麗華ちゃん」

「俺たちはいつだってお嬢様の味方だからな」

「麗華さんもお元気で」

「麗華先輩、また明日」

 そんな六人の温かい言葉を受けて麗華は車に乗り込み、黒田なる男がドアを閉める。そして彼も運転席に乗り込むや否や、車は走り出す。そうして六人は麗華が乗った車を、道路の果てへ消えて見えなくなるまで見送ったのだった。

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