第2話:事務仕事受諾
回復薬問題が解決したはずのギルドで、新たな問題が発生します。
ギルドの難局に対して、テレーゼはある決断を行います。
マルクトギルドのポーション問題の顛末に関しては、ティアナからイーナやペルレ経由で妹全員の知るところとなった。長姉テレーゼが惜しげもなく持てる技術や知見を駆使してほぼ独力で、それも辣腕で知られるギルドマスターですら音を上げた案件を即日かつ最良の形で解決に導いたばかりか、即断即決で報酬を一切辞退するという破格とも言える気風の良さに心底驚嘆するとともに、そんな義理人情に篤く平素から人間関係に心を砕く姉に、改めて敬慕の情を強く感じた妹たちである。
前述のポーション問題が解決して1月ほど経過したある日の早朝、酷く多忙なはずのジークリットとマーヤが自宅にやってきた。隠しきれない疲労感と寝不足と思しき表情の2人のため、心身が少しでも休まるよう甘く暖かいココアを勧めるテレーゼである。お礼を言って暖かいココアを口にする2人。
(陣中見舞い的に渡したポーションでは体力は回復しても、流石に精神的疲労や寝不足までは回復できないのがネックね・・・あと、2人とも相当参っているようだけど、私が新しい回復薬を作成してからまだ1ヶ月程度しか経っていないのに大丈夫かしら?)
2人の様子から、三診もしくは五診(これらについてはプロローグ2を参照のこと)をするまでもなく、一目見ただけでそれと解る憔悴ぶりに、正直なところ2人のことが心配になるテレーゼである。
「テレーゼさん、いつも本当に申し訳ありませんが、私たちだけでは正直限界ですので、ぜひとも力を貸して欲しいんです」
「一体何があったんですか?」
「実は、先日テレーゼさんが作って下さった新しい回復薬関連の事務処理を進めるために、ギルドに期間限定でギルドマスターが陣頭指揮を執る形で4人の専従チームを作ったのですが、当初想定していた以上の業務量に、チーム以外の職員全員にも否応なく件の案件を処理してもらわないといけなくなりまして・・・加えて今の時期は、年末年始のギルド休業期間中の事務処理や、新年明けでお金を稼ぎたい冒険者たちへの対応が多いことも相まって、その結果、回復薬が完成してからの僅かな期間で、ギルド職員のほぼ全てが、ギルドに寝泊まりして仕事をこなすことが常態化してしまったんです・・・」
「君には本当に申し訳ない限りだが、ギルドの窮状は今マーヤが説明した通りなんだよ。もちろん現状が未来永劫続く訳ではなく、あと2ヶ月ほどでこの状況は解消される見込みなのだが、その前に多くの職員が過労で倒れてもおかしくない有様なんだ・・・君が卓越した事務処理能力の持ち主であることを見込んで、君にこの件での単独指名依頼をお願いしたいんだ」
「状況は理解できましたが、そもそも他のギルドからの応援を受けることはできませんか?あとギルドには機密書類が数多く存在すると思いますが、それを部外者の私が見ても構わないのでしょうか?」
「応援を受けてくれる可能性があるマルクト近隣の3ギルドのうち、特にイェソドのギルドとは友好的な関係だから真っ先に応援を依頼したのだが、マルクト周辺で激減した猪の集団が、どうもイェソド方面に大挙して向かったらしく、その結果、農作物を荒らしたり街道の通行者に怪我を負わせたりと、被害が激増している現状を放置する訳にもいかず、その対策に追われてしまい労働環境は現在のマルクトと五十歩百歩らしいんだ・・・
残りのネツァクとホドの2ギルドは、一体何をやらかしたのかは知らんが、よりにもよって新年早々ギルドマスター同士が、職員の総意により相手のギルドに交換トレードという名目の追放になり、それぞれの新ギルドマスターが早急な現状把握のため、通常業務終了後に職員総出で現状の説明や資料作成のための超過勤務をさせているからと、こちらも応援を断られてしまったんだ・・・
機密書類を君が見ることに関しては、そもそも外部の人から見て拙い書類や処理を行うことのほうが問題だし、ギルド監査のときは全くの部外者が書類を閲覧するのだから今更な話ではあるな。内容を口外さえしなければ全く問題はないし、そもそも君はそんな人物ではないと端から信用しているよ」
「状況が切迫していることは深く理解できました。私で良ければお手伝いさせていただきます」
