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世界の口

第7話 海と空の境界。その先へ。

「見えてきたぞ」

ミクマが前を指さす。

「あれが、海と空の境界だ」

リースは船の先へ駆け出した。

「すご……」


その先にあったのは——柱。

海でもない。

空でもない。

色が、定まらない。

ただ、そこに在る。

上か下かも分からないのに、

目が離せない。


見ているだけで——近づきたくなる。

やがて船は、その手前で止まった。

ミクマの声が、少しだけ低くなる。


「この辺りは、バケモンの領域だ」

空気が変わる。

「全員、周囲を警戒しながら準備してくれ」

短い指示。

それだけで、十分だった。


音が減る。


無駄が消える。


ミクマが、静かに手を上げた。

水が応える。

海の中から、何かが押し上げられる。

巨大な影。

水面を割って、ゆっくりと姿を現す。

「今だ!」

網が投げられる。

手が伸びる。

速く、正確だ。


——そのとき。

水面が、大きく揺れた。

「来る!」

次の瞬間——カナマが動く。

軽く手を振る。

空間が、ひび割れる。

そこから結晶が走り、

一直線に音もなく——撃ち落とす。


「……すごい」

リースが、小さく呟いた。


観察する間に漁は終わる。


——そのときだった。

リースが、足を止める。

「……あれ」

遠くの海の上。

ゆっくりと回る——渦。

「ミクマ、あれ何?」

誰もすぐには答えない。

ミクマの視線が、わずかに揺れる。

「……行かないよ」

短く言う。


「離れよう」

船が向きを変える。


そのとき——

渦が、止まった。

ほんの一瞬。

なのに、崩れない。

水が、そこに貼り付いたように動かない。


中心が、ゆっくりと沈んでいく。

音がない。

波もない。


ただ——消えていく。

「……なに、あれ」

リースの声が、落ちる。

次の瞬間。


——爆ぜた。


空気が潰れる。

遅れて、轟音。

海が割れる。

水が、空へ突き上がる。

柱。

空に届くほどの。

船が跳ねる。


「掴まって!!」

全員がしがみつく。

揺れ。衝撃。水しぶき。

喉の奥に纏わりつく、嫌に生臭い潮の味


——それでも。

リースだけは、目を逸らさなかった。

柱を。

その奥を。

一歩、前に出る。

止まらない。

自分の耳鳴りだけが、金属を擦るように響く。

世界が、一瞬だけ遠のく。


次に来たのは——圧。

爆発の余波。

気づいたときには——流されていた。


「……まずいな」

ミクマの声が低い。

船は止まらない。

海が、吸われている。

前へ。

あの“境界”へ。

波が一方向に歪む。

船も、その流れに乗る。

「止めろ!」

ミクマが手を上げる。

水が応える。

押し返す。


——だが、足りない。

「……押せない」

それだけで、全員が理解した。

空気が固まる。

誰も、言葉を出さない。

漁師たちは歯を食いしばる。


——その中で。


リースだけが、違った。

「……すご」

目は、前。

恐怖じゃない。

興味だった。

「ミクマ」

振り返らない。

「水、上に持ち上げて」

一瞬の間。

「……は?」

「固めて」

迷いがない。


ミクマの目が、わずかに細くなる。

水が動く。

真下から、持ち上がる。

不自然な形の塊。

リースはノートを開く。

一枚破り取る。

縄。

光る。

形になる。


カナマが、それを見る。

ほんの一瞬だけ——笑った。

リースが投げる。

水の塊へ。


絡まる。

そして固定。

「引け!!」

全員が動く。

掴み、引く。

船が、わずかに浮く。

軋む。

押し合う力。

境界が、すぐそこにある。

「まだだ!!」

さらに引く。

もう一歩。


——


抜けた。

一気に。

船が外へ弾かれる。

波が崩れる。

引力が消える。

静寂。


船は、静かに港へ向かっていた。

さっきまでの荒れが嘘みたいに——

海は穏やかだった。


誰も、あまり話さない。

波の音だけが続く。

リースは、船の先に立っていた。

じっと海を見ている。


——楽しそうだった。


しばらくして——

「……さっきの」

小さく口を開く。

振り返らない。

「爆発、なんだったの?」

声だけが落ちる。

少しの間。


ミクマが、ゆっくりと口を開く。

「……“世界の口”だよ」

それだけだった。

沈黙。


ミクマの目は、遠くを見ている。

「絶対に近づくな」

静かな声。

「神でも——わからない」

それ以上は、何も言わなかった。


その中で——

カナマが、笑う。

静かに。


リースに近づく。

「……君、すごいね」

やわらかい声。

「普通はさ」

一瞬の間。

「今ので、もう終わりだよ」

リースは前を見ている。

あの場所を。

カナマの目が、わずかに細くなる。

「それなのに」

短く。

「まだ、消えてない」

リースが視線を動かす。

カナマを見る。

「……うん」

カナマは小さく頷く。

「……そっか」

少し離れる。

最後に一言だけ。

「いいね」

また、笑う。


港が、近づいてくる。

見慣れたはずの景色が、やけに近い。


桟橋の先。

てんと、エヒの姿。

気づいた瞬間——

エヒが大きく手を振る。

「おーい!」

その声だけが、やけに明るい。


船が着く。

軋む音とともに、ゆっくりと止まる。


降りた瞬間——

「よかった……!」

エヒが息を吐く。

てんも、小さく肩を落とす。

「無事で何よりやわ……」

声が、少し低い。


「で、どうだったの?」

エヒがすぐに聞く。


ミクマが、少しだけ間を置く。

「……世界の口に遭遇した」

それだけで、空気が止まる。


「境界に、飲み込まれかけた」

静かに続ける。


てんとエヒの動きが止まる。

「……は?」

「え、ちょっと待って……」

「よく無事だったね……」

声が小さくなる。


そのとき——

カナマが、横から言う。

「リース君の機転だよ」

さらっと。

「おかげで帰ってこれた」

二人の視線が、一斉にリースへ向く。


「……そうなの?」

エヒが少し驚く。

「ありがとうね」

てんは、何も言わない。

ただ、じっと見る。


そして——

「リース、よくやったな」

やわらかい声。

リースは、少しだけ間を置く。

「……うん」

それだけ。


その日は、静かに終わった。

部屋。

リースは横になる。

目を閉じる。

すぐに、意識が深くに落ちる。


——水。

——音。

——歪んだ光。


静かに。

何度も。

繰り返す。

——まだ、消えていない。

読んでいただきありがとうございます。

彼は、まだ止まる気がないようです。

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