第六話 急襲 “原色”の魔族
「本日も修行の間へ行かれるのですか?」
慎吾たちが召喚されてもうすぐ一年が経とうとしていた。
あれからスカーからの接触はなく未だ自主練が続いている。
その間慎吾はひたすら魔力操作の練習と、ダリウスに頼んで教わった戦闘鍛錬を行なっている。
「はい! せっかくスカーさんに稽古つけてもらえるんですから、少しでも自力を上げておかないと!」
「………」
まるで子どものようにはしゃぐ慎吾。
スカー相手だと分かりづらいが、日に日に実力を上げていることは事実だ。
慎吾はそれが嬉しくてたまらなかった。
「承知いたしました。 私は本日陛下に呼び出しを受けていますので、終わり次第お迎えにあがります」
いつもの光景。
いつもの予定。
いつもの道のり。
なんの変哲もない日常で、カミラと別れたその時だった。
———ドンッ!!!
王宮内に、衝撃が走る。
「うわっ?!」
突然の揺れに慎吾は倒れ込む。
やがて揺れが収まると慎吾は真っ先に壁側へ走り、割れたガラスから身を乗り出した。
「なんだあれ…」
その先にあったのは日常からかけ離れた光景だった。
色とりどりの花で飾られた庭園は盛り返された土によって茶色く濁り、その真ん中に立つ土煙の中には三つの人影がある。
そのどれもが、あのスカーを想起させるほど冷たく重い空気を放っていた。
「我らは“原色”。 “休戦協定違反”についてランセル王に話を聞きたい」
“原色”。
慎吾はその肩書きをスカーから耳にしたことがあった。
最上級魔族にして、魔王直属の精鋭部隊。
まごうことなく魔族の最高戦力だ。
「なんでそんな化け物が……? いや、それよりも休戦協定の違反ってどういうことだよ」
その時、慎吾はふとスカーの言葉を思い出した。
「異世界召喚という“法外”」。
初めはクローンのような禁忌の類いだと思っていたが、あれが実在の協定に違反していたというならこの状況も頷ける。
「カミラさんは?! いや、それよりもあいつらをなんとかしないと……!」
一瞬震えた足を叩き、慎吾は階段を駆け降りる。
彼が庭園にたどり着いた時にはすでに蓮やダリウスたちが集まっており、魔族に向けてその刃を向けていた。
「随分出てきやがったな。 あたいらに楯突こーってか?」
「……四十……ぐらい……」
王宮の兵士も含めて約二百人。
全員が魔族を取り囲むようにして立っている。
「“原色”…。 魔族がこんなとこまで何しに来やがった!」
ダリウスが叫ぶようにして問う。
いつもの声じゃない。
震えを必死に抑えたような、絞り出したような声だった。
「先程言った通りだ。 休戦協定違反、“異世界召喚”について話がしたい。」
「ッ?!」
ざわつき出す兵士たち。
それはダリウスやアリオンとて例外ではない。
当然だ。
もし本当に慎吾たちを召喚したことが協定違反であるならば、原色は王と話をする必要などない。
何せ、その魔法で召喚された当人たちが目の前にいるのだから。
「………陛下は今天上会議の真っ最中だ。 すぐに面会はできねぇ!」
もはや苦し紛れ、まさに悪あがきのような抵抗。
しかし、
「そうかそうか。 なら、“試してみる”方が手っ取り早いな」
「なっ?! ちょっと待て!!」
その一言が火蓋を切るきっかけとなる。
瞬間、慎吾のすぐ隣にいた苳也が、彼の視界から消えた。
———ドンッ!!
直後に背後で鳴る衝突音。
振り返る慎吾。
その先では城壁が崩れて粉塵を吐き、血を流す苳也を覆っていた。
「苳也!!」
慎吾や蓮が駆け寄る。
瓦礫を退かしてみると、苳也の右胸に拳程の“穴”が空いていた。
しかし、血は流れていない。
「肉が…焼けてる……?」
恐る恐る原色の方を向く慎吾。
するとその内の一人である少年が、白煙の立った指先をこちらに向けているのが見えた。
「クソッ、苳也に何しやがった!!」
蓮は迷わず刀を抜く。
獣のようなその目で魔族たちを捉えていた。
が、少年は彼らの言葉など気にも留めない。
「ふむ、肉体には異常ない。 これで“確定”だな? 王宮の団長」
「(まずいっ…!)退避だ!!!」
ダリウスの言葉が慎吾たちの耳に届くと同時に、少年は片手を構える。
そして次の瞬間、二百人余りの人間の牢獄は突如巻き起こった爆風によって消し飛ぶこととなった。
「《真魔の息吹》」
———ドンッ!!!
