寝ぼける
結婚前の王宮にて。王子視点。
ふと目を開いたら、結構な至近距離に人の顔があって驚いた。
だがすぐに誰だか気づいてほっとした。
見慣れた灰色がかった金髪にまつ毛。
リューンだ。
目を閉じて眠っている。
動悸がするので、距離を取る為にゴロリと仰向けになった。
空はまだ青い。
…好きな色だ。
今は見えないリューンの眼の色に、少し似ているから。
俺たちが寝転がっているのは芝生の上だった。
どうやら遊び疲れて、二人揃って眠っていたらしい。
チラリと横目でリューンを見る。
男物の白いシャツに黒のベスト。
普段通りの服を着ている。
そして今日も胸が…。
うん、いつも通りのリューンだ。
それを見たら鼓動が収まってきたので、もう一度リューンの方を向いた。
まだ眠っている。
小さく開いた柔らかそうな唇から、スゥスゥと寝息が漏れている。
そっと手を伸ばして頬に触れ、親指で唇に触れてみた。
柔らかい……
結婚したら、ここにも好きなだけ触れていいのかと思うとドキドキする。
想像に歯止めがかからなくなりそうだったので、慌てて手を離して今度は髪に触れてみた。
細い髪の毛だ。少し波打っていて、光を浴びて鈍く輝いている。
心地よい手触りに思わず無心に撫でていたら、リューンが身じろぎをした。
起きたか!?
慌てて距離を取ろうとしたけれど、素早く伸ばされたリューンの腕に抱きしめられてしまった。
バックン!
心臓がもの凄い音を立てた。
おそらく今、俺の顔は真っ赤になっているだろう。
リューンがぎゅっと身体をすり寄せてきた。
バクバクと鼓動が鳴り止まない。
…でも俺は知っている。
リューンは今、絶対まだ眠っていると。
起きているリューンが、こんな真似をする訳がないのだ。
それに……リューンが誰と間違えているのかも知っている。
『クー』だ。
あの、リューンの話にちょくちょく出てくる犬っころ。
リューンが大切にしている犬っころ。
黒くて優しくて賢いらしい犬っころ。
リューンの一番お気に入りの犬っころ。
…とても気にくわないあの犬っころ。
間違われるのは腹が立つけれど、この役得を逃すのももったいなくて動けない。
密着した身体から、微かな草っぽい匂いがする。領地で薬草入りの石鹸を生産していると言っていたから、それだろうか。
もの凄く近づいた時だけ感じ取れる、リューンの匂い。
細身で暖かなリューンの身体。
…こんな役得を味わえるのなら、あの犬っころに今だけは感謝してやらなくもない。
そう思いかけた時だった。
「…王子…」
リューンが小さく呟いた。
全身が硬直する。
鼓動が限界まで早くなる。
……聞き間違い…か…?
バックンバックンと鼓動がうるさ過ぎて、周りの音がよく聞こえない。
おい、リューン。
もう一回言え。
うるさい鼓動を邪魔に思いながらも耳をすます。
リューンが更に身をすり寄せてきた。
思わずぎゅっと抱きしめ返しそうになる。
その時
「…この、バカ犬…」
その囁きに、抱きしめかけていた手が止まった。
ひどく動揺する。
その声にこめられた甘い響きに。
リューンが俺の事を犬同然に見ているのは、なんとなく気づいている。
結構手間をかけさせている自覚はあるし、大して気にならないから特に突っ込まずにいたんだが…
今のは何だ。
「バカ犬」って。
………そんな甘い声でっ…嬉しそうにっ…!
…期待してしまうじゃないか。
リューンも俺の事をそう嫌ってはいないのは知っているけれど。
そんなまるで、嫌いじゃないどころか…あ…あああ…愛し………っ…!!!
いや待て落ちつけ。
相手はこのリューンだ。
舞い上がるのは危険だ。
俺は待てができる犬だ。
慎重にいこう。
慎重に。
スーハーと呼吸を繰り返す。
そうだ。相手はこのリューンだ。
迂闊に舞い上がったって、後でオチが待ち受けているに決まってる。
クールにいくんだ。クールに。
そして、手のひらをそっとリューンの肩に添えるだけに留めた。
細い肩の感触に動揺しながらも、吸い込む草の香りにだんだんまた眠くなってくる。
柔らかな日差しに、包み込まれて…
…………………
王宮の暖かな午後。
芝生で眠る男装の令嬢と王子が一匹。
面白かったらブクマ、評価、感想よろしくお願いします!(これが最終話ですよ、ラストチャンス!)