「テレーゼさん、断られても仕方のないところを引き受けて下さり、本当にありがとうございます。今回の指名依頼は、たとえテレーゼさんがそう望んでも無報酬での労働はありません。というのも、テレーゼさんに職員以下の待遇で依頼を受けてもらうのは、冒険者のために設立された組織であるギルドの存在意義を、自ら否定することと同義だからです。
賃金に関しての条件については、事前にギルドマスターと職員全員とで話し合ったのですが、ギルドマスターと同等の労賃単価と成果報酬を用意させていただきます。以前の復命における手際の良さや、農産物、骨灰磁器、リバーシ、回復薬といったギルドに多大な恩恵をもたらしてくれるテレーゼさんを招聘するにあたっての条件になりますから、ギルドマスターと私が作成した先程の条件に関して、職員の間からは異論は全くありませんでした。それだけテレーゼさんにはマルクトのギルド職員一同が強い期待をしているということです」
「マーヤの説明した通りだよ。今回、君には「ツンフトマイスター代理」という肩書きで業務をお願いしたい。正直な話、これまで「代理」や「副」といったナンバー2の肩書きは、ギルドを預かるツンフトマイスターはともかく、あとの職員は全員同格で上下関係を極力なくす、という私の遠い先祖の意向により過去に存在しなかったのだが、臨時とはいえ君を迎えるに当たってマルクトのギルドなりの礼を尽くしたつもりだよ。
代理ではあるがギルドでの扱いは建制順で私とほぼ同格だから、基本的に君の上司はいない。業務の補佐には君と気心の知れたマーヤを充てるから、安心して辣腕を振るってもらいたい。最後に、就業時間は明日からギルド業務開始前30分~通常業務終了後30分で、超過勤務時間は毎日1時間でお願いしたい。もちろんそれ以上の超過勤務が発生したら、追加分も全て手当を出すことにしよう。これはマルクトのギルド職員全員と同じ条件だな」
(作者注釈:建制順とは、時として官庁用語とも言われることがあるが、「(明文化はされていないが)実質的な組織内での序列」を意味する言葉である。例えば決裁では(起案者が属する部署が建制順に関係なく一番押印が最初(押印欄の最下段)という例外はあるものの)、基本的に建制順で上位者ほど押印の順番が後になる、名称の上では同格の課長でも第一課、第二課、第三課・・・と、番号が若いほうが建制順の上位者となる、といった具合である)
日本で有名人や愛玩動物が、組織やイベントのPRのため「一日署長」や「一日駅長」などに就任するニュースを時々耳にするが、今回の「ツンフトマイスター(ギルドマスター)代理」は、話を聞く限り、それらの儀礼的な肩書きとは全く別で、期間限定ではあるがギルド業務を行うに当たり、必要となる権力の行使が可能となるもののようだ。
あとマルクトのギルドは、現在の日本のように業務委託や派遣など、ともすれば正社員と同等以上の職務・職責でありながら低賃金の労働者が普遍的に存在する状況と比較しても、サービス残業がない超過勤務時の対応など労働条件全般に関して、何より労働組合があって団体交渉やストライキなどを実行しても、満足のいくような労働条件を得ることがなかなか困難な日本よりも、相当に良心的な職場であることにテレーゼは少なからず感心した。
それに加えて、同一の職域に同格のトップが2人いる状態は、時として感情的な対立から派閥を生む土壌となり得るが、そのことに思い至らないはずのないジークリットやマーヤやギルド全体が、そこまでの覚悟を固めていることをテレーゼは強く意気に感じた。
「解りました。浅学非才の身ですが、精一杯勤めさせていただきますので、今後よろしくお願いします」そう言って、テレーゼは、前職の総合職と同等以上の激務と思われる、明日からのギルド業務に対して腹を括った。
早速ジークリットからは辞令的な書類を渡される。そして、マルクトのギルドの組織図と、それぞれの所掌業務一覧といった資料をマーヤが持参していたので、それらを見せてもらいながら彼女に対し、疑問に感じたことなどの確認を2時間ほど行ったテレーゼである。
あと、テレーゼは当初、主に自分が開発した回復薬関連の事務処理に関わるのだと思っていたのだが、マルクトギルドの意向としては、もちろんそれもあるものの、どちらかと言えば通常業務の問題点を洗い出して、ギルドの通常業務に関して改善して欲しいようだ。