背に走る衝撃。
体ごと城壁に叩きつけられ、崩れ落ちる瓦礫が彼らを飲み込む。
視界は揺らぎ全身が痺れている。
身体中の神経がまるでノイズのような感覚を覚えていた。
「今の…魔力じゃ…ないのか……」
“深淵”。
スカーが言っていた魔族特有の力。
確かに身体中が蝕まれるように痛い。
「ほう。 思いのほか生き残ったな」
「んじゃ、あたいはあっちの奴らもらうぜ」
「…僕……右………」
ゆっくりと近づく少年。
他の二人は左右に残っている美久たちの元へと向かっていた。
自分の方では誰か残っていないか。
そう思い振り返った慎吾だったが、ただの一人も意識のある者はいなかった。
「(当然か…。 今ので生きてる方が奇跡なぐらいだ)」
覚悟を決め、慎吾は少年と目を合わせる。
深い呼吸の後、全身に魔力を巡らせた。
その姿を見て少年は思わず歩みを止める。
「その魔法…。 お前、まさか特異体質か」
迸る魔力の嵐。
慎吾から漏れ出た炎は螺旋を成して彼を包み込み、やがて神の如き羽衣と成る。
「《猛火の羽衣》!!」
七代目勇者シアンが編み出した、完全オリジナルの魔法。
本来体内で運用できない炎の魔力を、外へと吐き出してから自身にまとわせる。
姿形を自在に操れる特異体質だからこそ成せる技だ。
「思ったよりはできそうだな」
「こっちはまだ試作段階だけど、お前に一泡吹かせるぐらいはやってみせるさ!」
「…すげぇな慎吾」
背後から蓮の声が聞こえる。
体中から血を流しながらも、何とか立ち上がって来てくれたのだ。
「大丈夫か蓮」
「大丈夫…じゃねぇけど、やらなきゃどうせ殺されそうな感じじゃんか。 だったら———」
蓮は杖のようについていた刀を握りしめ、震えながらも少年に向ける。
「やるだけやってやるぞ!!!」
「ああ!!!」
蓮の掛け声で慎吾も少年めがけて駆け出す。
「《稲光》!!!」
「《炎舞》!!!」
左右に分かれての挟み撃ち。
雷鳴の如く迸る魔力の斬撃と炎の拳が少年に迫る。
しかし、
「ぬるい攻撃だな」
そのどちらもが彼に届きすらしない。
少年は蓮の刀を指で挟み、慎吾の拳も片手で止めていた。
「ちっ! 《迅旋風》!!!」
が、蓮はまだ動く。
少年の手首を蹴って刀を奪還。
すぐさま全方位を斬りつける大技を繰り出した。
「遅い」
それでも彼には届かない。
魔法もスキルも使わず、また片手だけで凌がれてしまう。
「どう…なってんだ…」
突如息を切らし、膝を着く蓮。
慎吾の視界に捉えられた彼の胸には、漆黒の矢が突き刺さっていた。
「《真魔の矢》」
「クソッ…、《炎操・流星》!!!!!」
慎吾はすぐさま魔力を展開。
追撃に来た矢を叩き折り、なおも少年へ向かう。
「(正面から殴り合えないなら…)」
両足に魔力を集中させ、駆け出すとともに炎を噴射した。
「《烈火・爆進》!!」
爆ぜる魔力と炎の推進力。
二つの力を得た慎吾は空中ですら軌道を変え、上下左右を縦横無尽に駆け回る。
さらには炎が吐き出す黒煙や舞い上がる粉塵で周囲を覆い、少年の視界も奪っていた。
「おらぁぁぁあ!!」
一、二、三、四、五、六…………。
幾多も少年の顎を蹴り上げ、頬を打ち、腹に拳を叩き込む。
しかし、
「もう一発《炎———」
その一撃を構え少年の背後をとらえた瞬間、慎吾の動きは止まった。
いや、触れられることなく止められたのだ。
「《火柱》」
「なっ?!」
少年が掲げた右手を開くとともに、慎吾の真下の地面が真っ赤な光を宿し、盛り上がる。
反応するまもなく一閃の炎が地面を突き破って現れ、慎吾の脇腹を抉った。
「ごぶッ……?!」
倒れ込む慎吾。
飛びかかった勢いをそのままに転がり、血を吐きながらもがいている。
「召喚間もないにしてはマシだったな」
「(考えろ、考えろ、考えろ、考えろ…)」
体中に走る激痛と湧き上がる血を抑え、慎吾は必死に頭を回した。
この状況、この少年からせめて逃げる方法を。
だが、そんなものはなかった。
「終わりだ」
慎吾に狙いを定めた一撃。
少年は手のひらに闇を溜め込み、それの準備を整えていく。
そしていざ解き放とうとしたその時、
「《雷牙》!!!」
一閃の雷が、彼らの間に落ちる。
<技紹介>
名称:《炎操》
特異体質の七代目勇者シアンが編み出した技法。
体外に吐き出した魔力に意識を集中させ、形を自在に操る。
術式を介することがないため魔力の配列が定まらない特異体質だからこそ成せる技。
一応基礎魔法でも同じことはできる。




