第4話:成長魔法の実験
ペルレが加わって更に賑やかになったテレーゼ姉妹。
テレーゼは、自らの経験や知識を基に、ある魔法の実験を行います。本話では園芸農業の、特にイチゴに関する話がたくさん出て来ますので、もし良ければお付き合い下さると幸いです。
1月17日 農業関連の記述を一部加筆しました。
「みんな、本当にありがとう。これからもよろしくね!」と、妹たち全員の感謝の想いに応えるテレーゼ。
「「「「「「はい!」」」」」」 「「うん!」」と、妹たち。テレーゼにとっては、自らの心や身体や生命以上に、心底愛おしくかけがえのない大切な存在である。
今日は、当初予定していたのとは1日遅れ(昨日急遽アリーナ母娘の自宅への引っ越しを行ったため)であるが、作物に対しての成長魔法の実験を行うことにした。但しその前に、何も服を持っていないペルレのため、テレーゼは先に日本まで行き、玩具店でペルレ用に着せ替え人形用の洋服、下着、靴下、靴、帽子をそれぞれ数組購入した。一緒に、ミニチュアの椅子、テーブル、箪笥、布団、食器セットといった家具なども購入した。人間のように自由に服や家具などを選ぶことはできなかったが、それでもペルレはとても喜んでくれた。
なお、ペルレの背中の羽は、服の中で折りたたんでも問題なく空中を飛ぶことができるようだ。当初は服の背中に切れ込みを入れ、ミシンで縁を縫って加工するつもりだったテレーゼだが、ペルレからの要望を聞き、そのまま服を着てもらうことにした。
但し、自宅では魔力を纏って服代わりにするため、テレーゼが購入した服は外出用にするようだ(「せっかく姉さまから買ってもらったお洋服ですので、他の家具などと一緒に末永く大切に使いたいです♡」とのこと)。
ペルレの服を一通り揃えた後、大学時代の同級生から注文した種苗とホームセンターで購入した唐芋の苗を手に、自宅裏の森林との境に妹全員と向かう。ここは、隣接する森林までは、幅50mほどの腐葉土が豊富な日当たりの良い土地で、園芸農業には最適であろう。
注文した種苗の大半はテレーゼが熟慮した上で原種に近い地野菜を注文したが、例外的に日本で品種改良されたイチゴの苗2種類を、各5株ずつ注文していた。基本的に比較的栽培が容易で、果実が大きく糖度も高い品種を選んだが、1つは日本であれば後述の苗を冷やす技術を用いて、十分クリスマス・年内出荷が見込める早生系の品種と、もう1つは収穫時期は若干遅くなる(クリスマス・年内出荷には早生系以上の栽培技術が必要)が、果実が大きく糖度も高くなりやすい晩生系の品種である。
テレーゼがイチゴを最初の実験に選んだ理由であるが、大学の時に、一畝(一反の1/10で100㎡=1アールのこと)ほどの単棟ビニールハウスで、育苗から収穫までをほぼ独力で行い、その栽培データを基に卒業論文を作成したことから、彼女にとってはエケベリアのペルレと同等レベルで、全てにおいて知悉する植物であったためである。
テレーゼは、苗のうち2種類8株を育苗用として残した。まず地面を鍬で耕して除草を行い、「葉肥」、「実肥」、「根肥」の全てを兼ねた完熟堆肥や化成肥料を土に混ぜ入れて鍬で畝を立て、次に畝全体に稲わら(地面の土が雨の跳ね返りで苗に付着して病気の原因となることを防いだり、保温などが目的。同じ目的で使用されるマルチフィルムと比べると除去の必要がなく、土にすき込めば土作りにもなるためこちらを選んだ。日本のホームセンターで購入)を敷いてから、苗を地植えにする。最後にこの一角に防御魔法を掛けて病害虫から護ることにした。
(作者補足:葉肥はN:チッソ、実肥はP:リン(酸)、根肥はK:カリを指し、3つを合わせて「NPK」と総称する。それぞれの成分がバランス良く含まれていることで、葉、実(果実)、根の生長に良い効果をもたらす。なお、足りない成分があった場合、植物の成長はその不足する成分に足を引っ張られるかの如く、不足していない成分も、十全に植物は成長に利用できなくなるという農家の経験則や各種研究結果は、農業に携わる関係者の間で、古くから広く知られている基本かつ大変重要な事項である。要は、施肥を行う場合、どの成分も過不足なくバランスが大事だということである)
