一歩
「リース」
カナマが言う。
「堕神は、生前の力を使うことがある。気をつけて」
「うん」
「じゃあ——ここ、任せるよ」
すみは、動けなかった。
ただ、暗闇を見ている。
リースがノートを取り出す。
花瓶が生まれる。
そのまま——投げつけた。
割れる。
「うざいな」
はなびはシャクシャクと避けている。
「君、なんなの」
リースは答えない。
「はー、なんか言えよ」
その瞬間。
白い霧が、庭を包むように広がる。
「じゃあね」
リースは、避ける。
すみは——巻き込まれた。
リースは外から霧を眺めている。
声が聞こえる。
姿は見えない。
「どうした?」
「そんな顔して。久しぶりなのに」
近い。
「記憶あるから——はなびだよ」
「……な……んで……」
「聞こえないよー」
霧の奥で、笑っている。
「なんで、はなびなの……」
絞り出すような声だった。
「じゃあ教えてあげよっか」
一拍。
「火の神って気持ち悪いんだよね」
「自信満々なのに——優しく接してくるじゃん」
「気持ち悪い」
一拍。
「この国も、同じ」
すみの呼吸が、止まる。
「ちょうどよかったんだよ。力を扱えない火の神子」
「だから、近づいた」
「けど——洞窟で暴走したからさ」
「三年もかかった」
「……なんで、知ってるの」
「それはね、あのとき洞窟で」
「僕が成り代わったからだよ」
――その顔ははなびの笑顔だった。――
「どう?びっくりした?」
はなびが続ける。
「そんなに、」
ナイフが飛ぶ。
「っ——あぶな」
「そんなに、驚い――」
また、飛ぶ。
「驚いてくれるなら、よ――」
さらに飛ぶ。
「あー、もう」
声が、低くなった。
「君さぁ——邪魔なんだけど」
霧が、動いた。
リースを飲み込むように——迫ってくる。
リースは、自分から入った。
暗い。
音が、吸われる。
足元の感覚だけが、かろうじて残っている。
「見えないのー?」
どこからかは、分からない。
リースは動かない。
息を殺す。
聞いている。
足音。
呼吸。
空気の、わずかな揺れ。
——くる。
踏み込む。
ナイフを振る。
金属がぶつかる音。
はなびのくないが、火花を散らす。
押し返される。
距離が開く。
また、声がする。
「へえ」
少しだけ、楽しそうだった。
次が来る。
速い。
リースは一歩退く——そのまま、ノートを破った。
目をつむる。
パッ
タンスが、目の前に現れた。
はなびが——ぶつかる。
「プギャっ」
はなびの声が漏れる。
リースは、笑っていた。
楽しそうに。
心の底から。
「ほんと君、腹立つ戦い方やね」
はなびが静まり
そして、
「——五里霧中——」
濃くなる霧。
足に、絡みつくような重さを帯びていた。
リースの動きが、止まる。
「動きにくいでしょ」
一拍。
「ただの霧じゃないよ」
リースがひと呼吸置く。
次が来る。
速い。
踏み込む前に——体が流される。
重い。
足が思うように動かない。
退こうとする。霧が絡む。
攻めようとする。霧が押す。
どちらに動いても——削られていく。
すみは、見ていた。
リースの動きが、少しずつ鈍くなっていく。
その中で——右から、くない。
左からは、はなび。
さらに、速い。
このままでは——負ける。
---
『ねえはなび、向こうの方に洞窟見つけたんだ、行ってみよう?』
『いいよ』
燃えている視界。
「大丈夫だから……」
声が、何度も反響する。
他人の腕が、自分を覆っている。
「すみならできるよ……」
---
霧が、目の前にある。
「今の私に、何ができる?」
足が進まない。
引き戸が開く。
「なんですかこの音は」
にわびだった。
すみの顔が、強張る。
にわびは霧を見た。傷ついた壁を見た。
「あなたが」
すみを見る。
「また、壊そうとしているのですね」
「お姉様をどこにやったのですか」
怒鳴る声が、響いた。
「だまれっ」
霧の奥から、はなびの声が返ってくる。
にわびが、止まった。
「お姉様……?」
「お姉様ですよね。目覚められたのですか?」
「ねえ、お姉様——」
「あー、もうっ」
一直線にくないが向かう。
にわびへ。
その瞬間——
足が、動いた。
すみが、にわびを庇う。
くないが、すみの腕をかすめる。
痛みより先に——にわびの顔が見えた。
「触ってしまって、ごめんなさい」
にわびを見て、言う。
顔は、もう...
すみは立ち上がる。
息を整える。
深く、一息。
「リース、ありがとう」
「私が引き受ける、君はにわびを頼む」
吠えるように、言った。
霧の奥から、声が返ってくる。
「うん」
霧が、一度薄くなり始める。
「元気になったの?」
微笑みながら、聞いてくる。
「元気に見える?」
すみの目は、赤かった。
「はなびを助けないと、始まらない」
「お姉様……」
にわびが、呟く。
その声に——リースが近づいた。
そのままにわびを抱える。
「ちょっ、何するんですか」
「逃げる」
「なんでお姉様から逃げるんですか」
「リース、頼んだよ」
また霧が、濃くなり始める。
しばらく。
静けさだけが続いた。
「頑張れっ」
その声が、響いた。
ただの声援だった。純粋な、それだけの言葉。
自分の過去も。考えも。全部無視されたような——
……嬉しい。
すみは、もう一度呼吸を置く。
目を開けるとき——力も、目を覚ます。
体が、火を纏う。
喉が熱い。頭が痛い。苦しい。
「おいおい、自滅すんじゃないだろうな」
はなびが嘲る。
だが——
すみは静かだった。
「できるよ」
そんな言葉が、湧いてくる。
火の出力が、上がる。
「ちょっ——」
霧が、蒸発し始める。
霧と火、二つがぶつかる。
両者、動けな——
すみが動いた。
鞘から、刀を抜く。
背中を押されたように——前へ出る。
スピードが上がる。
まだ。
まだ、
上がる。
まっすぐと、
「熾烈極」
ただただ速く強い
一閃
「できたじゃん……」
一瞬で音が止まる。
はなびが、崩れる。
「また、やん」
そんな言葉を放ちながら。
すみは、ただ立っていた。
ご愛読ありがとうございます。
すみは成長していきます。




