表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
141/292

第109話 浴場

「では、いきますよ~」


 ペタラ様ののんびりした掛け声を聞きながら、私はきりっと前を見つめ腰を落とした。

 ぱこーん…という軽い音と共に、白い羽根で作られたシャトルが弧を描いて飛んでくる。

 数歩動いて位置を調整すると、しっかりと狙いすましてラケットを振った。

 確かな手応えを残し、シャトルが高く飛ぶ。


「あっ…!」


 シャトルはペタラ様のラケットの先、コートの隅へと落ちた。

 審判のスフェン先輩が手を上げる。


「18-21!リナーリア君の勝利だ!」

「やりましたー!」


 私は嬉しくなって思わずその場でばんざいをした。

 ペタラ様が「あう…」と肩を落とす。


 試合を見ていたカーネリア様や他のご令嬢たちからぱちぱちと拍手が送られ、軽く礼を返した。

 それからコートの中央へ行き、ネット越しにペタラ様と握手をする。なかなか白熱した試合だった。


「ありがとうございました」

「はい。とても楽しかったです」



 今日はカーネリア様の主催で、女性だけのスポーツ交流会だ。

 種目はバドミントンで、仲の良いご令嬢たちを招き、王都のはずれの方にあるコートつきの施設を貸し切りにして朝から試合をしている。

 学院の在校生を中心に15人程が集まった。


 私も誘われて来てはみたものの、バドミントンに関してはほぼ初心者なので不安だったが、他にもそういうご令嬢は多かった。

 本格的な試合ではなくただのレクリエーションなので、皆和気あいあいとして気楽なものだ。

 私はランニングの時などにいつも着ている上下揃いの運動着姿だが、何やらスタイリッシュなすらりとした服に身を包んでいるご令嬢もいる。

 動きやすそうな細身のズボンの上に短い巻きスカートを着けていて、私の目から見てもおしゃれだ。そういう人はバドミントンをやり慣れているのか、結構上手い人が多い。


 その後も青空の下で試合は続けられたが、優勝はカーネリア様だった。

 決勝ではスフェン先輩と激戦を繰り広げたのだが、バドミントンにおいては一日の長があるらしいカーネリア様に軍配が上がり、スフェン先輩は悔しがりながらも爽やかに笑ってカーネリア様と握手をしていた。

 先輩を交流会に誘ったのは私なのだが、しっかり楽しめているようで良かった。


 私も一応、真ん中よりちょっと下くらいの成績には収まって一安心だ。いくら何でも最下位とかは避けたかったので良かった。

 なお、上位の者には賞品として有名菓子店の焼き菓子が贈られた。微笑ましい。



「これで全ての試合が終わったわね!皆様、お疲れ様!」


 集まった皆に、カーネリア様がにこにこと声をかける。


「いっぱい汗をかいたでしょうし、この後は皆でお風呂に入りましょ!ここ、凄く広い浴場があってとっても気持ち良いのよ。もちろん貸し切りにしてあるわ!」

「…えっ!?」


 仰天する私の周りで、他のご令嬢たちが嬉しそうにわあっと歓声を上げた。


 …バドミントンコートの附属施設にしては妙に大きな建物だとは思っていたが、どうやら入浴施設としても利用できる場所だったらしい。

 スポーツで汗をかいた後に、そのまま入浴してさっぱりできるというのが売りのようだ。

 今日も暑かったし、私も何試合かして汗をかき全身がべたついているので、お風呂に入れる事自体はとても有難いのだが。


 公衆入浴施設というものは王都にもいくつかあり、その中には貴族向けの高級なものもあるのだが、私は今まで行ったことがない。

 なので、女性と一緒に入浴するなど、幼い頃に母と入ったのを除けばこれが生まれて始めてだ。もちろん前世でだってなかった。


 正直、かなり気が引ける。今は女だけど、前世は男だった訳だし。

 普段からコーネルとかメイドたちの世話になっているし、見られる分には構わないのだが、一緒に入浴となると他のご令嬢たちも裸になるのだ。

 授業の着替えなどで下着姿くらいなら慣れているが、全裸というのはさすがに…。

 ぐるぐると混乱していると、ペタラ様に不思議そうな顔をされた。


「リナーリア様、どうしたんですか?早く行きましょう」

「は、はい。今行きます」


 皆の後に付いて歩き、とりあえず脱衣場に入るが、手に変な汗をかいている。

 今の私はもう、女性に対してそういう興味は失せている。そう自分では思っているが、本当に大丈夫だろうか?