イチゴの苗は、親株から「ランナー」と呼ばれる細い茎が地面を這い、そこから新しい子株が出てくる。育苗は春の終わりの収穫終了後から取りかかる。前述のランナーを事前に用意しておいた土を詰めたビニールポット(ビニールでできた薄い植木鉢のようなもので、育苗などに用いる。軽量かつ安価なため大量に揃えられることがメリットである)に誘導し、ポットの土に小苗が出たランナーを触れさせて(ポットとランナーを「ランナーピン」で固定する。針金を切って自作したり、また市販の物も売られているが、作者は後から取り除かなくても良いように、稲わらを10センチくらいに切った物を使うことが多い)発根を促す。これで梅雨開けの7月半ば頃までポットに発根させてからランナーを切り離す、という手順である。
今日のところは育苗用株に関しての実験は行わないが、「苗作り半作」(収穫までの一回の作付け(一作)のうち、育苗がとても大切であるという意味)という農業に纏わる格言のとおり、育苗は後日腰を落ち着けてじっくり取り組もうと思う。
そして、イチゴ栽培の一番の要諦であるが、イチゴは、本来は寒い冬を耐え、暖かくなった春に開花してその後着果するバラ科の野菜(果菜)である。つまり、冬の寒さを感じさせないと、まともに開花や着果をせず、収穫自体できないのである。
ところで、イチゴの出荷は、その大半が年内のクリスマスをターゲットにしている。言わずと知れた話で、クリスマスのイチゴ需要は凄まじく、価格を大幅に上昇させる。当然イチゴ農家にとっても書き入れ時である。
そして、年が明け、正月が終わると需要が冷め、価格が大幅に下落する(尤もこれは、クリスマスの時期に出荷される大きく品質の良い一番果と、年明けに出荷される小さくやや品質が落ちる二番果、三番果・・・という違いも大きい。なお、「一番果」とは、冷蔵処理が終わった苗を圃場に植え付けたあと最初に開花して収穫できる果実のことで、一番果の収穫後に開花して収穫できる果実が「二番果」、二番果の収穫後に開花して収穫できる果実が「三番果」(以下略)・・・である)。
前述の通り、普通に栽培していては、クリスマス・年内出荷も何もあったものではない。そこで「冷蔵苗」や「山上げ苗」といった、7~9月に親株から切り離した苗を、冷蔵庫なり高冷地なりで寒さにあわせる手法を用いたあと、10月頃に圃場(畑)に植え付けるのである。こうすれば、イチゴは春になったものと勘違いをして花を咲かせ、年内に果実を実らせるのである。
今回の実験では、年中温暖なセフィロトでは、冬の寒い気候は望むべくもなく、まともに収穫ができないのは自明であるため、テレーゼは、それを冷蔵魔法(以前ヘレナに教えた冷凍魔法よりも、威力を穏やかにした魔法)で補おうと考えていた。
2種類の各1本ずつの苗を、育苗用の苗を植え付けた畝から少し離した場所に植え付けたあと、成長魔法を併用しながら冷蔵魔法で寒さにあわせる(本来は前述した通り、冷蔵庫や高冷地に苗を移動させて寒さにあわせるため、植え付けは冷蔵処理が終わってからである。冷蔵の温度は、概ね摂氏10度±5度程度が目安であると専門書などに書かれているが、作者の実感としては摂氏15度では春の気候も同然で冷蔵処理の効果は今ひとつ薄いように感じるため、実際には摂氏5度~10度くらいが効果的と思われる)で、ここで間違っても温度を氷点下にしてはいけない。ただでさえ衰弱している苗がさらに弱り、最悪枯れてしまう。
そして苗に2ヶ月分ほど成長魔法と冷蔵魔法の効果を発揮させた後で、今度は収穫できる程度まで強めに成長魔法だけを使う。
