第三話
第三話
商店街に入ると、夕方の騒めきと美味しそうな匂いに包まれて、思わず立ち止まりたくなる。
「ヤバい、お腹空いてくる」
樹を見上げると、鼻がひくひくと動いているのが見えた。
「よっしゃ、早く行って何か食おうよ!」
「‥‥おう」
商店街の真ん中、かなり古びた服屋の前に自転車を停め、店の中も壁も服で埋め尽くされた中を覗き込む。
「祖母ちゃ~ん!」
「はいよ」
「うわぁ! びっくりしたぁ」
祖母ちゃんが、服の隙間からひょっこりと顔を出して驚いた。ハンガーラックよりも背が小さいから、俺が小さい頃は店の中でかくれんぼして遊んでたっけ。
「祖母ちゃん、彼は樹。俺の友達だよ」
「あんれまぁ、大きなお友達だねぇ」
後ろにひっくり返るんじゃないかってくらい背を逸らせて、祖母ちゃんが樹を見上げる。
「俺、ビールケースお隣に返してくるから、ちょっと待ってて」
「お、おい‥‥」
俺は自転車のカゴからビールケースを降ろし、隣の酒屋へと入って行った。
「ど、どうも‥‥」
「飴ちゃん食べるかね? それとも、クッキーの方が良いかい?」
「い、いえ‥‥」
「結は、歌以外はフワフワしとる子だけど、自分の好きな事んなると目キラキラさせて夢中になる子でねぇ。迷惑かけるかもしれんけど、仲良くしてやってなぁ」
「は、はい‥‥」
「樹、お待たせ!」
俺が戻ると、樹が大きな身体を小さくし、いつも以上に猫背で尻尾が揺れていた。
「どうした?」
「飴もらった」
「いいなぁ、祖母ちゃん、俺もちょうだい」
「はいはい。あ、ついでにこれも持っておいき。友達の分もあるで」
祖母ちゃんから袋を二つ渡され、自転車のカゴの中に入れる。
「また来るね!」
手を振り、自転車を引きながら商店街を樹と歩く。
「樹、コロッケ好き?」
「‥‥好き」
「そんじゃ、そこのベンチで待っててよ! 俺、ちょっと行ってくる!」
商店街の隙間の、少し開けた場所。外からの日差しが差し込み、小さな公園みたいになっている。ベンチの横に自転車を止め、近くの肉屋へと走る。
「おっちゃん、コロッケ二つね!」
「あいよ、二百円な」
百円玉二つを肉屋のおじさんに渡し、紙が巻かれた揚げたてのコロッケを受け取る。
「あちち‥‥」
戻ると、樹がベンチにちょこんと座っていた。
「ここのコロッケ、めっちゃ美味しいんだ」
「ありがと」
樹に一つ渡すと、自分の分のコロッケを一口齧る。
「あっつ、うっま!」
「‥‥うまっ」
「だろ?」
あっと言う間に食べ終わると、樹がゆっくりと口を開いた。
「実は、俺の兄ちゃんがベースやってたらしい」
「え、マジ⁉ ってか、兄ちゃんいるんだ?」
「五人いる‥‥」
「すっげぇ! 俺一人っ子だから、ちょっと憧れる!」
「うるさいし横暴だし、うるさいし‥‥」
「あはは、二回言った」
樹の声は嫌そうだったが、目が優しそうに細められていて、本当に兄ちゃん達の事が好きなんだと思って、少し羨ましかった。
「それで、兄ちゃんに聞いたら、少し教えてくれるって」
「おお! やったぁ!」
思わず立ち上がっちゃったけど、直ぐに座り直す。
「どうした?」
「なんか、ごめんな? 俺から誘ったくせに、楽器もできないしさ。教えてくれる人も‥」
「結が謝る事じゃないだろ。誰にだってできない事はある。ってか、あれだけ歌えて楽器までできたら‥‥」
「できたら?」
「‥‥ムカつく」
「ぷっ‥‥あははは! 確かにそうかも!」
思わずお腹を抱えて笑う。俺は、物語に出て来るようなヒーローじゃない。歌が好きなだけだ。
「あ、ちょっと待った! いるわ!」
「何が?」
「一人で全部出来る人」
スマホで画像を検索して樹に見せる。
「祖母ちゃんから聞いたんだけどさ―――」
それは、昔のチンドン屋さんの画像。お腹に太古や鐘、背中にも色んな楽器を背負い、お店の宣伝等を行っていた、歩く広告。
「これ、マジ凄くない⁉」
「いや、凄いけど‥‥ぶふっ!」
樹が肩を震わせながら、笑いを堪えている。
「結が‥ふふっ‥コレやってんの想像したら‥‥」
「あ! 歌だけじゃなくて、次はコレを使えば」
「やめとけ!」
被せ気味に、全力で止められた。良い案だと思ったんだけどなぁ。
「ってか、樹の笑いの沸点低くね?」
「お前の言動が斜め上に飛びすぎなんだよ!」
「まぁ、タンバリンさえ駄目だからなぁ‥‥あ、あれはできる! カスタネット!」
「幼稚園児か。カスタネット使うのって、カエルの歌くらいだろ」
「そうそう!」
懐かしくなって、思わず歌い出す。輪唱じゃないけど、なんだか楽しい。
歌い終わると、近くから小さな拍手が聞こえて来た。
「おにいちゃん、おうたじょうず!」
いつの間にか、小さな男の子を連れた親子が立ち止まって聞いてくれていた。
「あはは、ありがと!」
小さく手を振ると、男の子が嬉しそうに手を振り返してくれて、親子は去って行った。
「歌唱力の無駄遣い」
「えぇ~、あの子が喜んでくれたから無駄遣いじゃないですぅ」
樹は一瞬驚いたように目を見開き、「お前は、そうかもな」と一言呟いた。
意味は分からなかったけど、樹の尻尾が嬉しそうに揺れてたから、きっと樹も俺のカエルの歌を喜んでくれたんだろう。
「ケロケロケロケロ‥クワッ♪クワッ♪」
「ぶふっ!」
うん、樹の笑いの沸点は、きっと風呂より低いな。




