第56話 恩恵②
「お前に俺を殺しきることは不可能ってことだよ──《断罪輪廻》」
抜き放つは“偽りの聖剣”。
鈍い白光を帯びた刃が空気を裂く。
次の瞬間、下南は地を蹴って楠の懐へ滑り込んだ。
速い。
勇者の加護を持つ楠でさえ、完全には反応できなかった。
下南は楠を隙を狙って斬り上げる。
楠は勘で防御の姿勢を取るも間に合わず、下南の攻撃が楠の腹部に命中する。
斬撃は浅い。
だが──
「ぐっぎ......きゃあああああ!!痛い痛い痛い痛い!!ずっと......ずっと切られてる間隔......!!!......許さない!!」
楠は腹を押さえて叫ぶ。
血はほとんど出ていない。
だが苦しみ方が異常だった。
「ああ、そうだな。......これで終わらせる......!」
「はぁ!?あんたなんかに殺されてなんかやらないから!《解離展開・...》」
「《堕天ノ誓...》」
「させない。絶対に、殺す──《解離展開・重》」
空間が震える。
楠の周囲に10つの魔法陣。
さらにそれぞれが連結するように別の魔法陣を展開する。
合計、二重構造の十連魔法陣。
観客席がどよめく。
「死ね」
その攻撃は雨のように絶え間なく続き、敵を蜂の巣にする。
ズダダダダダダダダダ。
魔力弾が地面を抉り、空気を削り、下南を飲み込む。
煙が立ち込める。
下南の《堕天ノ誓剣》には
「自らを聖なる存在と無意識下で誤認させることで敵の加護を無効化する」
という効果がある。
つまり──
勇者の加護は意味を持たない。
どれだけ火力を上げても、補正はかからない。
純粋な実力のみ。
そして《断罪輪廻》。
斬撃を受けた者は
“斬られた瞬間”を無限に体験し続ける。
楠は今も斬られ続けている。
実際には一撃でも、感覚は終わらない。
楠の攻撃精度が微妙にブレ始める。
魔力弾の軌道が不安定になり、着弾点がズレる。
それでも──
優勢なのは楠だ。
圧倒的な手数。
止まらない魔力。
下南は防戦一方になり始める。
地面を蹴り、転がり、剣で弾く。
しかし完全には避けられない。
爆発が続く。
(このままだと押し切られる......)
楠の魔力は底が見えない。
燃え尽きる様子もない。
下南が反撃に出るタイミングがない。
それでも楠の呼吸が乱れていく。
「痛い...痛い...痛い...!」
腹を押さえながら攻撃を続ける。
魔法陣がわずかに歪む。
「......っ......!!」
そして、勝敗は思ったよりもあっさりしていた。
魔法陣が消えた。
楠の体が崩れ落ちる。
静寂。
煙が晴れる。
楠は倒れていた。
気絶している。
決着だった。
──不完全燃焼。
おそらく2人ともそう思っている。
だが、この戦いは確実に意味を残した。
俺にとっても収穫だらけだった。
しかしまだ分からない。
下南のスキルの本質。
(次会う時には感謝でもしよう)
── ── ── ── ──
俺は寮に戻る前、近くの席に座っていた久しぶりの友人に声をかけた。
「よっ!國夜!」
声をかけられた國夜すみは、俺を見ると驚いた表情をした。
だがすぐに目を伏せ、そのままどこかへ去っていってしまった。
(え、俺嫌われてる?)
いやいや。
きっと用事だ。
そうに違いない。
少しだけ胸がざわつく。
気を取り直し、國夜の隣にいたもう一人の友人へ。
「......甘井、久しぶり!ま、同じクラスだけど!」
「ん...うぇえ!?水谷じゃ〜ん!元気してた?」
「ぼちぼちかな。甘井は?」
「私は元気だよ〜。何か話しかけてきたってことは、聞きたいことでもあるの〜?」
「話早くて助かる!小松さんと仲良いと思ってるんだけど、小松さんって強いの?」
「あぁ〜...心海ちゃんはなぁ。何て言うんだろ。私にもよく分からないんだけど、噂話程度で言うなら“時間の無駄”らしい。心海ちゃんと戦うくらいなら、自己研鑽した方がいいって感じっぽいよ」
「へぇ〜、そうなんだ。ちなみにランキングは何位?流石に踏み込みすぎか」
「ん〜...んー...!ほんっっっとうに秘密ね!!絶対に!!他言無用!わかった!?!?」
「はい!はい!分かりました!他言無用ですよね!!はい!」
「コホン...よろしい。心海ちゃんの成績ランキングはね──3位、だよ。ちなみに私は51位!キリが悪い...!」
「3...位!!小松さんエグ。勿論、甘井の順位も凄いけど」
3位。
納得だ。
あの余裕。
あの雰囲気。
強者のそれだった。
(ワクワクしてきた)
いつか拳を交える日が来る。
その日を想像するだけで楽しくなる。
俺は甘井に別れを告げ、寮へと戻った。




