序章:虚無
・・・・・何も感じない。
冷たい風が吹いてくる、けれども肌がそれを感じさせない。だんだん暗くなっていく、けれどもそんなのこれから訪れる闇に比べればどうということもない。風が吹く音がする、けれどもその音がどれだけ入ってきても気にならない。今はもう覚悟を決めているのだから。これからそうした感覚もすべて失うともなれば、今こうした状態で生きているのと変わらないだろう。
彼女たちには申し訳ないけれども、これは彼女たちのためなんだ。あの束縛から解放させてあげよう。俺みたいな男は女の子も幸せにしてあげられない。それどころか自分がいることで不幸にだってなるんだから、俺さえいなくなればみんな身も心も自由になれる。無理もさせる必要はない。皆、俺がいなくなっても、どうか幸せでいるんだぞ。
少年は一人大きな川に架かるコンクリート造りの橋の上にいた。冬の寒さはピークを迎えており、時間帯も遅く、夕日が沈んでいって辺りはすっかり暗くなっていた。そうでありながら彼は部屋着のままで、靴も履かずに裸足のまま外へ飛び出したのだ。けれども彼にはそんなことなどどうでもよかった。只自分が誰であろうと幸せにできなかったことを心から悔やむ気持ちで、胸が張り裂けそうなのだ。過去にも同じことがあった、そして今回もそうなってしまった。自分さえいなければ皆は幸せになれるんだ、そう信じて疑わなかった。
彼は橋の真ん中辺りまで来た。見下ろせば、冬の空気に冷やされた黒く冷たい水が轟轟と止めどなく流れている。あの中へ飛び込んだらどうなるんだろう、考えてしまえば誰もが怖気づいてしまう。けれども彼はそんなことなど考えていなかった。今正に彼の手足は悴んでいることだろう。けど彼はそれすら感じない、冷えによる痛みも感じない。
そして彼は思っているのだ。このままあそこに飛び込もう、そうすれば何もかも終わる。自分のつらさも、皆のつらさも、全てが消えるんだ。
ただ風が吹くだけの静寂の中、遂に彼の足は動いた。そして体重を鉄のパイプで作った柵にかけて身を乗り出そうとした。・・・・・その時だった。
「義人!」
一人の少女の声が聞こえてくる。そして声の主に続いてもう二人少女が駆け寄ってくる。そんなことはさせない、ここで止めて見せる。そう言わんばかりに猛スピードで駆け寄り、彼にしがみつく。彼の彼女たちを思う気持ち故の行動だ。それは彼女たちにはあってはならないことだ、だから彼女たちは止めたのである。




