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『スキル【空間魔法】で転移ライフを謳歌する』  作者: 愛月量


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第81話 俺という名の全て②

「──掴め《水悠世界》」


 その言葉が零れ落ちた瞬間だった。

 世界は、止まった。

 否、時間停止ではない。


 風は吹いている。

 空には雲が流れている。

 木々は揺れている。

 けれど、それらは悠真の認識から切り離されたように、音を失い、色を失い、意味を失っていた。


 世界そのものが、静寂という膜に包まれたのだ。

 そしてその静寂の中心には──水谷悠真だけが立っていた。


 地面が波紋のように揺れる。

 空間が水面のように歪む。

 目の前の景色が一枚一枚、紙を重ねるように書き換えられていく。


「......ここが」


 悠真はゆっくりと辺りを見渡した。


「俺の世界」


 そこは箱庭だった。

 誰かが創った世界ではない。

 神が与えた異空間でもない。

 水谷悠真という存在を中心として構築された、ただ一人のためだけの領域。


 正確には空間そのものを書き換えた結果、生まれた知覚世界。

 悠真は本能的に理解していた。

 これは『知覚空間』だ、と。


 そういえば以前にも似た感覚があった。

 禁域でグリフォンを探していた時。

 あの時も、周囲の空間全てが手に取るように理解できた。


 だがあれは、ほんの入口に過ぎなかった。

 今なら分かる。

 あの感覚は、この力へ至るための前兆だったのだ。


「俺を中心に世界が動く......」


 拳を握る。

 空気が震える。

 いや、空気が悠真の意思に応えた。


 悠真は静かに笑った。


「だから今まで掴めなかったんだ」


 この空間では主は悠真。

 この世界で絶対なのは悠真。

 だから、悠真に害を及ぼす全ては──存在できない。


 林田の【灼月】。

 その攻撃は悠真へ届く前に、音もなく崩れ去っていた。

 いや、崩れたという表現すら違う。

 最初から存在していなかったかのように『無』へ帰った。


「これか......」


 悠真は目を閉じる。


「あぁ、やっと見つけた」


 ずっと求めていた感覚。

 自分を更なる高みへ押し上げるもの。

 何かが足りないと思っていた。

 何かが欠けていた。

 その最後の欠片。

 それが今、ようやく自分の手の中へ収まった。


「でも、万能じゃないな」


 この世界で出来ることは多い。

 だが、何でも出来る訳ではない。


 害を無効化できる。

 敵意を否定できる。

 攻撃を存在しなかったことにできる。


 しかし。

 その攻撃をそのまま返すことは出来ない。

 反射ではない。

 支配でもない。

 これは──


「やり直しに近いってことか」


 ほんの少しだけ人生を巻き戻す力。

 生き延びるための世界。

 失わないための世界。

 そのためだけに存在する箱庭。


「悪くない」


 悠真は静かに笑った。


「俺らしいじゃないか」


 世界が再び色を取り戻す。


── ── ── ── ──


 風が吹いた。

 ざわめきが戻る。

 時間が動き出す。


 先程まで張り詰めていた空気は嘘のように緩んでいた。

 地面に倒れていたアリスはいない。

 傷一つ負っていない。

 伊達の大剣も突き刺さっていない。

 林田の攻撃も。


 全てが最初から無かったことになっていた。


「......あぁ!? なんで全部無くなってやがる!」


 林田が怒鳴る。


「小松か!? 小松なのか!!」


 伊達は辺りを見回した後、首を振った。


「違うな」

「俺の大剣まで消えてる」

「少なくとも小松の能力じゃない」


 そして悠真を見る。


「可能性があるとしたら......水谷、お前か?」


 悠真は何も言わず、小さく頷いた。


「......チッ」


 林田の顔が歪む。


「図に乗るなよ!!」


 再び魔力が膨れ上がる。

 今度は先程とは比べ物にならない。

 悠真を丸ごと呑み込むほど巨大な球。


「死ねぇ!!」


 放とうとした。

 その瞬間だった。

 林田の身体が止まる。


「......あ?」


 腕が動かない。

 足も。

 指一本。

 瞼一つ。

 動かない。


「がっ......あ」


 悠真はゆっくり歩く。

 静かに。

 冷たく。