その結果・・・成長魔法と冷蔵魔法を併用した効果は絶大だった。いくら大型かつ良形のイチゴでも普通は卵1個(約50g)程度の重さ(もちろん、形を問わなければそれ以上の重さのイチゴは珍しくない)なのだが、どちらの品種も、この4倍の重さの果実が何と400個も収穫できた(普通は1株20個程度が良いところであり、これを4、5回繰り返して(つまり「四番果」、「五番果」まで収穫する。因みにこの頃には既に晩春である)ようやく100個程度である)。
この実験結果の考察であるが、通常の冷蔵手法の場合、薄暗い冷蔵庫や高冷地といった光合成もままならない(加えて冷蔵庫の場合は、冷蔵処理の期間中に苗は無灌水かつ雨すらも当たらない)場所に置かれる苗の生育は、ほぼ完全に停止しており、処理を終えた苗は極論すれば瀕死に近い状態で相当消耗している。ところがテレーゼの手法では、成長魔法を併用するため苗の消耗が軽微というよりも逆に成長により苗が充実するため、成長魔法による苗への強力な活力賦与効果も相まって、大幅な品質上昇・収穫量の増加に繋がったものと考えられる。
つまり、大きさ(重さ)、個数とも、たとえ収穫を一番果だけに絞ったとしても、通常の3倍ならぬ、約4倍である。故に、今回の1回の実験で1株当たりの収穫量は、何と驚愕の80キロである。通常のイチゴの反収(圃場一反(=1000㎡=10アール)当たりの収穫量を意味する言葉で、農業経営における基本中の基本の単位である)は、全国平均で3320キロ(農林水産省で毎年実施されている「作物統計調査」の直近データである、令和4年産の値を引用)なので、40株ほど植えれば十分それを確保できることになる(参考までに、前述の反収を得るために必要な日本でのイチゴ栽培における苗の作付本数は、一反当たり6500~8000本といったところである)。
正直な話、テレーゼは大きな果実にありがちな、形の不格好さや食味・食感の劣化を心配していたが、収穫した2種類のイチゴは、いずれも艶々した鮮やかな赤色で綺麗に整った円錐形という、世間一般の消費者が真っ先に思い浮かべるに違いない、食欲を強くそそる香りも備えた良形のイチゴで、試食すると実に甘くかつ味わい深く、食感も申し分ない。(テレーゼさん、本当に美味しいです・・・)と、テレーゼと一緒にイチゴを試食したティアナが頭の中に語りかけてきた。とても喜んでくれているようだ。
加えて2~3個も食べれば普通にお腹が一杯になりそうな、全世界どこを探しても手に入らないであろう無農薬栽培の逸品である。万一日本に出荷すれば、有名ケーキ店や高級ホテルなどから、たとえクリスマス以外の時期でも良いオファーが殺到することは確実である。
妹たちは、生唾を飲み込みつつ姉の実験をじっと見ていたが、テレーゼが試食会(という名のイチゴ狩り)を提案すると、全員が2本のイチゴの株に文字通り殺到した。
「姉さま♡農業にまでこんなに明るいなんて、素敵です!」
「テレーゼ姉さん、ホント凄すぎるよ!こんな美味い果物食べたことないよ!」
「医術、全属性の魔法、狩り、体術、書類仕事、私たちが知らない乗り物の運転や操縦、そして今度は農業・・・ずっと目の前で姉さんを見てきたけど、私たちの自慢の姉さんは言葉にできないくらい凄い・・・」
「テレーゼお姉さんの魔法って、本当に私たち妹を幸せにしてくれるんですね。そんなお姉さんと一緒に居られる私たちって本当に幸せです・・・」
「イーナ、こんな美味しい果物、初めてなの♪あと、こんな甘くて美味しいものを作ってくれたテレーゼお姉ちゃんが、イーナ大好きなの♪」
「テレーゼさんって、本当に何でもできるんですね・・・このイチゴという果菜は、とても美味しいです」
「アンナ、こんなきれいで美味しいものを食べられてすごく幸せなの・・・もちろん、アンナもテレーゼお姉ちゃんが大好き!」