 いや仮に興味があった所で何ができる訳でもないのだが、何と言うか問題がないか?

 本当に一緒に入浴して良いのだろうか?



 ご令嬢たちは次々に服を脱ぎ、はしゃぎながら浴場へと入っていく。

 そちらを見ないようにして、躊躇いながら上着のボタンに手をかけた。

 運動着は面倒なドレスと違って普通に一人で脱げるものなのだが、どうしても無駄にもたもたしてしまう。


 気がついたら脱衣場はがらんとしていて、どうしようかとため息をついていると、後ろから「リナーリア君」と声をかけられた。

 スフェン先輩だ。まだ浴場に行っていなかったのか。


「大丈夫かい?ずいぶん緊張しているようだけど」

「あ、はい、いえ…」

「何も気にする必要はないよ。だって僕たちは()()()じゃないか」


 先輩はにっこり笑う。

 そうだった、先輩は私が前世で男だった事を知っているんだった。

 しかし特に気にする素振りもなく、下着姿で私に話しかけている。


「そうなんですけど、やはり女性と入浴するのは、その…何だか気が引けてしまって…」


 思わず目を逸らすと、先輩はちょっと首を捻り、それから大きくうなずいた。


「よし、分かったよリナーリア君。任せてくれ」

「?」


 先輩はぐっと自分の下着に手をかける。


「だったら…この僕で心の準備をしたまえ!!!」


 そう言って、ずばーん!!という擬音が聞こえそうな勢いで脱ぎ捨てた。

 下はまだ一応穿いているが、上は丸出しである。


「どうかな!?興奮するかな!?」

「する訳ないじゃないですか!!!!」


 私は激しくツッコミを入れた。入れざるを得なかった。



「…ほら、平気だったろう?今の君はちゃんと女の子なんだよ、やっぱり」

「は、はあ…。確かにそうかも知れませんが、ただこう、猛烈に恥ずかしいです」


 あんまり平気ではない。羞恥心がすごい。先輩はなぜ恥ずかしくないんだろう。


「それは単に、裸が恥ずかしいだけじゃないのかい?男女は関係なく、そういう人もいるからね」


 …そう言えば、前世の私も人前で服を脱ぐのがとても苦手だった。

 理由は主に、痩せていて筋肉の少ない自分の体格が恥ずかしかったからだ。

 殿下や騎士課程の生徒たちの胸板の厚みが羨ましかったな、と思い出す。


 私は無言で今の自分の身体を見下ろした。

 去年よりほんのちょっとは成長しているのだが、同年代の女性に比べると…。


「最初は恥ずかしくても、すぐに慣れるさ。大丈夫」

「…はい」


 笑顔の先輩にそう言われると、何となく大丈夫のような気がしてくる。


「僕は先に行っているから、君も早くおいで。今日は汗をかいたから、お風呂はきっと気持ちが良いよ」

「わかりました」


 私はうなずき、思い切って全ての服を脱ぎ始めた。

 ここにいても仕方ないし、覚悟を決めよう。

 …ちなみに先輩は、思っていたより大きかった。




 浴場は広く、少し熱めの湯がとても気持ち良かった。

 外の暑さは不快に感じるのに、こうしてお湯に浸かるのは気持ち良いのだから不思議だ。

 日頃の疲れが癒やされるような気がする。


 ゆったりと湯に浸かっていると、羞恥心も徐々に消えていった。

 同じく湯に浸かっている他のご令嬢たちを見ても、やはり特に興味は沸かない。興奮するような事もない。

 皆も気持ち良さそうにしてるなあ、とただ和んだだけである。


 そうかあ…。今の私はやっぱり、もう男ではないんだな。

 分かっていたんだが再確認した。

 ほっと安心しつつも、ほんの少し寂しいような、すっきりしたような、何とも言えない気持ちだ。

 今更だが、どうして私はこうなったんだろうな。不思議だ。


「お風呂上がりには、冷たい飲み物を用意してるから楽しみにしておいてね。ここの名物なんだけど、フルーツの果汁とミルクを混ぜたもので、とっても美味しいの」


 同じく湯に浸かっているカーネリア様がそう言って、皆が笑顔になった。


「それは美味しそうだわ!」

「楽しみですね」


 きゃいきゃいとはしゃぐご令嬢たちに、私もまた笑顔になる。


 それにしても気持ちがいい。

 今度お母様やお義姉様を誘って、公衆浴場にも行ってみようかな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] リナリアは今や本格的な女の子です...ハハハハハハハハハ...人間の適応性は怖いです.....
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