「林田」


 その声だけで空気が凍る。


「お前こそ図に乗りすぎだ」


「......」


「お前は俺の大切な人を傷付けた」

「その上、凝りもせず俺を殺そうとした」

「恥ずかしくないのか?」


 林田は何も答えられない。

 答えたくても。

 口が開かない。


「そうか」


 悠真は納得したように笑う。


「今は答えられないか」

「俺がお前の身体を固定したからな」


 空間そのものが林田を拘束している。

 骨も。筋肉も。血液も。

 呼吸すら。

 全て悠真の世界に縫い止められていた。


「内側から外側まで固定した。真の意味で、お前は一歩も動けない」


 林田の瞳が恐怖で震える。


「最初からこうしておけば良かったんだ」


 悠真は淡々と言う。


「俺は変にロマンを追い求めていた。けれど、全力を出せばお前なんて屁でもない」


 そして。

 静かに告げた。


「そのまま朽ち果てろ。生き地獄を味わえ」


 周囲が凍り付く。

 誰も声を出せない。

 その空気を破ったのは伊達だった。


「待て」


 悠真は振り向く。


「流石にそれはやりすぎだ」


「......」


「アリスは」


 悠真の声が震える。


「俺がこの世界で一人になった時にずっと支えてくれた」

「そんな大切な人を傷付けられて、やりすぎ?」


 笑う。

 冷たい笑みだった。


「馬鹿馬鹿しい」


 伊達は真っ直ぐ悠真を見る。


「違う。水谷」

「お前が間違ってる」


 悠真の眉が動く。


「林田のことを大切に思っている人間がいるかもしれない」

「その人達から見れば、今のお前が悪者だ」


 静かな声だった。

 だが重かった。


「だからここは怒りを収めてくれ」


 長い沈黙。

 やがて。

 悠真は息を吐いた。


「......分かった」


 拘束が解ける。

 林田は膝をついた。

 肩で息をする。


 ようやく精神汚染も完全に解けた。

 だが。

 納得していなかった人間がただ一人。


「おい......水谷」


 立ち上がる。


「よくも恥を掻かせてくれたな」


 伊達が眉をひそめる。


「おい林田!やめ──」


「《増長膨張急上昇(サン・サン・サン)》!!」


 怒りだけで放たれた最大火力。

 巨大な疑似太陽。

 その瞬間。

 空が裂けた。


ブゥン!!


 一振りの大剣。

 一直線に降り注ぎ、疑似太陽を真正面から粉々に砕いた。


 光が散る。

 炎が消える。

 伊達は大剣を肩へ担ぎ、そのまま林田の喉元へ突き付けた。


「──やめろと言ったはずだが?」


 低い声。

 圧倒的な威圧。


「これ以上荒事を起こすなら俺が相手になる」


 林田は睨み返す。

 だが伊達は笑った。


「まあ、お前が俺に勝てるとは思えないがな」


 長い沈黙。

 林田は歯を食いしばり。


「......チッ」


 吐き捨てるように舌打ちすると、そのまま踵を返してその場を後にした。

 誰も追わなかった。


── ── ── ── ──


 騒動が終わる。

 晴天は変わらない。

 風も変わらない。

 だが悠真だけは違った。


 胸に手を当てる。

 まだ残っている。

 あの感覚。

 《水悠世界》。


 俺だけの世界。

 俺だけが辿り着いた答え。


「......忘れない」


 この感覚を。

 この景色を。

 そして、俺という存在そのものを。


 悠真は静かに空を見上げた。

 その瞳には、新たな境地へ足を踏み入れた者だけが宿す、揺るぎない光が宿っていた。


── ── ── ── ──


名前:伊達 幽鬼(だて ゆうき)

成績ランキング:???

固有能力:???


灼月(ムンド)

 【灼光】における美しくも灼熱に満ちた太陽は、その有り余る陰りから″引″の性質が表に引き出された。

 内にあった「陰」は外へ顔を出し、外にある「光」は中へと引き込まれる。

 そうして性質の真逆に陥った太陽は、太陽と呼べるはずもなく。

 【灼光】はやがて全てを焼き尽くす情熱の太陽から一転し、全てを引き込む魅惑の【灼月】へと変貌したのである。


《水悠世界》

 水谷悠真を中心とし空間を認知する。

 この認知された空間で起こる、水谷悠真を対象とした攻撃及びその周囲に害とされる行為は全て無かったことにされる。

 万物即ち概念・事象・因果の全てはこの空にて無とされる。

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