「テレーゼさん、お願いです・・・こんな今まで見たことも聞いたこともないような美味しい野菜を、いとも簡単に創り出せる凄いお姉さんを、私は心底慕っています・・・でも、独りで頑張るのではなく、私たち妹にも、ぜひお手伝いさせて下さい・・・」
と、ペルレ、アデリナ、ヘレナ、カトリナ、イーナ、ティアナ、アンナ、アリーナ。極論すれば、豊穣の女神の御業にも等しいテレーゼの魔法とその成果を目の当たりにして、妹たちは、より一層テレーゼに心酔したようである。
(実験がうまく行って、何より妹たちが凄く喜んでくれて、本当に良かったわ。せっかく新鮮なイチゴがたくさん収穫できたんだから、久しぶりにケーキでも作ってみようかしら。そして残りは、いつでも妹たちが美味しく食べられるように全部を冷蔵庫で保存するよりも、食べ終わったその都度空間魔法から取り出したほうが良いわね)と、テレーゼ。
その後、実験を終えた9姉妹は全員イチゴでお腹が一杯だったため、一休みした後で、今日の実験の成功祝いとペルレの歓迎会を兼ねた少し豪華な夕食の準備を開始した。テレーゼは独りで短時間だけ日本に行き、ケーキなどの材料を買ってきた。そして、妹たちが料理を準備してくれている間、イチゴをふんだんに使った3段重ねのスポンジケーキと、イチゴにホイップクリームを合わせて凍らせるアイスクリームを作り始めた。
テレーゼは、前職での最初の3年間は、市公民館主催の料理教室に毎月2回通っていて、その時に数回スポンジケーキを作ったことがあった。また、アイスクリームは、砂糖を入れて泡立てたホイップクリームさえあれば比較的簡単である。どちらも度々作っていたが、今回は結構久しぶりだった。それでも、妹たちに是非美味しいケーキやアイスクリームを食べてもらいたい、という強い気持ちで臨んだため、失敗せずに済んだ。
そして食事が一息ついた頃に、作成後冷蔵庫や冷凍庫(テレーゼ姉妹の家の台所には両方を設置している)で冷やしていた苺ケーキと苺のアイスクリームを全員に披露したのである。妹たちは誰一人としてケーキやアイスクリームを見たことも食べたこともなかったが、切り分けたケーキやアイスクリームを、妹たちは本当に美味しそうに食べてくれた。最愛の姉の心の篭もったスイーツの登場で、夕食の宴が一層盛り上がったことは言うまでもない。
(今日の実験が成果を出せて本当に良かったわ・・・次は他の野菜にも挑戦して、妹たちに美味しい野菜を食べてもらって、その次はマルクトの街での出荷を目指したいわ・・・)と、テレーゼは自分が作ったケーキとアイスクリームを口にしつつ、次の目標を頭に思い描いた。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。
愛娘のテレーゼのイチゴに纏わる話は、料理教室の話を含めてほぼ作者の実話です。イチゴは作中で触れたように梅雨時~真夏に育苗を行う必要がありますが、それ以上に収穫時期である真冬は毎朝腰を屈めて収穫作業に追われたことを思い出します。また、イチゴの花を受粉させるためにミツバチの巣箱をビニールハウス内に置いていたのですが、指を蜂に刺されたり、ハウス内にヘビが入ってきてそれを追い出したり、無農薬栽培(前述の巣箱を置いていて基本的に殺虫剤が使えなかったため)をしていてハダニが発生して対応に追われたり、ビニールハウスの設置から解体まで行ったりと、今でも忘れられない思い出です。その体験がこの話を綴るのに活かされているのですから、人生で無駄な経験は何一つないものだと改めて思います。
今回のテレーゼの実験が成功したことで、姉妹の生活基盤が安定する目処が立ったことは何よりです。9人の姉妹が食べるのに困らないことが一番ですから。
この話で第8章は終わりとなります。次章は、農場経営に纏わる話や、今まで何回か話には出て来たものの、実際にテレーゼ姉妹と顔を合わせることがなかった人たちが登場する話がメインとなります。
次章も一生懸命頑張りますので、今後ともよろしくお願いします。