マーヤから説明を受ける中で思いついたこととして、テレーゼが以前行った復命スタイルをマルクトの冒険者たちに行ってもらうこと(もちろん、報告書や書き方の見本といったテンプレートは必要となるだろう)や、計算の効率化や違算防止を目的とした担当者とは別の人による検算や計算事務の一元化(後から違算が発覚するよりは遙かに良いため)、書類案件を(救急医療におけるトリアージのように)期限や重要度によるギルド内で統一した優先順位に沿った処理の実施、あとは討伐魔物保管庫への冷凍魔法付与(討伐魔物の解体時間分散化を図るとともに、解体前後の品質低下を抑制する)などである。明日の初出勤までに簡単な説明資料を作成しておこうと思う。
(テレーゼさん、就任早々事実上組織のトップですか・・・あなたがマルクトのギルドから物凄く期待されていることは明らかですし、本当に流石です・・・)テレーゼと日々一緒に過ごす中で、彼女が得た過去の知識をコンピューターのように瞬時に利用できるようになったティアナは、今回のテレーゼの待遇に相当驚いているようだ。
程なくして妹全員に今回の指名依頼の詳細が伝わり、ギルドの内情にかなり詳しいカトリナは「一介の冒険者が、たとえ臨時であってもいきなりギルドマスターと同格なんて、マルクトだけでなくセフィロト全部のギルドで前例はないはずです。というか、冒険者が貴族に取り立てられる以上にあり得ないですし、本当に凄いことですよ・・・」と、他の妹たちに感想を口にするほどで、常軌を逸したレベルで凄いことであるようだ。
ギルド勤務初日のこと。出勤前に妹たちが「カツ丼」を作ってくれた。刑事ドラマでは、いわゆる犯人の良心に訴えるような食事として度々出てくる(但しテレーゼの知り合いの警官によると、実際は食べる人の自腹らしい。いわゆる「おごり」は、公務員が特定の人への利益供与を行うことになってしまうため出来ないとのこと)が、本来は、「勝つ」という語呂に願掛けをする定番アイテムである。
とあるアニメで、大事な試合の前夜に、それぞれのチームがそれぞれの思いを胸に「カツ」を食べていたのを思い出す。妹たちがカツ丼を作ってくれたのは、テレーゼがテレビに残していたこのアニメの全話録画を、新年にまとめて見たことがきっかけだと思う(因みに妹たちから一番好評だったのは過酷極まる吹雪での試合であるが、吹雪魔法使いのヘレナが改めて吹雪の威力や有用性に意を強くしたのは余談である)。
それはともかく、テレーゼは妹たちの心遣いに胸が一杯になり、ギルドのどんな激務でもこなせそうな気がした。家を出る時、アデリナが火打石と火打金を使って厄除けをしてくれた。
今朝はヘレナとジャンケン(原型は中国から入った遊戯だが、その後日本で独自に発展した。妹たちはこれをテレビアニメで覚えたらしい)をして決めたらしく、明日からも姉妹全員が交代でしてくれるらしい。火打石はセフィロトでも魔法を使えない人が風呂の焚き付けなどに使っている(魔法が使えなかったアデリナとヘレナが持っている)そうだが、これがテレビドラマで出て来たときに、妹たちからその行動や厄除けの意味について聞かれたことを思い出す。わずか1年弱でコアな日本的文化をどんどん吸収していく妹たちに、結構な驚きを感じるテレーゼである。
(大切な妹たち全員にここまでされて、奮い立たないようじゃお話にならないわね・・・)(私も及ばずながらお手伝いしますので、頑張ってギルドの依頼をこなしましょう・・・)テレーゼの意気込みに対して、ティアナが頭の中に直接語り掛けてきてくれる。彼女がそばにいてくれれば、本当に心強いと思う。
「「みんな、本当にありがとう。行ってくるわね(行ってきます)」」 「「「「「「「行ってらっしゃい」」」」」」」テレーゼとティアナは、妹全員の声に送り出されて家を出た。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
本話で50話となりました。遅筆かつ拙い話で恐縮ですが、ここまで熱心に読んでいただいた皆様に深く感謝します。皆様の応援があってこそ、ここまで話を続けられたと思っています。次は頑張って60話を目指したいと思います。
大切な知己2人の懇願を受け、テレーゼはギルド内での当面の業務量削減と、最終的にはギルド改革そのものに協力することを決意し、自らを快く送り出してくれた妹たちの激励に腹を括りました。作者の大切な愛娘ですが、本当に頼もしく感じます。
次話は、テレーゼがギルドマスター代理として本格的に始動します。




